人類大好き系邪神が序盤で攫われるタイプの愛され姫の中身だったら 作:狐桜
深夜。誰もが寝静まった時間。
この時間になると、最近来訪者が絶えない。
「……また、か」
目を覚まし、そっとベッドの上で起き上がる。
夜闇は暗く、常人の視界には何も映らない。
神ではあるものの、使っているのは人の身。
全能には程遠い。
ただ、事前に用意しておいた警戒網に引っ掛かったネズミを探知することぐらいは、造作もないことだ。
「出てきなさい。いるのは分かっています」
夜の闇に潜む影。
この厳重な警戒が敷かれている城内に潜り込めるだなんて、内側の手引きがなければ不可能だ。
つまり、この城の中に手引きをしている人員がいる。
……ああ、それでこそ人だ。
誰かは問わぬ。自らの欲望に従い、満たすために動くことを私は肯定する。
だが、結果は責任を持つべきだ。
「ルイルシンテ姫殿下とお見受けいたす」
部屋の隅の影が姿かたちを持つ。
三人いる。男か女かは声が潰されていてわからない。
潜入専門の人員なのだろう。
「――帝国の間者ですか」
「いかにも」
やはりか。
王国の民ならば、寝室に忍び込むなんて真似はしないはず。
消去法で帝国の民となる。
「大人しくついてきてくだされば、危害は加えませぬ」
「……それは、わたくしに帝国までついて行けと?」
影は黙して頷く。
ここ最近、この手の輩が多いこと多いこと。
何度も失敗しているのだから、諦めればよいのに。
そう、この手の輩が来るのは初めてではない。
では、なぜ何も対策が取られていないのか?
このものらは、どうしてここまでやってきたのか?
答えはシンプルだ。
誰も知らぬから。それに尽きる。
「――本当に、懲りませんね」
実に、愛い。
自分たちが全能だと思っている。
予想外の事が起こらないと思っている。
わたくしのことを、ただのか弱い乙女だと思ってくれている。
ベッドからそっと降り、毅然とした態度で影に向かう。
彼らは少し感心した素振りを見せた。
「我々を見て怯えないのか? 噂とは違い、胆力があるようだ」
「逆に不思議だと思いませんでしたか?」
ああ、愉快愉快。
その愚かしさも愛しましょう。
私は人間を愛しているのだから。
でもね。
「どうしてこんなに簡単に忍び込めたのに、前任者たちは失敗したんだろう? って」
私は“人間”を愛しているわけであって。
別に、多少減ろうがどうだっていいわけで。
ほら、人間だってそうでしょう?
お気に入りのお人形と、そうでもないお人形があって。
捨ててもいいお人形は、ガチャリと壊れてしまうように乱暴にして遊ぶ。
それもまた、ひと時の楽しみ方なのだから。
「ほうら、夜だから――こんなに静か」
流石の彼らも、異変に気が付いたらしい。
窓の外の景色が、異常に暗いことに。
普通ならば、城下街の明かりがぽつぽつ見えるはずなのに。
とぷんと、深い深い水底に沈んでしまったように、暗い暗い。
「――っ! 早く、姫を捕えろ!」
本当に、人間は愛らしい。
口では強がっていても、心のうちは恐怖の色で塗れてますよ?
「ああ、怖い怖い」
赤子に聞かせるように、そっと囁く。
きっと彼らの耳には届いたはず。
急いでわたくしの方に駆けだした彼らは、徐々に青ざめていく。
顔は隠しているけれども、手に取るように分かる。
人間とは、そういうものだから。
走る。
走る、走る。
走る、走る、走る。
たった数歩の距離なのに。
どれだけ必死に走っても、一向に距離が埋まる気配がない。
――実に、愛い。
異常に気が付いた時には、恐怖でいっぱいいっぱいだ。
ああ、その表情、その感情。
実に、たまらない。
侮っていた存在が、さぞかし不気味に見えていることだろう。
帰った後の事を考えていたのに、今は帰れるかも怪しくなった。
さあて、目の前にいるのは誰?
噂に聞く、優しくて人当たりのよい王女様?
それとも……。
「お、お前は何者だ!」
ほら、お決まりの台詞が出た。
わたくしが期待した通り。
「なんだ、この空間は! なんだ、この状況は!」
「自己紹介しましょうか?」
つとめて笑顔で。
みんなが大好きなお姫様の姿は崩さない。
だって、わたくしは愛されるのも大好きだから。
「初めまして。ルイルシンテ・テミ・ティリス。ティリス王国第一王女です」
華麗に優雅に。
これまで受けてきた教育を十二分に活かして、わたくしはお辞儀をする。
あまりの場違いさに、笑いがこみあげてきてしまう。
流石に口に出して笑うのは可哀そう。
彼らだって、必死に生きているというのに。
「そ、そんなわけがあるか!」
「どうして?」
ここ数日、帝国の方々を相手してきたけれども。
この思考になるのが、まるでわからない。
なぜ、よくも知らない相手の事を決めつけられる?
なぜ噂だけでその人物の事を知った気になれる?
わたくしがこの口で話したか? 私は人であると。
大人しく攫われますと。宣言したことがあるとでも?
残念ながら、今のわたくしのお気に入りの玩具はこの王国なのだ。
帝国には過去にお願いされたから眷属が幾らかいるけれど、それは今現在帝国に肩入れする理由にはならない。
どうしてわからないのだろう。
「きちんと、わたくしはルイルシンテですよ。それに違いはありません」
「こんな、こんな……」
「こんな?」
まさか。
まさかまさか。
あのセリフまで言ってくれるの?
「化け物がっ!」
「――っ!?」
ああ、何と言うべきだろう。
追い詰められて、思考の余裕を奪われて。
理解の外に追いやられた挙句、出てくる言葉。
――化け物という、理解することへの拒絶反応。
「な、なんだ。その表情は」
本能的な恐怖に押しつぶされそうになっている彼ら。
これ以上怯えさせるつもりはなかったのだけれど。
「ごめんなさい。笑うつもりなかったのだけれど」
つい、あまりにも愛おしすぎて。
嬉しすぎて。
喜びの笑顔を、抑えきれなかった。
「い、異常者」
「異常者? いいえ、わたくしは正常ですよ?」
ほら、人だってたまには息抜きをしないとでしょう?
だから、わたくしだってたまには息抜きが必要なわけで。
「だって、ほら。こうして遊んでもいい人間を選んでいますから」
「あ、遊んでもいい?」
「ええ。壊れても、誰も気にしない。替えの利く人間を」
こうして何度も送り込まれているということはそういうこと。
帝国側も、成功すればいいな程度に思っているに違いない。
まあ、気が向けば攫われてあげてもいいのだけれど。
それは今ではない。
もっと、バルトハルトを愛でて。
愛でて愛でて愛でて。
わたくしへもっと執着させて。
その後に攫われるのであれば――、きっと彼もいい表情をしてくれることでしょう。
「人に愛されるのも好きだけれど、畏れられるのも好きなんですよ、わたくしは」
だから、ね。
少しだけ、見せてあげる。
「あ、ああ……っ!」
少しだけ、神としての姿を現す。
漆黒に似合う黒き羽が四対背後に現れ、わたくしの体を軽く宙に浮かせる。
緑色の美しい瞳は赤く染まり、白い部分は黒く染まる。
するりと金色の髪は色が抜けて、白く白く染まっていく。
ルイルシンテの体であまり強く神としての力を表すと、このように姿が変わってしまう。
「その姿、やはり、人間では――」
「いただきます」
わたくしが人間たちの中で最も好きな言葉はこれ。
いただきます。
何と素晴らしい言葉なのだろう。
自らの糧になる存在に感謝をささげるだなんて。
まるで、わたくしたち神のためにあるような言葉じゃあないか。
「あ、あ、あ……」
呆然としたままの彼らを、わたくしの羽の影が覆い隠す。
――ありがとう、産まれてきてくれて。
最大の感謝を込めて。
いただきます。
× × × × ×
翌朝、大変良い目覚めだった。
今日は果たして来てくれるだろうか。それとも、そろそろ打ち止めだろうか。
どちらでもいいけれども。
「姫殿下、おはようございます」
「おはよう、レイラ」
「本日の予定は――」
さあ、ティリス王国の第一王女としての務めを、本日も果たすとしましょうか。
ちゃんと邪神
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