自称モブ、魔法少女を推してただけなのにめっちゃ警戒されてます 作:マジカル☆おっさん
「業魔《カルマ》よ、その罪を浄化しろ!」
赤を基調としたフリフリの衣装に身を包み、同じく赤く長い髪をポニーテールにした少女が異形の怪物に向けそう叫ぶ。
ミミズのような巨躯に無数の人の眼を雑にくっつけたような、直視するのも憚られる生理的嫌悪感の塊。そんな怪物は殺意を隠さず、牙だらけの口腔を開いて「ギシャアア!」と咆哮を上げ、赤い少女へ一直線に飛び掛かった。
普通なら、10代半ばにしか見えない可憐な少女が立ち向かえる相手ではない。
だが、少女はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、右手に構えた炎を象った錫杖型の武器を豪快に一閃する。
「浄焔《セイクリッド・ブレイズ》!」
瞬間、彼女の武器から解き放たれた聖なる炎が、渦を巻く竜巻となって怪物へ巻き付いた。
ミミズの怪物は狂ったようにのたうち回り、炎を振り払おうとするが、聖炎は容赦なくその肉体を焼き尽くす。
凄惨な断末魔と共に怪物は灰へと変わり、一筋の風に乗って消え去っていった。
「……かぁっこいい~……っ!」
その戦闘の一部始終を、離れたビルの屋上から双眼鏡越しに眺めていた俺は、感無量とばかりに小さく溜息を吐き出す。
やはり、魔法少女が怪物……業魔《カルマ》と戦う姿は何度見ても最高だ。
立ち入り禁止区域の外側から、こうして双眼鏡越しに遠目で見ることしかできないのは残念だが、生でその雄姿を拝めるだけでもオタク冥利に尽きるというものだ。
世界は突如現れた業魔《カルマ》と呼ばれる怪物に対抗すべく、超常脅威対策機構(
およそ10代前半から20代前半までの女性が戦士として所属し、日夜業魔との戦いに明け暮れている。
なぜ女性しかいないのかといえば、女性の波長でしか対業魔兵器の力を引き出せないからだ。
そして、MAHOに所属して戦う少女たちを、世間は親しみを込めて『魔法少女』と呼ぶようになった。
基本的には女性しか存在しない魔法少女の世界に、突如として現れた唯一の男性適合者である主人公。
彼は魔法少女に強力なバフをかける特殊な素養を持っているため、特別にMAHOへ所属。魔法少女たちと共に命懸けで業魔と戦い、時には甘酸っぱい青春を、時には甘い恋愛を重ねて成長していく……。
──というのが、原作ゲーム『魔法少女戦線カルマレイド』の設定だ。
ジャンルは王道コマンドRPG。
二次創作やスピンオフも盛んで、アニメ化などのメディアミックスも果たしている大人気作品である。
そして、俺はそのカルマレイドの世界に転生してしまった、ただの
最初は単に前世の日本とよく似たパラレルワールドに生まれただけだと思っていたのだが、ある日偶然にも業魔の出現に巻き込まれ、死を覚悟したところを魔法少女に救われたことで、ここがカルマレイドの世界だと察したのだ。
元々ゲームのファンではあったが、目の前で本物の魔法少女に助けられたことで見事に脳を焼かれ、今や筋金入りの魔法少女オタクと化している。
「はぁ~……もっと近くで見られたら最高なんだけどな」
双眼鏡をポケットに収めながら、俺はぽつりと呟く。
業魔が出現すると、その周囲は空間ごと遮断される『異界』へと変質する。
異界化が始まれば一般人は逃げ出すこともできず閉じ込められてしまうため、発生兆候が出た時点で広範な避難勧告と立ち入り禁止措置が取られるのだ。
もし転生先がMAHOの関係者か何かであれば間近で応援できたかもしれないが、あいにく俺はチート能力も適合力も持たないただの一般市民。こうして遠くから見守るのが関の山だった。
だが、叶うなら近くで見てみたい。
特に……先ほどまで凄まじい炎で業魔を散らしていた、彼女の雄姿は。
赤毛のポニーテールが眩しい彼女の名は、軍荼利《ぐんだり》 焔華《えんか》。
現時点のMAHOにおいてトップクラスの実力を誇り、文武両道、男気溢れる性格も相まってファンからの人気も絶大な大人気キャラだ。
対業魔用兵器……アーケインデバイスと呼ばれる武器を振るい、聖なる炎で華麗に舞うのが印象的だ。
だが……悲しいかな、本編のゲーム本編に彼女が直接登場することはない。
なぜなら彼女は原作開始前にすでに戦死しており、作中ではかつて存在した伝説の魔法少女として名前と功績だけが語られる存在だからだ。
当時はビジュアルすら公開されておらず、ただのフレーバーとして扱われていた彼女だが、流れが変わったのは公式コミカライズの過去編。
ついにヴェールを脱いだ焔華の格好良さにファンが歓喜したのも束の間、読者をさらに困惑・熱狂させたのは、彼女のポンコツっぷりだった。
戦場では頼もしすぎる最強の炎使いなのに、日常ではポンコツの役満。しかも原作者監修の公式設定なのだからタチが悪い。
新品の服のタグをつけたまま平然と出歩くのは序の口。
物理攻撃が通らないおばけや怪談には泣いて怯える脳筋ぶりを発揮し、失敗するたびにデフォルメ顔でぐんにゃりと歪む描写から、ファンからは愛を込めて『ぐんにゃり姉さん』と呼ばれていた。
そんな推し……ぐんにゃり姉さんが生きていて、目の前で元気に戦っているのだ。
オタクとして興奮するなという方が無理である。
プロフィールによれば、現在の彼女の年齢は15歳。
そして……彼女が命を落とす享年は16歳。
原作主人公たちが姉さんの思い出話を聞くのが、さらにその1年後なので、逆算すれば現在は原作開始の2年前ということになる。
姉さんは、これから訪れる戦いによって命を落とす。
通常の業魔相手なら遅れをとるはずもないのだが……彼女が命を落とす原因となるのは、後に主人公たちの前に立ちはだかる上位種──天魔と呼ばれる知性を持った極めて狡猾な怪物だ。
人質を取るような卑劣な手を使う天魔に対し、姉さんは手出しができず、惨殺されてしまう。
……もちろん、ファンとしては姉さんに生きていてほしい。
原作準拠なんて知ったことか。
姉さんが無事で、笑っていてくれればそれでいいのだ。
そしてあわよくば、いずれ現れる原作主人公たちと甘酸っぱい青春を送ってほしい。
ん? 自分が姉さんと付き合いたいとは思わないのかだって?
馬鹿を言っちゃいけない。そりゃ前世の若い頃なら自分が主人公ならヒロインとイチャイチャしたいなんて妄想もした。
だが、年を取ると、若者たちが眩しい青春や恋を謳歌している姿を物陰から温かく見守るだけで、白飯が何杯でも食える境地に達するのだ。
それは転生して身体が若返った今でも変わらない。
「……とはいえ、今の俺はただのモブだからな。助けるどころか足手まといにしかならねぇよ」
天魔というヤバい怪物が来るから気を付けてくれと警告したところで、天魔という概念自体が未確認なのだから、頭のおかしい戯言として処理されるのがオチだ。
ならばせめて、限られた時間の中で彼女の雄姿を少しでも多く目に焼き付けたい。
たとえ世界が忘れても、俺だけは彼女の生き様を忘れないように。
「……もし俺が戦えたら。もっと強かったら、姉さんを助けられたのかな」
転生者特有のチート能力すら持ち合わせない、ただの無力な自分を少しだけ呪いながら。
俺は姉さんが戦っていた残痕を最後にもう一度だけ見つめ、静かにその場を立ち去るのだった。