自称モブ、魔法少女を推してただけなのにめっちゃ警戒されてます 作:マジカル☆おっさん
あれから姉さんが16歳になるまで、結局のところ根本的な打開策らしい打開策は見つからなかった。
姉さん本人に「天魔というヤバい奴が来るから気を付けて」と直接警告しようにも、「なぜMAHOすら把握していない情報を一般人の君が知っているんだ?」と怪しまれるのがオチだ。
現時点でただの一般市民《モブ》でしかない俺には、直接介入する術がない。
そもそも、天魔がなぜあのタイミングで出現したのかも分かっていないのだ。
メタ的な視点で言えば、現時点でトップクラスの魔法少女であった軍荼利焔華ですら敵わなかった、狡猾で無慈悲な敵の存在を読者にお披露目するための演出。
そして、後に主人公たちの前に立ちはだかる絶望的な壁として機能させるためのイベントだ。
だが、ここが現実である以上、どんな理由や予兆があって現れるのかが解明できない。
そもそも、本当に天魔が現れるのか? という疑問すら頭をよぎる。
この世界が『カルマレイド』に酷似した世界で、設定も人物もほぼ一致しているから大体の流れも原作通りだと思い込んでいるが、もしかしたらこの世界では天魔が出現せず、姉さんが生き残る世界線なのではないか──。
すべてが俺の杞憂であればいい。本気でそう願っていた。
だが、そう思い込もうとすればするほど、胸の奥で不吉な胸騒ぎがするのだ。
だからこそ俺は、学業の合間を縫って彼女の戦場へ可能な限り足を運んでいた。
俺は現在、中学3年生。義務教育の壁からは逃れられない。
故に、彼女の戦いを見に行けるのは土日か放課後くらいだ。
彼女が命を落とす正確な日付まではゲーム内でも明かされていなかったが、原作のフレーバーテキストで『週末の惨劇』と語られていたのは覚えている。
平日は比較的危険が少ないということだけが、せめてもの救いだった。
ちなみに、我らが原作主人公である久遠 実成《くおん みつなり》くんも俺と同い年だ。
原作での彼は、メインヒロインである妙覚《みょうかく》 みろくの戦いに巻き込まれた際、男でありながら魔法少女の能力を強化する力を開花させる。
魔法少女の能力は人によって様々で、姉さんの場合は豪快な炎。
対する久遠の能力は、魔法少女との絆が深まるほどに強化効果が増大していくという、実に
前線で直接戦うのではなく指揮官として指示を出し、かつヒロインたちと深い交流を持てる絶妙な設定と言えよう。
ちなみに、1対1の純愛ルートはもちろんのこと、攻略可能キャラ全員と同時に深い仲になれるハーレムルートも存在する。
告白の際、「自分にはすでに愛する人がいるが……」と葛藤するような選択肢が出るのだが、「告白する」を選べば見事ハーレムルートへ突入。
バレンタインイベントなどではダブルブッキングどころではない修羅場が待ち受けているクソ男ルートだ。
……まあ、当時プレイしていた俺もハーレムルートを選んだのだが。
仕方ないね(ゲス)。
とまぁ、原作主人公のことは置いておいて、問題なのは姉さんだ。
ここまで打つ手がない以上、頭のおかしい不審者扱いされるリスクを冒してでも、強引に姉さんを戦場から引き離す方法を考えなければならない。
だが……そうなると、本来なら姉さんが相打ちで道連れにするはずだった天魔を、一体誰が食い止めるのかという新たな問題が生じる。
卑劣な手で姉さんを追い詰める天魔に対し、彼女は自らの命と引き換えに名もなき天魔を道連れにして散った。
どこまでも不器用で、格好良すぎる人だ。
だからこそ、死なせたくない。失いたくなんて……ないんだけどなぁ。
──そんなモブの葛藤を置き去りにしたまま時間は残酷に流れ、運命の週末がやってきた。
それは、何の前触れもなく訪れた。
この世界には、業魔が出現する際に生じる瘴気の密度を検知し、天気予報のように危険区域を知らせる異界予報というシステムが存在する。
だが──その日……予報は、外れることになる。
全身が不気味なほど真っ白に光り輝く、中背の人間のような影。
それが、街の真ん中に突如現れたソイツを見た時の第一印象だった。
服は着ておらず、凹凸の少ない体格から辛うじて男性型だと分かる程度。
目も口も鼻もない平坦な滑らかな顔面。それなのに、まるで周囲を観察しているかのように首を傾げている。
警告もなく出現した謎の存在に、街の通行人たちも困惑し、遠巻きに足を止めて眺めていた。
やがて白く発光する影はピタリと動きを止めると──顔面の口に相当する部分が横一文字にパカリと裂け、嬉しそうに歪んだ。
「ミツケタ」
次の瞬間。凄まじい衝撃波が叩きつけられ、俺の意識は吹き飛んだ。
◆
……どれくらい意識を失っていたのだろうか。
ズキズキと頭を殴られたような鈍痛に耐えかねて目を覚ますと、俺は見知らぬ暗がりの中に倒れていた。
見上げれば、崩落した天井にぽっかりと大きな穴が開いており、遠くから街の悲鳴と喧騒が聞こえてくる。
「っ……ここは……何が……」
霞む目を凝らして周囲を見渡すと、そこは何十年も放置されたような古びた廃劇場のようだった。
どうやらあの白い発光体が解き放った謎の攻撃を受け、俺は遠くへ吹き飛ばされてこの建物の屋根を突き破り、舞台へ落ちたらしい。
それを裏付けるように全身が激痛に悲鳴を上げ、額からは温かい血が流れていた。
まさに満身創痍。普通なら即死していてもおかしくないレベルだ。
正直、このままここで痛みに耐えながら救助を待ちたい気持ちもあった。
だが──頭上の穴から届いた声に、俺の思考は凍りつく。
「その子を離してもらおうか!」
凛とした、だがどこか焦りを孕んだその叫びは──紛れもなく、俺の推しである軍荼利焔華の声だった。
相手の声は小さく届かないが、状況からして一般人の子供か誰かが人質に取られているらしい。
「おの……卑……怯な……! ただの業魔では……ない……!?」
途切れ途切れではあるが、その言葉には猛烈な見覚え──いや、聞き覚えがあった。
これは……原作コミカライズで描かれた、
そうか……あの異界予報を嘲笑うかのように現れた真っ白な異形。
あれこそが、後にMAHOによって命名される初の上位種──天魔、
間違いなく今、頭上で原作通りの悲劇のイベントが進行している……っ。
「姉さんを……助け……ないと……っ!」
血を吐き出しながら、俺は必死に体を起こそうと爪を立てる。
女の子にバッドエンドなんて似合わない。
推しには、笑って、幸せに青春を過ごしていてほしいんだ。
だけど……俺に何ができる?
チート能力も、アーケインデバイスも持たない、ただの無力な一般市民が助太刀に入ったところで、天魔相手には瞬殺されて足手まとしになるのが目に見えている。
なんで俺にはチートがない⁉ なんで俺には力がない⁉
力さえ……力さえあれば、姉さんを……あの子を助けてやれるのに……っ!
『──力が、欲しいか?』
「っ⁉ 誰だ……⁉」
頭の中に直接響いてきた重厚な声に、俺は慌てて周りを見回す。
だが、廃劇場の客席には誰もいない。
ただ──誰もいない舞台の中央、瓦礫の山の上に、頑丈な鎖でぐるぐる巻きに縛られた
まるでそれは、勇者の訪れを待つ伝説の聖剣のようにも見えた。
だが……聖剣と呼ぶには、その存在が放つ気配はあまりにも不気味で、禍々しく、そして異常なほど重厚だった。
刀身は光を一切反射しない漆黒に染まり、柄や鍔の周りには、複雑な歯車やからくり時計のような機械仕掛けの意匠が施されている。
『我はデウス・エクス・マキナ。妄念具《ディザイア》が一つなり。……迷える子羊よ。惨劇を覆す力が欲しければ、くれてやろう。さあ──我を手に取るがいい』
そして間違いなく、先ほどの声はその黒き大剣から発せられていた。
カチ、カチ、と静かな歯車の駆動音が、静まり返った劇場内に響き渡る。
「妄念具……《ディザイア》……だ……と……⁉」
え、なにそれ知らん……こわっ。