自称モブ、魔法少女を推してただけなのにめっちゃ警戒されてます 作:マジカル☆おっさん
「──報告は以上です」
超常脅威対策機構──MAHOの日本支部にて、私……軍荼利焔華は先ほどの戦闘についての報告を支部長に行っていた。
白髪交じりの髪をオールバックにした男は自身の目を揉みながら、軽く溜息をつく。
実年齢は50代とのことだが、重い心労故かそれ以上に老けて見える。
彼の名前は八正道 解脱《はっしょうどう げだつ》。
世界中に支部を置くMAHOの日本支部支部長である。
彼の血の滲むような尽力がなければ、世界はもっと深刻な危機に瀕していただろう。
MAHOがこうして前線で戦えているのも彼のおかげだと聞く。
そんな彼が溜息をつくというのは非常に珍しいが、それだけの異常事態だというのも十分に理解できる。
なにせ……、
「人語を操り、高度な知性を持つ業魔か……。それだけでも驚くべき情報なのに、さらにはMAHOのデータベースに登録されていない魔法少女の出現か」
業魔は基本的に知性を持たない凄惨な獣だ。
人型の個体も稀に存在するが、それもあくまで『人間に近い形状』というだけであり、先ほど戦った奴のように人間に酷似した外見と知性を持つ個体など、今まで見たことがなかった。
それに『改訂者《リライター》』と名乗ったあの少女。
こちらに戻ってから彼女について即座に照会してみたが、該当する情報は一切ヒットしなかった。
MAHOには世界中のすべての魔法少女の情報が登録されている。
そこに載っていないということは、いわゆる非合法の魔法少女ということになる。
魔法少女には大きく分けて3種類存在する。
まずは、私のように国営であるMAHOに所属する公務員の魔法少女──『オフィシャル』。
そして、MAHOから正式な認可を受けた民間企業に所属する魔法少女──『コーポレート』。
コーポレートに関しては、MAHOの戦力だけでは世界規模の脅威に対応しきれないため、有事の際は招集に応じるという条件のもと民間会社に協力を仰いでいる形だ。
最後に、オフィシャルでもコーポレートでもない、非認可・違法な手段で魔法少女となった存在──『イリーガル』の3種類である。
アーケインデバイスが存在し、波長さえ適合すれば誰でも魔法少女になり得るため、闇ルートで流出したアーケインデバイスが出回り、こうした違法の魔法少女が出現すること自体は珍しいことではない。
だが、リライターのあの常軌を逸した実力は、とても模造品や闇流通のデバイスによるものとは思えなかった。
ただのイリーガルとして処理するには、あまりにも強すぎるのだ。
「業魔に関しては奴らが出現してから50年が経つが、未だ解明されていない謎も多い。今回はその上位種が現れたと仮定し、今後も厳重な警戒体制を敷くことにしよう。そうだな……便宜上、その上位種は『天魔』とでも呼ぼうか」
天魔。今後もあのような奴らが継続して現れるとなれば、苦戦は必至だ。
私が対峙した相手は、正面からの純粋な戦いであれば勝てない相手ではなかった。しかし知性があるということは、今回のように一般人を人質に取るような卑劣な手段を躊躇なく講じてくる可能性がある。
大切なものを守り抜くためにも、より厳しい訓練を重ねなければならないだろう。
「問題は、その謎の魔法少女だ。彼女は確かに改訂者《リライター》と名乗ったのだね?」
「えぇ、そして脚本がどうだとか、そんな言葉を呟いていました」
私がそう答えると、八正道支部長は深く顎に手をあて「ふむ」と呟く。
「改訂者……か」
「何かご存知なのですか?」
そう問いかけると、彼は静かに首を横に振った。
「いやね、君から聞いた話をすり合わせると、彼女は随分と
言われてみれば、こんな粗末な脚本は認めないだのなんだのと口にしていた気がする。
「つまり、今回彼女が突如として姿を現したのは、何か彼女の中で見過ごせないイレギュラーが発生したから……ということでしょうか?」
「だろうね。その場の気まぐれやノリで適当なことを言っていたわけではない限り、その可能性は極めて高いだろうね」
「あれほどの異次元の力を持つ存在が、意味のない戯言を口にするなどとは到底考えられません」
私が即座にそう否定すると、支部長も「だろうね」と力なく苦笑した。
「彼女は……我々の味方だと思うかい?」
「分かりません。今回はたまたま天魔と敵対していたようですが……もし支部長の仰る通り、彼女の中に明確な脚本が存在し、そこから外れることを異常に嫌うという性質があるのなら、状況次第では私達と敵対することも十分に考えられます。味方に引き込めればこれ以上なく心強いですが、不確定要素があまりにも多すぎます」
私個人の直感としては、彼女から邪悪な意図は感じられず、どこか味方であるような気もしていた。
だが、一介の魔法少女が個人的な感情で楽観的な結論を述べるわけにもいかず、無難な考察を答える留めた。
「ま、そういう結論になるだろうね。今後、もし再び彼女と遭遇するようなことがあれば、味方に引き込めるかどうか探ってみてくれ。もちろん、無理は絶対に禁物だよ」
「承知いたしました」
「うん。……それじゃあ、報告はこれで充分だ。この後はしっかり身体を休めてくれ」
支部長の労いの言葉を了解したことを示すように、私はペコリと深く頭を下げて踵を返す。
「そうそう。今回は無事だったけれど……もう二度と死なば諸共なんて捨身の覚悟は考えちゃダメだよ。人間の命は貴重なんだ。簡単に捨てていいものではないからね」
今回、最悪の場合は自爆するつもりだったことも正直に伝えていたため、背後から支部長が嗜めるように言葉をかけてきた。
「……善処します」
そう一言だけ答えると、私は支部長室を後にするのだった。
◇
「やぁやぁ、軍荼利くん。ちょっといいかな」
シャワーを浴びて私服に着替えた後、そろそろ寮へ戻ろうかと支部内の廊下を歩いていると、あまり関わりたくない人物から声をかけられた。
肩まで伸びたウェーブがかった黒髪。
長年の深刻な睡眠不足と不規則極まりない生活によって落ちくぼみ、ギョロギョロと不気味に光る瞳と、病的なまでに白く不健康な肌。
ヨレヨレの白衣に身を包んだその女性が、薄笑いを浮かべて話しかけてくる。
「……松戸主任」
本来なら、あからさまな嫌悪感を表情に出すのは社会人として控えるべきだと理解してはいるのだが、この人物と相対すると、私であっても感情を抑えきれなくなってしまう。
見た目こそ女性そのものであるが、その精神と本質はれっきとした男である。
聞けば現在の身体は実の妹のものであり、元々の自分の身体が不治の病に冒され長くなかっことため、妹の身体を強奪して精神を移植したという、倫理も人の道も完全に外れた極悪人であった。
なぜそのような凄惨な人間が野放しで普通に歩いているのかと怒りを覚えざるを得ないが、奴は私たちの力の源であるアーケインデバイスの研究・開発を一手に担っており、こと技術力においては人類トップクラスの頭脳を有している。
彼を失えば現在のMAHOの戦力維持は不可能ですらあると言われているため、どれほどの外道であっても上層部から見過ごされているのだ。
アーケインデバイスの適合実験などでは非常に紳士的な態度をとるという話も聞くが、それすらも目的のための巧妙な演技ではないかと疑ってしまう。
「クックック、まあそんなに嫌な顔をするものじゃないよ。なぁに、ちょっと君が出会ったという業魔と違法少女《イリーガル》について話を聞きたいだけさ」
松戸は薄汚い笑みを口元に浮かべながら言った。
「これまでの通常の業魔相手であれば、現行のアーケインデバイスでも問題はないだろうがね。上位種が出たとなれば話は別だ。奴らに対抗するためには少しでも多くの情報を集め、デバイスを改良していく必要がある。それに、その違法少女《イリーガル》の持っていたという正体不明の武器も、大いに興味深くてね」
「……どちらに関しても、先ほど支部長に報告した以上の情報をお話しすることはできないと思います」
「なぁに、現場の目撃者から直接話を聞くということに重大な意味があるのさ。人から人へと伝わる過程で、情報というのは故意にしろ無意識にしろ必ず改竄されてしまうものだからね。人間というのは物事を伝える際、勝手に情報の取捨選択をしてしまう生き物だから、クックック……」
彼の人物像は到底好ましいものではないが、その論理的な言い分自体は理解できる。
私は心の中で静かに溜息をつきながら、今回の戦闘の詳細について改めて話すのだった。