ほっこりとした空気も収まり、ルナの状態を確認し終えた闇冥にモカが声をかける。
「それで……何とかなりそ?」
「う〜ん、難しい事には変わりないけどね〜。脳に繋がっている神経に魔力を通して、その魔力を装置に循環させて言語化する感じになるかな?でもそうなると、どうしても声質が機械のそれになっちゃうんだよね」
「何とかならへん?」
「出来るだけ年頃の女の子の声に近付けるように工夫はしてみるけどさ、あまり期待しないでね?」
「まぁ喋れるようになるだけまだ良いって思うことにするわ」
「それじゃあ早速取り掛かる事にするよ」
〈ルナ、しゃべれる、ように、なる?〉
モカと闇冥の会話を聞いていたルナはその内容を全て理解する事は出来なかったが、どうやら喋れるようになるということだけは理解出来ていた。
なのでその事に関して訊ねるように、シグマの服の裾をちょいちょいと引っ張りながら問いかける。
「そういう事になるな」
〈しゃべれる、ようになったら、いっぱい、おしゃべり、する!〉
「ははは、そうなったら姐さんなんて大喜びするだろうな」
「はいはい、そこで二人だけでお話してたら、うちらが困るやろ。というかルナはなんでそんなにシグマさんに懐いとるん?」
「それは……俺も知らん」
これについてはシグマ本人にも本当に理由が思い当たらないのでそう答えるしかない。
その事にモカは不満そうに頬を膨らませ、それを見ていた周囲の者達はクスリと笑う。
「あ、ところでモカさん」
「なんや?」
「その子の事について何か分かった事とかあるの?」
闇冥のその問いにモカは首を横へと振った。
「まだな〜んも分かっとらん状況や。雷電さんに頼んで調べてみては貰っとるけどな」
「雷電に頼んでたのかよ!どーりでアレについて調べて貰おうと思ったのに最近姿見ねぇなと思ったら……そんな事なら一言くらい教えてくれよ?あいつ、一応俺の補佐なんやで?」
「ごめんごめん。でもこういうのは雷電さんに頼んだ方が早いから、ついついな?」
「仕方ねぇな……まぁ帰ってきてから頼むことにするか。ちなみにどれくらいで戻ってきそうなんだ?」
「さぁ?」
「〝さぁ?〟って、お前……」
モカはシグマの補佐であり赤猫ファミリーの幹部でもある雷電にルナについての調査をお願いするにあたって、その明確な期間を定めてはいなかった。
故に現在その調査を行っている雷電は────
「……………………………………はよ帰りたい……」
どこぞの木の枝の上にて、その終わりの見えない任務に半ば鬱になりかけていた。
そんな事など当然知る由もないモカは睨むシグマの前で両手を振って彼を宥めていた。
そして場所は変わりラムダの研究室────
そこで例のゾンビ兵と、その中に組み込まれていたスケルトンを闇冥は興味深そうに観察していた。
「凄いねこれ……この額に刻まれた魔術陣は刻んだ人物の命令を忠実に実行する為のものなんだけど、その他に複雑な命令でも遂行できるような媒体が内蔵されてる。だから複雑な命令でも難なく遂行出来てたんだと思うよ?」
「媒体?俺らが調べてた時にはそれらしい物なんて見つけられなかったんだけどな」
「う〜ん……この場合、このスケルトンではなくそっちのゾンビの中にあると思うよ?」
「それじゃあ腑分けしてみましょうか」
そうしてラムダはまた医療着に着替えると、手際よくゾンビを解体して行った。
するとゾンビの脳を切り開いた際にその中からコロンと小さな何かの欠片が転がり落ちる。
シグマがそれを拾って見てみると、それは何かの鉱石のような欠片であった。
「なんだこれ?……石?」
「あ!それってもしかして魔石じゃないの?」
「魔石?これがか?俺の知る魔石とはえらく違うな」
この世界にある魔石は赤黒い宝石のようなものである。
しかし今シグマが手にしている魔石は綺麗な青色の宝石であった。
「多分、〝魔青石〟ってやつだよ」
「魔青石?」
闇冥の言葉にシグマが首を傾げていると、ラムダがハッとした表情で口を開く。
「もしかして……ラピスラズリに何かしらのきっかけで魔力が宿ったものとされている、あの魔青石ですか?」
「そんなに凄いものなのか?」
「凄い……と言うか非常に珍しいものよ。古来からルビーやサファイア、ラピスラズリといった宝石は魔力を通しやすくて魔力媒体として活用されるものが多いのだけれど、それでも宝石には変わらないの。でも魔青石は魔力がラピスラズリに自然と宿った事でそのラピスラズリが変質したもので、通常のラピスラズリよりも更に価値のある魔力媒体としては格段に優れたものなのよ。確かその大きさでも数百万リル……星銀貨数枚分の価値があるのよ」
「はぁ?!」
ラムダが口にした金額にシグマは思わず手にしていた魔青石を落としそうになった。
「はぁ〜〜〜……こんなちっちぇえ石ころで星銀貨数枚分の価値があるとはなぁ。俺はその手の事はからっきしだが、それでもとんでもねぇ代物ってのは分かったぜ。しかしそんなモンをこんなのに使うなんて、こいつを作った奴はかなりの大物だな」
「なかなか手に入る物では無いからね。そうなると不味いんじゃない?ボクら、とんでもない相手を敵に回したって事なんじゃないかな?」
「こいつぁ直ぐに姐さんに報告だな。それに……」
シグマはそこで言葉を区切ると、ゾンビを一瞥してから話を続ける。
「これで統制の取れた動きをした理由についても分かった。これで奴さんがどんな奴なのか辿れるだろうよ」
「それについては兄様達の管轄になるわね。拙はこのまま更に調べてみるわ。もしかしたらまだ埋め込まれてるかもしれないから」
「じゃあボクは頼まれてた魔術具の製作をしに戻るよ」
「了解。それじゃあラムダは他に何か分かったら報告よろしく。闇冥の方も宜しくな。あ、あとラムダ。こいつを一つ持ってくわ。姐さんにも見せた方が早いだろうからな」
「大丈夫よ。はぁ〜……その大きさだと身体の至る所に埋め込まれてそうな気がしてきたわ」
「はは、まぁ無理しねぇようにな」
そうしてシグマと闇冥はラムダを残して研究室を後にした。
そしてシグマは先程の魔青石を手にモカの元へと向かう……モカの執務室にはルナがチャコルが用意したと思われる飲み物とお菓子を口にしていた。
しかしシグマが来たことに気付くと、そのお菓子が入った容器を手に彼の方へと駆け寄ってくる。
〈どーぞ♪︎おいしいよ♪︎〉
「お、良いのか?そんじゃ一つ貰うわ。うん、美味い」
〈えへへ♪︎〉
ルナからクッキーを一つ貰ったシグマはそれを食べた後、その小さな頭を優しく撫でる。
それがまた嬉しいのかルナは笑顔で座っていたソファーへと戻る。
「ルナもここに居たんだな?」
「まぁね。一応、一緒にいた方がええやろって思って。そんで……何か分かったんか?」
「あぁ、その前に……ほれ」
「ん?何やこの石?妙に綺麗な青い石やな」
「魔青石って言うやつで、その大きさでも数百万リルくらいするらしいぞ?」
「なっ────」
値段を聞いたモカは驚きの余り手にしていた魔青石をつい放り投げてしまった。
それを見たシグマが慌ててそれをキャッチする。
「お、おま……落ちた衝撃で砕け散ったら数百万がパァだぞ?!」
「ごごご、ごめん……数百万って聞いて思わず……」
「まぁいくらニャンルージュ公爵家の出だとしても、数百万はかなりの額ですからねぇ。懐かしいですね……幼い頃に何気なく手にした水晶玉が500万リルと聞いたモカ様が驚きの余りそれを放り投げ、更に運悪く投げた先にあった1000万の壺に当たってどちらも砕けてしまい、シズク様から三時間ほど説教をされた事が御座いましたね」
「大人になってもそれかい」
「だからごめんて!あとサイファーさん……うちの今までにあった嫌な思い出のひとつを掘り返さんといてよ!」
「私はモカ様がどれだけ不注意なのかを言った迄です」
「言わんでええねん!……で、その魔青石だっけ?それがどうかしたん?」
「もうちょい反省しろよ……まぁいいか。この魔青石がゾン……アレの中に埋め込まれててな。どうやらこいつのお陰で統制の取れた動きが出来るようになっていたらしい」
「そもそも魔青石って何なん?魔石とはちゃうの?」
モカがそんな質問をシグマにすると、代わりにサイファーが魔青石についての説明を始めた。
「魔青石というのは宝石の一つであるラピスラズリに自然と魔力が宿ったことで変質した物となっております。ラピスラズリよりも更に魔力媒体としての純度が高く、他国ではそれを巡っての裏取引がされている程だそうですよ」
「なるほどなぁ……そういうのは他にもあるんか?」
「そうですね……今現在確認されているのはその魔青石と、あとはルビーが変質化した〝魔赤石〟。オニキスが変質化した〝魔黒石〟やダイヤモンドが変質化した〝魔剛石〟くらいですね。探せば他にもありそうですが……なにせ非常に稀有な現象の為、その数が恐ろしく少ないんですよ」
「少ないって……どれくらい?」
「そうですね……世界で最も広いとされるベルゴン砂漠の中から、たった一粒の砂金を見つけるくらい少ないと思いますよ?」
「おおぅ……確かにそうなると珍しいもんっていうのが分かるな。そうなるとあのゾンビ達に一つずつこれが入っとるって事やな?」
「いや……ラムダが言うにはその大きさから予想するに身体の至る所にあるかもしれんそうだ」
「……は?珍しいもんなんやろ?それが幾つもあるんか?」
「それか元々大きな魔青石を砕いて使用しているのかもしれませんね」
「あ〜、そっちの線の方が現実味があるな。とはいえそれ程の大きさの魔青石があるってだけでも相当なもんだが」
そこで三人は瞑目して魔青石について考え込んでしまう。
そんな横でいつの間にかシグマの隣に来ていたルナが、モカの机の上に置かれていた魔青石に興味を抱き、そして子供特有の好奇心でそれに触れてしまった。
〈きれーないしー〉
「「「え?」」」
その瞬間、ルナの手の中にあった魔青石が突然光り輝き、その光は一気に室内を明るく照らし包み込んだ。
「は?」
「なっ!」
「ちょっ────」
シグマは咄嗟に自身の腕で自身の目を覆い、サイファーとチャコルは顔を背けたが、モカだけは咄嗟な反応が出来ずにその光を諸に受けてしまう。
そして光が収まった時、モカだけは両目を抑えて悶絶していた。
「目が!目がぁぁぁぁぁ!」
「落ち着けモスカ!傷は深い!」
「アカンやんけ!というかモスカって誰や!」
「大丈夫か?ちゃんと見えてないか?見えてないのなら安心なんだが……」
「逆やねぇ?!見えてなかったら安心では無いんよ!ちゃんと見えとるわ!」
「なんだ……つまらん」
「つまれや!と言うよりもさっきの何なん?なんで急に光ったん?」
「それは知らねぇが……」
ふとシグマが視線を向けた先……ラムの手の中にある魔青石は淡く光り、それにより青色から
そしてその淡い光から僅かに感じる気配もまた違うものになっている事にシグマは気付いていた。
「ルナ、ちょっとそれ貸してくれないか?」
〈……?いいよー〉
ルナから差し出された魔青石を受け取ったシグマはそれを眺めたあと、腰の鞄から取り出した小瓶の中にそれを入れて栓をする。
「……?それどうするん?」
「姉貴に送る。姉貴はこの手の事に詳しいからな」
「あぁ、〝ゼータ〟さんか」
〝ゼータ〟……名を〝ゼータ・コルニクス〟と言い、シグマとラムダの姉にして北の大国〝ロシエト連邦国〟では有名な魔女である人物。
西の大国であるヴァルデニャン王国へとシグマとラムダが移り住んだ事で直接的な接触は激減したものの、このように時折連絡を取り魔術関係についての助言を貰う事があった。
ちなみにコルニクスは夫の姓であり、四人の子供を持つ母親でもある。
「元気にしとるんかな?通信結晶で話をした事はあるけど、未だに顔を見た事が無いんよなぁ」
「まぁ姉貴は基本的に家に籠って魔術の研究をしているそうだからな。向こうでも姉貴の姿を見た奴はそうそういねぇんじゃねぇか?」
そう話しながらテキパキと魔青石が入った小瓶を布で包んでゆくシグマ……そして丸めた小さな紙と共に紐で縛った後、シグマの影から一羽の鴉が姿を現す。
シグマはその鴉に荷物を渡すと、受け取った鴉はモカの背後の窓をすり抜けて空へと飛び立って行った。
「便利やなー、
「俺にしか使えんがな。さて……ゾンビについての報告は以上だが、これで多少なりともルナの事について分かったな」
「え?そうなん?」
「……」
真顔で疑問符を浮かべるモカにシグマは〝マジか……〟という表情となる。
これにはサイファーも思わず喜劇のようにズッコケてしまいそうになった。
「この国で市場に出回るような魔青石なんてありゃしねぇ。なにせその辺りのモンは全て王家に献上されるからな。もしそれを秘匿にして隠し持ってたとなりゃあ、そいつは必ず極刑に処される……王家に叛意有りと判断されるからな」
「それ程までに魔青石は秘めたる力を宿しておられるのですよ」
「まぁそういうわけで、ルナは多分だがこの国の人間じゃない。当然ゾンビ共を差し向けた奴も同様だ。ルナは何かしらの理由で黒幕から狙われている。その黒幕の魔の手から逃げ逃げ続け、この国にやって来た……ってぇのが俺の推測かな」
「じゃあどうやってこの国に入ってきたん?こんなちっちゃな子が一人で来たって言うなら、王都の……いや、国境の関所で止められとるやろ?」
「荷物に紛れ込んで来た……というのは?」
「荷物に?」
「偶然見かけた荷馬車の中に紛れ込んで、そして王都に着いた時にこっそり抜け出したんじゃないか?」
モカ、サイファー、シグマの三人がルナへと視線を向けるが、当の本人はシグマから返して貰った光る魔青石に夢中になっている。
「ともかくだ。こんな大きさとはいえ稀少な魔青石をアレに使ってる事から察するに、湯水のように使える程の魔青石を……そしてそれを簡単に扱える立場にある奴が黒幕だと見ても良いだろう」
「ルナお嬢様が狙われていた理由についてもこれから探っていかなければならないでしょうね」
「それ迄はうちで保護しとくしかあらへんかな」
「それは当然だろうけど……シズクさん達には何て説明する……って、その辺りは既に報告済みか」
「(ギクッ……)」
シグマがそう言った時、モカが気まずそうな表情で目を逸らした。
それを見逃さなかったシグマは途端に険しい顔付きになる。
「おい、まさか……」
「モカ様、ルナお嬢様の事、奥様に伝えていないのですか?」
「い、いや……ルナについては詳しい事分かってから言おうと思ってたんよ……」
「そういや屋敷へと訪問は延期して貰ったっつってたけど、何時に延期になったんだ?」
「…………………………………………………………した」
「は?」
「明日……です……」
「「はぁぁぁぁぁ?!」」
非常に言いづらそうにそれ答えたモカに、シグマはおろか普段は冷静なサイファーでさえもそう声を上げてしまうのだった。
【人物紹介(詳細版)】
「クロノ・ヴァイオレット」
赤猫ファミリー六幹部の一人。
ヴァルデニャン王国にて代々〝紫錦の黒騎士〟として有名なヴァイオレット侯爵家の生まれで、本人はその次男。
当主であり〝紫錦の黒騎士団〟の団長である父親に稽古をつけられ立派な騎士として現在はモカの専属騎士として働いている。
また魔術にも詳しく〝闇影〟として知られており、その剣の腕は斬鬼丸にも引けを取らない程。
しかし斬鬼丸とは違い素直な剣筋であるが故にシグマのような臨機応変に動く相手とは相性が悪い。
本来は自分がモカの右腕としてその隣に立ちたかったという思いがあるが、だからといってシグマとの関係性が悪い訳では無い。
魔剣〝アールヴリード〟は彼が成人になった際にそのお祝いとして父親から贈られたものである。