謎の少女と襲撃者
ここはヴァルデニャン王国王都────
ヴァルデニャン王国内で最も人口が多い場所として朝から夜まで眠らない街として非常に賑わっている都市で有名なその大通りを、モカはサイファー、斬鬼丸、クロノ、そしてシグマと共に歩いていた。
「やっぱりこの通りは連日賑わってて人が多いね〜」
「叔父鬼、今のうちに姐さんに首輪とリード付けとけ。じゃねぇと一瞬の合間に姐さん迷子になるで?」
「おう、そうやな。どれ……丁度ペットショップあるさかい、今から買ってくるわ」
「なんでや?!流石にこんな一本道で迷子になるわけないやろ!」
「おぉ……この前、その一本道で迷子になってギャン泣きしながら近所のガキ共に連れられてきた奴の言葉とは思えねぇ」
「忘れたってくれや!うちの黒歴史を!!」
前にあった失態を掘り返され、その恥ずかしさで赤面しながらモカはそう叫ぶように言い放つ。
そしてキッとシグマを睨むと、仕返しとばかりにこんな事を言い出す。
「そういうシグマさんだってこの前道に迷っとったやろ!」
「俺は人混みってぇのが苦手で酔って流されてただけだ。少し休んでからちゃんと合流してただろ?しかも自力で。しかも自力で」
「大事な事だとばかりに二回も言うなて!更に最後だけ強調しよってからに……」
「まぁまぁモカさん、事実なので仕方無いですよ。次は気をつければ良いんです。もう何度目か分かりませんけど」
「クロノさんも最後の一言余計や!」
「そういえばシズク奥様がよく話しておられましたね……〝モカは幼い頃はあっちへフラフラこっちへフラフラしては直ぐに迷子になるから最終的に紐で繋いでいた〟と……本家に頼んで贈って貰った方が宜しいですかね?」
「宜しくないからなサイファーさん?要らんから、大人になってまで。あ〜もう!うちを全肯定してくれる味方はおらへんのか!」
「モカ……」
「せや!そういえば斬パパがおったわ!斬パパだけはうちを全肯定してくれる最大の味方やもんな?」
この中で唯一モカに優しげな笑みを浮かべていた斬鬼丸にモカは目を輝かせ期待を込めた眼差しを向けた。
するとそんな斬鬼丸は彼女の両肩に手を置き、その優しげな微笑みのまま次のように述べた。
「事実はな、受け止めなアカンねん」
「最大の味方に裏切られた!」
「姐さん、ここでそんな事やってると邪魔やからさっさと立ちなさいや」
「蹴るな!うちは赤猫ファミリーのボスやで?!」
ゲシゲシとモカの身体を軽く蹴りながら辛辣な言葉を述べるシグマ。
そんな彼に怒り口調でモカがそうツッコミを入れていると、その様子を見ていた近くの花屋の少女が駆け寄ってこう訊ねる。
「どうしたのモカおねーちゃん?またまいごになったの?」
その言葉がトドメとなり、モカはその場に倒れ込んだ。
「お終いや……うちのファミリーのボスとしての威厳はお終いや……」
「元から終わってるから安心しろってフォロー入れた方が良いのか?」
「やめんかバカタレ。そないな事思っても言うもんやないでシグマ君。しかも本人に聞くなや」
「まぁそうですよね……シグマはこういう感じですよね……」
「ボケとして言ってるのか本気で言ってるのかたまに分からなくなるので戸惑いますねぇ」
更に追い打ちをかけるシグマにその頭をひっぱたきながらツッコミを入れる斬鬼丸と、それを見ながら口々にそう話すクロノとサイファー。
通行人達に注目されているのも気にせずに倒れているモカにシグマが〝どうしたものか〟と立ち上がった時、不意に彼の視界の端にあるものが見えた。
気になりそちらへとシグマが視線を向けてみると、そこには飲食店と喫茶店の間……その裏路地に置かれたゴミ箱の影から人の足のようなものが覗いているのに気がつく。
「ぐぇっ?!」
わざとなのか無意識なのかシグマがモカの身体を踏み付けながらそちらへと向かうと、そこにはゴミ箱の隣で倒れている一人の少女の姿があった。
「ボスを踏むなんてどんな神経しとるんやー!」
「姐さん、女の子が行き倒れとんで?」
「女の子やて?!」
〝女の子〟と聞いて即座にその場で立ち上がり駆け出すモカ。
それに対しシグマは瞬時にモカとの距離を詰めると、すれ違いざまに自身の足で彼女の足を払った。
それによりモカは裏路地に入る前にみっともなく地べたにヘッドスライディングを決めてしまう。
「へぶっ?!な、何すんねんいきなり……」
「落ち着けど阿呆!女の子とみるや見境なしかお前は?」
男好きで女好きでもあるモカは常日頃から暇さえあれば花街へと通い、街でタイプの女性を見かける度に口説き始める。
そんな彼女であるが故に〝女の子〟と聞いたら無意識に身体が反応してしまうのである。
そんなモカを足払いで制したシグマは倒れていた少女を慎重に抱き上げる。
モカはそれを羨ましそうに見ていたが、その視線ごとシグマによって踏みつけられていた。
それを後ろで斬鬼丸、サイファー、クロノは呆れ返った様子で両肩を竦め、首を横へと振っていた。
そして一同はシグマの腕に抱えられていた少女へと注目する。
「この子……何故あそこで倒れていたのでしょうか?」
「分からん……が、見る限りかなり憔悴してそうだ。見た目以上に軽過ぎる」
「という事は食事がとれていないのでは?」
「一先ず警察に預けようにもこんだけ弱り切っとると命が危ういかもしれんな」
「なら一旦こちらで保護して、元気になってから警察に預けるかどうか改めて話し合うというのはどうでしょう?」
「その案採用やな」
こうして少女を保護することに決めた一同……そんな時、復活したモカがこんな一言を言い放つ。
「ならその子はうちが抱っこして連れて帰るわ」
そんなとてもとっても良い笑顔を浮かべながらそう言ったモカだったが、対する四人はかなり冷えきった視線を彼女へと向けていた。
そして四人はモカから少し距離を取りヒソヒソと話し合う。
「姐さんあぁ言ってるけど……どうする?」
「まぁ危険でしょうね」
「せやな……今のモカにこの子任せたら何するか分からへんしな」
「どさくさに紛れて胸とか揉んでそうですよね」
そうして一旦モカを見る四人……モカが期待を込めた表情で四人を見ている姿に、四人は心の中で何としてもモカに任せる事だけはよしておこうと決めたのだった。
「よし、帰るか〜」
「せやな、早くその子ベッドに寝かさんとな〜」
「今のうちに料理長に軽めの食事頼んでおきましょう」
「それなら私は替えの服やメイド達に入浴の手筈を整えておくよう伝えておきます」
「あれ?あれれ?お〜い皆〜、その子うちに任せる話はどこ行ったんや〜?」
そんな事を言っているモカを尻目に四人は屋敷へと帰ろうとしたその時だった。
それにいち早く気づいたのはシグマと斬鬼丸だった。
シグマは少女をサイファーに預けると、斬鬼丸と共に立ち止まっていたモカの方へと飛び出す。
「へ?」
ポカンとした表情で立ち尽くすモカの横を通り過ぎ、シグマと斬鬼丸は彼女の背後に迫っていた正体不明の二人の人物に向けてそれぞれの剣を抜き放つ。
ギィィィン────
「ひゃっ?!」
突然背後から聞こえてきた金属がぶつかり合う音に驚くモカ……そんな彼女をあとから追いついたクロノは急いでモカの腕を掴んで引き寄せる。
「モカさんはサイファーさんの側へと移動してください!」
「え、あ、うん……」
何が何だか分からないモカはとりあえず言われた通りにサイファーの元へと駆け寄ろうとする……しかしそんな彼女の横からまた新たにもう一人の人物が現れ、振り上げていた鉤爪をモカへと振り下ろそうとする。
「シッ────」
その爪がモカの頭へと届く寸前で剣を抜き放っていたクロノがそれを弾いた。
「うちのボスをそう簡単に殺れると思わないでくださいね」
「……!」
暗殺を阻止された正体不明の人物は恨めしそうにクロノを見ると、体勢を整えクロノに向き合う。
「いったい何なん?!なんで狙われとるんやうち?!」
「何処ぞの敵対組織からの刺客でしょうか?とりあえずモカ様は彼女をお願いします」
「えっ、ちょっ……うわっ、軽っ!!?」
まるで羽毛を手にしたくらいの少女の軽さに驚きつつ、モカは彼女を優しく抱き抱える。
そのタイミングでサイファーがまた新たに姿を現した暗殺者を蹴り飛ばしていた。
「モカ様はそのまま屋敷まで逃げて下さい!決して彼女を離さないように!我々もこちらを始末次第直ぐに追いつきますので!」
「わ、分かった!皆気を付けてな!」
「あと決して迷子にならないように!」
「こんな時まで一言余計や!」
モカはそう言うと踵を返して走り出した。
幸い少女の身体は酷く軽く、抱き抱えながら走るに苦ではなかった。
しかしモカは姉妹達の中では最も運動神経に乏しいと自負している……更に天性の方向音痴によりあれだけサイファーから言われていたのにも関わらず道に迷ってしまった。
「え〜と……う〜んと……確かこっち……こっちのはずや!間違いあらへん!」
いつの時代もどの国においても方向音痴である者は切羽詰まった状況になると何故か妙な確信を持ってしまう。
それ故にモカは更に道に迷い込んでしまい、それでも走り続ければ、進み続ければ屋敷に辿り着くだろうという願望にも似た思いのままに進み続けた。
その結果────
「あれ……も、もしかしてここってさっき来た場所やろか?」
あちらこちらへと進み続けたモカはまた来た場所へと戻ってしまっていた。
すると丁度暗殺者の一人が彼女と出くわしてしまい、
持っていたナイフをモカに突き刺そうと走り出す。
「ちょっ……待った待った!今うちこの子抱っこしてて両手使えな────」
焦りながらそんな事を口走ってしまうモカ……しかし暗殺者はその足を止める様子もなく、そのナイフの切っ先は徐々に自身に向けて迫っていた。
(なら、せめてこの子だけでも────)
そうしてモカは少女を抱き締め、暗殺者のナイフから庇うように背を向ける。
その直後────
「全身の骨ぶっ飛ばしながら
突如壁からスルリとすり抜け出てきたシグマがモカ達に迫っていた暗殺者の横からその身体に勢いよく蹴りを放った。
するとシグマの足は暗殺者の身体をすり抜け、同時に出てきた暗殺者の全身の骨を勢いそのままに対面の壁へと蹴り飛ばした。
陶器が割れたような、そんな音と共に暗殺者の全骨格は脆く儚く砕け散り、それを失った暗殺者はぐにゃりと身体を捻じ曲げながら地面へと崩れ落ちた。
「もしやと思って戻ってきてみればやっぱり迷子になってたか!良かったな姐さん、俺が〝透過能力〟持ちでよ」
「た、助かった〜……ありがとうシグマさん……」
すんでのところで助かったと知ったモカは少女を抱いたままヘニャヘニャとその場にへたり込んだ。
しかしふと疑問に思いシグマに向けてそれを口にする。
「ところでシグマさんはどうしてうちがここにいるって分かったん?〝もしや〟と思っても本当にここにおるかどうかなんて確証は無かったやろ?」
「あぁ?何言ってんだ姐さん。俺は人の念っつーか残留思念が視れるの忘れたんか?」
「あ……そういえばそうやったな……」
シグマは物体をすり抜ける〝透過能力〟の他に相手の残留思念が視える特殊な眼を持っていた。
それは対象がその場所でどのような行動をしたのか視る事が出来る一種の〝過去視〟のようなもので、これによりシグマはモカがあの場から逃げてから現在に至るまでどのルートを通ってきたか把握する事が出来た。
更には生物の魂を見ることも可能なので、それ故にモカがいる場所や暗殺者が迫っている事も直ぐに知ることが出来たのである。
その事を言われて思い出したモカは〝そういえばシグマさんは何度はぐれても直ぐに合流する事が出来ていたな〟という事を思い返していた。
「そういえば皆は無事なん?他の襲撃者は?」
「叔父鬼達も当然無事だ。今頃姐さん達を探してるだろうぜ。ちなみにこいつと共に襲ってきた他の奴らについては既に捕縛済みだ」
「良かったわ……なんで襲ってきたのか、誰に命令されたのか聞き出さにゃならへんからな」
「あ〜……その事なんだが……多分聞き出すのは無理だと思うぜ?」
「何でなん?」
モカの言葉に急に歯切れが悪くなるシグマ。
その事にモカが首を傾げていると、シグマは徐ろに隣に転がっていた先程の暗殺者の遺体を持ち上げ、そのフードを取り払う。
頭蓋骨まで抜き取られていた故に眼球は体内へと入り込んでおり、その気色悪さと生々しさにモカは思わず顔を背けてしまいたい衝動に駆られた。
「グロいがちょいと我慢してくれ。んでこいつの被ってる覆面……なんか違和感感じねぇか?」
「違和感?不気味さは感じとるけど……」
「それじゃあ触ってみ?」
「え"っ……これに触んの?ホンマに?」
「実際に確認してみねぇことにはこれから話すことに信憑性が湧かねぇだろ」
「まぁそう言うなら……」
そう言いながらモカは恐る恐る覆面に手を触れる。
するとその感触はまた気持ち悪く、ぶよぶよとした感触にモカは思わず吐き気を覚えた。
しかし触るにつれて次第にその表情が訝しげなものへと変わり、彼女が感じ始めていた違和感は彼女がその覆面を摘んだ事で確信へと変わった。
「こ、これ……人間の……皮膚?」
「正解だ。こいつらの覆面だと思ってたのは人間の皮膚で出来たもんだった。ならなんで、ンな趣味の悪りぃもんを被っているのかと言うと理由はこれだ」
シグマはそう言ってから人間の皮で出来た覆面を取り払う。
するとそこから出てきたのは腐敗した人間の顔であった。
それを見たモカは思わず声を上げる。
「〝
それは正しく死霊系魔物の代表格である〝生ける屍〟のものであった。
それを見たモカは戦慄していたが、直ぐにふとある疑問を抱きシグマへと問いかける。
「えっ……でも待って?ゾンビって確か自我が無くて食欲のみしか残ってへんはずよね?でもこのゾンビは明確にうちを殺そうとしてきたし、何ならあの時シグマさん達と戦闘しとったよな?」
「そこが俺らの知るゾンビと違う所でな。まぁゾンビだから会話なんて出来ねぇし、当然尋問なんかも不可能。ならせめて持ち帰って調べてみるしかねぇってんで殺さず捕縛したんだ。まぁこいつは俺が全部の骨引っこ抜いて砕いたからもう動けねぇけどよ」
「調べるったって、いったいどうやって…………あ!もしかして────」
「〝餅は餅屋〟ってな。こいつらはその専門家に見て貰う。うちの専属医師であり、そして〝天才死霊術師〟と言われた
そうしてモカ達は謎の少女と、そして四体のゾンビ達を連れて屋敷へと帰った。
ちなみに余談ではあるが、帰宅直後にモカ達と出くわしたレイが、モカの腕の中にいる少女を見て〝浮気〟だの〝隠し子〟だの言った挙句に〝やっぱり私は遊びだったんだ〟と泣き叫んでその場から走り去り、モカが機嫌を直して貰うのに相当苦労したのは言うまでもない。
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