あれから数日が経ち、赤猫ファミリーはまたいつもの忙しい毎日を送っていた。
とは言え、現在シグマは妹であるラムダと共に未だゾンビの分析と解析を行っており、ラムダもまたその傍ら未だ目覚めぬ少女の様子の確認に追われていた。
モカもモカで日々の書類仕事に追われており、王都で起こる諍いは斬鬼丸やクロノ、そしてハチワレとミツバの兄妹が出向いてそれを治めていた。
そんな中、執事兼秘書であるサイファーもまた日々の業務に追われており、彼の周囲では他の使用人達がその指示に従い忙しなく動き回っている。
────と言うのも実はこの季節になるとあるイベントがこの屋敷で開かれるのだが、彼らはその準備で大忙しなのである。
「サイファー様、この食器は何処に置いておきましょうか?」
「それは直ぐに用意が出来るよう、そちらのテーブルに置いて下さい」
「サイファー様、庭師が草木の選定が終わったので確認をして欲しいとの事ですが?」
「後で確認しに行くので一先ずゆっくり休んでいて下さいと伝えておいて下さい」
「サイファー様、古くなっていた電球の取り替え作業が終わりました」
「分かりました。それでは次に客間のベッドメイキングが十分であるか手分けして確認お願いします。何か不備などがあればその都度改善の程宜しくお願いします」
「サイファー様……シグマ様とラムダ様がまた朝食にお越しになられませんでした……」
「またですか?まぁ二人は分析と解析に追われていますし仕方が無い事でしょう。そのうち自ら来るでしょうから、いつでも食事を出せるよう料理長には準備をお願いしますと伝えて下さい」
この様にサイファー達はいつもよりも忙しく動いているのだが、その理由は明日、本家……つまりモカの実家であるニャンルージュ公爵家の者達がこの屋敷に訪れる日なのである。
何故モカの家族がこの時期に屋敷に訪れるのかについては、それは日々の業務でなかなか王都から離れられないモカの様子を確認する為と、そしてニャンルージュ公爵家と赤猫ファミリーとの交流の為であった。
その都度その都度、使用人達に指示を出してゆくサイファー……するとそんな彼の元に二人の人物が現れる。
「うぃーす、サイファーさん」
「おや、ようやく遅い朝食に来ましたかシグマさん、それとラムダさんも」
サイファーの前に現れたのはゾンビの分析と解析に追われているシグマとラムダの二人であった。
しかし今の彼らは……と言うよりもラムダはシグマの背に負われぐったりとしている。
「ラムダさんはどうなさったのですか?」
「途中までは自力で来れてたんだよ……でも途中で力尽きた」
「成程……だからシグマさんが背負って来たと?そんな状態になるのでしたら、キリの良い所で来れば宜しいものを」
「なかなかその〝キリ〟ってやつが来なくてね。まぁこいつも飯さえ食えば直ぐに復活するだろうからこのまま食堂に行ってくるわ」
「丁度たった今他の者にいつでも食事をお出し出来るよう料理長に伝言を頼んでいたところです。ですから行けば直ぐにでも食事が出ると思いますよ?」
「ありがとさん。ほれ、お前もキツいのは分かるが礼くらい言え」
「あ、ありがとう……ございますぅ……」
「何ともまぁ、蚊の鳴くような声で……」
仲良く二人で食堂へと向かうシグマとラムダを微笑ましく見送ったサイファーはかけていた
「おっと……いつの間にやら、もうこんな時間ですか。まぁ準備も大詰め、そろそろモカ様にも明日の準備に取り掛かるよう伝えに参りますかね」
そうしてサイファーは懐中時計をまた胸ポケットへとしまうと、モカの執務室に向けて歩き出すのであった。
その日の午後、モカが気分転換の為に庭へと出てみると、そこに置かれたベンチの上ではラムダがぐったりとした様子で寝そべっており、その下ではシグマが地面の上で大の字になって寝転んでいた。
「な、何しとるん二人共……?」
「あ〜?あぁ姐さんか……見ての通り気分転換だよ」
「あ……ボス……おはようございます……」
「うん、もうお昼やから〝おそよう〟やね。いや、こんにちわでええのか?」
あまり見ない二人の様子にモカは困惑の余りついそのようなどうでも良い事を口にしてしまう。
「……で、ゾンビの件はどんな感じや?」
モカがその事を訊ねると、途端に二人からどんよりとした空気が立ち込め始める。
「うぉ?!なんや祟られそうなくらい負のオーラ出しとるな?そんなに苦戦しとるんか?」
「いや……ゾンビの中身がスケルトンで、そんで異様な頑丈さの理由がそのスケルトンに刻まれた魔術陣で、そんでもって武器を用いた戦闘を行うのも中身がスケルトンであるが故って事までは判ってんだよ」
「大分進んどるやないか?なのになんでそんな負のオーラ放っとんのや?」
「問題がなんで軍の兵士宜しく統制の取れた連携を行えるのかがイマイチ分からねぇんだ。お陰で……くぁ〜……え〜と今日で何日目だ?徹夜に続く徹夜だよ。姐さん、あれから何日徹夜した?」
「うちは徹夜なんてしてへんわ!シグマさん徹夜し過ぎで頭おかしくなり始めとるやんけ!そうか……ラムちゃんがこんなに疲れきっとんのはそれが理由か」
「ラムダはこれの他にあの子の様子の確認までしてるからな。いい加減寝とけっては言ってるんだが、頑なに聞きやしねぇ……そんでようやく庭に連れ込んでこうして無理矢理寝させてるってわけだ」
「シグマさんも寝とるのは?」
「俺も一緒じゃなきゃ嫌だってんでな……仕方なくだよ」
「すぅ……」
「よく見たらラムちゃん寝とるやないか。まぁゾンビについてはそんな感じか……う〜ん……ほんなら頑張っとる二人の為にうちが一肌脱いだるかな」
「え?セクハラですか?ダメだろこんな所で全裸なんて」
「セクハラちゃうし脱ぐわけないやろ!シグマさんはうちを何やと思っとるんや!」
「え?露出大好きで露出度の高い女性を見かけると途端に鼻の下を伸ばす見た目はお姉さん、頭脳はおっさん、その名も────」
「名マフィア・モカってか?喧しわ!」
「姐さん違う、〝名マフィア〟じゃなくて〝迷マフィア〟や」
「〝迷子スキル持ちだけに〟って?喧し過ぎるわ!」
そんな漫才を繰り広げているモカとシグマの横では、その声にラムダが煩わしそうに身をよじらせる。
それを見たモカとシグマは互いに立てた人差し指を口元に添えながら〝し〜っ〟と小声で声を溢した。
「まぁ冗談はさて置き、気遣いありがとう。でもまぁ俺らが任された事だし、もうちょい二人で頑張ってみるよ」
「こっちでも解決に繋がるような事が無いか調べてみるわ。二人共頑張るのはええけど無理はせんようにな?」
「お〜ぅ」
その返事を最後にシグマもまた夢の世界へと旅立った。
モカはそれを見た後、二人を起こさぬよう静かに踵を返してそこから立ち去る。
そして執務室へと向かう最中、二人が直面している謎……それの解決の糸口に繋がるものは無いかと思案する。
(兵士のように統制の取れた連携を行うスケルトン、か……あ、もしかしたら〝あの子〟やったら何か分かるかもしれへんな)
モカは頭の中でそう考えると、行き先を変更して執務室ではなくその人物がいる場所へと向かい始めたのであった。
【人物紹介(詳細版)】
「斬鬼丸」
赤猫ファミリーにおいてモカの用心棒をしている鬼人族の男性。
隻角で眼鏡をかけた渋さがある容姿で、極東の島国であるヤマトの出身の剣士。
身の丈ほどある刀を軽々と扱い、その居合は正に神速と称される程の速度。
〝人刀一体の信念で振るわば斬れぬもの等ありはしない〟という信条の元に刀を振るい、それ故に彼に斬れ無かったものは今までに一つも無かった。
モカとは主従関係であると同時に内縁の夫婦関係であり、それを知る者は赤猫ファミリーの幹部達とニャンルージュ公爵家の者のみ。
基本的にモカに対して全肯定だが、時には辛辣な一言を放つ事もしばしば。
養子であるヒナを猫可愛がりしており、またシグマとは赤猫ファミリーの中で最も仲が良く互いに親友だと思う間柄。
そんなシグマと共に誰もが認めるモカの両腕であり、シグマがモカにとって最強の剣であるならば斬鬼丸はモカにとっての最強の盾。
またモカの剣術の指南役も務めており、クロノともたまに手合せをし合う仲。
愛刀はヤマトでは最上級であるとされる〝千波叢政〟作の大神業物黒拵え〝黒刀・神威叢政〟。