娘が世界を滅ぼすらしい。だから最強陰陽師の俺、女になる。 作:匿名杯参加者
カチ。カチ。カチ。カチ。
「……ちっ」
何度点火ボタンを押しても火のつかないライターへの苛立ちをぶつけるように、タバコの空き箱をぐしゃりと握り潰す。
「はぁ……家に帰りてぇ……」
火のついていないタバコを咥え、ベンチに身体を預けてハラハラと舞い散る桜を見る。
誰もいない真昼間の大きな公園の一角。
遠くの山の緑すら今は憎らしい。
例年通りなら花見客でごった返すのだろうが、今に限っては人っ子一人いない。
いるのは赤髪で黒づくめの怪しい男ただ一人。
――つまり、俺だけだ。
「仕事仕事仕事……。もう何日帰ってねぇんだ……。これで最後。これで一旦帰れるんだ。頑張れ俺……」
俺を嘲笑うような突き抜ける青空に舌打ちをする。
「あ、あの日野江さん? この公園、禁煙ですよ?」
可哀想なくらいに縮こまった黒いスーツの男が声をかけてくる。
見ない顔だ。
あー、今回の作戦は他家の新人が何人か参加してんだったな。
まだ着慣れていない陰陽庁の制服である真っ黒なスーツが浮いている。
「陰陽庁には五行十家の人間は多いから、苗字じゃなくて名前で呼んでくれ。ヒノエだヒノトだ、ややこしいだろ? 晴臣でいいよ」
「えっと。は、晴臣さん。ここ禁煙……」
人生で百万回は言った説明を繰り返し、渋々と咥えたタバコを手に持つ。
「今はこの公園、俺ら陰陽庁が閉鎖してっから問題ないと思うけどなぁ……」
「き、規則は規則なんで……!」
生真面目な様子で、まだ青年と言えるくらいの男が言う。
「あいあい。……んで? 目標は?」
「現在、他の部隊がこちらに追い詰めています。到着まであと――」
ざわりと首筋が粟立つ。
嫌な霊力だ。
改めてタバコを咥えて、ベンチから立ち上がる。
息をするように腰に差した愛刀を抜く。
「来るぞ。構えろ」
「え!?」
驚きながら、青年も胸元から銃を取り出す。
ぞわりと黒い霊力が周りを覆い尽くす。
「隔離結界? さすが一級邪霊。逃がす気はないってか」
「退路が……!」
青い顔をする青年をよそに、俺はのそりと一歩前に出る。
俺達のすぐ目の前。
結界の中心に不定形な黒い塊が地面から染み出し、無数の小さな鬼が這い出てくる。
邪霊。
人の世に渦巻く妬み嫉み、恐怖やら憎悪、そんな負の感情が形になった、その名の通り邪悪な霊。
そんなものを祓うのが、俺達陰陽師の仕事だ。
「――が、餓鬼! なんて数だ!」
それなりに優秀な新人なんだろう。
驚きつつも手に持つ銃を撃ち放ち、目につく餓鬼の頭を吹き飛ばしていく。
餓鬼は三級邪霊。
今から出てくる一級邪霊の取り巻きだろう。
そう思った瞬間、餓鬼などよりも黒く、大きな染みが地面から染み出してくる。
バサリと羽織ったコートを翻し、愛刀を構える。
「森羅万象に座す、すべての神仏に請い願い奉る! 斬魔鬼滅の誓いをここに! 日野江晴臣の名のもとに、寂滅の業火を顕現せしめん!」
豪! と愛刀が炎を纏う。
まるですべての穢れを祓わんとする黄金の炎だ。
「さぁ、とっととかかって来い。こっちは身重のカミさん置いてきてんだ。一撃で終わらせてやる」
俺の声に応えるように、巨大な骨の手が染みから突き出す。
現れたのは巨大な人型の骨格。
餓者髑髏。
デカいな……。
二十メートルは優に超える。
一撃は見栄を張りすぎたか……?
彼我の距離は百メートルもない。
その距離を無視するように大股で距離を潰し、そのビルのような巨大な腕が振るわれる。
霊力を全身に張り巡らせ、その巨大な腕の下を掻い潜る。
「伸びろ――斬魔炎刀・火之迦具土!」
刀身から噴き上がった黄金の炎が、天を衝く巨大な刃となる。
「――ぃよいしょぉ!」
全身を使って振り抜く。
炎の大太刀はそのまま餓者髑髏の肩口から腰までを一息に斬り裂いた。
一拍遅れて、餓者髑髏が内側から黄金色に燃え上がる。
「一度火がつけば、燃やし尽くすまで消えない陽の気マシマシの浄化の炎だ。――ま、一応一撃ってことで」
チンッと小気味のいい音を立て、刀をしまう。
ボフッと間の抜けた音を立て、餓者髑髏が消し炭の山と化す。
同時に、辺りを覆っていた隔離結界も霧散した。
「一級を一撃で……! これが日野江家最強……!」
惚けた顔をする新人を尻目に、俺の心はそわそわしだす。……一応、残心はあったと思う。
「うし。これで仕事終わり! 待ってろよ! 静華、そんで環! 今からパパ帰るからなっ!」
一口分ほど残して焼き飛んだ煙草を思いっきり吸い込む。
術で火をつけると加減が難しいんだ……
そんな益体もないことを考えながら、俺は早々に帰り支度を始めるのだった。
◇
陰陽師なんて職業は色々と古い習慣が残っている。
加えて俺の実家は陰陽師界隈をシメてる五行十家のひとつ、陽の火を司る日野江家だ。
そして、それと対になる嫁さんの生家。
陰の火を司る日野戸家。
そんな俺たち二人が夫婦となったもんだから、それはもう何かある度になんやかんやと古い儀式が行われる。
『鏡炎の儀式』もそのひとつだ。
広い畳の間にズラリと座った一癖も二癖もありそうな日野江家と日野戸家の関係者達。
まぁ俺としてはそんなお歴々には興味はない。
親戚一同が集まってわちゃわちゃする田舎の法事みたいなもんだ。
大事なのは一人、いや――。
二人だけ。
「静華! 環! ただいま」
「おかえりなさい。晴臣くん」
一週間ぶりに見た彼女はまた痩せたようだった。
真っ黒な長い髪と白い肌。
元々深窓のご令嬢のようだったその姿は、儀式用の白装束と相まって、とても儚く病弱に見えた。
「ねぇ? 晴臣くん。煙草、辞めてって言わなかった?」
鼻をスンっと鳴らして目を細める我が愛妻。
最後に吸ったのは駅だったのだが、着替えずに来たのは失敗だったみたいだ。
「あ、あー、うん。辞める。辞めるんだけど、もう少し時間の猶予が欲しくてだなぁ……」
「酷いパパだと思わない? ねぇ環?」
クスクスと笑いながら大きくなったお腹に声をかける静華。
妊娠も八ヶ月が過ぎ、静華のお腹も完全にまん丸となった。
今日の主役はまだ見ぬ愛娘、環である。
鏡炎の儀式。
霊力に反応して炎を写す特殊な鏡を胎児に近づけ、胎児の潜在能力を測る儀式である。
霊力とは魂の力だ。
陰や陽、その大きさや性質なんかは生まれた時から変わらないからな。
俺たち炎の一族ならではの儀式って訳だ。
「環の炎はどんな炎かな? 晴臣さんに似た黄金色かしら?」
「浄化の炎でも良いけど、静華に似た蒼炎の方が使い勝手が良いんだけどな。まぁ、何色でも良いさ」
そうね、と微笑む静華。
儀式はしめやかに行われた。
部屋の中央に備え付けられた簡易の祭壇の上に白装束の静華と俺が座り、その前に古い銅鏡が置かれた。
そしてそれを取り囲むように、正装した日野江・日野戸の人間たちが固唾を飲み込んで座っている。
「何でウチの儀式ってこんな辛気臭いのかねぇ? ここも普段使ってないからやけに湿気ったカビの臭いするし……」
「晴臣くん? 皆私たちの為にしてくれてるんだよ? いつまでも子どもみたいな事言わないで」
怒られてしまった……。
祝詞が唱えられ、鏡に光が灯る。
色は黄金……。陽の炎か!?
ざわりとウチの親戚筋が色めく。
――しかし、それが落ち着く前に鏡の中にはもうひとつの炎が映し出された。
黄金の炎の横に深く静かに燃える蒼い炎。
そしてざわめく日野戸側の親戚連中。
いや、もうそのざわめきは部屋中に満ちていた。
なんせ陰陽の気は一人につき一つ。
鏡が陰陽ふたつの炎を映し出す事などないのだから。
鏡にやけにくっきり映る陽の炎と陰の炎。
その変化は止まらない。
二つの炎は混じり合うように螺旋を描き溶け合っていく。
二重螺旋の炎……!?
「陰陽の炎……?」
「これは――鬼子……?」
親戚の誰かが言った言葉がやけにはっきり耳に残る。
鬼子。
それは陰陽師界隈での最大の禁忌。
まさか……環が……?
混じりあった炎の色は白。
この世の全てを否定する純粋無垢な破滅の色。
そして鏡に映る白炎が輝いた。
「ぐっ……!」
「晴臣くん!?」
頭を押さえ、その場に蹲る。
なんだ……これ? 誰かの、記憶?
それは存在しないはずの記憶だ。
倒壊するビルの群れ。
煙や炎が上がり、人々は何もかもを捨てて逃げ惑う。そしてその全ての原因たる無数の邪霊。
その数は千や万どころの騒ぎじゃあない。
なんだ……この霊的大災害は?
少なくとも俺が知る限り、こんな事件……。
ふと映像の隅にある壊れたディスプレイが映すニュースが目に入る。
令和二十六年。
今から十八年先の未来!?
『ごめんなさい。生まれてきてごめんなさい』
頭の中に響く少女の声。
そして、頭の中で弾ける火花のように様々な映像がフラッシュバックする。
『産まれてきてごめんなさい。ちゃんと殺されなくてごめんなさい。生きていて――ごめんなさい』
それはまさに呪われた人生だ。
すれ違う人に恐れられ、拒絶され、死を願われ続ける日々。
それを止めてくれる者など彼女にはいなかった。
まるで干からびたミイラのような母親の身体を食い破り彼女は産まれた。
産まれてすぐに見た光景は、数え切れない程の大量の死体と蠢く邪霊の群れ。
その邪霊達と戦ったのだろう。
折れた刀を握りしめ、後悔しか残らぬ顔で息絶えた父親。
その傍らでハラハラと舞い散る桜の薄桃色がやけに目に付いた。
誰かがポツリと漏らす。
「なんで鬼子なんか産んだんだ……」
胎から這い出でた赤子は初めて空気を吸って産声をあげた。
空気と共に周囲一帯の霊力を吸い上げ、それを上回る莫大な霊力を吐き出す。
それに呼応するように数多の邪霊が生み出される。
その産声は、まるで産まれ落ちたことを嘆くような慟哭に聞こえた。
混乱する頭を押さえてヨロヨロと立ち上がる。
「晴臣くん? ど、どうしたの?」
慌てる静華の顔をまじまじと見る。
――似てる。
まるで幽鬼のように青白くなった肌。
髑髏のように窪んだ眼窩。
そして、凄惨なまでの絶望を訴えるその表情。
今の静華とは似ても似つかぬ容姿だ。
しかし、確かにあの胎を食い破られた母親は静華だった。
「お、鬼子だ! 腹の中の子は鬼子だ!」
見知らぬオッサンが叫んでいる。
「だから日野戸の女と結婚するなんて私は反対だったんだ! どうするんだい!?」
ウチの親戚のババアが叫ぶ。
「鬼子は早く殺し――――」
ゴウンっ!! と大気を焦がし、黄金の炎が一直線に大広間の畳を舐めた。
「黙れ。ピーチクパーチクうるせえんだよ。人の嫁さんがなんで、人の娘をどうするって? 誰が言ったかは知らないが、俺の浄化の炎は人も焼けるってことは覚えとけ……!」
殺気を飛ばしながら、俺は呆気にとられた顔をする親戚共を睨みつける。
「黙るのはお前だ。愚息。鬼子の伝承を知らんとは言わせんぞ?」
俺の殺気をものともせずに、まるで鬼みたいな厳しい顔をしたスキンヘッドの筋肉ダルマが睨み返してくる。
ウチの親父である。
「晴臣さん。静華の為に怒ってくれてありがとう。――しかし、世界の為にも鬼子は無視は出来ないのをわかって欲しい」
その横に座る年齢不詳の流れるような長髪の美丈夫。静華の親父さんが芯の通った目で俺を見てくる。
ちっ。キレ散らかしてこの場は有耶無耶にしたかったんだが、この二人に真正面から出てこられると分が悪い。
何せ両家の当主。
日本陰陽師界隈の重鎮だ。
しかし、俺とて止まれない理由が出来てしまった。
『パパ。私を殺して――』
悲痛なまでのあの子の、未来の環の声を聞いてしまった。
俺たち陰陽師にとって、兆しを告げる未来視自体は珍しくはあるがない話ではない。
あれは間違いなく、環の未来だ。
環を殺す? ありえない。
しかし、静華の不調に陰陽の炎。
そして、未来の記憶にあったおぞましいまでの邪霊の群れ。
鬼子の伝承通りだ。
「――俺に考えがある」
そう声を張った訳ではない。
しかし、沈まりかえった広間にやけに声が響いた。
思いついたのは、自分でも頭がおかしいと思うような術式だった。
馬鹿げていると自分でも思う。
しかし、これしかない。
衰弱する静華。鬼子の特徴。
そして、俺が差し出せるもの……。
「は、晴臣、くん……?」
心配そうに静華が声を掛けてくる。
思わず俺は考えなしに結論を口にする。
「静華。俺――女の子になるわ」