娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。   作:匿名杯参加者

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その娘、出会う

「だー、うー……は! 私また赤ちゃん返りしてた!?」

 

 ベビーベッドの上で、鈴のついたおもちゃを振り回していた私はふと我に返る。

 

 感情が高まる、と言うより我を忘れてしまうと肉体に引っ張られてしまい、赤ん坊の顔が表に出てしまう。

 

 

 人はどこまで行っても肉体という牢獄から抜けられないのだ。

 

 

 昔、そんな事を誰かに言われたことを思い出す。

 

 あれは預けられていた教会のシスターだったか?

 

 厳格な人で、いつも学のない私に本を読めと山のように本を渡されたっけ。

 

 まぁ元々は昔の哲学者の話で、こんな直接的な話ではなかったと思うけど……。

 

 少し昔を思い出してしまい、しんみりと鈴のおもちゃを撫でる。

 

 

「あら? もう遊びは終わり? 良いのよ環。ママのことは気にしないで」

 

 あらあらと言いながらも、ママは手に持つスマホのレンズをガッツリこちらに向けてくる。

 

 仕事に向かったパパに動画を送ろうとママが言い出したのだ。

 

 最初は乗り気がしなかたのだが、やっているうちに段々と楽しくなってきてしまったのが今回の敗因だ。

 

 

「も、もういいでしょ? 一時間近くやってるんだし、流石にもう恥ずかしい!」

 

 えー? と言いながらも一応は納得してくれたのだろう。しぶしぶスマホを仕舞うママ。

 

 でも、そのママの顔や雰囲気がとても自然で、そして何より幸せそうで――。

 

 

「……ママはさ。私のこと、気持ち悪くないの?」

 

 思わずそんな疑問が口から飛び出てしまう。

 

「うん? なんで?」

 

 そんなこと考えた事すらなかったようにママは不思議そうな顔をする。

 

「だ、だって! 生まれてすぐにこうやって意思疎通できるし、成長も異常に早くて……ば、化け物みたいだって……思わない?」

 

 なんせ私はまだ生後一か月。

 未来の記憶は抜きにしても、今みたいに立ち上がったりまともに話が出来る身体をもっているのは肉体的にも異常なのだ。

 

 膨大な霊力による異常成長。

 

 昔話でいう金太郎や弁慶みたいなものだ。

 そして彼らは時として化け物と見做され、迫害されるものだ。

 

「うーん。まぁゆっくり成長を見られないのは少し残念かな? ……でも、正直ラッキーだったなって思ってる所もあるのよね」

 

 そう言って少し悪そうな顔をしてこちらに顔を近づけるママ。

 

 マ、ママ?

 

「ほら、見て。SNSとか見てると育児ノイローゼとかめっちゃ多いのよね……。でも、うちの場合は基本的に環は一人で何でも出来るからこういうのとは無縁でしょ? 環じゃなかったら、晴臣くんが昏睡していたこの一カ月を乗り切れなかったかもしれない……。正直ゾッとするわね……」

 

 そう言って神妙な顔をしてスマホの画面を私に向けてスクロールするママ。

 ま、まぁそう言う見方もあるのか……。

 

「環は良い子だし、たまちゃんの時は可愛いし、こんな楽させて貰って良いのかなって思ってるわよ」

 

「そ、そんなモン……なの?」

 

 そんなものよ。とふんわり笑ってママは優しく私を抱き上げる。

 

 

「自罰的な所は私そっくりね。似て欲しくない所ばかり似てしまっている気がするわ」

 

 そうなのだろうか?

 

 今の私の人格は二人と死別した世界の記憶で形成されている。

 そんな私は本当にパパとママの子どもだと胸を張って言えるのだろうか?

 

 もしかしたら、私は自分を日野江環と思いこんだ異物なのかも――。

 

「ほら、見て見て! 思わず撮っちゃったの」

 

 そう言ってママがスマホの画面を見せてくる。

 そこには腹を出して寝ているパパと、全く同じポーズで並んで寝ている私が写っていた。

 

「二人とも鬼子だからほとんど寝ないでしょ? だから結構レアショットなのよね」

 

 嬉しそうに画面を見るママ。

 正直、恥ずかしい……。待ち受けにしてるし……。

 

「――ちゃんと私たちは親子で家族よ? まだ不安なら、私の二人への惚気を聞いてくれる?」

 

「の、惚気?」

 

「そ。惚気。そうね、そろそろおやつの時間だし、お茶にしましょう。もう歯も生え揃ってるし、離乳食にチャレンジしてみる?」

 

 

 そう言って私を抱いたまま、ママは寝室からリビングのドアを開けた。

 

 

 

『――安心せぃ。お主らはどうしようもなく親子じゃよ。くくっ。仲が良さそうで何よりじゃ』

 

 

 鈴のなるような、しかし、どこかねっとりとした女の声。

 

 

「!?」

 

 ママがいち早く私を身体に押し付け、少しでも庇おうとする。

 

 

 リビングには誰もいない。

 

 何の変哲もない、いつものリビングだ。

 

 しかし、その雰囲気は違う。

 まるで異界に紛れ込んだような猛烈な違和感。

 

 

『くふふ。まさか未来から過去へ因果の流れが逆流するとはのぅ。これは流石にわっちにも読めなんだ』

 

 

 こいつ――誰だ……?

 

 

 ずぶずぶと耳障りな音を立てて床から黒い水がせり上って来る。

 

 水系の術式……!

 

 不気味な黒い水はうぞうぞと胎動し、人型を作る。

 

 不定形の黒い人形(ヒトガタ)。

 

 赤と青のオッドアイがやけに目を引く。

 

 

「……変わった術式ね。黒は水を表す陰の色、瞳の青と赤は陽。陰陽を表す水の形代。神道系の術式かしら? そして何より、内に込められた莫大な霊力。――まるで、鬼子だわ」

 

 睨みつけながらママが人形に語りかける。

 

 鬼子……!?

 

 

 

『くふふふふ! ほんに面白いのぅ! あの直情的な晴臣の嫁はどんな女かと思ぅたら、初見でそこまで言い当てるか! 隠す気もなかったが、よぉ術式を観ておる……どれ?』

 

 そう言った形代の周りに一体の歪な赤子の式神が現れる。

 

 ――蛭子!?

 

 

 蛭子はまるで風船のように膨れ上がる。

 あ、ヤバ……!

 

 

 その瞬間、ママが床を蹴った。

 

 ガシャン! と大きな音を立ててリビングにある窓ガラスを破って外に飛び出るママ。

 

 ちょっ……! ここ三階!?

 

 

 嫌な浮遊感に包まれながら、上の方から爆発音が響く。

 

 私を抱き抱えながら着地の衝撃を受け身で流し、ママはそのまま走る。

 

 

「ま、ママ!? わ、私が戦うから――!」

 

「駄目です」

 

 ピシャリと言い切られてしまう。

 

 思わず私は頭を上げてママに叫ぶ。

 

「ママはパパに霊力核を移植してるから、霊力使えない、ただの人なのよ!?」

 

 そうだ。

 

 私たちはパパを生かすために代償を払った。

 

 今パパを生かしているのは、パパの持つ陽の気を生み出す霊力核と、ママの陰の気を生み出す霊力核。

 

 そして、それを反発することなく運用するために私の陰陽循環霊力炉と同調させているのだ。

 

 

 つまり、ママは術式を動かすための自前の霊力源を失っている。

 

 

「だからと言って、娘を盾にする気はないの。それに、覚えておきなさい――」

 

 ママは懐から霊符を取り出す。

 

 視線の先にはこちらに向かって、宙を這いずる異様に膨らんだ蛭子の群れ。

 

 囲まれ――!

 

 

「この程度の修羅場。火の一族の術師なら乗り越えて当然です」

 

 

 先頭の蛭子に向かって霊符を飛ばす。

 

 あ、あれは爆撃符!?

 

 瞬間――。

 

 

 轟音を立てて次々と誘爆する蛭子の群れ。

 

そ、そうか! 事前に術式と霊力を封じた符なら今のママでも使えるんだ!

 

 成果を横目で確認しながらも、ママは駐車場に向けて走り出す。

 

 

「あの爆弾蛭子の移動速度はそこまで早くない。このまま車で陰陽庁まで逃げま……あ。しまったわね」

 

 痛そうに顔を歪めるママ。

 な、なにか――。

 

「マザーズバッグも持ってきたら良かったわ。オムツと環の着替えがないけど、大丈夫かしら……? 一応、車の鍵と一緒に財布、スマホはあるんだけど……」

 

「そんなのいいから! せめて私の霊力使って! 効率は良くないけど、身体強化くらいなら出来ると思うから!」

 

 

「う、うーん。じゃあお願いしようかしら?」

 

 ママの言葉と同時に早々に霊絡を調整する。

 やっぱり駄目とか言われたらたまったもんじゃない。

 

 

『くははは! ほんにようやる! 流石は音に聴こえた陰炎の術師よ! 霊力がないのによく動く!』

 

 

 ママの前方の数十メートル上。

 

 つい先程までリビングにいたはずの黒い水形代が、宙空に浮いていた。

 

 いつの間に……!

 

 

『しかし、哀れよなぁ。後生大事に守るその化け物が、未来で何をするかも知らずに……』

 

 

 その言葉で私の血の気が引いた。

 

 な、なんでコイツは未来の、私のことを――。

 

 

 

「環の未来、ですか?」

 

 

 ママがポツリと水形代の言葉に反応する。

 

 思わずビクリと体が震える。

 

 

 あぁ、私は何を勘違いしていたんだ……。

 

 パパとママに会えて、受け入れて貰えた気がして、忘れていたんだ。

 

 自分が未来で何をやったのか。

 

 私は災悪の化け物――。

 

「人でも殺しましたか? それとも何かを壊した? 街を破壊したり――世界を滅ぼすのでしょうか?」

 

 

 ――!

 

 

 思わずママを見上げる。

 その黒い澄んだ瞳は、真っ直ぐに目の前の水形代を向いている。

 

 

「この子がどのような運命を背負っているのかは知りません。でも、環は私の子です」

 

 

 私とママを繋ぐ霊絡を通して、ママの感情が流れてくる。

 

 慈愛、覚悟、そして――怒り?

 

 

「未来の私は不甲斐ない母親だったようですが、環のお陰でチャンスが貰えたようです」

 

 ボッ! とママの両手両足に蒼い炎が灯る。

 

 パパとも私とも違う。

 熱さを感じない、ただ静かに燃える不思議な炎。

 

 

「子を受け入れるのも、躾けるのも親の務め。そして何より――!」

 

 

 視界がブレた。

 

 急激な加速の衝撃と奇妙な浮遊感。

 そして何故か目の前にいる黒水の形代。

 

 ママが飛び上がり、一瞬で距離を詰めたのだ。

 

 ――は?

 

 

 私を抱いたまま、ママは蒼い炎を纏った脚を大きく振り上げ、踵を叩きつけた。

 

 まるでトラックが正面衝突したような轟音が響く。

 

 

 黒い形代が地面に叩きつけられ、無惨にも粉々に飛び散る。

 

 ふわりと地面に着地し、ママは大きな黒水の塊を踏み潰した。

 

アスファルトが砕け、ジュワっと黒水が一瞬で蒸発した。

 

――ぶ、物理攻撃による強制浄化!?

 

 

「子を守るのは親の務めです」

 

 

 ギロリと黒水を見下ろすその目は、いつもの優しいママのものじゃなかった。

 

「晴臣くんならこう言うかしら? ――人の娘にあやつけてんじゃねぇぞ……!」

 

 ――怖っ!?

 え、わ、私このママに躾けられるの!?

 

 

『……大人しそうな顔をして、ゴリゴリの近接屋か。いくらわっちでも、お主の距離では為す術が、ちょっと思いつかんのぅ』

 

 言葉とは裏腹に、その声に焦りはない。

 

 少し離れた場所に再び黒い形代が現れた。

 

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