娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
『随分と早い到着じゃのう? 日野江の晴臣。通信術式には気をつけておったんじゃが……。どうやって嗅ぎつけた?』
宙に浮かんだ黒い水形代がこちらを見下ろしてくる。
先日同様、見かけは余裕綽々。
しかし、言葉の端々にほんの少し、だが確実な焦りがあった。
……何があったんだ?
「あら? やっぱり気付いてなかったんですね。窓から飛び降りた瞬間、即座に緊急警報を鳴らしたんです」
そう言って、静華はスマホを見せつけながら黒い水形代を煽る。
「後は、貴方の策に嵌った振りをして時間を稼ぐだけ……。あの大きな蛭子には焦りましたが、何とか間に合ったみたいです」
そう言ってニッコリ笑う静華。
しかし、その目は一ミリたりとも笑っていなかった。
『大人しそうな顔をして抜け目のない……!』
どうやら静華にやり込められたらしい。
この手の読み合いじゃ、静華はめっちゃ強い。抜け目もないし、容赦もない。
しかし、術師としてはこいつは格上。
落ち着いてゆったり横綱相撲されると、こっちには勝ち目がないだろう。
煽れるうちに煽っておくか……。
「後は地理も疎いみたいだ。ここから陰陽庁まで何分か知らないのか?」
『――ぬ? 陰陽庁……?』
ちなみにここ、陰陽庁から徒歩十分の職員向け社宅だ。
既に周辺住民の退避も始まっている。
つまり――多少派手にやっても問題ない。
「当然、ウチの職員もいる」
そう言って高々と右腕を掲げる。
それを合図に周囲が動く。
茂みや近くの街灯の上、屋根の上……。
揃いの黒いスーツを着た陰陽師達が現れた。
「火の一族を中心にした陰陽師一個中隊。悪ぃがお前と尋常な勝負をする気はねぇぜ?」
『く、くくく』
何がおかしいのか、肩を震わせる水形代。
どうでもいいが、こいつの笑い方、どう見ても悪の親玉みたいだな……。
『くははははは! なるほどのぅ。そんなこと、気にしたこともなかったわぃ。くく、未来が視えぬとはこうも厄介だとは……』
「未来……?」
『そうじゃよ。この右眼こそが、未来を映し出す水鏡。蒼水鏡眼じゃ』
そう言って、自嘲気味に自分の青い右目を晒す水形代。
「未来視……? また反則臭ぇ術式だ」
しかし、少し妙な話だ。
こいつの言い方だと、今は視えていないのか?
『くはは! 因果の流れを逆転されたお主ら家族は見えぬがなぁ。よもや、このわっちがここまでしてやられるとは……。ちょっと記憶にないのぅ』
あん? 因果の流れ?
良くわからんが、俺ら家族の未来は視えないってことか……?
確かにコイツと会うのは二回目だが、少なくとも未来が見通せてるような素振りはなかったはずだ……。
『これは礼を言わねばならんかのぅ?』
ニヤリと赤と青の目を不気味に歪ませる黒い水形代。
礼……ねぇ?
「――それはこっちのセリフだ」
『ほう?』
「お前が何なのかは分からねぇ……。だが、どうしてもお前には言わなくちゃならないことがある……!」
そうだ。こいつが何であれ、俺はこれだけは伝えなくてはならない。
『ほぉ? わっちにか?』
興味が八に警戒が二くらいの割合で、こちらに水を向ける黒い水形代。
「
空気が止まった気がした。
目の前の黒い水形代は勿論。周りを囲む陰陽師達も、静華や環ですら固まっている。
……分かっている。
確かにこんな事やってる場合ではない。
こいつは静華と環を狙った許せない敵だ。
しかし、しかしだ……!
「俺、正直こんなそれっぽい銘がついた刀を持てるなんて思ってなくて……。ホント夢みたいでさ……!」
言いながら、思わず目に涙が浮かぶ。
我が愛刀、スーパー斬魔刀EXを振り続けてきた十四年もの歳月が溢れて来たのだ……。
『お、おぉう……?』
明らかに困惑する水形代。
しかし、俺の想いは止まらない。
「新しい刀が手に入っても、どうせ『ハイパー無限霊力斬魔刀DX』みたいな銘がつくと思ってて……。茎に
『ださ!? え、ダサくないか? ……もしかして最近はそう言うのが流行なのかのう?』
困惑を通り越して混乱しだす水形代。
あぁ、分かる分かる。俺も初めて愛刀を貰った時はしっかり混乱した。
「安心してくれ。しっかりダサい。何が良いって
思わずポロリと涙がこぼれる。
こういうのだよ。俺はこういう刀が欲しかったんだ……!
『いや、そこはたまたまで……。わっちは「神の輝き」くらいのつもりで
俺の涙にドン引きながら、水形代は申し訳なさそうに説明する。
しかし、俺にはそんな事一切問題ない。
「マジかよ……意味までカッケェ……!」
『そ、そうか? して、
「使えない半端品だったから打ち直してる」
『……ほぅ? あの刀を打ち直す……?』
その一言を切っ掛けに、明確に水形代の空気が変わった。
「あぁ、俺用にな。その反応、大昔の刀に随分と思い入れがあるみたいだな。 水野戸八千代さんよぉ?」
『…………ふはっ! 別に隠す気もなかったがの! まぁ気付くか!』
まぁ、この流れで本人じゃないはずがないからな……。
脇が甘い、とは思わない。
実際にコイツからすると些事なのだろう。
こいつが気の遠くなる時間を生きて来たのも、未来が読めるのも本当だろう。
しかし、何の因果か俺たち家族の行動は読めない。
付け入るならここだ。
「何となく、お前の事が分かってきたぜ?」
『……随分と知ったような口を利くのぅ』
ざわりと空気が変わる。
明確な殺気を持って、水形代――水野戸八千代の霊力が渦巻く。
それはまるで、深い海の底に叩き込まれたかのような暴力的な圧力。
なんだ、この霊力……!
コイツはマジモンの化け物か……!
反射的に全員が臨戦態勢をとった瞬間。
『はぁ……。やめじゃ。ここで怒りに身を任せてお主らを鏖殺した所で恥の上塗り。認めよう。わっちはお主らにしてやられた』
そう水野戸八千代が呟くと一瞬にして、俺たちは陸に引き上げられた。
「……やらねぇのか?」
思わず荒くなる呼吸を無理やり抑え込み、不敵に笑う。
『ふん。囀るな小僧。このわっちが花をもたせてやると言うとるんじゃ』
「花……?」
黒い水形代の身体が変化していく。
不定形の水の塊だった輪郭が、次第に人のそれへ変わる。
地面につきそうなほどに真っ白な髪と、病的なまでに白い肌。
着崩した白と青の着物は、まるで大昔の巫女のようだ。
『改めて名乗ろうかの。わっちは水野戸の八千代』
その若く美しい顔に、爛々と輝く青と赤の瞳。
『水の鬼子じゃ』
鬼子――!?
『こんな所で話し込むのも無粋じゃの。ふむ』
青い瞳、蒼水鏡眼が輝く。
術式が展開した……?
『打ち上がるのが十五日後か。ならばその後に使いを出す』
……!?
打ち上がる?
『
その言葉を最後に、八千代の姿が黒い水へと崩れていく。
やがて水は地面へ染み込むように消え、辺りには静けさだけが戻ってきた。
「……水の鬼子、ねぇ」
思わずそう呟く。
どうやら俺たち家族の厄介事は、まだ始まったばかりらしい。
「ま、何とかするしかねぇか……」
そう呟いて環の方を振り返る。
「……環?」
静華に抱かれた環は、何も言わず八千代が消えた場所をじっと見つめていた。
初めて出会った。
自分と同じ――鬼子を。