娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
「水野戸八千代って知ってるか?」
「知らん。……そんな事より、その格好はなんだ?」
日野江家の本家。
その一室で親父――日野江玄洋の呆れた声が響く。
水野戸八千代という謎の存在と邂逅した翌日。
俺たちは日野江屋敷に向かった。
現当主である親父なら何かしらの事情を知っているのでは? と考えたのだ。
厳しい顔と隙なく着こなした和服が、畳の間によく似合っている。
対して俺の体たらくだ。
赤チェックのミニスカートにダルっとしたうさ耳パーカー。
性別は致し方ないとしても、とても既婚者のアラサーには見えない。
「これは、その、静華と環が似合うからって……」
「態度の話だ! そんな短いスカートで胡座を組むな! もう少し相応の態度を取れんのか! 馬鹿者!」
そっち!?
いや、別に実家でこれくらい普通だろ?
別に人に会う訳でもないんだし――。
そんな事を考えた瞬間、一陣の風が吹く。
どんなカラクリかは分からない。
しかし、俺の身体がふわりと浮いたかと思うと、何故か瞬時に胡座が正座に、開きっぱなしのパーカーのジッパーが閉められていた。
「晴臣さん? 男であれ女であれ、その場・その人に相応しい態度というものがあります。口酸っぱく教えたつもりでしたが、まだ伝わっていないみたいですね」
親父の隣り、凛とした空気を纏った和装の女性。
日野江千景が少し困った顔で嘆く。
うん。俺のお袋である。
「申し訳ありません、お義母様。私達が少しふざけてしまったみたいで……」
「ごめんなさい、お祖母様。パパはまだ慣れてなくて……」
異口同音。
静華と環が俺のフォローに回る。
つぅか、ゼロ歳児にフォローされてる俺って……。
シレッと座布団に正座する我が愛娘を横目で見る。
これはこれで相応しい格好ではないんじゃないか?
お前絶対乳児の自覚ないだろ?
「あらあら、いいのよ静華さん、たまちゃん! ウチの愚息が迷惑をかけてごめんなさいね? 勝手に女になっちゃったと聞いた時は私、卒倒しそうだったわ! まぁー、たまちゃんは正座しておりこうねぇ! ほら、バァバにお顔をよく見せて!」
この差である。
先程までの凛とした空気はどこへやら。
いつの間にか環を抱き上げ、頭を撫でている。
ウチの家族は男ばかりだからか、お袋は静華には激甘だ。環にも甘いだろうと思っていたが、まさかここまでとは……。
「おぉ、可愛い顔をして……! 静華さん似で良かったなぁ環! どれ、欲しいものはあるか? ジィジと買い物に行こう!」
アンタもか!? 親父!
「いいわね! たまちゃんはどこか行きたい所はある? おもちゃ……は違うかしら? 中身は大人なのよね? なにか困ったことはないの? なんでもバァバに言ったらいいからね!」
「え、あ、あの……だ、だぶ……」
矢継ぎ早に親父とお袋に甘やかされ、混乱した環が赤ちゃん返りしかけてる!?
それを見て更にテンションの上がる親父とお袋。
「あー、流石に甘やかし過ぎじゃね?」
「ふん。環の過去、いや、未来か? なんにせよ事情は聞いておる。未来のワシらの判断……環の幽閉が間違っていたとは思わん」
だろうな。
なんせ次期当主夫妻である俺たちの死。
しかも遺された子どもは陰陽師界隈でも有名な禁忌の子ども、鬼子ときたもんだ。
しかも、呼応するように火の一族管理区域で起こる邪霊――蛭子の被害。
環を監視下に置くのは至極当然の判断だろう。
「しかし、それが環の負担になっていたのは紛れもない事実。なので、ワシらは環を甘やかすことにした! 全力でな!」
「だから、たまちゃんは何でもワガママを言っていいのよ。これは私たちの罪滅ぼしでもあるんですから」
「だからってやり過ぎなんだよ……。ほら、環。こっち来い。ったく、話が進まねぇ……」
そう言って、なおも環の頭を撫でるお袋から環を取り上げる。
「あ、ありがとう。パパ……」
小声でお礼を言ってくる環。
「あん? 親父とお袋は苦手なのか?」
「と言うか、二人とはほとんど話したことなくて……。こんな感じとは思ってなくてびっくりしたの……」
なるほどね。
自分にも他人にも厳しい所のあるウチの両親だ。
環に情を持つと判断が鈍ると思って、距離を置いたのかもな。
「――お遊びはここまでだ。親父、水の一族の事はもう調べてんだろ?」
神道系の術式、蛭子、水野戸八千代……。
ここまで状況証拠が揃っていて水の一族を調べないやつが、五行十家の当主になれるはずがない。
「水の一族は古来より未来視を得意とする神道系の一族だ。陽水を司る水野江家は水鏡による占術。陰水を司る水野戸家は占った未来の危機を回避する実行部隊のような間柄だ。……ここまでは知っているな?」
「まぁ何となくは、な」
正直、水の連中は裏で国政にまつわる事をやっているくらいの印象しかない。
表で邪霊退治やらをメインに請け負う俺たち火の一族とは、あまり関わり合いになることがないのだ。
「ここ一ヶ月、七十件を超える全ての現場から、水の一族の術式痕が見つかった」
「おいおい、それは隠す気がないにも程が……待て。全てって言ったか? それは日野江本家、ここも含めてか?」
基本的に火の一族は独立独歩。
俺が知る限り、この屋敷に水の一族が関わる事なんて――。
「明治の初め、我等にこの土地を用意したのが水の一族だ。水野江と水野戸、両家が関わっていたらしい。地鎮祭も彼らがやったと記録に残っていた」
「は?」
「発見された術式痕のうち、一番古いものは慶長年間――四百年以上前だ」
そうか……。
荒唐無稽な話だが、あの大太刀の事を考えると、なるほどな。
そのくらい前から動いていてもおかしくは――。
そう考えた瞬間、ゾクリと背筋が震えた。
「つまり、なにか? 水野戸八千代は四百年以上前から今この時に向けて動いていた、ってことか?」
「八千代個人の仕業と断定はできん。だが、お前の話どおり奴が数百年を生き、未来を見通せる水の鬼子なら、辻褄は合う」
全て奴らの――いや、水野戸八千代の仕組み……?
火の一族がここに居を構えたのも、蛭子も……もしかしたら俺と静華が出会って、環が生まれたのも……?
「多分、そうなる未来に向けて駒を配置したのね。私と戦った時も、水野戸八千代はそうだった。逃げ道を一つずつ潰して、最後には私が結界を使うよう仕向けていた……」
「静華でそれなら、俺だとゲーム盤ひっくり返すしか出来ねぇな……」
意外に思われるかもしれないが、俺はその手の読み合いが苦手なんだ。
「ゲーム盤をひっくり返す……」
何やら妙なところに引っ掛かった様子で、環が俺の言葉を呟いた。
「どうした?」
「う、ううん……。ね、ねえ! そ、その、ジ、ジィジ……?」
環がおずおずと尋ねると、親父は見たことない程にデレデレに破顔する。
「どうした!? 環! あぁ、こんな話など退屈か? そうじゃな、どれ、今から食事でも――」
「ち、違うの! あ、あのね? も、もしもよ? もしも――火の一族と水の一族が険悪になったら、それでもし、私が幽閉されていたら……ジィジはどうする?」
環の言葉に親父は眉をひそめ、口をへの字に曲げる。
怒っているみたいだが、あれは真剣に考えているのだろう。
「……逃がす、だろうな。少なくともこの家に置いておくことはしないだろう」
「――!」
まぁそうなるだろう。
火の一族の男はよく鉄火場で前に出る。
だからこそ、守る者から距離を置こうとしがちだ。
「私、十三歳の時から教会に預けられたんだ……」
環が教会に……?
水の一族だとすぐバレる露骨な仕込み、そして親父の性格と水野戸八千代のやり口。
嫌な予感がヒシヒシとして来る。
俺と静華は、環の過去を今まで敢えて詳しく聞こうとはしなかった。
しかし、どうやらそうも言っていられない状況になっちまったみたいだ。
「なぁ、環。話しづらいかもしれんが、聞かせてくれないか? お前の過去を。俺達の未来を……」