娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。   作:匿名杯参加者

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その娘、世界を包む

「エリー、タム。その格好はどういう理屈か教えてくれるかい……?」

 

 頭痛を堪えるような顔で、シスターが深い溜息を吐く。

 

 私とエリーは顔を見合わせ、同時に口を開いた。

 

「「この方が可愛い」」

 

 私達の修道服には太腿まで見える大きなスリットが入り、足元は厚底のゴツいブーツ。

 

 要所要所に赤い糸で十字架の刺繍を入れ、腰に巻いた黒革のコルセットからは、いくつもの十字架を繋げたチェーンがジャラジャラと垂れ下がっている。

 

 我ながら会心の出来である。

 

「つまり何かい? アンタ達はパンクバンドを結成した訳じゃなく、普段着として伝統ある修道服をこんな風に改造したと……?」

 

 うん。

 

 私達も分かっている。

 

 これは間違いなく駄目なやつだ。

 

 この教会に来て一年以上。私も十四歳になった。

 

 ここで素直に頷けばどうなるかくらい、流石の私にも分かる。

 

 しかし。

 

「「はい!」」

 

 気持ちに嘘はつけなかった。

 

「この馬鹿タレ!!! アンタ達は年長者としての自覚がないのかい! アンタ達が好き勝手すると下の子達に示しがつかないって、何で分からないんだい!?」

 

 顔を真っ赤にしてシスターが怒鳴る。

 

 こうなることは分かっていた。

 

 でも仕方がない。

 

 二人でお小遣いを貯めて、夜な夜な裁縫をして、ようやく出来上がったお揃いの改造修道服なのだ。

 

 とても上手く出来たんだもん。

 

「エリー! タム! さっさと着替えておいで! それからエリーは洗濯と掃除! タムは計算ドリル三冊!」

 

「うげ、洗濯と掃除ぃ?」

 

「計算ドリル……!」

 

 流石はシスター。

 

 私達が嫌がるものをよく知っている。

 

「……その服は、まぁ、たまになら着てもいい。外には絶対着て行くんじゃないよ!」

 

 怒鳴った後でそんなことを付け加える。

 

 エリーと顔を見合わせる。

 

 やっぱりシスターも、ちょっとは可愛いと思ってるんじゃないだろうか。

 

 ◇

 

「うぅ……全然分かんない……」

 

 一人残された自習室で、計算ドリルを前に頭を抱える。

 

 三桁の割り算。

 しかも途中式まで書けとある。

 

 この一年、色々な教会の術式を教わったが、計算だけはどうにも苦手だ。

 

 陰陽循環霊力炉は無限に霊力を生み出せる。

 

 ご飯を食べなくても死なないし、眠らなくても平気。怪我だって放っておけばすぐ治る。

 

 しかも、大抵の術式はその無限の霊力でなんとでもなる。

 

 なのに目の前の数字は、いくら睨んでも一向に答えを教えてくれない。

 

「何が鬼子よ……。こんなの、ただの馬鹿じゃん……」

 

 ぶつぶつ言いながら鉛筆を握り直す。

 

 これを終わらせなければ夕食は抜きだと言われていた。

 

 別に食べなくても困らない。

 

 でも、皆がご飯を食べている横で一人だけ自習室に残されるのは嫌だった。

 

 今日の夕飯当番はエリーだ。

 

 あの子、普段は雑なくせに料理だけは妙に上手い。

 

 さっさと終わらせて手伝いに行こう。

 

 どうせまた味見しすぎだってシスターに怒られるだろうけど――。

 

 ガシャン。

 

 どこかで何かが割れる音がした。

 

「……うん?」

 

 続いて廊下を走る足音。

 

 誰かの叫び声。

 

 またジョンが何か壊したのだろうか。

 

 そう思って椅子から立ち上がったところで、鼻につく焦げ臭さに気付いた。

 

「火事……?」

 

 扉を開ける。

 

 廊下には黒い煙が立ち込め、奥では壁を這うように赤い炎が燃え広がっていた。

 

 その向こうから子どもの泣き声が聞こえる。

 

「み、皆!?」

 

 考えるより先に走り出す。

 

 炎を手で払うと、私に触れる寸前で火が散り、そのまま掻き消えた。

 

「エリー! シスター! どこ!?」

 

 返事はない。

 

 聞こえてくるのは誰かの泣き声と、何か重い物を引きずるような湿った音だけ。

 

 礼拝堂の方だ。

 

 煙の中を突っ切り、扉を蹴り開ける。

 

「――え?」

 

 礼拝堂の中は滅茶苦茶だった。

 

 古い木のベンチは薙ぎ倒され、壁に掛けてあった十字架は真ん中から折れている。

 

 磔にされたイエス様の像が床に転がり、その前に黒い何かが蹲っていた。

 

 獣のように四つ足で這ったかと思えば、背中から何本もの腕が生え、次の瞬間にはそれさえ黒い影の中へ溶けていく。

 

 人間ではない。

 

 式神でもない。

 

 歪な霊力だけを纏った、何か。

 

 

「邪霊……?」

 

 私の声に反応して、そいつが振り返った。

 

 

「た、タム!? こっちに来るんじゃないよ! 早くお逃げ――ごはっ!!」

 

同時に響くシスターの苦悶の声と何かが折れる嫌な音。

 

黒い歪な獣の手に押さえつけられたシスター。

その首はあらぬ角度に曲げられていた。

 

壊れた人形でも捨てるように、歪な獣はシスターを放り投げた。

 

 

 顔らしき場所に横一文字の裂け目が走る。

 

 それがゆっくり開き、無数の牙を覗かせた。

 牙の隙間から、金色の三つ編みが垂れている。

 

 一緒に黒い布が覗いていた。

 

 裾には、赤い糸で縫った歪な十字架。

 

 

「……なんで」

 

 昨日の夜、私が縫い直したやつだ。

 

 途中でエリーが眠そうにしていたから、仕方なく私が最後までやった。

 

 朝になったらきっと、

 

『ちょっとタム、ここ歪んでるんだけど』

 

 って文句を言うと思っていた。

 

 その十字架の下から、細い腕が垂れている。

 

「エリー……?」

 

 黒い口が閉じた。

 

 ぶちり、と。

 

 金色の髪ごと、その腕が噛み砕かれた。

 

「あああああああああっ!!」

 

 何をしたのか、自分でも分からない。

 

 気付けば走っていた。

 

 胸の奥から霊力を引きずり出し、拳に集める。

 

 殴ればいい。

 

 燃やせばいい。

 

 腹を裂いて、エリーを吐き出させればいい。

 

 拳が届く寸前、黒い腕が視界を横切った。

 

「がっ……!」

 

 身体が宙を舞う。

 

 ベンチをいくつも巻き込み、そのまま壁に叩きつけられた。

 

 息が詰まる。

 

 何をされたのか分からない。

 

 右足が変な方向を向いていたが、それもすぐに戻り始めている。

 

 そうだ。

 

 私なら大丈夫だ。

私は鬼子なんだから。

 

 こんな傷くらいすぐ治る。

 

 早く立って、エリーを――。

 

 

 床に手をついて顔を上げる。

 

 そこで初めて、倒れたベンチの向こうが見えた。

 

 サリ。

 

 ミシェル。

 

 ボビー。

 

 ロック。

 

 ケン。

 

 ジョン。

 

 皆そこにいた。

 

 小さな身体が、壊れた人形みたいに折り重なっている。

 

 

「皆……?」

 

 返事はない。

 

 さっきまで教会中に響いていた大きな声も聞こえない。

 

 計算ドリル三冊だって怒鳴っていたのに。

 

 私、まだ一冊目すら終わってない。

 

「……起きてよ」

 

 何で誰も返事をしないんだろう。

 

 夕飯だってまだなのに。

 

 エリーが作るはずだったのに。

 

 胸の奥で、何かが大きく脈打った。

 

 陰陽循環霊力炉が勝手に回り始める。

 

 最初はゆっくり。

 

 次第に速度を上げる霊力炉。

 

 回る度に霊力が膨れ上がり、行き場をなくした熱が身体の内側から溢れてくる。

 

 黒い化け物がこちらを向いた。

 

「あ……ああ……」

 

 何も考えられない。

 ただ、どこか他人事のように自分の口から漏れる雄叫びを聞いていた。

 

「あぁああああぁ!! お前が! お前がやったのか!!!」

 

 白い炎が噴き出した。

 

 床が消し飛ぶ。

 

 壁が焼ける。

 

 私を中心に吹き荒れた白炎が礼拝堂を埋め尽くし、黒い化け物が初めて悲鳴を上げた。

 

 逃げようとした影を炎が追い、呑み込む。

 

 黒い影が崩れ、穢れた霊力ごと白く塗り潰されていく。

 

 それでも炎は止まらなかった。

 

 礼拝堂を焼き、自習室を焼き、食堂を焼き、皆で暮らした教会を端から白く塗り潰していく。

 

 止め方なんて分からない。

 

 止めようとも思わなかった。

 

 ただ全部、なくなってしまえばいいと思った。

 

 どれくらい経ったのか。

 

 気付けば、炎は消えていた。

 

 教会は跡形もない。

 

 礼拝堂も、自習室も、皆で食事をしていた長机も。

 

 エリーと二人で縫った修道服の切れ端すら、どこにもなかった。

 

 焼け焦げた地面の向こうに街の明かりが見える。

 

 夕方だった空はもう暗くなり始めていた。

 

 どこかの家から、夕食を作る匂いがした。

 今日もきっと、誰かが皆でご飯を食べる。

 

 私は焼け跡の真ん中で、それをずっと見ていた。

 

 

「――あ。私も皆の所へ行かなくちゃ」

 

 

 良く考えれば当たり前のことだった。

 

 少なくともここに家族はいないんだ。

 だから私も向こう側に行かなくちゃ。

 

 そう思うと何だか心が軽くなった。

 

 

 ブチりと首に掛かったロザリオを引きちぎり、両手に包み込んで祈る。

 

「天にまします我らの父よ。願わくば、この哀れな化け物に白炎の浄化を。そして家族の元へお運びください――」

 

 

 その瞬間、白炎が私を包み込んだ。

 

 しかし、一分、十分、一時間。

 

 日が何度沈んで昇っても、白炎は私の身体を焼き尽くさない。

 

 熱くはある。

 

 痛みも感じる。

 

 しかし、いつまでもこの炎は私を皆の所へ連れて行ってはくれなかった。

 

 あぁ。きっと私が罪人で不信心者だからだ。

 

「ごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。ちゃんと死ねなくてごめんなさい ――」

 

 どれだけ謝ろうと、どれだけ涙を流そうと、私の身体は焼けることはなかった。

 

 もっと炎を。

 

 もっと。

 

 もっともっともっと――。

 

 白い炎は私の祈りに呼応するようにその規模を増し、街を飲み込み、国を包み込んだ。

 

 一年が過ぎた。

 

 二年が過ぎた。

 

 それでも私は消えない。

 

 無限に霊力を生み出す炉は、私がどれだけ自分を焼こうとしても、その端から身体を繋ぎ止め続けた。

 

 三年、四年と過ぎた頃、ようやく身体が形を保てなくなった。

 

 でも、それでも霊力炉は止まらない。

 

 魂だけになっても私は生き続けた。

 

 白い炎は世界を覆っていた。

 

 でも、それでいい。

 

 きっとこれが、生まれてきた私への罰なのだ。

 

 

 ◇

 

 

「――気づいたら、パパが目の前にいたんだ」

 

 あの日。

 

 初めてパパに会えた時のことは、今でもよく覚えている。

 

「時々思うんだ。今は私の夢で、本当はまだ白い炎の中で祈り続けてるんじゃないかって」

 

 ……あれ?

 

 何の話をしていたんだろう。

 

 ポツリポツリと話し始めた過去の未来。

 

 思えば、こんなに誰かに自分の話をしたのは生まれて初めてかもしれない。

 

 よほど酷い顔をしていたのだろう。

 

 ママが何も言わずに私をギュッと抱きしめる。

 

 それが何だか恥ずかしかった。

 

 

「――なるほどな。よく分かった」

 

 パパがゆっくりと頷く。

 

 そして、とても優しい笑顔を浮かべた。

 

「じゃあ今から、第一回水の一族殲滅会議を始めよう」

 

「……は?」

 

 いや。これパパ笑ってないな。

 

 瞳孔がバキバキに開き切ってる。パパは美人系だからめちゃくちゃ怖い。

 

 しかし、そんなパパの発言にパチパチと静かに拍手を始めるジィジとバァバ。

 

 え、二人ともそっち側!?

 

「え、えっと……べ、別に私が言いたいのはそんなんじゃなくて! いや、確かに水の一族が原因なら許せないんだけど……!」

 

「大丈夫よ。ちゃんとママは分かってるわ」

 

 私の頭を撫でながら、ママが静かに言う。

 

「今なら、今の時間軸なら環のもう一つの家族を助けられる。そうでしょ?」

 

「う、うん! そうなの! だから――」

 

「だから、そんな絵を描いた水野戸八千代にケジメをつけさせる。つまり殲滅だろ?」

 

「なんで戻るの!?」

 

 パパが呆れたような顔をする。

 

「いや、だってお前。教会の連中助けるのと八千代ぶん殴るのは別に両立するだろ」

 

「そういう問題!?」

 

「晴臣」

 

 それまで黙っていたジィジが低い声を出す。

 

 さっきまで私を甘やかしていた顔は消えていた。

 

「水の一族へ手を出すなら、流石に軽率には動けん。水野戸八千代は十五日後に使いを寄越すと言っているのだろう?」

 

「あぁ」

 

「なら、それまでに水野江、水野戸両家の動向を探る。まだ時間はあるが、念の為に教会の所在も特定しろ」

 

「赫玖坤の打ち直しもあるわね」

 

 ママが続ける。

 

「晴臣くん。今の貴方でも十分強いけど、水野戸八千代とは術師としての経験が違いすぎる。使えるものは全部揃えてから行くべきよ」

 

 ……うん。

 

 正しい。

 

 すごく正しいと思う。

 

 パパも腕を組んで考え込んでいる。

 

「十五日ねぇ……」

 

 ポツリと呟く。

 

 やがて、パパは鼻から大きく息を吐いた。

 

「長ぇな」

 

「晴臣?」

 

「敵が十五日後って言ったからって、なんで律儀に十五日待つ必要があるんだよ」

 

 ニッと獰猛にパパは笑う。

 

「宗鉄さんに無理言う。十日で赫玖坤を仕上げてもらう」

 

「おい、晴臣」

 

「十日後だ」

 

 パパの赤い瞳が細くなる。

 

「向こうが来る前に、こっちから殴り込む」

 

 ジィジが深い溜息を吐く。

 

 バァバは額を押さえ、ママは少しだけ困ったように笑った。

 

 でも、誰も反対はしなかった。

 

 多分、これがウチの家族なんだと思う。

 

 私は抱きしめられたまま、その言葉を何度も頭の中で繰り返した。

 

 十日後、か……。

 

 ◇

 

 水の一族への殴り込みを準備し、突入を控えた九日目。

 

 環は俺たちの前から消えた。

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