娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
陰陽師なんて職業についていると、かなりレトロな生活をしていると思われがちだ。
やれ家は和風の平屋で、普段から着物を着ている。
スマホなんて文明の利器には頼らず、連絡は紙と筆でしたためた手紙。
朝は祝詞を唱え、夜は蝋燭の明かりで古文書を読む。
そんな旧態依然とした生活をしていると、世間では思われているらしい。
……うん。
ウチの親父が大体そんな感じだ。
まぁスマホくらいは持ってるけども。
しかし、俺は違う。
ちゃんと現代社会に適応した文明人だ。
車にも乗るし、飛行機にも乗る。
コンビニにも行くし、ネット通販だって使う。
そして当然、新幹線にだって乗るのだ。
慌てて取った京都行きの自由席。
何とか確保した窓際のシートにドカりと身体を預け、大きく息を吐く。
流石に京都まで素手で殴り込みに行くのは心許ない。
実家からかっぱらって来た刀は、適当なナイロン製のギターケースに突っ込んで足元に置いてある。
いつもの地雷系ギャルみたいな格好も相まって、見た目だけなら立派なバンドガールだ。
中身は刀を持った陰陽師だけど。
「……煙草吸いてぇ」
窓の外を高速で流れていく街並みを眺めながら、思わず呟く。
最近の新幹線には喫煙ルームすらない。
文明とは何なのだろう。
便利になればなるほど、何故か俺にとっては不便になっている気がする。
……いや、まぁ。
今はそんなことどうでもいいか。
ポケットからスマホを取り出す。
画面には少し前に静華から届いたメッセージが表示されていた。
『今から宗鉄さんの所へ向かいます。そっちは?』
『もう新幹線。昼には京都駅につく』
それだけ返し、スマホを膝の上に伏せる。
環が消えたことに気付いたのは、今朝だった。
部屋に争った形跡はない。
窓も扉もそのまま。
屋敷に張っていた結界にも反応はなかった。
まるで最初からそこにいなかったみたいに、環だけが綺麗さっぱり消えていた。
普通なら誘拐を疑うところなんだろう。
しかし――まぁ。
「水の一族だろうな」
窓の外を眺めながらそう呟き、静華の呆れた顔を思い出す。
『……また勘?』
『まぁな。でも、多分間違ってないだろ』
『随分自信あるのね』
俺の言葉に少し苛ついたのを隠そうともせず、静華が半眼で睨んでくる。
いや、真面目な意見だから!
『俺だったらそうするし、静華も多分そうするだろ?』
『……まぁ、ね』
考えなしの俺に、自罰的な静華。
物事の考え方はかなり違う。
途中で辿る理屈だって、多分まるで別物だ。
でも、いざ追い詰められた時に選ぶ行動は妙に似ている。
何だかんだで、俺達は似た者夫婦だ。
そんなことを思いながら、空になったベビーベッドを見る。
『それで、環は俺達の娘だ』
『……あぁ』
静華が小さく息を吐いた。
『それは否定できないわね』
『だろ?』
親の嫌なところまで似るのが子供というものらしい。
環の場合、俺と静華の面倒臭いところを、わりと綺麗に両方拾っている気がする。
『なら、京都にある水の一族の本拠地ね。私ならそうするわ』
『俺もそうする。つぅか、よく考えたら環の奴、このところずっと水の一族のことを親父に聞きまくってたしな。これ確定だろ』
環のやつ、親父とお袋に甘えながらしっかりと情報収集していたって事だ。
実にちゃっかりした娘である。
『京都までどうやって行ったのかしら』
『さぁ? 転移とか?』
これに関しては冗談のつもりだった。
適当に言って、静華から「馬鹿なこと言わないで」と返されると思っていたのだが、予想外に返事がない。
『……え、あり得るの?』
『環なら、あり得ると思う』
『マジかよ』
思わず眉間に皺が寄る。
『鬼子ってそんな何でもありだったか?』
『鬼子だから、というより環が凄いのよ』
我が子のことながら、戦慄すら覚えたみたいな顔をする静華。
こんな顔は今まで見たことがなかった。
『そんなに?』
『四年間よ。あの子、四年間ずっと白炎の中で祈ってたの。眠りもせず、食事もせず、ただひたすら』
『…………言ってたな』
あまりにもな未来の話。
俺としては信じたくはないが、あれは今から起こり得る……いや、間違いなくあの子が体験した悲劇なのだろう。
『護摩行どころの騒ぎじゃないわ。術師として、私達が思っているよりずっと高いところまで行っていても不思議じゃない』
あぁ、なるほど……。
護摩行。
火を焚き、その前でひたすら祈る仏教系の荒行だ。
だが、四年間も寝食せず白炎の中で祈り続けた環からすれば、そんなものすら児戯なのかもしれない。
……アイツ、乳児だけど。
『世界焼きながら阿羅漢……聖者になったってか? 皮肉にも程があるだろ』
『ええ。反吐が出るわね』
静華が憎々しげに呟く。
こういう時、静華はたまに口が悪い。
『まぁ、行き方なんて後で本人に聞けばいいだろ。今はどこにいるか分かれば十分だ』
『それもそうね』
俺達がここで「どうやって」なんて考えていても、環が戻ってくる訳じゃない。
京都にいる可能性が高い。
今必要なのはそれだけだ。
『じゃあ俺は今から京都行くわ。静華は宗鉄さんのとこ寄ってから追っかけてくれないか?』
『え? ええ。でも赫玖坤、完成予定は明日よ』
『そこはホラ……今日で九日目だろ? つまりほぼ十日だ』
『……屁理屈ですらないわね。まぁ、付き合いの長い貴方が言うなら大丈夫なのかしら?』
そこで少しだけ考える。
宗鉄さんの頑固な顔が頭に浮かんだ。
『――宗鉄さん、大丈夫かなぁ』
『何が?』
『あー、いや。なんとなく……』
……まぁ。
何となく、嫌な予感はしていた。
そんなことを思いながら、新幹線の車窓に反射した自分の顔を眺める。
困ったような、呆れたような。
そんな顔だ。
「宗鉄さん、大丈夫かなぁ……」
もう一度、俺は朝と同じ言葉を呟いた。
◇
ゴガン!!
硬いもの同士を叩きつけたような鈍い音が、地下工房に響き渡った。
壁に突き刺さっていた拳を、静華がゆっくりと引き抜く。
砕けたコンクリートが床へ落ちる中、金野江宗鉄は完成したばかりの大太刀を抱えて一歩後ずさった。
「……今、なんとおっしゃいました?」
静華は笑っていた。
しかし、その目だけは笑っていない。
「いや、その……まだ正式な銘が決まってなくてな」
どうやら自分の聞き間違いではないらしい。
そう思いながら、静華は何も言わず拳を固めたまま続きを待つ。
「俺としては、ウルトラ霊力吸収斬霊刀スペシャルが――」
ゴン!!
静華の震脚が床を踏み砕いた。
地下工房全体が揺れ、棚に並んだ工具が一斉に鳴った。
「銘は赫玖坤。それでもう完成。異論はないですね?」
「…………」
「宗鉄さん?」
「……はい」
「よろしい」
静華は満足そうに微笑んだ。
宗鉄は何も言わなかった。
言えなかった。
◇
『赫玖坤、受け取りました』
新幹線が京都へ到着する少し前、静華からメッセージが届いた。
『お、間に合った?』
『ええ。宗鉄さんが頑張ってくれました』
『宗鉄さん元気?』
返信まで妙な間が空いた。
『元気ですよ』
……何だろう。
文章だけ見れば普通なのに、妙な圧を感じる。
まぁ、元気ならいいか。
うん。
俺は何も知らない。
『そのまま京都来れる?』
『もちろん。そのつもりです』
『了解。俺は先に行ってる』
ちょうど車内アナウンスが京都への到着を告げる。
さて。
ここから先も、なるべく文明人らしく紳士的に行きたいものだ。
そんなことを考えながら、足元のギターケースを持ち上げ、肩へ引っ掛けた。