娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
水の一族の本拠地は、京都の山の中にあった。
――と言うか、山が丸々本拠地になっている感じ。
ウチの実家も大概デカくて古臭いが、あっちはまだ武家屋敷の延長だ。
こちらは何というか、もう山城とか有名な寺とか神社とかそういう方向だ。
「……重要文化財とかになってそうだな」
山の中腹にある建立三桁以上経ってますみたいな顔をした厳つい門を前に思わず声が漏れる。
まぁいい。門が立派だろうが何だろうが、用があるのは建物じゃない。
環だ。
どこにも確証はないが、あの子がここにいるという感覚だけは、京都へ着いてから妙に強くなっていた。
さて、問題はこの立派な門をどうやって開けるかだ。
残念ながら、どこを見てもインターホンらしきものはない。
勝手に開けるのも何だし、一応声でも掛けてみるか。
「すいませーん! 日野江ですー!」
山の中に俺の声が響く。
「ウチの娘、来てませんかー!」
ダメ元もいいところだが、まぁ一応ね。
だが、しばらくすると重たい門が内側からゆっくり開き始めた。
出てきたのは、黒いスーツ姿の若い男。
歓迎する気はないのだろう。剣呑な表情をしている。
しかし、その顔は見知った顔だった。
「……餓者髑髏の時の新人くん!? そうか、水の一族だったのか!」
「え、えっと……? ど、どなたですか?」
うん。そうなるわな。
真面目そうな彼に、ゴリゴリの地雷系バンギャに知り合いはいなさそうだ。
「俺だよ。日野江晴臣。ほら、この前の討伐で一緒だったろ?」
餓者髑髏を斬った時、陰陽庁から派遣されていた若い陰陽師だ。
あの時は名前を聞きもしなかったが、あの拳銃使いの彼に間違いない。
わずか一ヶ月ちょい前の話だが、もう何年も経っているような気さえするな。
「えっと……晴臣……さん?」
青年の視線が俺の顔から足元までゆっくり落ちていく。
「あぁ、これ? 色々あって女になったんだ」
「色々……」
「説明すると長いから、今度な」
納得してはいない顔だったが、とりあえず諦めてくれたらしい。
「そういや名前何だっけ?」
「あ、えっと、水野江湊です」
「水野江……」
なるほど。
ここから出てくる以上、そりゃそうか。
どうやら湊君は本家筋の人間らしい。
「ちょうど良かった。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「は、はい」
「ウチの娘、こっち来てない?」
「娘さん……ですか?」
「あぁ。日野江環って赤ん坊だ。水野戸八千代宛てに尋ねて来てると思うんだけど」
その名前を出した瞬間、湊君の表情がほんの僅かだが固まった。
「……日野江の環……それに水野戸八千代、ですか」
「知ってる、よな?」
その苦虫を噛み潰したような表情は、知らない名前を聞いた時の顔じゃねぇもんな。
「晴臣さんはどこでその名前を?」
「この前、あいつに襲われた時にな。やっぱり八千代はここの関係者、だわな?」
「お、襲われた……? 晴臣さんが……?」
さて、この子はどこまで知っているんだろうか。
水の一族として共有されている話はあるんだろうな。
ただ、目の前の反応を見る限り、八千代が具体的に何をやっているかまでは知らされていないらしい。
そんな風に見える。
「まぁ、それは後でいいか。中、入れてもらえる?」
「……すみません。それは出来ません」
「駄目?」
「はい」
「娘がいるかだけでも確認出来ない?」
湊君が黙る。
その沈黙だけで、かなり答えに近いものを貰った気がした。
「いるんだな? ここに」
「晴臣さん……俺は――」
「いや、皆まで言わなくて良い。何となく分かった」
言いたくても言えない。
そんな風に困っているのは見れば分かる。
「一応、聞いとく。八千代に聞いてもらうことは出来る?」
「そ、それも……」
「無理?」
「はい」
「じゃあ当主さんとか」
「…………」
また黙った。
……なるほど。水の一族の組織としての機微はよく分からんが、埒が明かないのはよぉく分かった。
「文明人として会話で納めたかったんだがなぁ」
そう呟きながら肩にかけたギターケースから刀を一本取り出す。
宗鉄さんの刀ほどではないが、これもまぁまぁ悪くない刀だ。
「は、晴臣さん! 待ってください! これは俺達、水の一族の悲願でもあって……!」
そう言いながらも胸元から銃を取り出そうとする湊君。
悪くない反応だが、まだ遅い。
ゴウン!
刀から放出された黄金炎の一閃が空気を震わせ、重厚な門を焼き飛ばす。
パキリと刃が欠ける。
ちっ。力み過ぎたか……。
何本か予備は持って来ているが、大丈夫かな?
「なんで……こんな事、八千代様の予知には……!」
尻もちをついて何やら狼狽する湊君。
悲願に八千代様の予知ねぇ?
「未来予知とか未来固定だかがお前たちの領分なんだろうけどな。そんなもん以前に、娘を巻き込まれて黙ってる親はいねぇんだ。覚えとけ……!」
そう言って彼を捨て置き、俺はズカズカと敷地の中に踏み込んだ。
◇
「止まれ! ここは私有地だ!」
「火の一族の人間か……! 誰の許可を得て入り込んだ!?」
「今すぐ武器を捨てろ!」
門をくぐって数分。
早速、真っ直ぐのびた石畳の左右から現れた何人もの陰陽師達に囲まれる。
おうおう、殺気立ってんなぁ。
刀やら槍やらを持ち声を荒らげる陰陽師達。
しかし、どいつもこいつも警察に電話するという文明人なら当たり前の行動をとろうともしない。
「未成年略取の現行犯で一族郎党まるっと私人逮捕って形で何とかなるか?」
なんの事だ!? とさらにヒートアップする水の陰陽師達。
こいつらは下っ端かな?
そう思った瞬間、正面にいた男が地面へ手をついた。
「水行――!」
石畳の隙間から水が噴き上がる。
「おっと」
一歩横へ避ける。
避けた先を読んでいた様に左右から刀と槍。
存外、連携は悪くない。
ただまぁ――。
「遅いな」
襲ってくる刀を弾き、槍の柄を踏みつける。
流れるように手のひらに光量と音量だけを上げた爆炎を生み出した。
即席の閃光術式。
爆発的な光が辺りを包み、出て来た水の陰陽師達のほとんどを無力化する。
残りは辛うじて立っている三人。
手近な位置にいた男の腹へ蹴りを入れて無力化する。これで残り二人。
すると、背後から何かが飛んできた。
やや遅れて耳に届く銃声を聞きながら、ほとんど勘で首を傾ける。
頬の横を水で出来た弾丸が抜けていった。
身体強化術式がないと死んでるな、これ。
「晴臣さん!」
振り返ると、門の方から湊君が走ってくる。
手にはさっき取り出そうとしていた拳銃。
「……本気なんだな?」
「俺も……水の一族です……!」
ちょっと残念だ。話せそうな子だったのに。
まぁいい。
「……だったら聞きたいんだけどさ」
「今ですか!?」
湊君から視線を外さず、横から飛んできた水刃を刀で払う。
纏わせた黄金炎に触れた瞬間、水が蒸気になって弾けた。
「さっき言ってた悲願って何だ?」
「……!」
「環を使って何をするつもりだ。生贄にでもするつもりか?」
湊君の表情が強張る。
その一瞬で十分だった。
「やっぱりそうか」
「違っ――」
「違わないだろ」
踏み込んできた一人の懐へ入り、鞘で鳩尾を突く。
残りは一人と湊君。
「八千代の予知。水の一族の悲願。そこに環が必要」
今分かっているのはそれだけだ。
「お前ら何百年もかけて何するつもりだ?」
「………………八千代様を」
まるで懺悔をするみたいな顔をした湊君が拳銃を構え直す。
「八千代様を、この世から消すことです」
「は?」
思わず動きが止まった。
そんな隙だらけの俺に向かって槍が来る。
「危なっ」
頭を下げて避け、そのまま柄を掴んで男ごと地面に叩きつけて気絶させる。
これで残りは湊君一人。
「ちょっと待って。お前ら八千代の仲間じゃないのか?」
俺の肩を狙って放たれた銃弾を転げるように避けながら声を上げる。
「違います。俺たち程度が畏れ多い……。あの方は俺たち水の一族の現人神みたいな存在だ」
たった一人になって吹っ切れて来たのか、色々とぶっちゃけて来る湊君。
それはありがたいが、話しながらバンバンぶち込んで来る銃弾はやめて欲しい。
「あぁん? そんな存在を消すのが悲願?」
「八千代様は……存在するだけで周囲の邪霊を活性化させるんです」
「…………鬼子だからか。つまり、祟り神とか厄神みたいなもんか」
湊君が俺を睨んだまま続ける。
「この山そのものが巨大な封印です。八千代様の霊力が外へ漏れないように、水の一族が代々維持してきた」
ちらりと周囲を見る。
古い石垣。
山の斜面に沿って伸びる建物。
やたら立派な門。
寺だの山城だのと思っていたが。
「……これ全部?」
「全部です」
なるほどね。そりゃ重要文化財みたいにもなるわ。
何百年もかけて、一人を閉じ込めるために山を作り替えたようなものらしい。
数百年前に生まれてしまった、殺せない厄災。水の鬼子。
水の一族はそれを閉じ込め、抑え込みながらいつか滅ぼす方法を探してきた。
だから悲願って訳か。
「で、その方法に環が必要ってことか」
「……俺が知っているのは、そこまでです」
湊君が苦しそうに言う。
「八千代様の予知では、日野江の環が現れれば悲願が成ると。それだけは昔から伝えられてきました」
湊君が撃つ。
水弾を刀の腹で弾き、そのまま一気に間合いを詰める。
「悪いな、湊君」
「っ!」
「俺、娘を迎えに来ただけなんだわ」
拳銃を持つ手首を掴み、足を払う。
なるべく痛くないように地面へ転がした。
「だから、その色々と事情がありそうな悲願とやらは後で聞く」
こいつら水の一族の目的が八千代の消滅なのは分かるが、じゃあ八千代の目的はなんだ?
なぜ自分を殺そうとしている一族に、八千代自身が協力しているんだ?
何ならお互い協力し合ってさえいるように見える。
なんだか色々事情はありそうだ。
しかし――。
「うちの娘はどこにいる?」
俺にとって、今一番大事なのはそれだけだ。
俺は湊君の首筋に刃をピタリと当てて、そう睨みつけた。