娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
『鬼子』という伝承がある。
いい意味の言葉でないのは字面から分かるだろうが、俺たち陰陽師にとっては最悪の伝説だ。
鬼子とは、生まれながらにして『陰陽循環霊力炉』と呼ばれる特殊な霊絡を持つ子どものことだ。
本来は一つしか持てないはずの陰と陽の気。
それを体内で循環させ、莫大な霊力を生み出す。
まぁ平たく言えば、無限に霊力を生成できるチート能力だな。
それだけなら、ウチの子天才じゃん! で済む。
――が、そうは問屋が卸さない。
鬼子が鬼子と呼ばれる理由はその生まれ方にある。
過去に確認された鬼子は、例外なく母親の霊力を吸い尽くし、その腹を食い破って生まれてきた。
さらに、その莫大な霊力が暴走し周囲に邪霊を生み出すという。
環は鬼子だ。
そう考えれば、鏡炎の意味も静華が衰弱している理由も、あの謎の記憶の中身も全て説明できる。
「――問題は二つ。環が静華を殺しちまう事と、生まれてすぐに呼び出す大量の邪霊だ。ここまではいいか?」
静まり返る大広間は、今や俺のプレゼンの場だ。
日野江本家のドラ息子がまたぞろ馬鹿を言い出したと呆れかえる奴が半分。
興味深そうにこちらを値踏みする奴がもう半分。
悪くない塩梅だ。
「いい訳があるか! 馬鹿息子! 鬼子が持つ影響も考えろ。仮に無事に生まれたとしてもわれら炎の一族がどういう目で見られると思っている? お前の案では鬼子を隠匿する政治的な問題を考慮しているんだろうな!?」
沈黙を破ったのは親父だった。
いいね。組織の長として世間の目は気にしないとダメだ。
本音だけで組織は動かないし、この辺のメタ認識がない奴に大組織の長は務まらない。
「ハッ! 馬鹿はどっちだ? なぜここまで鬼子の性質が現代まで正確に伝わってるんだ? それは誰も彼もが鬼子を利用しようと躍起になって研究した成果だからだろうが! 無限の霊力。多少のリスクを飲み込むメリットってやつはあるんじゃねぇのか? ご当主様よぉ?」
わざとらしい悪そうな顔でニヤリと笑う。
無限の霊力を生み出す術式が解読できるのであれば多少のコストは飲む。
陰陽師の組織とはそういうものだ。
俺から言わせれば、あんなもんは単なる呪いだとしてもだ。
「……つまり、晴臣さん。貴方はこう言いたいわけだ。多少のリスクはあれど安全に陰陽循環霊力炉を制御できる方法がある、と」
澄ました顔で静華の親父さんが発言する。
そう。話の肝はそこだ。
核技術みたいなものなのだ。
制御が出来るならそれはとても有効であり、多少のリスクを負ってでも枠組みに組み込むだろう。
誰だってそうするし、もちろん俺たち陰陽師だってそうする。
「そうです。お義父さん。全ての問題は陰陽循環霊力炉にある」
そう言って静華をちらりと見る。
気丈に振る舞うその眼差し。
環を守ろうとしているのか、その両手は大きなお腹に添えられていた。
「静華。お前は今、環に霊力を吸われている状態だ。――そうだな?」
俺の言葉に目を丸くして驚く静華。
静華は五行十家の日野戸家当主の娘であり、陰陽師としても実力派のエリートだ。
環が鬼子だと気付かないはずがない。
「う、うん。隠す気はなかったんだけどね。気付いたのは先週くらい。今はもう明確に私の霊力を吸ってるわ。まるで、どれだけ食べても足りないって言ってるみたい。ううん、溺れてるみたいな感じ……」
俺が出張に行ったくらいか……。
不安な思いをさせちまった。
後悔を飲み込み、声を張り上げる。
「おかしな話だと思わないか? 無限の霊力を生み出すはずの鬼子が母親から霊力を吸うなんてな」
広間のざわめきが大きくなる。
いくつか論文を読んだ覚えがあるが、母親を生贄にするとか邪霊の仕業とか色々仮説があったはずだ。
しかし、俺から言わせるとそうではない。
そう言い切れる。
「鬼子は霊力炉起動に必要な量の気を持ち合わせていない。つまり、環は今呼吸が出来ずにパニックになってる状態が近いはずだ」
あの未来の記憶。
環が胎から出た瞬間、周囲の霊力を吸い上げてからそれを上回る大量の霊力をばら撒いていた。
あの瞬間に初めて陰陽循環霊力炉が起動したのだ。
「……ならば話は早い。鬼子に必要なのは陰と陽の気。静華さんは生粋の陰の家系。足りないのは陽の気という訳か」
ふむ。と親父が頷く。
そう。必要なのはそれだ。
ただし、問題がひとつある。
「――晴臣くん。歴代の鬼子の親やその周囲がそれに気付かなかったとは思えないわ。さっき言っていた女の子になるってどういう意味なの?」
だよね。
そこ引っかかるよね。
ようやく本題に入ったのを察したのか、静華の圧が上がる。
静華は腕利きの陰陽師だ。
俺に気を使って黙っていたのだろうが、この程度のことは思いついて当たり前なのだ。
「……あー、問題は陽の気の供給方法だ。静華は霊的にも肉体的にもバリバリの陰。陽の気をそもそも扱えない。普通、陰と陽は反発しちまうからな」
おそらく、カラクリに気付いた歴代の鬼子の親もそこで引っかかったはずだ。
ならやる事は一つ。
「陽の気を持ち、環と血の繋がりを持つ俺が肉体的に陰になる――つまり、俺が女になって二人の繋がりに割り込めばいい」
「却下!!」
食い気味に静華が否を突きつける。
え、えぇ……。
「あのね。どうやってやるかもあるし、そもそもそれ、戻れるの? 肉体変化を伴う術式なんてほぼ呪いじゃない! そんな危険な目に晴臣くんを遭わせるなんて許可できない!」
「じ、じゃあどうしろってんだ!? 俺は嫌だぞ! あんな未来、認めねぇ!」
「未来……?」
あ、やべ。
未来視の話をしてなかった……。
「ねぇ、晴臣くん? なんか色々察しが良すぎない? 何か隠し事してるよね?」
隠すつもりはないが……え、未来の記憶を言ったらどうなる?
環の危険度が跳ね上がる、よな。
静華にも余計な負担を背負わせたくないし……いや、ここまでバレてるならむしろ言った方が良いのか? ええい、分からん!
「落ち着け、二人とも」
助け船は思わぬ所から出された。
うちの親父だ。
お義父さんも親父の後に続く。
「我々当主陣としては、晴臣さんの説明に一定の利があるのは認めます。ただし、不確定要素が多いのも事実」
「幸い出産予定日まであと二カ月ある。それまでに静華さんは専門病院へ入院。厳戒態勢で残り二カ月を過ごしてもらう。晴臣。お前に全権を任せる。出産までに確実な対処法を考えろ。幸い、ここには主だった陰陽の炎の一族が揃っている」
そう言って居住まいを正し、二人は頭を下げた。
「未熟な二人ではあるが、我らにとっては大事な子だ。責任は我らがとる」
「どうか、皆様の力を貸して頂きたい」
それを切っ掛けに空気が変わる。
両家の当主二人による懇願。
それを無下にする者など炎の一族にはいなかった。
◇
「――絶対ダシに使われたよな。俺?」
「ふふ。まぁ役者が違うね。……でも、晴臣くんがちゃんと私たちを助けたいって皆の前で言ってくれたからだよ。ありがとう」
儀式の後、本家の一室に俺の愚痴と静華の笑い声が響く。
家を出てそれなりに経つので、自室はなくなってしまったから今日は二人で客間にお泊りという訳だ。
あの二人には一族の長としての立場がある。
しかし、同時にまだ生まれてもいない初孫の為にベビーグッズを買い漁る祖父でもあるのだ。
それなりの手法を示せば乗っかるとは思っていたが、あそこまでとは思わなかった……。
「――で、私の話はまだ終わっていないんだけど、いいかな?」
優しい微笑み。
しかし、その目と纏う雰囲気は一ミリもほのぼのしていない。
やはり誤魔化せてはいないよな。
さて、どうやって説得するべきか……。
「あ、あー、どうかな? 俺、親父に話があるし……」
「反転の黒真珠、でしょ?」
一瞬、時間が止まったように思えた。
『反転の黒真珠』
まさに俺が使おうとしていた我が家に伝わる特級霊具。
あらゆる事象を反転させる掛け値なしのチートアイテムである。
まぁ反転自体は何でもしてくれるのだが、加減が難しいというか制御がまともに出来ない系の呪いのアイテムでもある。
「完全に呪いじゃない! あんな厄物使ったら最悪人じゃなくなるのよ! そんなの絶対私認めないから!!」
「いや、その厄物は一応家宝で……。じ、じゃあどうするんだよ!」
「これ以上衰弱しないように霊力の回復に努めて、早々に帝王切開する。邪霊被害対策は一族総出で対応したらいいでしょ!」
仰る通りである。
ぐうの音も出ない正論だ。
静華のまっすぐな黒い瞳をのぞき込む。
自分勝手に私たちの未来を決めるな! と大声で叫んでいる。
あぁ、その通りだ。
きっと間違えているのは俺なのだろう。
思わず頷きたくなる程だ。
しかし、未来の記憶がそれに待ったをかける。
……そうだ。静華の意見は正しい。
しかし、そのルートこそが未来の記憶通りになるんじゃないのか?
未来の俺達が何もしなかったとは考えられない。
何か静華の意見に危険性は――。
「ぅ……うう……」
突如として静華が腹を抑えた。
「し、静華!?」
「産気づいたかも……」
驚きよりも疑問が頭を埋め尽くす。
予定日までは二カ月近く――。
未来のビジョンが脳裏を駆ける。
静華の死体と俺の死体。
そして舞い散る桜吹雪……。
呆然としつつ視線は窓の向こう。
庭の桜が視界に入る。
あぁ、そうか。
環は早産だったんだ……!
それが切っ掛けになったようにみるみる静華が衰弱していく。
元々細かった腕はまるで肉をこそげ落としたように骨と皮になっていく。
「く、くそ……! 霊力の吸収が早い!」
慌てて静華の腹に手を添えて霊力を送り込もうとするが、バチンと音を立てて弾かれた。
やっぱりこうなるか……!
陰の肉体を持ち、魂の性質も陰である静華に陽の気は送り込めない。
環に届く前に静華の肉体と魂が陽の気を反発するからだ。
必要なのは陽の気を持つ魂であり、陰の肉体――つまり女体を持つ者。
そして、それは環と血を分かつ者でなければならない。
衝撃で手を切ったのだろう。
血を流すゴツゴツした手のひらを憎々しげに見る。
何で俺は男なんだよ!
「晴臣、今の音は――し、静華さん!?」
霊力が弾けた音を聞いて来たのだろう。
親父が客間に入ってきた。
「出産が始まった。早産だったんだ!」
「ぬぅ……。誰か! 人を呼べ! 医者を連れて来い!」
病院は――そうか。
出産が始まったのなら、邪霊が生み出される可能性が高い。
病院よりここの方が迎え撃てる。
「親父。静華と環を頼む! 後――」
「宝物庫の鍵、だろう? 中の物は好きにしろ! 行け!」
流石はご当主様。察しが良くて涙が出るね。
……それだけ俺が分かりやすいのか?
ひったくるように鍵をうけとると、返事もせずに俺は宝物庫へ向かった。
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