娘が世界を滅ぼすらしい。だから最強陰陽師の俺、女になる。 作:匿名杯参加者
首都のど真ん中に、デンと構える武家屋敷。
五十年くらい前まではド田舎だったらしいのだが、気づけば都市開発が進み、都会のど真ん中に位置することになってしまった我が生家。
五行十家の一角、日野江一族の本家である。
明らかに堅気の家には見えない巨大な木製の門に囲まれた邸内。
呪術的な意味を込めて焚かれた、篝火の爆ぜる音がやけに響く。
そんな静けさをぶち破るように、俺は長い廊下を走る。
俺の目的はただ一つ。
本殿の最奥。
呪術的にも物理的にも強固な封印を施された部屋。
日野江家の宝物殿だ。
――ウチの家系は先祖代々適当な性格をしているのかもしれない。
六畳ほどの部屋に設けられたいくつもの棚に、様々な霊遺物が雑に並べられている。
そんな中に目的のものはあった。
それは手のひらに乗るほどの小さな木箱。
しかし、その木箱には幾つもの呪符が貼られ、厳重に封印されていた。
……いや、確実に呪物に対する扱いじゃん。
少なくとも家宝に対する扱いじゃないよね?
先祖代々封印してたんじゃね? これ。
え、触らなきゃダメ、だよな? ――ええい、腹くくれ俺!
覚悟を決めて乱暴に箱を開けると、中には黒い真珠が入っていた。
見た目は単なる黒い球体。
しかし、その異様な佇まいはどう見てもこの世のモノとは思えなかった。
き、気持ち悪い……!
陰の気も陽の気も、因も果もごちゃ混ぜに練り込んだような、あり得ない異質な霊力。
何だか黒真珠の周りの空間が歪んでいるようにすら見えた。
『そんなモノに頼らなくてもいいの――』
この声は――!?
同時に、俺の背後でボッ! と炎が灯る。
それは宙空に浮かぶ白い炎。
「この色は……!」
次第に炎は形を変えて人型を取る。
長い髪。前髪だけ自分で切っているのだろう。雑に切りそろえられた前髪。
顔の作りは静華によく似ていた。
しかし、目元だけが生意気そうなツリ目の女の子。
まだ生まれていなくとも、間違うはずがない。
――環だ。
『私を殺して。そうすればあの人は助かる。貴方も無駄に傷つくことも――』
多分、白い炎を自分の姿に似せているのだろう。髪も肌も全てが揺らめく白の女の子。
目だけが輝くような赤だった。
「ママとパパだ」
『い、今はそんなこと言ってる場合じゃ……!』
「あの人じゃなくてママ。貴方じゃなくてパパ。お母さんとお父さんでも可。それ以外は認めん」
『……クソオヤジ』
なるほど。どうやら間違いなく俺と静華の子どもだ。睨み方が静華に、反抗の仕方が俺にソックリだ。
だからだろう。思わずククッと笑ってしまう。
おっと、いかんいかん。
さっさと黒真珠を使わねば……。
黒真珠を箱から取り出す。
これ、どうやって使えばいいんだ?
『だから、やめてって言ってるでしょ!? 生まれたって、生きてたって、マ、ママとパパに迷惑かけることしかできない! 死んじゃうんだよ!? 私のせいで!』
必死の懇願。
いや、これは諦観か?
何にせよ、未来の俺は駄目な父親なのは間違いない。
大事な妻も娘も守りきれず、娘だけ残してさっさと死んじまうんだからな。
「――死なないし、死なせない」
そう言って環を真っ直ぐ見る。
どうやって未来から干渉しているのかは分からない。
でも、この子は間違いなく俺たちの子だ。
この子を助けるためなら、この身体くらいいくらだって捧げてやる。
グッと拳を握る。
「安心しろ。パパに全部任せとけ。必ずお前を幸せに――」
パキョ。
――あ。
何だか間の抜けた破砕音が、手の中から聞こえた。
……あれ? え? 嘘……?
『ぱ、パパ?』
「こ、壊れ……た?」
手の中で思わず握りこんだ『反転の黒真珠』が粉々になっていた。
テメェ、異様な呪物みたいな顔して、なんで普通の真珠以下の耐久性なんだよ!?
ドクン! と身体が脈打つ。
崩れた黒真珠に、さっき静華へ陽の気を流した反動で傷ついた手から流れる血が混じる。
あ、やべ。血を捧げちまった……。
そんなのんきな感想をよそに、皮膚が脈打ち、内臓が暴れ出す。
「ぐうっ……!」
思わず膝をつく。
骨格が軋み、筋肉が縮み、全身から力が抜けていく。
それなのに、腹の奥だけが熱かった。
まるで、自分の身体のどこかに空席が生まれたような。
誰かを受け入れるためだけの場所が、最初からそこにあったかのような感覚。
来た! この変化だ!
このまま反転を安定させれば――!
しかし、反転は無情にもどんどん進行していく。
胸の奥底。
魂にまで影響する超感覚的な違和感。
「……ふざ、けんなぁ!! そこに触れるんじゃぁねえ!!」
思わず絶叫し、反射的に全霊力を放出する。
霊力とは魂の力だ。
そこを反転されれば、環に渡したい陽の気まで失ってしまうことになる。
「いいか、黒玉野郎! お前にやるのはこの身体までだ。それ以外には一ミリも触れるんじゃあねぇ!」
全身に陽の黄金炎をまとい、全力で反転に抗う。
それが功を奏したのか、次第に変化は落ち着いていく。
「よぉし、良い子だ。やればできるじゃねぇか……」
最初の違和感は声だった。
聞き馴染みのない、少し低い女の声。
喉に手をやると、喉仏が消えていた。
そして、はらりと視界を遮る長い赤髪。
周囲を見渡すと、視界も少し低くなっている。
「お、おぉ……。成功した……のか?」
恐る恐る、お腹へ手を当てる。
先ほどまで存在しなかった何かが、確かにそこにある。
子宮だ。
これが欲しかったんだ。
こいつを術式のフックに静華と環の繋がりに割り込める!
ようやく、そのための身体を手に入れた。
『ご、強引に神代級の特級霊具をねじ伏せた……? ご、ゴリラなの?』
誰がゴリラだ、このじゃじゃ馬娘。今度の休みに動物園に連れてくぞ!?
「どうよ? パパはすげぇだろ?」
ふふん! と何だか立派になった胸を張る。
一瞬、ブスッとした顔をして、環は俺の前髪や顔周りの髪を摘んだ。
音もなく、俺の長い髪が切断された。
『……それだと前、見にくいでしょ? あんまりこっちの時代に干渉できないんだけど、これくらいはできるから……』
「助かった。へへっ、お揃いだな」
そう言って切りそろえられた前髪を摘む。
少し照れた様子の我が愛娘。
しかし、時間制限があるのか、今ので力を使い果たしたのか。
その輪郭が少し薄くなっていた。
『……パパ、忘れないで。いざとなったら絶対に私を見捨ててママと逃げて。私はパパとママが無事な方が嬉し――』
そう言って白炎の少女は溶けるように消えた。
後に残ったのは、さっきの全開の霊力放出でボロボロになった宝物殿だけだった。
「絶対、助けてやるからな……!」
◇
「静華!」
さすがは親父。
この短い間に呼び出したのだろう。白衣を着た医師達が、一斉にこちらを振り返った。
しかし、そんなものはどうでもいい。
布団の上に横たわる静華を見た瞬間、俺の足は止まった。
「…………」
一瞬、誰だか分からなかった。
頬はこけ、眼窩は深く窪んでいる。
病衣から伸びた腕は、骨と皮だけになったように細い。
破水してからまだそれほど時間は経っていない。
それなのに、まるで何年も闘病さしたような姿になった静華がそこにいた。
「……晴臣……くん? だよね?」
部屋の中央に敷かれた布団に横たわる静華は、どう見ても長く持ちそうにない。
窪んだ瞳が、ゆっくりと俺を捉える。
その顔に、弱々しい笑みが浮かんだ。
「この子、だいぶ食いしん坊みたい。はは……」
静華は自分の腹へ目を落とす。
「晴臣くんには、こんな姿を見られたくなかったな……」
何か言わなければならない。
お互い変わっちまったなとか。
大丈夫だとか。
すぐに助けるとか。
いつもの俺なら、いくらでも言葉が出てくるはずだった。
しかし、喉が詰まって声が出ない。
言葉にならない想いを振り払うように、俺は布団へ駆け寄ると、静華の腹へ右手を置いた。
同時に、左手を自分の腹へ当てる。
「晴臣くん……?」
「少し黙ってろ」
静華と環を繋いでいる霊絡を探る。
静華の冷たく静かな湖のような陰の気。
その中心で、異様な勢いで霊力を吸い上げている小さな命。
間違いない。
環が静華の陰の気を片っ端から吸い上げている。
環に必要なのは陽の気。
その二つが揃って初めてこの子は息ができるのだ。
なら、やることは一つだ。
自分の中に生まれたばかりの器、子宮を起点に二人の繋がりへ術式を伸ばす。
静華。
環。
そして、俺。
三人の霊絡を、一つに結ぶ。
「――繋がれ!」
腹の奥が、焼けるように熱くなった。
「ぐっ……!」
静華と環のあいだに、無理やり身体をねじ込んだような感覚。
環へ向かって流れていた陰の気が、一瞬だけ激しく逆流する。
拒絶された。
だが、問題ない。
俺の身体は既に女体――陰へと反転している。
拒絶された霊力を腹の中で受け止め、そこへ俺自身の陽の気を混ぜ込む。
陰から陽へ。
陽から陰へ。
激しく暴れ回っていた霊力を、俺の身体を経由させて循環させる。
「晴臣くん……あったかい……」
静華の身体から、少しずつ力が抜けていく。
違う。
力が失われているんじゃない。
張り詰めていた身体が、ようやく休み始めたんだ。
浅かった呼吸が、ゆっくりと整っていく。
青白かった頬に、わずかだが血の気が戻る。
窪んでいた瞳にも光が差した。
「よし……通った」
これならいける。
初めはゆっくり。徐々に速度を上げて循環していく陰陽の気。
陰陽循環霊力炉の起動。
手のひらから伝わる鼓動が嬉しそうに弾む。
よし。環はこれで大丈夫だ。
後は今から出産する静華のフォローを――。
――あぁ、これでもう二人とも大丈夫だ。
「どんな静華でも関係ない」
静華が驚いたように俺を見る。
「俺が愛した女は、世界一の女だ。ちょっと行き過ぎたダイエットくらいで変わらない」
「晴臣くん……」
「でもな――」
静華の腹へ置いていた手を、その細い手に重ねる。
「辛いことを、一人で抱える必要なんかない」
そうだ。そのために俺がいるんだ。
たとえ、どんなことになろうとも俺が絶対に二人を助けてみせる。
静華の目に、じわりと涙が滲む。
泣くかと思った。
しかし、静華は俺の顔を見つめると、なぜか小さく吹き出した。
「私は、いつもの晴臣くんが好きだなぁ」
「あ?」
「何、その格好」
静華が震える手を伸ばし、俺の頬へ触れる。
「私より可愛くない?」
「馬鹿言うな。俺は美人タイプだ」
「何それ? そこはちゃんと否定してよ……」
静華の口から、久しぶりにいつもの笑い声が漏れた。
俺はその細い身体を抱き起こし、壊れ物に触れるように抱き締める。
静華も、俺の背中へ腕を回した。
「ありがとう、晴臣くん」
「礼なんかいらねぇよ」
夫婦なんだから。
そう言おうとした瞬間、長年染み付いた陰陽師としての感覚が何かを訴えた。
こいつは――!
「――晴臣」
振り返るより先に、親父の声が飛んできた。
「いったん、ここは先生方に任せよう」
「ああ、そうだな。静華、そばについてやれなくてすまん……」
「静華さん。すまんが、晴臣を借りていく」
静華が俺の腕の中で、小さく頷いた。
「お二人とも、ご武運を――」
ま、隠そうとしても分かるわな。
こんだけ邪霊に囲まれてるんだから……。
「さぁて、もう一仕事やりますか!」
明日より20時45分の一日一話の投稿となります。
よろしくお付き合いくださいませ。