娘が世界を滅ぼすらしい。だから最強陰陽師の俺、女になる。   作:匿名杯参加者

4 / 5
そのパパ、立ち向かう

 バサリと陰陽庁の制服に袖を通す。

 

 静華の制服が家にあって助かった。

 ちょっと胸の関係で上までボタンが閉まらないのはご愛嬌だ。

 

 ――戦いは既に始まっていた。

 

 この無駄に広い日野江屋敷を中心に、邪霊が次々と生み出されている。

 

「発生範囲はこの母屋を中心に周囲一キロ。二級から三級の邪霊が無限湧きしているな」

 

「まあまあな広範囲だな……。敷地内で収まってるのは不幸中の幸いだ」

 

 月夜を背に、屋敷の屋根から親父と二人で周囲を見下ろす。

 

 日野江一族総出で邪霊の除去、結界の展開に当たっていた。

 

 さすがは日野江。

 

 見たところ、被害らしい被害はない。

 どうやら俺は、親戚連中に一生頭が上がらなくなることが確定したようだ。

 

「しかし、ちと妙な話だな……」

 

 親父が顎に手を当て、訝しげな顔をする。

 言わんとすることは何となく分かる。

 

「ああ。環の陰陽循環霊力炉が暴走して邪霊が発生するのは分かる。無限の霊力なんてばら撒いたら、そりゃあ邪霊なんかいくらでも発生するからな」

 

 しかし、現状はそうではない。

 

 俺が介在することで、あの子の霊力炉は安定している。

 

 起動してから周囲に霊力をばら撒くなんてことはしていないはずなのだ。

 

「少なくとも、環が原因とは考えにくい……」

 

「意図は分からんが、何者かの介入を感じる……な!」

 

 ゴシャ! 屋根まで登ってきた邪霊を親父が殴り飛ばす。

 

 それは歪な赤ん坊のような邪霊だ。

 

 数百、数千の崩れたフォルムの赤ん坊が、空中をハイハイしながら飛び回っている悪夢みたいな光景。

 

 見ていて気持ちの良いもんじゃあないな。

 

「産怪……というより蛭子か? 何にせよ趣味の悪い邪霊だな……」

 

 不浄なものを見る目で、親父が手についた邪霊の残滓を払う。

 

「――蛭子。イザナミとイザナギが生み出した歪な神の子。女神と男神、陰陽の神の落とし子。一見、環と関連してそうだが、どうも自然発生っぽくないな。こりゃ式神か? 』

 

 式神。

 説明不要な霊力で構成された不思議能力を持つ陰陽師のお供だ。

 

 俺も使えるポピュラーな術式。

 実はその構成は邪霊と変わらない。

 

 術師がいるかいないかの違いくらいだ。

 

「……見た感じ、正統派の神道系術式っぽいな。 何にせよウチの術式じゃあねえ」

 

 火の一族は先祖代々現場主義。

 使えるものは海外術式だって平気で使う、神仏東西混合術式の家だ。

 

 ここまで純粋な神道系の術式を使うやつはいないし、刻まれた術式的にも使えない。

 

 まぁそもそも、胎児の環にそんな術式が使えるわけがない。

 

 こいつはいよいよきな臭くなってきた。

 

「晴臣、答え合わせは後にせい。連中の狙いはどう考えても環だ。だが、霊絡で繋がったお前からも同じ匂いがするらしい」

 

 ……みたいだな。

 さっきから、俺に向けられる邪霊どもの露骨な視線を感じる。

 

 加えて、北の方から繋がる、この不思議ベイビー共を束ねる怪しい霊力ラインを薄ら感じる。

 

 つまり、俺は格好の囮役になれるってことだ。

 

「なら好都合だ。三人揃ってる方がマズい。俺は囮役として北側へ行く。親父達は南側を抑えつつ、本宅を守ってくれ」

 

 親父は値踏みするように、俺をじっと見た。

 

「その状態で、あの二人を言い訳にしなかったことは褒めてやる。……動けるのか?」

 

 これは、バレてんな……。

 

「誰に言ってやがる。胸がデカくて戦いにくい以外は絶好調だ。ま、さっさとここの安全を確保して、フォローしてくれると助かる」

 

「ふん。心得た。……死ぬなよ?」

 

 そう言い残し、親父は颯爽と屋根の上から飛び降りた。

 

 誰もいなくなったのを確認して、俺は膝をつく。

 

 今が夜で助かった。

 全身から脂汗を流し、何なら涙目になっているのが分かりにくい。

 

 こんな醜態、実の親にも見られたくはない。

 

 きっつ……。こんなにもきついもんなのか……。

 クソ! 完全に舐めてた……!

 

 屋根の上で一人、もんどり打っていると、俺のすぐそばで白い炎が揺らめいた。

 

『……何やってるのよ。パパ』

 

 言いたいことは山ほどある、とばかりに眉をひそめた、白い炎が形取る少女――未来の環だ。

 

「親父に顔くらい見せてやりゃいいのに……。多分、腰抜かして驚くぜ?」

 

 俺の軽口に気分を害した様子で、腕を組んで鼻を鳴らす環。

 

『そんなことより、その術式はなに!?』

 

 俺がさっき静華に施した術式のことだろう。

 勘のいい子どもである。

 

 まぁ親父も気づいていたっぽいから、俺が下手を打っただけかもしれん。

 

 静華の意識が朦朧としていたのが救いだ。

 

 普段なら絶対にすぐバレる。

 

『私とママの繋がりに割り込んで、陰陽の気を循環させてる。でも、それだけじゃない! パパの気も体力もほとんどママに流してる! しかも代わりに、ママの痛みも身体への負担もパパが受け取って……! こんなの、もう呪いじゃない!』

 

 ご明察。

 さすがにあんな状態の静華が、出産や帝王切開に耐えられるとは思えないしな。

 

 ちょいと三人の流れに細工をしたのだ。

 

 しかし、予想外だったのは、思った以上に出産の痛みがきついことだ。

 

 腹の中を掻き回されるような鋭い痛みと、腰をハンマーで叩き続けられるような鈍い痛みが続いている。

 

 正直に言うと、さっきから立っていられないくらいに辛い。

 

「アステカ術式を俺流にアレンジした無痛分娩術式だ。すげーだろ?」

 

『ふざけないで!! そんな状態で戦うなんて自殺行為だって言ってるの! だから私を殺し――!』

 

「お前こそふざけんな」

 

 環の目に、俺はどう映っているだろうか?

 意固地になっている無様なオッサンにしか見えないかもしれない。

 

 でも、意地を張るならここしかないだろう……!

 

 弱い自分を押し殺し、無理やり口角を上げる。

 

「静華も環も絶対死なせない。俺も死なない。――パパとの約束だ」

 

『……北には、この邪霊の発生源がある。絶対に行かないで』

 

「だったらなおさらだ。そこにお前の誕生日を邪魔する輩がいるんなら、ぶん殴らなきゃならん」

 

『…………』

 

 てっきり、ふざけるなと怒られると思ったのだが、待てど暮らせどお叱りが来ない。

 

 不思議に思って、押し黙ったままの環の顔を覗き込むと、幻炎の少女は涙を流していた。

 

『……誕生日なんて、お祝いしたことないよ。だって、パパとママの命日だもん。私、こんな世界に生まれたくなんて、なかった……』

 

 あぁ……。そうか。そうだよな。

 

 静華。この子を最初に呪ったのは、どうやら俺たちだったみたいだ……。

 

 震えるように泣く環を、そっと抱き締める。

 熱もなければ、抱き締めた手応えもない。まるでそこに存在しないような幻の炎。

 

 でも、間違いなく環はここにいる。

 

「――確かに、未来の俺は失敗しちまった。でも、環のお陰でまだ間に合う。絶対に証明する。環が生まれたことは間違いなんかじゃないってな!」

 

 そう言って、環の目に浮かぶ大粒の涙を拭う。

 

「これでも日野江最強の炎術師だぞ? それなりに準備はしているさ」

 

『絶対に無理しないで……』

 

 そう言って、幻炎の少女は蜃気楼のように溶けて消えていった。

 

「悪いな、環。それは約束できないわ――」

 

 チリチリと肌の表面で黄金炎が燻る。

 

 大事な娘にあんなこと聞かされて、燃えない父親はいねぇんだ……!

 

「森羅万象に座す、すべての神仏に請い願い奉る! 斬魔鬼滅の誓いをここに! 日野江晴臣の名のもとに、寂滅の業火を顕現せしめん!」

 

 力ある言葉と共に、黄金の炎を身にまとう。

 

 さぁて。ここからが肝心だ。

 今の俺のコンディションは最悪だ。

 

 しかも女体化のせいで身長も体重も変わって、まともに接近戦ができる自信もねぇ。

 

 しかし、一つだけプラス要素がある。

 

「急急如律令! 廻れ! 陰陽の気!」

 

 静華から送られてくる負担には、当然、霊的なものも含まれている。

 つまり、俺にも陰の気が送られてきているってわけだ!

 

 ゴンッと大気が震える。

 

 それは環に比べると、ささやかな出力。

 しかし、通常ではあり得ないほどの絶大な力。

 

 静華から痛みと共に引き受けた陰の気と、俺自身の陽の気。

 本来なら反発する二つの気を、無理やり女体化した身体で循環させ、霊力へ変える。

 

 無限には遠く及ばない。

 俺の身体が耐えられる間だけ動く、紛い物の霊力炉。

 

 疑似・陰陽循環霊力炉。

 

 俺の背後に、黄金の炎が光背となって展開される。

 

 ハハ! 不動明王みたいだな!

 

「伸びろ――斬魔炎刀・火之迦具土!」

 

 まるで爆発したような轟音を立て、愛刀が黄金炎をまとう。

 

 神に仏に海外術式、ついでに陰陽術。

 まさに神仏東西混合の日野江流だ。

 

 屋根の上から、刃渡り数百メートルにまで伸びた愛刀を振るう。

 

「焼き飛ばせ! 火之迦具土・炎薙!」

 

 ゴウン!

 

 俺の視界一面に広がる邪霊の群れを、黄金の炎が焼き飛ばす。

 業火に包まれる邪霊の群れ。

 

 霊力増大による、当社比五倍の長距離射程。

 

 これなら今の状態でもなんとか――あぁ……くそ。気づいちまった……。

 

 邪霊の群れが消し飛んだことで、さっきまではうっすらとしか感知できなかった怪しい霊力が、はっきりと分かる。

 

「うちの敷地のギリ向こう側くらいか? あ、歩けるかな……?」

 

 必死に耐えてはいるが、陣痛はなくなりそうになかった……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。