娘が世界を滅ぼすらしい。だから最強陰陽師の俺、女になる。 作:匿名杯参加者
庭は戦場になっていた。
蛭子自体はそう強い邪霊ではない。
しかし、数が数だ。
ちょっとありえない数の蛭子の大軍を打つべく、敵味方入り乱れて渾然とした様子になっていた。
庭のあちこちで炎が燃え上がり、爆発し、異様な熱気が立ち込めている。
戦況は確実にこちらが優勢だ。
それはとても良いことなんだが……。
――妙だな。
なんでここまで被害がないんだ?
あのグロテスクベイビー共は元気にハイハイしているが、特に何かをする様子がない。
邪霊にも種類が様々ある。
特殊な力を持ってこちらを害するやつもいるし、漫画やゲームよろしくレーザーみたいなのをぶっ放したり、殴る蹴る、食べる――。
多種多様な攻撃手段や防御手段を持っている。
しかし、どんなに弱い邪霊でもただやられるだけと言うことはないはずだ。
「火之迦具土・六道炎路……!」
放たれた六本の黄金炎は放射線状に広がり周囲の蛭子を飲み込み塵にした。
やはり、防御もしない。
どうにも妙な感じ――ぐぐぅ……!
陣痛の痛みが酷くて思考がまとまらない……。
思わず立ち止まり、しゃがみそうになる。
くそ……。普通の痛みなら痛覚無効化とか回復術式で対応出来るのに、術式の効果だからキャンセル出来ないんだよなぁ……。
「くそ……。陣痛が厄介過ぎる……!」
そう吐き捨てて腹をさする。
俺一人が無理せず、ここは皆に任せといてもいいんじゃないか?
弱音が頭をもたげてくる。
いや、駄目だ。
この状況を作った黒幕がいるとしてだ。
こうなることを読んでいないはずがないのだ。
つまり、ここで蛭子がやられるのは織り込み済み。その上で何かあって――痛ててててて!!
もう無理! 痛い!
「――陣痛? アンタ、身重でここに来てんのかい!?」
声の方を見ると、儀式の時に静華の事を悪く言っていた親戚のババアだった。
くそ……、うっとおしい奴に見つかっちまった。
庭の片隅で遂にうずくまった俺を、目ざとく見つけたババアがグイグイやって来る。
「身重って感じじゃないね? 変な術式がかかってる……? ……まぁ陣痛ならこうすりゃいい」
俺の状態を把握したのかしてないのかは分からない。しかし、ババアは手馴れた様子で俺の尻の上辺りを握りこぶしで思いっきり押して来た。
ゴリリ。
「痛ったぁ!? ――あ、あれ? なんかマシ……?」
「本当はテニスボールなんかを使うと良いんだけどね。尻の辺りを押すとマシになる。ほれ、これ貼っときな」
そう言って懐から出した札に霊力で手馴れた様子で呪言を書いて貼ってくれた。
そういやこのババア、符術使いだったか……。
おぉ……! なんかだいぶマシになった!
「おい! 日野江の! 何を立ち止まってんだ!? その娘怪我したのか!? なら早く引け!」
うげっ! 環の悪口言った日野戸のオッサン!
周りに幾つもの鳥型の式神を顕現させ、悪態半分心配半分くらいの割合で文句を言うオッサン。
「本当ならオレの式神で送ってやりたいが、どうもこの辺の霊力が薄くて出力が安定しなくてな……」
……霊力が薄い?
少しマシになった思考で、辺りを改めて確認する。
確かに大気中の霊力が薄い。
平地と山頂の空気の薄さくらいの差だ。
普通にしている分にはそう問題はない。
術も普通に使える。
――しかし、式神のように大気中の霊力を吸って顕現している存在にはそこそこ影響が出る、そんなレベルの薄さだ。
攻撃も防御もしない蛭子。
北へ向かう怪しい霊力ライン。
蛭子……蛭……?
コイツらが霊力吸ってるのか!?
「――急急如律令! 疾くいでよ! 火之迦具土・神逐炎馬!!」
ゴウっと黄金炎の柱が立ち上り、中から炎に包まれた馬の式神が現れる。
無限の霊力に任せた強引な召喚。
それに気を悪くした様子もなく、ブルルっと鼻から炎の吐息を噴き出し、戦意溢れた様子で足踏みをする炎馬。
「炎馬! 北に向かってくれ! ――なるべく揺らさないようにゆっくりな!」
また面倒臭いことになってんなという様子で、炎馬はぶふぅと大きくため息をついた。
しゃーないねん……。
◇
北に向かえば向かうほど、蛭子の数は増えていった。
……いや、これは俺に集中して来ている?
炎馬が走る度に黄金の炎を撒き散らし、群がる蛭子の群れを消し飛ばしていく。
しかし、いくら祓ってもキリがない。
右から左から、空中を這いずりながら不気味な赤ん坊の邪霊が俺へ殺到してくる。
「うぜぇ! 母乳なんかでねぇぞ!」
愛刀を振るい、真正面から飛び込んできた蛭子を斬り払う。
――違う。
俺を襲っているんじゃない。
近付いてきた蛭子の身体が、ぼんやりと膨らんだ。
俺の身体から漏れ出した霊力を吸っている。
「……やっぱりか」
周囲の霊力が薄い。
蛭子は攻撃も防御もしない。
そして、北へと続く怪しい霊力の流れ。
ここまで揃えば答えは一つだ。
「お前ら、最初から戦うために出てきたんじゃねぇな?」
蛭子の一体を黄金炎で焼き払う。
消滅する寸前。
その体内に溜め込まれていた霊力が細い糸のようになって北へ吸い込まれていった。
「霊力吸収用の端末ってところか。随分と大掛かりな真似しやがる」
だったら、この先にいるのは――。
「炎馬! もう少し急げるか!?」
心得たと言わんばかりに、ブルルッ! と鼻を鳴らし炎馬が加速する。
「いや、揺らすなって! ちょ、待て待て! そこまで張り切らなくていい!」
ドドドドドッ! と屋敷の庭を駆け抜ける。
尻に貼られた札がなければ、今頃俺は炎馬の背中で泣いていたかもしれない。
「ぐっ……!」
腹の奥を刃物で掻き回されるような痛み。
同時に、霊絡の向こうから静華の苦しげな呼吸が伝わってくる。
どうやら向こうも本格的に始まったらしい。
「ゴフッ……!」
口元を押さえる。
掌にべっとりと赤い血がついた。
内臓まで負担が来てやがる。
「……暴れん坊め……元気なようでなによりだ!」
強がりでもなんでもない。
痛い。
死ぬほど痛い。
でも、環が元気ならそれでいい。
静華が少しでも楽なら、それでいい。
俺が全部引き受けて、それで二人が無事なら――。
炎馬が突然、足を止めた。
「っと……。どうした?」
鼻息を荒くして、前方を睨んでいる。
俺も視線を上げる。
「…………うわぁ」
思わず、そんな間抜けな声が出た。
日野江屋敷の北端。
そこだけ夜空が黒く歪んでいた。
無数の蛭子が、まるで川へ流れ込む水のように一か所へ集まっている。
何百、何千という赤子のような邪霊が一つの巨大な肉塊へ変わっていく。
ブチブチと肉の千切れる音。
グチャグチャと何かを捏ね回すような音。
それらが次第に人の形を作っていく。
二本の角が生えた歪な頭。
太く短い腕と足。
でっぷりとした腹。
そして最後に、巨大な赤子の顔が夜空を見上げた。
「オギャアアアアアアアアアアアアッ!!」
鼓膜どころか魂まで震わせるような産声。
ビリビリと大気が震え、庭木が大きくしなる。
デカい。
餓者髑髏ほどではないが、それでも屋敷の屋根を優に越えている。
何より、この霊圧。
一級なんて生易しいもんじゃない。
神格を帯びてやがる。
「霊力吸いまくって寄り集まって、強引に神格まで得やがったか」
炎馬から降りる。
足元が少しふらつくが全力で無視する。
口の中に溜まった血を吐き捨て、愛刀を抜いた。
「その角、鬼神蛭子ってところか? 縁起でもねぇ邪霊……いや、式神だな」
邪霊には本能はあっても意思はない。
短絡的に暴れるだけだ。
しかし、こいつには明確な術師の意図を感じる。
「鬼……。怪異モチーフだな。様々な怪異が住む異界、古来よりその入口は水辺にあるってのが常識だ。しかも、蛭子は海に流された日本神話の神格――神道系の術式で水使い。水野戸家辺りの術式かぁ?」
鬼神蛭子の虚ろな目が、ゆっくりと俺を捉える。
瞬間。
身体から何かを引き剥がされるような感覚がした。
「っ!?」
黄金の炎が大きく揺らぐ。
俺の霊力が直接吸われている!?
「なるほど。親玉も同じ芸かよ!」
地面を蹴る。
「伸びろ――斬魔炎刀・火之迦具土!」
愛刀から黄金炎が噴き上がり、巨大な炎刀を形作る。
「ぶった斬れ! 火之迦具土!」
鬼神蛭子の肩口めがけて振り抜く。
ゴウンッ!!
黄金の刃が巨大な身体へ食い込んだ。
「――なっ!?」
斬れない。
――いや、違う。
これは……炎が喰われてる!?
刀身を覆っていた莫大な霊力が、鬼神蛭子の身体へ吸い込まれている。
「オギャアアアアッ!」
むしろ、さっきよりデカくなってやがる。
「はは……。こいつは随分大食いみたいだな。――なら、腹いっぱいになるまで喰わせてやるよ!」
胎の奥。
今や俺と静華と環を繋いでいる霊的な回路が、轟音を立てるように加速する。
静華の陰。
俺の陽。
陰から陽へ。
陽から陰へ。
廻れ廻れ廻れ!!
疑似・陰陽循環霊力炉が全開で廻る。
それに呼応して、背負った黄金の光背が爆発するように広がった。
「ほらよ! 欲しいんだろ!?」
鬼神蛭子へ向けて、全力で霊力を流し込む。
「オギャ――!」
巨大な口が歓喜するように開いた。
霊力を吸う勢いがさらに増す。
まるで強風で揺らめく蝋燭のように炎刀の刃が揺らぐ。
「ハハッ! いい食いっぷりじゃねぇか!」
だが、吸収する側にだって限界はある。
どれだけ大きな胃袋だろうが、入る量には限りがある。
疑似霊力炉をさらに加速させる。
「ぐっ――あああああっ!!」
身体の内側から悲鳴が上がった。
血管が裂ける。
骨が軋む。
内臓が焼ける。
そして、それらとは別の激痛が腹から腰を突き抜けた。
「がっ……!」
視界が真っ白になる。
静華の陣痛。
よりにもよって今がピークかよ……!
膝が折れそうになる。
それでも、止めない。止められるか。
「オギャアアアアアアア――!!」
鬼神蛭子の身体が膨れ上がる。
さっきまで貪欲に吸い込んでいた霊力が、その巨体の中で渦を巻き始めた。
処理が追いついていない。
「もう……一丁……!」
愛刀を両手で握る。
掌から血が流れ、柄が滑るが気にしない。
「森羅万象に座す、すべての神仏に請い願い奉る!」
黄金の炎がさらに勢いを増して舞う。
「斬魔鬼滅の誓いをここに!」
鬼神蛭子の皮膚に亀裂が走った。
その隙間から黄金の光が漏れ出す。
「日野江晴臣の名のもとに――」
ビキリ。
腕の骨が軋んだ。
内臓のどこかが潰れた。
口から大量の血が溢れる。
それでも笑う。
邪霊退治なんざ、ビビったら負けのチキンレースだ!
「寂滅の業火を顕現せしめん!!」
「オギャアアアアアアアアアアアアッ!!」
鬼神蛭子の全身が内側から膨れ上がる。
次の瞬間。
黄金の炎が、その目から、口から、全身の亀裂から一斉に噴き出した。
「焼き尽くせ―― 火之迦具土・天之尾羽張!!」
愛刀を振り抜く。
俺の最大火力の一撃が夜空を黄金に染め上げ、衝撃で辺りを薙ぎ払う。
巨大な赤子の姿が炎の中で崩れ落ちていく。
最後に残った産声すら黄金炎に飲み込まれ――鬼神蛭子は、跡形もなく消滅した。
「いょっしゃあああ!」
俺の勝鬨が静寂に響く。
そして、そのまま仰向けに倒れた。