娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
静寂。
さっきまで無数に飛び回っていた蛭子達も、大元を失ったからか次々と霧散していく。
付近にもう怪しい気配はない。
これで静華も環も守れただろう。
「へへ……俺の……勝ち、だ……」
ボロボロの身体に鞭打ち、仰向けの状態から何とか上体を持ち上げようとする。
しかし、力が入らず壊れた人形のようにドサリと地面に叩きつけられた。
「あ……?」
何かの糸がプツリと切れたように、身体の感覚が急速に遠ざかっていく。
もう痛みすら感じなくなっている。
――あぁ、これはもう駄目だな。
頭の冷静な部分が他人事のように自分の状態を判断する。
仰向けになった視界いっぱいに、夜空に光る真っ白な月が見えた。
環の炎と同じ色だ……。
そんな、どうでもいいことを思った。
腹の向こう。霊絡の先から、静華と環の気配だけが微かに伝わってくる。
二人とも生きてる。
「……あー、ちくしょう。ここまでか……。
死にたくねェなぁ……」
後悔はない――訳がない。
死への恐怖と後悔で狂いそうになる心を無理矢理に押さえつける。
動け。俺の身体。
まだ死ぬ前に出来ることはある。
「はぁ……。結局約束破っちまった……」
あれだけ静華と環に大見得切った手前、このまま死ぬのは良くない。
しかし、如何せん自分はもう死ぬのだとはっきりと分かってしまう。
だからせめて――。
「これで、許してくれるかなぁ……」
そう呟いてボロボロの愛刀を天に掲げる。
数え切れないくらいの邪霊を斬ってきた俺の愛刀。
俺の渡せる全てを環へ。
「森羅万象に座す、すべての神仏に請い願い奉る! 我が身命を賭し、不浄の悪鬼を斬り続けてきたこの刃を捧げん!」
全身全霊で捧げる祝詞。
俺の持ってる全部を捧げよう。
だから、あの子に届いて欲しい。
この世に生まれて来て良かったのだと。
「願わくは、この功徳をもって――生まれくる我が子に祝福を!!」
愛刀が粉々に砕け、光となってキラキラと宙を舞う。
――その時、暖かな幻を見た。
俺の胎から――繋がった霊絡の向こうから伸びてくる小さな手。
必死に何かを掴むように伸ばすその手に、俺は指をそっと添える。
「ああ、いいぞ。出てこい」
俺の指を必死に掴む小さな手。
そうだ。それで良いんだ。
ちゃんと出ておいで。
「未来のお前が言うみたいに、この世界は良いことばっかりじゃないかもしれない。でもな、悪いことばかりでもないんだ」
心ないことを言うやつもいる。
理不尽な目に遭うこともあるだろう。
でも、きっとそれだけじゃあない。
そして何より――。
「保証する。なんせパパは、この世界でママと環に出会えたんだ」
だから、これから生まれる君に精一杯の祝福を――。
「ハッピーバースデー」
そう言い残し、俺の意識はそこで途切れた。
◇
「――霊力ってね? 時間も空間も超越する実体を持たない波動にして粒子だって言われてるの。……分かる?」
「……分かんない。難しいこと言われても分かんないよ、ママ。私、学校行ってないもん」
陽だまりの中に置かれたテーブルセットで、二人の女性が話をしている。
母娘で勉強でもしているのだろう。
テーブルに広げられた本を嫌そうに見る娘に、母親は根気強く何事かを教えている。
でも、二人とも何だかとても幸せそうな顔をしているのが、やけに印象的だった。
「そうなのね……。でも大丈夫。貴女はママとパパの子だもの。ちゃんと理解できるようになるわ」
「えー? ママは何か分かるけど……パパも?」
心底意外そうな顔をする娘と、それをクスクスと楽しそうに笑う母親。
「あれで学校の勉強は出来たのよ? 要領が良いんでしょうね」
「何か腹立つ……」
娘はそう言って、ブスっとした顔をして汗をかいたミックスジュースを啜る。
そんな娘を見て、母親は同感だとまた笑う。
――あぁ、きっとこれは夢だ。
でも、これはとてもとても幸せな夢。
こんな夢が欲しくて、俺は――。
「あ、パパだ。ようやく来た!」
そう言って娘の方がこちらを見て手を振ってくる。
「こんなになるまで無茶をして……。ほんと、バカね……」
こちらを見て悲しそうな顔をする母親。
何だろう。とてつもなく胸が痛んだ。
「大丈夫。まだ間に合う。パパのお陰で私達三人は繋がっているもの」
「そうね。この人が全部一人で持って行ったモノを私達で分けましょう」
この二人が何を言っているのか分からない。
でも、それはとても恐ろしい事のように聞こえた。
やめてくれ……。そんな事をしてもらうつもりなんて俺には――!
「――やめ、やめてくれ! お前たち二人が苦しみを味わう必要なんてない!」
思わず大きな声が出る。
あ、あれ? お、俺は――。
「……貴方はいつもそう。そうやって貴方一人が苦労すれば良いと思ってる」
「だね。損ばっかりしようとする」
そっくりな顔をした母娘が――静華と環が俺を睨む。
「損なんかしてねぇ。自分より大事なもんが二つあるってだけだ」
次第に意識がハッキリとしてくる。
ここは――? 死後の世界って訳じゃあなさそうだけど……?
「それは私も環も同じよ。だから、ね?」
「ママと二人で決めたんだ。さんぶんこ!」
そう言って二人は俺に手を差し出した。
……これ、何を言った所で絶対認めてくれないやつだろうな。
強い意思の光を宿した、黒と赤の瞳が俺を真っ直ぐに貫いてくる。
「……ったく。似た者母娘め」
そう苦笑して、俺は二人の手を取った。
その瞬間、辺り一面に白い炎が燃え広がる。
だが、不思議と恐ろしさはなかった。
まるで月の光のような、少し寂しくて、何よりも美しい白い輝き。
その光の向こう側に、俺は確かに赤ん坊の産声を聞いたんだ――。
◇
目覚めると、そこは病院のベッドの上だった。
「し、静華!? 環!?」
ガバリと起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
くそ……! なんだこれ!?
う、動けねぇ。それに身体の上に何か乗ってるような――?
何とか目線と首を動かして周りを把握する。
「……な? ま、まじか……?」
白い清潔そうな病院のベッド。
俺の身体には何本ものチューブやらケーブルがはえており、ベッドサイドの点滴やら機械やらに繋がれている。
だが、そんな事はどうでも良かった。
問題はただ一つ。
俺の上に赤ん坊が乗っていた。
黒に赤のメッシュが入った髪色。
そして何より目を引く真っ赤な大きな目。
何だかロックな赤ん坊が俺の上でうつ伏せになってジッとこちらを見ていた。
た、環……だよな? なんで――!?
「なんで新生児の癖にうつ伏せになってるんだ――!?」
『いや、そこ? もっと他に言うことあるでしょ?』
頭に響く未来の環の呆れた声。
え、どういうこと!?
「環ー? あ、いた!」
困惑する俺を他所に、病室のドアが開いて静華が入ってきた。
「もう! またパパの部屋に勝手に入って! ――あ、あら? 晴臣くん! 起きたの!?」
目を丸くして驚く静華。
その様子は出産前の骨と皮だけになった痛々しい姿ではない。
ゆったりとしたシルエットのワンピースを着て、背中には大きめのリュックを下げている。
良かった……! 静華も無事だったのか!
トコトコとベッドサイドまでやって来て、手馴れた様子でひょいと環を抱き上げる。
「だぁ! だぁ! ふぁ、うぁーーーん!!」
いきなり赤ん坊のように泣き出す環。
いや、赤ん坊だな。うん。
「あらら、たまちゃんが起きちゃった? ごめんねぇ」
そう言いながら環を抱いてあやしつける静華。
……たまちゃん? いや、環だからたまちゃんは分かるが、何かニュアンスが違う気がする。
あやすこと数分。
すぅすぅと寝息をたてて眠る環。
何か静華が手馴れてる感じがするな……。もしかして、結構長いこと寝てたのか?
『あー、もう。突然起きるからビックリしたわ。まだ慣れないわねコレ……』
そう言ってふわりと赤ん坊の環が宙を舞う。
と、飛んだ!? ―― え、幻の飛行術式!? 天才!?
「こぉら、環! 飛行術式は人に見られるとややこしくなるから駄目って言ってるでしょ?」
『えー、歩くの面倒臭いんだもん。ちゃんと迷彩術式も使うから!』
そう言って環は再び俺の腹の上に着地する。
そんな環を見て、もう! っと頬を膨らませる静華。可愛い。
「えっと、つまり、未来の環と赤ん坊の環が一つの身体に入ってる……ってこと?」
「そう。別人格とかではなくて、同じ環なんだけど、赤ん坊の方をたまちゃんって呼んでるの」
ややこしいしね、とクスクス笑う静華。
どうやらウチのカミさんの度量は思った以上に広いらしい。
「でも、ようやく起きてくれて助かったわ。晴臣くんが寝てたこの一ヶ月、色々大変だったんだから!」
「一ヶ月!?」
そ、そんなに寝ていたのか……。
まぁ死ぬ直前どころか、普通に致命傷だったし致し方ない気も……待て。
「なんで俺、生きてんだ?」
いや、答えは分かっている。
俺は静華と環に生かされたんだ。
問題はあの夢が現実だったとして、俺は二人に何を背負わせた……!?
『――簡単に言うと、パパを疑似的な鬼子にしたのよ』
……はい?
俺の腹の上でむふーとドヤ顔で鼻を鳴らす我が愛娘。可愛い。
『パパが構築した私達三人の繋がりを使って、パパとママの陰陽の気を私の霊力炉と同調してそれをパパに埋め込んだの』
あ、あー、なるほど?
俺が使った疑似・陰陽循環霊力炉を三人で再構築したみたいな感じか……。
確かに霊力量のゴリ押しで大抵のことは何とかなっちまうからな……。
って事は二人が払った代償って!?
「静華の霊力が俺の中にあるって事か!?」
「そ。だから当分は私、陰陽師はお休みだね」
あっけらかんと笑う静華。
ま、マジか……!
それにもしかしなくとも、環が赤ん坊の中にいる理由も俺か……。
「すまん。環を縛り付けちまったか……」
そうだ。この術式の中核はどう考えても環だ。
この術式がある限り、もうこの子は未来には帰れないという事だ
『いや、それは別に良いんだけどさ。私、別にあの時代に思い入れないし。問題はパパよ?』
……俺? ま、まぁ確かにまだちゃんと動けないけど、それは時間をかけたら治りそうな気がするし……?
『言ったでしょ? パパの術式を利用したって。つまり、パパは男に戻ったら死ぬから』
……げっ!? ま、マジか!!?
確かに、俺の胸には立派な胸部装甲が着いたままになっている。
まぁ、仕方ないかぁ……。
とりあえず元に戻る方法を探さなきゃな。
「後ね? 病み上がりと言うか、怪我真っ最中の晴臣くんに言うことじゃないんだけどね?」
まだあんの!?
何だかとっても言い難そうな顔をする静華。
な、なんだろう? とても嫌な予感がする。
「今回の件が明るみに出ちゃって、色んな家が暗躍してるの……。このままだと下手したら五行十家が分裂して抗争になるかも……」
お、おう……。
まぁ、そりゃそうだわな……。
神クラスまで出てきた霊的大災害が誤魔化せるわけがない。
どうやら、俺たちの数奇な子育てはこれからが本番らしい……。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
本話で第一章は終了。明日から第二章となります。
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