娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。 作:匿名杯参加者
「おー、おぁー! あーうー!」
多分、歌っているのだろう。
何だか間の抜けた声を出しながら、後部座席のチャイルドシートに縛り付けられた環が手拍子をしている。
「……なんか、楽しそうだな?」
「ふふ。凄く楽しみにしていたみたいだしね。朝からずっとテンションが高かったから」
環の隣に座る静華もニコニコと同意する。
まぁ昨日の様子から楽しみにしていると思っていたが、赤ちゃん返りするほど楽しみにしていたのか……。
近くのショッピングモールに行くだけなのだが……。
うーん。もっと良い所に連れていくべきだったか?
車はぼちぼちと流れ、そろそろ目的地のショッピングモールが見えてきた。
午前十一時ジャスト。買い物して昼飯食べてから動物園にでも行くか?
この辺あったかなぁ? 退院してからすぐ、バタバタと引越ししたから土地勘ないんだよな……。
「――別にどこでも良いのよ。皆で出掛けるってことが大事なんだから」
そう言って微笑む静華の顔をバックミラー越しに見つつ、ため息をつく。
「……そんな分かりやすいか? 俺」
「霊絡が繋がってるからかな? 何となく、ね」
くすくすと笑う静華の声。
うーん、俺の方はあんまりなんだけどなぁ。
まぁ、昔から静華は勘が鋭いタイプだ。
しかし……
「皆、ねぇ? でも、これは多過ぎね?」
そう言って、窓の外を見て改めてため息をついた。
俺の運転するコンパクトカーをぐるりと囲むように並走する装甲車みたいな黒塗りの車。
火の一族の護衛である。
「護衛なんているのかねぇ? 言うてちょっと買い物に出かけるだけだぜ。そもそも今の家だって用意したのはウチの一族だろ? 流石に過剰じゃね?」
元々は出産後は静華の生家、日野戸家にご厄介になる予定だった。
初産である静華をなるべくリラックスできる環境に置きたかったのだ。
しかし、それに待ったをかけたのが、一族の陰陽の二人の当主。
つまり、俺達の父親だった。
曰く、住むところは用意する。今は五行十家に近付くな、と。
「五行十家周りがゴチャゴチャしてるからって、そこまで荒事になるとは思えんがなぁ……」
厳しい顔のスキンヘッドなうちの父親。
馬鹿デカイ武家屋敷に住み、直系の一族が数百人、傍流を含めたら数千人もの火の一族をまとめる和服の筋肉達磨。
――意外に思われるかもしれないが、実はあれで堅気だ。
気に入らないからと言って刺客を差し向けたりしない。
そこまで詳しくはないが、他の家もそんな感じではあると思うのだが……。
「……七十二件。ここ一か月で火の一族の管理区域で起きた邪霊災害よ」
「は、はぁ!? 多いなんてもんじゃねぇぞ!? どうなってんだ? 地域の守護結界が壊れたにしてもそうはならんだろ!?」
思わず声を荒げてしまう。
「明らかに異常よ。しかも出てくる邪霊はこの前の蛭子……。どうやら相手は犯行を隠す気はないみたいね」
あの蛭子が……。
術式系統は間違いなく、神道系の水の術式だった。
「水の奴らはどんな様子なんだ? 霊力吸収とかは陰っぽいから水野戸辺りが怪しいと思うんだが……」
「だんまりよ。ちなみに、金の一族はウチ寄りで色々フォローしてくれているわ。土は静観、木は中立宣言って感じ」
ふぅん? ま、その辺の機微が分からん俺たち火の一族が頭使っても仕方ないか……。
あれ? でも、それ不味くないか?
「な、なぁ。そんな状況で出掛けて良かったのか? もうちょい様子見した方が……」
その瞬間、車内の圧力が跳ね上がる。
あ、やべ……地雷踏んだ。
「――なんで? どうしてどこかの誰かのくだらない暗躍で、環の初めてのお出かけが邪魔されなきゃならないの?」
怖くてバックミラーが見られない。
でも、その顔はよく分かる。
きっと優しく微笑んでいるのだ。
一瞬にして温度が下がった気がする車内に、環の調子外れな歌声だけが響く。
「私たちの政治ごっこを理由に、この子を閉じ込めるなんてしません。晴臣くんも、それでいいわよね?」
「お、おう」
有無を言わさぬこの態度。
日野戸の陰炎は、俺たち日野江の陽炎よりも熱いのだ。
◇
「うーん。ちょっと違うかなぁ?」
「うん。なんか違う……」
試着室から出てきた俺を見て、そっくりな眉をひそめる母娘。
これで何着目だろう。
早目の昼食を終えてから、ひたすら着せ替え人形になること二時間。
もう嫌気がさしてきた。
「なぁ、普通にTシャツとズボンじゃ駄目か? あんまり拘らなくても……」
「やっぱり髪色かしら? 赤髪って派手だから……」
俺の意見をスルーして、頬に手を当て考え込む静華。そうですか。無視ですか……。
ちなみに、今は静華がよくはくロングスカートにシンプルなTシャツを合わせている。
言われてみれば、真っ赤な長い髪が浮いている気がする……かな?
代々陽炎の家系は赤髪が多いから気にした事がなかったが、言われたらそんな気がする。
「そうなのよねぇ。私も生まれつき赤メッシュだから、大人しい系の服装だとなんか浮くのよね。閉じ込められてた時は気にしてなかったんだけど、他所に預けられてからそーゆうのも気になってさ」
……だから、環ちゃんさぁ。未来の思い出がいちいち重いんよ。
「あー、やっぱり髪色よね……。ちなみに、環はどんな格好をしていたの?」
シレッと環に話を振る静華。
あ、そこ掘り下げる?
「え、えっと、あーゆうの、かな?」
環が指を差した先には、派手な色をしたギャルっぽい服の店があった。
ま、マジか……。
「似合う! いいよ! 晴臣くん! 凄く似合ってる!」
「うん。やっぱりこの方向よね!」
……ほ、ほんとぉ?
鏡の中には見知らぬ地雷系ギャルがいる。
ド派手な赤髪をお下げにし、傷だらけの兎がデカデカとプリントされた黒いTシャツとダルダルの同色のパーカー。
やけに短い赤チェックのスカート。
そして、分厚いスニーカー。
うん。地雷系だね。
「……性別はともかくさ。俺、三十二なんだけど?」
確かに違和感がない、かもしれない。
でも、ちょっと若すぎない?
「鬼子の身体って状態を全盛期で保とうとするからね。パパはちょっと若返ってると思うよ? 私の成長が早いのもそのせいだし」
「なんでもありか? 鬼子って……」
「……私もなりたいかも」
静華さん!?
「う、うーん。今の状態なら出来そうな気がするけど、パパを男に戻さなきゃだし……」
「まー、そうね。晴臣くんが今のままなのは色々と問題あるから……。保険証とか住民票とかどうしたらいいのかしら? 晴臣くん入院してたから、一応、私から陰陽庁に連絡だけはしてるんだけど……」
そう言えば俺、陰陽庁に連絡何にもしてなかったな……。一応、陰陽庁の幹部である親父からは気にせず休めとは言われてたけど……。
あれ? って事は俺、仕事どうなってんだ?
公務員だしクビはない……よな?
途端に認識が現実に引き戻される。
なんで俺、こんな格好して遊んでんだ……?
ぴちょん。
思考が現実を見る、その直前。
耳元で水の音が響いた。
反射的に店の中を見回す。
怪しい所は……ない?
入口に分かりやすく立つ黒スーツの護衛が四人。客に紛れ込んだ私服の護衛が六人。
全員いる。
いるが……動いていない?
護衛たちも付近を歩いている客たちも、固まったまま動かなくなっている。
反射的に静華と環を見ると、二人も石像のように固まってしまっている。
ど、どういう事だ……? まるで、俺だけが時間の止まった世界に放り込まれたような……。
「いや、違う。捕らえられたのは俺か……! 隔離結界……それも結界の内外で時間の流れが変わるレベルの大術式……!」
『正解じゃ。日野江の晴臣。いつの時代も、日野江は勘が鋭い。まったく、やりにくいのう』
カラカラと笑う女の声。
床からずぶりと黒い液体が溢れ出し、人の形をとっていく。
それは真っ黒な女の影。
ただ、見開かれた目だけに色がある。
――赤と青のオッドアイ。
コイツの霊力は――!
「テメェが蛭子の親玉だな。元凶から顔を出すなんて話が早くて良い」
『ほぉう? 何を根拠にそう言うんじゃ?』
こちらを揶揄う笑い声。
まるで大人が子どもに意地悪な問題を出して笑うような声だ。
「テメェの霊力の匂いは蛭子から匂った霊力と同じなんだよ!」
黄金の炎を纏い、思いっきり影をぶん殴る。
ドプンっと嫌な感触と共に、俺の拳が影に――いや、黒い水に沈む。 こいつ……!
『くくっ。霊力に匂い、か。面白いことを言いなんすなぁ。――それにしても、その付け焼き刃の霊力炉。なかなかどうして、よう馴染んでおるわ』
徐々に俺を飲み込んでいく黒い水。
俺を飲み込む気か……!
「へっ! やってみろや!!」
好戦的に口角を上げ、霊力炉の循環速度を跳ね上げる。
静華や環――周りの被害を気にしてそこまで出力を上げていなかったが、どうもコイツはそうは言っていられないみたいだ。
全力だ……!!
『お主、ここら一帯を消し飛ばす気か?』
「それが嫌なら必死に守ってみせろ!」
ギリギリのチキンレース――ではない。
コイツは俺を揶揄って遊んでいるだけだ。
大人が子どもを試すくらいに思っている。
事実、陰陽術としての腕ならそれくらいの腕の差があるのかもしれん。
だからこそ――。
『はぁ、やめじゃやめじゃ。せっかくの遊びなのに水を差すような事をしおってからに……』
一気にやる気をなくした黒い水が俺の体から離れる。
しかし、俺は油断せずに臨戦態勢のままだ。
「俺は火だし、そもそも水を差したのはテメェだろうが」
『ほ! そりゃあ違いない! 水はわっちらのお家芸じゃ』
俺の軽口がツボに入ったのかカラカラと笑う黒い水人形。
やっぱりだ。コイツは理性的で話せるタイプ。
――つまり、厄介な奴だ。
『くくっ。中々どうして、お主は面白い。紛い物の霊力炉を見物に来ただけだったんじゃが……思わぬ拾い物じゃわい』
警戒を強めた俺に気付いたのか、赤と青の目を細める黒い水人形。
『――とは言うても、まだまだ尻の青いヒヨっ子じゃ。そうさな。陰陽庁の封印部屋に古い大太刀がある。それを手に入れておいで。そうしたら、多少はわっちの遊び相手にはなれるかものう?』
……コイツ、何を言って――?
『次はそんな虚仮威しではなく、本気のお前を魅せておくれ――次代の日野江よ』
そう言って黒い水人形が消えた瞬間、再び時が動き出した。
「晴臣くん……?」
「パ、パパ……何かあった……?」
何かあったと察した二人が心配そうな顔をして声を掛けて来る。
いつの間に結界を切ったんだ……。
結界の入も切りも全く分からなかった。
これが俺とアイツの術師としての力量差って訳か……。
「あぁ、俺もよく分からんが……。どうやら休暇はそろそろ終わりらしい」
鏡に写る地雷系ギャルからは全力で目を逸らし、そうカッコつけて俺は呟いた。