俺がヤノ国を出港して数日が経った。二回くらい海王類が襲い掛かってくる事態はあったが、二回とも首を斬り落としてやった。
それ以外の問題らしい問題は気候変動くらいだが、それは新世界では日常茶飯時。少なくとも俺は問題とは思っていない。ログポースで指針を見ながらその都度対処していき、収まったら煙管を吹かして酒を飲む極めてのんびりした時間を過ごしていた。
──今の今までは、だが。
「そこの小船!怪我したくなければ、大人しく積み荷を渡しなさい!!」
俺の前に堂々と現れたのは、船首に二匹の生きたヘビを据えた帆船。帆には大きくドクロマークと九蛇と描かれ、船の先端からは一人の女が顔を出して積み荷を寄越せと要求してくる。
一瞬誰かと思ったが、先日読んだ新聞と手配書に載っていた顔を思い出した俺は、その女に話し掛ける。
「お前は……!噂の九蛇海賊団船長“グロリオーサ”が、こんな小船を狙うとはな……!!そんなに不足してるのか?」
「──愚問ね。私達の前に現れたから奪う!!海賊として…それ以外にあるかしら?」
「フハハハハッ!!そりゃァ単純明快で良いな……!俺好みだ!!」
仮にも指名手配されている海賊団がこんな小船から奪うのかと、皮肉を込めて言った言葉。それに加えて世間で美しいと称賛されている自分の美貌を見ても、そして俺が数の上では不利な状況でも、俺の表情は余裕の笑みから変わらない。
それを見たグロリオーサが微笑から真顔になり、俺の皮肉に対して海賊としての答えを返す。その単純明快な解答があまりに俺好みで、つい笑って好みだと言ってしまった。すると───
「──好み////!?そんな大笑いして、見惚れている訳でもないのに!?」
「フゥ──、フンッ。見かけに出るようなら大したモンじゃねェだろ……」
──頬を紅く染めて驚くグロリオーサ。新聞で見た限りだが、彼女の人気は中々のもの。故に彼女の前では、カッコつけようとしたり顔を赤くする者だけだったのだろう。だが俺は、大笑いした挙句顔色も微塵も変化させずに煙管の煙を吹かす。寧ろ、そんな上辺に出る程度なら大したものではないとも思うのだ。
そんな会話をしていた所に、もう一人の女──副船長のシャクヤクが姿を表した。
「────姐さん、積み荷を奪うんでしょ?話してる暇はないわ」
「───ハッ!………そうね、渡さないなら力付くで頂いていくわよ?」
「……まっ、俺も戦るなら戦るで構わねェけどよ…!俺は出来ればあっちを潰してェんだがな………!!」
「「──?あっち?」」
話が脱線していたところにシャクヤクが一声掛け、グロリオーサも気を取り直して俺から物資を奪おうと、覇気を強めたのを感じる。
それに応えるように覇気を強めて刀の柄に手を掛けたが、出来れば目の前のグロリオーサ達より相手にしたい者達の接近を視界に捉えていた俺は、その方向に顔を向ける。
俺が顔を向けた方が気になったグロリオーサとシャクヤクも、揃って同じ方に顔を向けた。
「──!!海軍の軍艦!?それも四隻も!?」
「それにあれは、天上金輸送船……!?」
「そういう事だ。……どうする?まだ俺と戦る気か?」
二人の立ち位置からは視界に入らない方向から、俺達の方に向かってくる五隻の帆船。内一隻は、世界政府のマークを帆に描いた天上金輸送船。そしてその四方を守る様に進む四隻は、海軍の旗を掲げた軍艦だ。
それを見たグロリオーサ達に、まだ俺と戦う気があるかと問い掛ける。
「……いいえ。このままだとあれと戦う事になるけど、天上金に手を出せば政府が黙っちゃいない!割に合わないわ!!」
その答えは分かりきっていた事だが、普通の輩は天上金には手を出さない。天竜人に関わるこの金に手を出せば、最悪大将が出張って来てもおかしくない。その上護送船が四隻もあるとなれば、尚更だ。その点では、グロリオーサの船長としての判断は何も間違っていない。
だが生憎と、俺にはそんな常識は通じないが。
「──フッ!ならお前らはここにいろ…!!あの獲物は俺が頂く……!!!」
「ハァ!?あんたあれを襲う気!?そんな事したら───ッ!」
天上金を奪う気満々で笑う俺に、驚愕しながらも忠告しようとするグロリオーサ。その忠告を無視して獣型へ変形した俺は、輸送船に向けて飛び立った。
志々雄が運搬船に向けて飛び立った後。その姿を呆然と見送る形になったグロリオーサは、漆黒の龍になった志々雄を目で追い掛けていた。
「……姐さん?あの男が気になるの?」
「シャッキー………そうね。あの男の──あの不適な笑みを見ていると……ここが、ドキドキするの」
「──そう、ならここで見物する?」
「…ええ、そうね」
隣のシャクヤクが志々雄を見詰めるグロリオーサに、気になった事を尋ねる。その問いに右手で胸に手を当て、微笑みながら目を細めて答えるグロリオーサ。
その様子を見たシャクヤクは、暫く見ていようと提案し、グロリオーサもそれに同意して志々雄の姿を見詰め続けるのだった。
天上金を運搬していた船の上と軍艦の甲板にいる海兵達は、緊急事態に騒ぎながらも伝令兵が同乗している上司である中将に緊急報告をしていた。
「スパー中将、報告します!前方に九蛇海賊団の船!!それから、漆黒の龍らしき生物がこちらに向かって飛んで来ます!!」
「何だと!?」
運搬船の先頭にある軍艦に乗っている中将は、部下からの報告に驚き座っている椅子から立ち上がる。ほんの一年程前、天上金強奪事件が起こってからはこうして軍艦が護衛していたが、それ以降奪われる事はなかった。故に油断どこか油断していたところへ九蛇海賊団と龍。
取り敢えずスパーが、甲板に出て姿を確認しようとした。その時───
「──!!!!」
「──ッ!何事だァ!!?」
突如として轟音が鳴り響き、それと同時に船が激しく揺れる。大きな揺れに倒れないよう踏ん張りながら、何事かと叫ぶスパー。するとそこへ、もう一人伝令兵が駆け込んで来て報告する。
「──中将!天上金運搬船の左に陣取っていた軍艦が……!飛んできた黒い龍に……!!一撃で…大破させられましたァ!!!」
「何ィッ!?」
天上金を護る軍艦四隻の内一隻が早くも撃沈。その報告に驚愕のあまり叫んだスパーは、勢い良く船室から飛び出していくのだった。
船から飛び立った俺は、初手で大打撃を与えようと考えていたが、正面の軍艦を狙えば後ろの輸送船も沈めてしまう。つまり、狙うべきは左右のどちらか。後はもう適当に、俺から見て右側の軍艦を沈める事にした。
「──
「──!!!!」
「「「「うあああああっ!!!!」」」」
「軍艦がァッ!!」
開いた口の中に収束させた炎のブレスを放つ。俺が放った極大の熱線が真っ直ぐに軍艦に飛んでいき、一撃で消し飛ばす。乗っていた海兵も絶叫を上げて一人残らず消し飛び、それを見ていた他の軍艦の海兵も慄く中、俺は先頭の軍艦に人型に戻って着地する。
「何者だ貴様!?目的は何だァ!?」
「スパー中将ッ!!もう安心だ…!!」
「あぁ!中将ならきっと勝てる!!」
そこに海軍コートを羽織った男が現れ、周りの海兵達が騒ぎ立てる。その言葉から察するに、海軍中将のようだ。そのスパーという中将は、当然だが相当焦っているようで、血相を変えて俺に叫び散らかす。
「俺の名は志々雄真実。目的は勿論……この軍艦の後ろにある船に積んでいる………天上金だ!!!」
「貴様ァ……!やはり天竜人への捧げ物を……!!」
「ハッ!豚の供物になるくらいなら、俺が奪って使ってやる!!その方が物の価値も高まるってモンだろォ──!!!」
「言わせておけばァ──!!」
腰の刀を抜きつつ名乗った俺は、刀の鋒を輸送船に向けて目的を伝える。どうやら天竜人信者の海兵らしいスパーは、俺の目的に怒りを顕にして両手を刃物に変化させる。
それを見て俺は、天竜人を豚だと嘲笑ってやれば、激昂したスパーが突っ込んでくる。
「無刀流──貫突!!」
「!!」
「そんな突きじゃァ俺は殺れねェ!……が、硬いな…!!能力に加えて武装硬化を上乗せで、この硬さか!!」
右腕を刃にして放たれた突きを右半身を引いて躱しつつ、俺は逆袈裟で右腕を手刀で薙ぎ払われないよう受け止める。
そこから俺はスパーの右腕を弾き、着火した刀を右から横に薙ぎ払った。
「壱の秘剣・焔霊!!」
「!!」
「グウァッ!!…ウゥ…………何故……?」
腹を横一文字に切られたスパー。火傷と切り傷に呻くスパーは、解せないといった様子で膝を付く。鋼鉄の体に武装硬化で更に硬くして、何故焼き切られたのかが分からないのだろう。
「武装色にも上がいる…!俺の内部破壊はお前程度じゃ防げねェ……!!それだけの事だァッ!!」
「!!」
「くっ!!」
親切に何故切られたのかを教えてやった俺は、上段から刀を振り降ろす。その刃を何とか両腕を交差させて受け止めるスパーだが、武装色の劣るスパーでは防ぎきれない。徐々に俺の刃が食い込んでいき、両腕から血が流れ出す。
「──お前達ッ、今だ!奴を全方位から射殺しろ!!天上金を奪われるのだけは、絶対に阻止するのだァ!!」
「……はっ、はい!!」
数百人単位でいる雑兵が、俺達の一騎打ち見守っている。勿論スパーの勝利を願っているだろう奴らだが、ここまでの攻防で奴らなりにスパーの不利を理解している。
その証拠に二番目の指揮官らしき男が、スパーが膝をついて前方も空いたのをいい事に、俺を射殺するよう指示を出した。
副官の指示の元放たれた全方位からの銃撃には、バズーカの砲撃も二、三発含まれていた。それらが一斉に俺に向かって飛んでくる。スパーの身の安全よりも、天竜人への貢物を優先するあたり、天竜人派の海兵しかいないようだ。
「!!」
銃撃だけなら全身武装色で防げるだろうが、バズーカ二、三発全てを無傷でというのは人型では怪しい。何より、着物に煤がつく。それはごめんだと真上に跳躍して回避するが、爆煙に包まれてスパーの位置が視界から消える。
見聞色で位置は把握しているが、流石に爆炎の中突っ込んでは来ない筈。そう考えていた俺は油断していたようで、スパーは爆炎の中を突っ切って急接近してきた。
「──ッ!?フハハッ、なるほどなァ──!!」
「──死ねェッ、悪党ォ!!無刀流─五刃双爪!!!」
「!!チィッ──!!!」
爆炎の中接近してきたのは驚いたが、すぐに納得する。鋼鉄の地肌に武装色を加えれば、今の俺より防御力だけはスパーが上。故にダメージ無しで接近が可能。
剃で俺に接近したスパーが、右手の五指を刃に変えて振るって切り裂きにくるが、一瞬で反応した俺が刀で弾く。だが虚を突かれたのは事実。刀で右手を上に弾いた事で、続くスパーの左手の防御には間に合わなかった。
腹に喰らった五本線の切り傷は、武装防御も間に合わなかった為血が流れ出し、己の失態と走る痛みに舌打ちをする。が、ここまでがスパーの限界だ。
「──フ!良い一撃だが……この程度じゃ俺の命には届かねェ…!!」
「!」
「あばよ!スパー!!───肆の秘剣……!!!」
左手も振り抜いて無防備なスパーに、余裕の笑みで話し掛けた俺は刀を両手で握って、右斜め上に振り被る。繰り出すのは、俺の持つ秘剣の中でも単純な威力なら上から二番目の剣技。
「獄門刀・閻羅の太刀!!!!」
「!!!!」
「グアアァァアァァッ!!!!」
地獄から来た炎神の一太刀が、無防備なスパーの肩から胸にかけてを、両断一つ手前まで切り裂いた。
「ぎゃあああああ───っ!!!?」
「中将〜〜〜〜〜!!」
「痛ェッ!熱ィッ!!」
「海軍の中将をあんなに容易く……!!軍艦も……一撃で真っ二つに!!!………凄いわ////」
スパーを切り裂いた斬撃の衝撃波は真下の軍艦にまで届き、前後で二つに両断して大破させる。落下するスパーの死体や軍艦が大破された衝撃、斬撃や炎に切られ焼かれた痛みに絶叫を上げる海兵達。
そして、そんな軍艦の様子を接近しながら見物していたグロリオーサは、中将と軍艦を容易く潰した俺に驚きながらも、どこか頬を紅く染めて上の空だ。
「ハッハァ──!!さァ!まだ俺と遊びてェ奴はいるか!?」
「……………舐めるなよ悪党!全艦砲撃用意──」
そんな熱視線を浴びる中、割れた軍艦の上に着地した俺は、口端を吊り上げてまだ無事な軍艦に叫ぶ。まだ戦う気のある奴はいるかと。
その返答は、残った軍艦全てから向けられる砲塔だった。これの意味するは、撤退も降伏もせずに寧ろ俺を仕留める気満々ということだ。
そんな状況を面白いと感じた俺は、微笑を浮かべて敵船を見据えた。
「!──面白ェ……!!」
一斉に放たれる砲弾の中、無限刃を片手に俺は軍艦目掛けて飛び掛かっていった。
志々雄が残る軍艦に襲い掛かる姿を見詰める女性─グロリオーサは、今も燃える刀─無限刃を片手に暴れ回る志々雄の一挙手一投足を逃さず観察していた。それは、同じく傍らで見ていたシャクヤクも同じ。
「荒々しいわね……。でも、無駄が限りなく少ない動き。さっきの一撃といい……賞金首にはいなかった筈だけど、只者じゃないわね。姐さん」
「──えぇ。しかもまだまだ発展途上…………うっ。ハァ…ハァ…胸が苦しい──」
「──姐さん!?しっかり!」
冷静に志々雄の戦いを見て分析するシャクヤク。そして話し掛けられたグロリオーサも、そんなシャクヤクの分析に同意しつつも話を続けようとして、胸を抑えて倒れ込む。
そんなグロリオーサを介抱するシャクヤク。
結局グロリオーサが顔を上げて志々雄に視線を向ける頃には、軍艦全てを沈めて輸送船に乗り込むところだった。
残る二隻の軍艦には中将レベルの使い手がいなかった。つまり、逃げる間もなく二隻共バラバラに解体し、海に沈んでいた。
「──さァてと、お楽しみの大金とご対面だ」
「──ヒィッ!や、奴が来たァ!!」
そして最後の一隻。輸送船に乗船した俺は、四方で煙を上げながら沈む軍艦を尻目に、残った海兵達の前に歩み出ていた。
自分達の頼れる中将を蹴散らし、軍艦全て沈めて来た俺の事がさぞ恐ろしいらしい。悲鳴を上げた奴を筆頭に、俺に銃や剣を向けている海兵でさえ顔が青ざめ、震え出している。が、たった一人だけ、震えながらも気勢を上げて突っ込んで来る奴がいた。
「……ほざけェッ!悪党に渡す物などここには無い!!!」
「──少佐ァ!!」
海軍コートを羽織っているから大佐レベルかと思ったが、海兵達の声で少佐だと分かった。勢い良く突っ込んではきたが、恐怖で動きが単調な上視野が狭窄にもなっていそうだ。
そんな奴に俺の相手が務まる訳がない。
「威勢だけは認めてやる……!だが弱い!!」
ダラリと下げていた右手の刀を左上に振るい、逆袈裟に少佐の胸を切り裂く。倒れる少佐を無視して一歩前に出た俺は、覇王色を放った。
「!!?」
この船では、下手に暴れて沈めるわけにはいかない。目当ての天上金まで一緒に沈んでは、元も子もないからだ。よって、数だけはいる雑兵を覇王色で纏めて一掃し、悠々と探索を始める。
上の船室から順に探していったが、やはりと言えば良いか、天上金は船の奥に仕舞われていた。その莫大な金を二つの袋に敷き詰め、他にも食料や酒を幾らか奪ってから輸送船をあとにした。
幸いな事に、見学の為近づいて来ていた九蛇の一行が俺の船も引いてきてくれていた事で、飛び移る事が出来た。
「ありがとよ。お前らが船を引いてくれたおかげで、飛ぶ手間が省けた」
「い、良いのよお礼なんて……。そ、そそ、それより名前は……?」
「?……あぁ、そう言えば名乗ってなかったか。──俺は志々雄真実、この世界の王になる男だ!!」
九蛇の二人に礼を伝える俺。だが、それよりも名前を聞きたいと言われ、そう言えばと思い至って名前を告げた。
「志々雄…真実……。ま、まま、真実……////私を──船に乗せて………?」
すると、何やら照れたような仕草をみせるグロリオーサ。そんな彼女をおいて、俺はどうするかを考え結論を出す。
「………好きにしろ」
「──!ありがとう!!それじゃあ遠慮なく乗せてもらうわ!!」
──どちらでも良い。それが答えだ。少なくとも、俺の方から断る理由はない。
却下ではなかった事に喜ぶグロリオーサが、満面の笑みで嬉々として乗り込んで来るのだった。