幼女な合理主義令嬢は適材適所を愛してる~前世は人事部。没落寸前の男爵家を、埋もれたSSR人材だけで立て直したら最強組織になったので、敵対貴族をぶっ潰します   作:ユズナミキ

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糾弾

 

 あの日から、五日が経った。

 

「リーゼお嬢様、集めてまいりました……というか、集めさせられました」

 

 夜、わたしの部屋にこっそり忍び込んできたマーサが、しわくちゃになった紙の束を机に置く。目の下には、うっすらと隈ができていた。

 

「はやい。さすがマーサ」

「なにがさすがですか、メチャクチャ大変だったんですから!」

「でもマーサならできると思ってた。普段からあなた、意外なとこに迷い込んでるから警戒されにくいでしょ?」

 

 ドジなだけだけど、とは言うまい。

 

「で、メイド長の方はどうだった?」

「ああ、そちらは簡単で……厨房のおばさんも、洗濯係のおじさんも、口を揃えて言ってました。『備品の請求が、やたら細かく水増しされてる気がする』って。で、これが執事長の部屋のごみ箱から拾った、控えの写しです」

「ありがとうマーサ、上出来すぎる」

 

 わたしは紙を一枚ずつ広げ、目を通していく。

 この世界では普通の大人でも読み解けないような数字の羅列だったが、前世で散々見てきた決算資料に比べれば児戯に等しい。備品費の不自然な膨らみ、年貢の『徴収困難』処理の頻発、そのどれもが、あの日盗み聞きした会話の裏付けになっていた。

 

(証拠は、揃った。あとは――)

 

「リーゼお嬢様、あの、そろそろ聞いてもいいですか。なんでこんなこと……。お嬢様は七歳ですよ。かくれんぼしたいって言ってた七歳ですよ」

 

 マーサが恐る恐る尋ねてくる。

 わたしは少し悩んだ末、曖昧に微笑んでみせた。

 

「……なんでかな。ある日、急に色々分かるようになっちゃったんだ。頭の中に、知らないはずの知識が、いっぱい」

「こわ」

「率直だね、マーサ」

 

 本当のことは言えない。前世で社畜だったなんて言っても、信じてもらえるはずがない。

 わたしは苦笑しながら、ふと、目の前でくたびれた顔をしているマーサを見つめた。

 

(そういえば、あれ。もう一回出せないかな)

 

 あの日、洗濯部屋で見た光る枠。あれ以来、一度も出ていない。

 この五日間、念じてみたり唱えてみたりしたが、何も起きなかった。

 

(どうせ、今日も出ないんだろうけど)

 

 ――と、その時。

 

『ステータスアイ、起動』

 

 唐突に、頭の中で無機質な声が響いた。

 

「――ふぇっ!?」

 

 思わず、間の抜けた声が漏れてしまった。

 

(出た! 出たよ!?)

 

 ピコン、と光る枠が、マーサの頭上にポップアップする。

 二度目だ。だが、相変わらず前触れがない。

 五日間念じても出なかったくせに、今日はなんとなく見ただけで浮かんできた。

 

(――基準が分からない!)

 

「リ、リーゼお嬢様? どうしたんですか、急に百面相して」

 

 マーサが、怪訝そうにこちらを覗き込んでくる。

 わたしは慌てて表情を取り繕おうとしたが、視界の隅に居座ったままの光る枠が気になって、うまく誤魔化せない。

 

「な、なんでもない! なんでもないから!」

「絶対なんでもなくないですよ、その顔……あ、また目が据わってます」

 

 訝しむマーサをよそに、わたしは恐る恐る、頭上の表示に視線を走らせた。

 

【対象:マーサ】【潜在限界値:SSR(武力偏重)】【現在ステータス:寝不足・忠誠度最大】

 

(――は? SSR?)

 

 二度見どころか、三度見してしまった。

 執事長がSR。メイド長がR。

 あの二人でも、それなりに高いのだろうと思っていた。三十年勤めた執事と、屋敷の実務を握っていたメイド長だ。

 

 その上が、ある。

 しかも、目の前にいるこの子に。

 

(この子が? マーサが?)

 

 だって目の前にいるのは、かくれんぼで棚の場所すら覚えられず、お盆を落として食器を割ること週に二回のマーサだ。

 潜在能力の限界値が最高ランクだなんて、にわかには信じがたい。

 

(誤作動、かな。それか、忠誠心とか、そういう方面の才能……?)

 

 だけど、武力偏重、と書いてある。

 この子が誰かを殴っているところなど、想像もできないけど。

 

(……この目、本当に当てになるのかな)

 

 執事長の『横領中』は当たっていた。それは間違いない。

 だが、それは行動の記録だ。潜在能力というのは、また別の話かもしれない。

 

「リーゼお嬢様、さっきから百面相したり固まったり忙しいです。熱でもあるんじゃ……」

「大丈夫だから、マーサ。ありがとう、あとはわたしがやる」

 

 半信半疑のまま、わたしはその表示を頭の隅に追いやった。

 今はそれより、目の前の証拠を、どう使うかだ。

 

 ――そして、その週の週末。

 父様と母様が二人とも屋敷に居る日を狙って、わたしは動いた。

 

 応接間には、父様と母様、そしてわたしの他に、執事長とメイド長、それから普段仕事をしている使用人たちが数人、居並んでいた。

 わたしが「大事な話があるから、みんなに集まってほしい」と頼んだ時、父様は最初きょとんとした顔をしていたけれど、「リーゼがそこまで言うなら」と、二つ返事で応じてくれた。

 

 その優しさが、これから告げることの重さを、より一層苦いものにする。

 

「執事長、メイド長」

 

 わたしは、大人たちの前に一歩進み出た。

 場違いなほど小さな背丈。だけど、声だけは冷静に、揺るがぬように。

 

「今日は、二人にちょっと聞きたいことがあって、みんなに集まってもらいました」

「はて、お嬢様。改まって、どうされました」

 

 執事長は柔和な笑みを崩さない。隣のメイド長も、余裕綽々といった様子で腕を組んでいる。

 

「先日の、北の村の年貢。父様は『免除してやろう』と仰いましたね」

「ええ、旦那様のご温情ですから」

「でも実際は、免除じゃなくて『徴収困難』という名目で処理されていました。オーレンさんは、ちゃんと年貢を納められる余裕があったのに、です」

 

 空気が、僅かに変わった。

 執事長の口角が、ほんの少し引き攣る。

 

「お嬢様、何をおっしゃるやら。子供のお戯れにしては、少々――」

「戯れじゃないよ。これ、証拠」

 

 わたしは持ってきた紙束を、テーブルの上にトンと置いた。

 

「備品費の請求書、去年の分と今年の分。同じ内容なのに、金額がじわじわ増えてる。それと、これは徴収記録の写し。『困難』って書かれてる案件、ぜんぶこっちで調べたら、ちゃんと納税できてる家ばかりだった」

 

 しん、と応接間が静まり返る。

 父様と母様が、驚いた顔でわたしと紙束を交互に見やる。

 

「これは……」

 

 父様が紙を手に取り、震える指でめくっていく。

 執事長の額に、薄っすらと汗が滲んだ。

 

「だ、旦那様。子供の考えることです。そもそもお嬢様は数字の見方など、ご存知ないのはずで――」

「知ってるよ。ここ、備品費の内訳、去年の同じ月と比べて三割増えてる。でも実際に納品された量は変わってない。差額はどこに消えたの?」

「そ、それは……」

「メイド長」

 

 わたしは、隣で目を泳がせているメイド長に矛先を向けた。

 

「厨房のおばさんが言ってた。最近、配給が急に減ったって。でも仕入れの記録では、去年と同じ量、ちゃんと発注してることになってる。数字の上ではね」

「わ、私は、その……そういった細かいことは、執事長にお任せしていて――」

「あの日、洗濯部屋に忘れていった帳簿。わたし、全部覚えてるんだ」

 

 その一言に、二人が同時に息を呑んだ。

 

「まさか、あの時の……!? いやだが、子供が帳簿を読めるわけ……!」

 

 執事長の顔から、すうっと血の気が引いていく。

 もはや取り繕う余裕もない。

 

「お、お待ちを、旦那様! これは全て、その、行き違いというか……!」

「行き違いで、備品費が三割も膨れ上がるものかね」

 

 それまで黙って紙をめくっていた父様が、静かに、けれど今まで聞いたことのない低い声で言った。

 温厚な父様の、初めて見る表情。使用人たちが息を呑む。

 

「私は……お前たちを、信頼していた」

 

 その声には、怒りよりも先に、深い悲しみが滲んでいた。

 母様も、震える手で口元を覆っている。

 

「わたくしたち、あなたたちのことを、家族のように思っていたのに……」

 

 執事長とメイド長は、もう言い訳の言葉すら見つからないようだった。

 俯いたまま、肩を落として立ち尽くしている。

 

 応接間に、重い沈黙が落ちる。

 ――が、それは長くは続かなかった。

 

「……いや、待て。それより」

 

 父様が、ふと顔を上げ、わたしをまじまじと見つめた。

 

「リーゼ。お前、いつの間にこんな……帳簿の読み方なんて、誰も教えていないはずだが」

「そうよ、リーゼ。備品費の内訳とか、仕入れの記録とか……わたくしだって、そこまで細かくは……」

「ほんとですリーゼお嬢様、私もお教えしていませんのに!」

 

 どさくさに紛れて両親に混ざってくるマーサ。

 マーサ帳簿読めるの? 絶対読めないよね?

 というか父様も母様も、まともに帳簿を読めるか、という意味では読めないと思う。

 

「……なんとなく、分かっちゃって?」

「なんとなくで、三割の水増しが見抜けるものか!?」

 

 父様が、思わず声を裏返らせる。

 そうですそうです、とマーサも父様の言を応援。やめてマーサ、煽らないで!

 周りの使用人たちも、驚きの顔でわたしを見ている。

 

(うう、誤魔化しきれるか、これ……)

 

「え、えっと、その……お花の水やりをしてる時とかに、頭にふわっと浮かんでくるの。数字の変なところが」

「花の水やりで会計監査能力が芽生えるわけないでしょう!」

 

 母様にまでツッコまれてしまった。

 

「て、天啓、みたいな……?」

「天啓で三割増しの内訳まで言い当てるな、リーゼよ」

「そうだそうだー」

 

 両親のダブルツッコミ(とマーサの応援)に、思わずわたしはたじろぐ。

 でもこの空気、悪くない。悲しみ一色だった部屋の温度が、驚きと、ほんの少しの笑いに変わっていくのを感じる。

 わたしの中のリーゼの部分だって、平気なわけじゃないからね。執事長には(表面上だったのだろうけど)よくしてもらっていた。悲しくないわけじゃない。

 

 と、そのとき。

 この空気を切り裂くように、突然、鋭い声が響いた。

 

「――ふざけるな!」

 

 執事長だった。

 俯いていた顔を上げた瞬間、その目には、これまでわたしに向けてくれていた穏やかさとは正反対の感情――憎悪が宿っていた。

 

「このガキが……! 私の、何年もかけて積み上げてきたものを……!」

 

 懐から、細身のナイフを引き抜く。

 護身用にしては物騒な、鋭く研がれた刃だった。

 

「執事長、やめるんだ!」

 

 父様が叫ぶけど、間に合わない。

 執事長は弾かれたように床を蹴り、まっすぐわたしに向かってくる。

 

(――しまった、こんな展開まで想定してなかった)

 

 前世の記憶がフル回転しても、身体は七歳児のまま。逃げる暇も、避ける術もない。

 

(終わった――)

 

 これ死ぬやつ。迂闊、甘いのは私だった。

 早々に覚悟した、その瞬間。

 

「――リーゼお嬢様には、指一本触れさせません」

 

 静かな声と共に、わたしの視界を、赤毛の三つ編みが横切った。

 

 マーサだった。

 いつの間にわたしの前に回り込んだのか、その動きはまるで見えなかった。

 振り下ろされたナイフを、マーサは最小限の動きだけで蹴り落とし、次の瞬間には彼を床に組み伏せていた。

 

 あまりに鮮やかな、洗練された動き。

 応接間にいた誰もが、目を丸くして硬直している。

 

「な、なっ……!?」

 

 組み伏せられた執事長が、信じられないという顔をしていた。

 

「ぐ、ぐぬぬっ……離せ、小娘が……!」

「離しません」

 

 マーサは冷静な声でそう言うと、あっさりと執事長の身体を拘束してみせた。

 その顔は、これまで見たどのマーサよりも凛としていて――そして次の瞬間には、いつもの間の抜けた表情に戻っていた。

 

「……あれ? わたし、今、なにを?」

 

 マーサ自身が、自分のやったことに一番戸惑っている様子だった。

 組み伏せた執事長を見下ろしながら、きょとんと首を傾げている。

 

(――ああ。本当に、SSRだったんだ)

 

 わたしは、数日前に見た表示を思い出しながら、密かに確信した。

 半信半疑だったあの数字は、決して気のせいなんかじゃなかった。この屋敷には、本人すら自覚していない、とんでもない才能が眠っていたのだ。

 

(この目、やっぱり本物だ……!)

 

 ゲームみたいで便利、なんて呑気に思っていた自分を、少しだけ反省する。

 これは、ちゃんと信じて、活用すべきものだ。

 

「マ、マーサ!? お前、いつの間にそんな……!」

 

 父様が、腰を抜かしたような声を上げる。

 それに答えられる者は、この場に誰もいなかった。当のマーサすら、困惑しきった顔で自分の手のひらを見つめるばかりだ。

 

(この子のことは、また今度、じっくり聞かないと……)

 

 その謎は、追々解き明かせばいい。

 今は、まず。

 

「――執事長、メイド長。今日この日をもって、二人とも解雇です。官憲に引き渡します」

 

 わたしは床に組み伏せられたままの執事長を見下ろし、はっきりとそう告げた。

 

「な……っ、こんな小娘の指図なんぞ――」

「小娘の指図でご不満なら……父様、母様、それでよろしいですね?」

 

 わたしが振り返ると、父様と母様は、まだ動揺の抜けない顔で、それでも力強く頷いてくれた。

 

「無論だ。……いや、リーゼ。すまなかった。私が、もっとしっかり見ていれば」

「わたくしたちも、目が曇っていたのね……」

 

 悔いるように呟く両親に、わたしは静かに首を振る。

 

「二人が悪いわけじゃないよ。ただ、優しすぎただけ」

 

 執事長とメイド長は、その後、屋敷の護衛たちの手で引き渡され、追い立てられるようにして屋敷から連れ出されていった。

 最後まで執事長は忌々しげにわたしを睨みつけていたけれど、その目の奥には同時に諦めの念が浮いていた。

 

 応接間に静けさが戻った頃。

 わたしは改めて、父様と母様の前に立った。

 

「父様、母様。もう一つ、大事な話があります」

 

 二人は、居住まいを正してわたしを見つめる。

 これまでの、娘を見る目とは、少し違う色が混じっているのを感じた。

 

「このお家、このままだと、あと数年で立ち行かなくなります」

「……っ」

 

 父様と母様が、息を呑む。

 

「執事長たちがいなくなっても、根本的な問題は残ったまま。年貢の免除も、無償の援助も、もちろん悪いことじゃない。でも、それを続けられるだけの土台が、今のこの家にはありません。蔵の小麦だって、本当はもう心もとないはずです」

「……なぜ、そんなことまで」

 

 父様が、掠れた声で問う。

 わたしは少し考えて、正直な気持ちを選んだ。

 

「分からない。でも、なんとなく、視えるの。このままだとどうなるか。だから――」

 

 わたしは、まっすぐに二人を見上げた。

 

「わたしに、お家のお手伝いをさせてください。帳簿のこと、税収のこと、色々。わたしを信じて、少し任せてみてほしいんです」

 

 父様と母様が、顔を見合わせる。

 

 ――言うしかなかった。

 執事長を追い出して、穴は塞いだ。だが、埋めたわけじゃない。

 蔵の小麦は足りない。村は疲弊している。鉱山の産出も落ちている。

 

 そして今、この家でしっかり帳簿を読めるのは、わたしだけになった。

 

(……間に合うかな)

 

 窓の外では、春の陽射しが穏やかに降り注いでいる。

 この平和が、あと何年持つのかを知っているのは、この屋敷でわたしだけだ。

 

(いや、間に合わせる)

 

 きっと家の中にも、探せば適材がいるはず。

 急いで改善しなきゃ。

 じゃないと、みんな不幸になってしまう。

 村の人たちも、鉱山の人たちも、そしてわたしたちも。

 

 わたしはもう一度、父様の顔を見つめたのだった。

 

 

 




明日の月曜日からは昼の12時くらいに投稿していきます。
よろしくお願いしますー。
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