幼女な合理主義令嬢は適材適所を愛してる~前世人事部が埋もれたSSR人材で最強組織をつくります   作:ユズナミキ

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2章
鉱山で金策


 

「――駄目です。どう計算しても、届きません」

 

 帳簿係の少年が、計算用紙から顔を上げた。

 書斎の机には、この一週間で作り上げた返済計画が広げられている。何度も書き直した跡で、紙は真っ黒だった。

 

「屋敷の経費を切り詰めて、村からの徴収を正常化して、それでも足りません。あと三割……いえ、四割は収入を増やさないと」

「削るだけじゃ無理、ってことね」

「はい。そもそも、削れる贅肉がもうないです」

 

 わたしは椅子の背にもたれて、天井を仰いだ。

 当然といえば当然だ。この家は元々質素で、父様も母様も浪費家ではない。使ってしまうのは、いつだって領民のためだった。

 執事長の横領を止めた分は取り戻したが、それは穴を広げるのを止めただけで、埋めたわけじゃない。

 

(節約で解決する規模じゃない)

 

 前世でも同じだった。赤字部門の再建で経費削減をやると、必ずどこかで限界が来る。コピー用紙を裏紙にして再利用したところで、億単位の赤字は消えない。

 どこかの段階で、削る話から稼ぐ話に切り替えなければならない。

 

「収入を増やします」

 

 わたしがそう言うと、少年が目を丸くした。

 

「増やす、って……どうやってですか」

「それを考えるのが、これからの仕事」

 

 わたしは机の上の地図を引き寄せた。

 領地の全体図。村、街道、森、そして東の端に描かれた鉱山の記号。

 

「まず、ここに行く」

「鉱山、ですか」

「うちで唯一、現金が入ってくる場所でしょ。改善の余地があるなら、そこが一番早い」

 

 ――そして。

 

(あそこは、担保区域の中にある)

 

 わたしは指先で、契約書の図面と同じ場所をなぞった。

 もし相手が本気であの土地を狙っているなら。

 わたしがそこで金を稼ぎ始めたら、どう思うだろう。

 

(返せる家になれば、向こうは焦る)

 

 焦った人間は、必ず何かをする。

 動けば、痕跡が残る。

 ――こっちから探しに行けないなら、向こうに動いてもらえばいい。

 

(稼ぎを模索することもできて一石二鳥、どちらも大事なことだからね)

 

「お嬢様?」

「なんでもない。行ってくるね、吉報を待ってて」

 

 ◇◆◇◆

 

 鉱山へは、馬車で半日かかった。

 

「魔物が出るって、本当ですか」

 

 道中、マーサが窓の外を気にしながら言う。

 

「出るらしいよ。あの辺りは魔力が濃いから」

 

 父様に聞いた話では、ヴァンザール領の東端は昔から魔力の溜まりやすい土地なのだという。だからこそ良質な鉱石が採れる。だが同時に、魔物も湧きやすい。

 坑道の一部は、それが理由で放棄されているらしい。

 

「大丈夫です! わたしがついてますから!」

「頼りにしてる。……石、持ってきた?」

「もちろんです!」

 

 マーサが荷物袋を叩いてみせる。じゃらり、と重い音がした。

 

「……何個入れたの」

「八個です!」

「多くない?」

 

 鉱山に着いて、まず感じたのは空気の悪さだった。

 

 物理的な意味ではない。人の空気だ。

 坑道の入り口付近で、鉱夫たちが気だるげに休んでいる。設備は明らかに古く、木組みの支柱には補修の跡が重なっていた。トロッコを引く滑車は錆びつき、動かすたびに悲鳴のような音を立てる。

 

「これはこれは、お嬢様。わざわざこんな汚いところまで」

 

 出迎えた現場監督は、五十がらみの太った男だった。愛想笑いを浮かべているが、目は笑っていない。

 

「産出量の記録を見せてください」

「は? いや、そんなものは……」

「あるはずです。屋敷に報告が来ていますから」

 

 渋々出された帳面に、わたしは目を通した。

 右肩下がりだった。

 五年前と比べて、産出量はおよそ半分。

 

「鉱脈が細ってきておりましてな」

 

 監督が肩をすくめる。

 

「こればかりは、どうにも。人手も減る一方で。……もう十年も保たんでしょうな」

 

 諦めきった口調だった。

 わたしは数字を追いながら、ふと引っかかった。

 

(……落ち方が、変だ)

 

 鉱脈が細っていくなら、産出量は緩やかに下がっていくはずだ。だがこの数字は違う。

 四年前まではほぼ横ばい。そこから急に、階段を落ちるように減っている。

 しかも、だ。

 

「監督。掘っている場所は、五年前と同じですか」

「は? ……ええ、まあ、そうですな」

「新しい坑道は掘っていない?」

「そんな余裕はありませんよ。人手も金も足りんのですから」

 

(――おかしい)

 

 鉱脈が細ったのなら、普通は別の場所を探す。掘る場所が同じままで産出量だけが半減しているなら、それは鉱脈の問題ではない。

 わたしは坑道の入り口を見上げた。

 

 支柱の補修跡。錆びた滑車。休んでいる鉱夫の数。

 設備は古いが、坑道そのものは深く、しっかりしている。この規模の鉱山が、たった四年で使い物にならなくなるとは思えない。

 

 それに――。

 

(そもそも、枯れかけの鉱山を担保に取る馬鹿がいる?)

 

 背筋が冷えた。

 

 契約書に記された担保区域。あの図面は、この鉱山を含んでいた。

 相手がこの土地を欲しがっているなら、価値があると判断しているということだ。少なくとも、向こうはそう考えている。

 

「監督。四年前に、なにかありましたか」

「……さて。もう昔のことですからな」

 

 男は目を逸らした。

 わたしは追及しなかった。

 今日の目的は、そこじゃない。

 

(――でも、逸らしたことは覚えておく)

 

 さて。ともあれなにか金策になりそうなものを探さないと。

 そんな折だ。

 坑道の周りを歩いていて、それは目に入った。

 

 白い、石の山。

 人の背丈の三倍はある。それが一つや二つではなく、坑道の外にいくつも積まれていた。何十年も放置されているのだろう、下の方は雨風で崩れ、草に埋もれている。

 

「あれ、何ですか」

「ああ、屑石です」

 

 監督が興味なさげに答えた。

 

「掘ると、どうしても出るんですよ。柔らかくて脆くて、金気もない。建材にもならん。売れんので、あそこに捨ててあります」

「使い道は、ないんですか」

「ありませんな。あんな白いだけの石」

 

 わたしは山に近づいて、落ちている一つを拾い上げた。

 軽い。指で押すと、表面が粉になって落ちる。手のひらが白くなった。

 

 ――その瞬間。

 脳裏に、ひどく場違いな光景が浮かんだ。

 

(……工場見学)

 

 前世。まだ入社して数年目の頃だ。

 新卒採用の会社説明会で使う資料を作るために、人事部から工場見学に同行させられた。

 

 自分は文系の人事で、技術のことなど何一つ分からない。案内役の課長が熱心に説明してくれたが、正直、右から左だった。配合がどうとか、焼成温度がどうとか。手元のメモには「かっこいい」としか書けなかった記憶がある。

 

 だが、一つだけ、妙にはっきり覚えている光景があった。

 巨大な、縦に長い炉。

 その上から、白い石が次々と投入されていく。何トンもの石が、ごうごうと燃える炎の中へ落ちていく。

 あまりに原始的で、あまりに巨大で、思わず見入ってしまった。

 

『これ、何を焼いてるんですか』

 

 思わずそう聞いたわたしに、課長は誇らしげに笑って言った。

 

『石灰石ですよ。焼くと生石灰になる。……これがないと、ビルも道路も作れないんです』

 

(――生石灰)

 

 手の中の白い石を、わたしはじっと見つめた。

 焼くと、別のものに変わる。

 水や泥と混ぜると固めることができ、セメントの先祖のようなものを作ることができる。

 

 それ以外は、あまり覚えていない。何度で焼くのか。どのくらいの時間か。どう配合するのか。何一つ知らない。

 

(……でも)

 

 わたしは山を見上げた。

 何十年分の、誰も使わなかった石。

 原料費は、ゼロ。

 

(それだけ分かれば、十分だ)

 

 わたしが興奮に顔を歪ませた、そのとき。

 ――ゴアアアアッ!!

 地の底から響くような咆哮が、鉱山に轟いた。

 

「で、出たぞ! 魔物だ!」

 

 坑道の入り口から、鉱夫たちが転がるように逃げ出してくる。

 

「旧坑道から出てきやがった! 逃げろ!」

 

 わたしが振り返った時には、それはもう外に出ていた。

 狼のような形をした、黒い獣。だが体の輪郭が滲むように揺らいでいて、目の位置には赤い光が二つ浮かんでいるだけだった。

 

 魔力溜まりから湧いたばかりの、実体の薄い個体だ。

 だが、薄かろうが何だろうが、噛まれれば死ぬ。

 

「リーゼお嬢様、下がってください!」

 

 マーサが前に出た。

 ――そして、わたしは気づいた。

 

 彼女の手が、荷物袋を探っていない。

 視線が、地面を向いていた。マーサは足元の、石ころを。

 拾う。握る。重さを確かめる。持ち替える。

 

 その一連の動きに、迷いがなかった。

 

「マーサ、あなた――」

「静かに」

 

 短い声だった。

 いつもの間の抜けた声じゃない。低く、落ち着いていて、そして意識が澄んでいる。

 

 魔獣が地を蹴った。

 揺らぐ黒い影が、こちらへ跳ぶ。

 

 ひゅっ。

 

 風が鳴った。

 マーサの手から放たれた石が、赤い光の片方を正確に撃ち抜く。

 魔獣が悲鳴を上げて仰け反った。

 

「もう一つ」

 

 マーサが言った。誰にでもなく、自分に言い聞かせるように。

 二投目。今度は着地の瞬間、前脚の付け根。

 崩れる。転がる。

 

「――そいつ、火を嫌います」

 

 突然、横から声がした。

 振り向くと、少し離れた窯場の傍らに、一人の女性が立っていた。

 逃げていない。それどころか、腕を組んで魔獣を観察している。

 

「窯の風下に追ってください。煙が濃いところは通れません」

 

 落ち着いた声だった。

 

「マーサ!」

「はい!」

 

 マーサが三投目を投げた。

 狙ったのは魔獣ではなく、その足元の反対側。石が地面で跳ねる音に、魔獣が反射的に逃げる方向を変える。

 

 窯場へ。煙の中へ。

 黒い体が煙に触れた瞬間、じゅっ、と音を立てて輪郭が縮んだ。

 魔獣は甲高い声を上げ、身を翻して、旧坑道の闇へと逃げ帰っていった。

 

 ――そして静寂。

 

「……終わった、かな」

 

 マーサが四つ目の石を握ったまま、ぽつりと言った。

 わたしは彼女を見上げた。

 

「マーサ。今の」

「はい」

「自分の意思で、やった?」

 

 マーサが、ゆっくりと自分の手を見下ろした。

 握った石を、指先で転がす。

 そして、少し不思議そうな顔で言った。

 

「……はい。やりました。石だけに、意思で」

 

 その声はお道化ていたものの、これまでの「なんでかわかりません」がなかった。

 

「なんだか、今日は。体が勝手に動いたんじゃなくて、その……」

 

 言葉を探すように、マーサは眉を寄せた。

 

「石を見た時に、『これが使える』って、思ったんです。重さとか、形とか。それで、拾って、投げようと思って、投げました」

「思って、投げた」

「はい」

 

(――そうか)

 

 わたしは息を吐いた。

 これまで彼女の武術は、完全に無意識だった。危険が迫ると体が動き、終わると本人が一番驚いている。それの繰り返しだった。

 だが今日は、思考が先に来た。

 

(体が、思い出してきてる)

 

 忘れているのだ、この子は。なにかを。

 そしてそれが、少しずつ、意識の側へ浮かび上がってきている。

 

「マーサ」

「はい」

「怖くない?」

 

 わたしがそう聞くと、マーサはきょとんとした。

 

「なにがですか?」

「自分が、自分の知らないことをできるの」

 

 彼女は少しのあいだ、真面目に考えていた。

 そして、へにゃりと笑った。

 

「怖くはないです。だって、役に立ちましたし」

「……そう」

「わたし、ずっと役立たずだったので。お嬢様の役に立てるなら、なんでもいいです」

 

 ――そういうことを、平気で言う。

 わたしは彼女の袖を軽く引いて、屈むように促した。

 マーサが不思議そうに身を屈める。

 

「あのね、マーサ」

「はい?」

「あなたが役に立つのは、石を投げられるからじゃないよ」

 

 彼女の目が、丸くなる。

 

「石が投げられなくても、わたしたちはあなたを雇ってる。それは覚えておいて」

 

 しばらく、マーサは固まっていた。

 それから、みるみるうちに顔を赤くして、両手で覆った。

 

「そ、そういうことを不意打ちで言うのは反則です!」

「事実だよ」

「うぐぐ……」

 

 わたしは笑い、彼女の頭を撫でようとして――届かないことに気づき、腕を下ろした。

 悔しい。

 

 

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