幼女な合理主義令嬢は適材適所を愛してる~前世人事部が埋もれたSSR人材で最強組織をつくります 作:ユズナミキ
騒ぎが収まってから、わたしは声を掛けてくれた女性のところへ向かった。
近くで見ると、思ったより若い。二十歳そこそこだろう。
顔も手も煤で汚れているが、その下の顔立ちは整っている。癖のある栗色の髪を、無造作に布で束ねていた。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ。あれくらい、ここじゃ日常です」
彼女は素っ気なく答えて、窯の中を覗き込んだ。中では鉱石が赤熱している。
「おい、また余計な口を挟みおって」
背後から声がした。現場監督だった。
「お嬢様、失礼しました。この娘は窯番でしてね。掘る力もない半人前なので、火の番くらいしかやることがないんです」
「……半人前」
「なにせ女ですからな。ツルハシも満足に振れん」
監督は悪気のない調子で笑った。
「いい加減、いい年なんだから嫁に行けと言っとるんですがね。器量は悪くないんだから、どこかしら貰い手はあるだろうに。いつまでもこんな煤だらけの場所にいたって、何にもならんでしょうに」
女性は答えなかった。
ただ、窯の火をじっと見つめている。その横顔に、うんざりした色が浮かんでいた。
――何度も言われてきたのだろう。
(……ああ)
胸の奥に、覚えのある熱が灯る。
これだ。
わたしがずっと、我慢ならなかったもの。
能力があるかどうかを見もせずに、その人の可能性を勝手に閉じる言葉。前世の会社で、何度も聞いた。
「女性には難しい仕事だから」「そのうち辞めるでしょう」「結婚したらどうせ」
その言葉が、どれだけの人材を潰してきたか。
『ステータスアイ、起動』
久しぶりに、頭の中で無機質な声が響いた。
ピコン、と光る枠が、彼女の頭上に浮かび上がる。
【対象:窯番の女性】
【潜在限界値:SSR(火・素材加工偏重)】
【備考:炎色による温度判別が可能。窯構造の改良案を独自に考案済み(未採用)】
【現在ステータス:慢性的な諦め・軽度の火傷】
(――やっぱりだ)
わたしは、ゆっくりと息を吐いた。
「一つ、聞いてもいいですか」
わたしが声をかけると、彼女は面倒くさそうにこちらを見た。
「なんでしょう、お嬢様」
「その窯、何度くらいまで上がりますか」
彼女の眉が、わずかに動いた。
「……何度、と言われても。数字では測れませんが」
「じゃあ、どう見分けてるんですか」
「色です」
答えは、即座に返ってきた。
「炎が赤いうちはまだ低い。橙になって、白っぽくなってきたら十分です。青が混じり始めたら、上げすぎ。石が割れます」
「どうやって温度を調整するのですか」
「空気の送り方もありますが、木の種類を色々使います。硬い木は長く高く、柔らかい木は早く落ちます。だから、焼くものによって混ぜ方を変えます」
彼女は淡々と続けた。
説明が的確で、迷いがない。
「鉄鉱石は強く一気に。銅を含むやつはゆっくり。……珍しいお嬢様ですね、こういう話、面白いんですか?」
「面白いです。もっと聞きたいです」
わたしがそう言うと、彼女は初めて、怪訝そうにこちらを見た。
わたしは白い石を掲げた。
「これ、焼けますか」
「……屑石を?」
彼女は面食らった顔をした。
「焼いたことはありませんけど……何のために」
「焼くと、別のものになるらしいので」
彼女はしばらくその石を見つめ、それから受け取って、手の中で転がした。
指で押し、割り、断面を確かめる。匂いを嗅ぎ、爪で削る。
その一連の動作が、あまりに手慣れていた。
「……たぶん、できます」
顔を上げて、彼女は言った。
「これは火の通りがいい石です。中まで熱が入りやすい。ただ、脆いので一気に上げると崩れる。ゆっくり上げて、長く保つ必要があります」
わたしは思わず身を乗り出した。
「何度で、どのくらい焼けばいいと思いますか」
「それは……」
彼女が口ごもる。
「……分かりません。焼いたことがないので。試さないと」
「じゃあ、試してください」
「は?」
彼女が、間の抜けた声を出した。
「わたしも、正確なことは知らないんです」
わたしは正直に言った。
「焼くと変わる。水や泥と混ぜると固まる。それしか知りません。何度で、どれだけ焼けばそうなるのか、まったく分からない」
「……ちょっと待ってください。わからないのに、やれと」
「はい。それを見つけるのが、あなたの仕事です」
彼女の表情が、変わった。
怪訝でも、諦めでもない。
――なにかを探るような目。
「仕事……」
「はい、あなたの仕事です」
「なんで、わたしなんです」
「あなた以外に、この窯をもっと自在に扱える人がいますか」
彼女が、息を呑んだ。
「窯の改良案があるって聞きました。何度も提案して、通らなかったって」
「っ……誰から」
わたしは答えなかった。
(言えるわけないでしょ、頭の上に書いてあったなんて)
「その案、聞かせてください。今度は、わたしが聞きます」
試作は、六日間続いた。
最初の三日は、失敗ばかりだった。
温度が足りず、石は白いまま出てくる。水をかけても何も起きない。
四日目、彼女は窯の構造に手を入れ始めた。
空気の通り道を作り、熱が逃げないよう天井を塞ぐ。例の改良案だった。
「燃料が半分で済むはずなんです。ずっと、そう言ってたんですけど」
煤だらけの顔で、彼女は淡々と言った。
五日目。
窯の温度が、これまでにない高さに達した。炎の色が、彼女の言う「白っぽい」段階を長く保つ。
彼女は文字通り寝食を忘れ、顔に煤をこびりつかせたまま、狂ったような正確さで薪の配合を微調整し続けていた。
そして六日目の朝。
「お嬢様。焼けました」
窯から取り出された石は、見た目こそ元と変わらなかった。だが軽い。持つと明らかに軽くなっている。
わたしは震える手で、それに水をかけた。
――しゅうっ。
激しい音を立てて、白い煙が上がった。
石が熱を持ち、崩れ、粉になっていく。
「熱っ!? なんですかこれ、水をかけたのに熱くなってます!?」
マーサが飛び退いた。
わたしは崩れた粉を見つめていた。
それから、鉱山の泥を混ぜ、水を加えて練り、板に塗りつけた。
「……これ、どうなるんです」
彼女が横から覗き込む。
「明日には、石みたいに固くなってるはずです」
「石に? この泥が?」
「たぶん」
翌朝。
板に塗られた泥は、白く、硬く、乾いていた。
叩いても崩れない。爪を立てても傷がつかない。
「――固まってる」
彼女が、掠れた声で言った。
指先でそれを撫で、押し、叩き、そして呆然と呟いた。
「屑石が……」
「壁が塗れます。床も。水路の補修にも使える」
わたしは言った。
「それと、粉の状態で畑に撒くと、土が良くなります。作物の育ちが変わるはずです」
「畑に?」
「詳しい理屈は分かりません。でも、そういうものだと聞いたことがある」
同行していた交渉係の男が、さっきから計算用紙に何かを書きつけていた。
やがて顔を上げ、震える声で言った。
「お嬢様。……これ、原料費がかかりませんな」
「うん」
「何十年分も積んであるものを、燃料代と人件費だけで、売り物に変えられると」
「そういうこと」
「……相当な、利益になります」
男の目が、商人のそれになっていた。
「街道沿いの町では、建材が常に不足しております。特に水路や井戸の補修材は、いつも取り合いです。売り先には困りません」
(――道が、見えた)
まだ試作品が一枚できただけだ。量産の体制も、輸送の手段も、売り先との契約も、何一つない。
二年で数千万……いや、この世界の通貨で言えば、途方もない額を返さなければならない。この一枚の板では、まるで足りない。
それでも。
(穴を埋める手段が、初めて見つかった)
「あなたを、雇い直します」
わたしがそう言うと、彼女は目を丸くした。
「雇い直す?」
「窯番じゃなくて、この事業の責任者として。給金も、それに見合った額を出します」
背後で監督が慌てた。
「お、お嬢様! あんな女に責任者など――」
「彼女以外に、この石を焼く技術を発案できた人がいますか」
わたしが振り返ると、監督は言葉に詰まった。
「六日で焼き方を見つけて、窯まで作り直しました。同じことができる人が、この鉱山に何人いますか」
監督は口を開き、閉じ、そして黙った。
わたしは彼女に向き直る。
「窯は好きに直してください。人手も要るだけ出します。必要なものがあれば、全部言ってください」
「……本気ですか」
「わたし、冗談で人事の話はしません」
彼女は、しばらく黙っていた。
煤で汚れた手のひらを、じっと見つめている。
その指には、古い火傷の痕がいくつも残っていた。
「……五年です」
やがて、ぽつりと言った。
「ここに来て五年、ずっと言われ続けてきました。女に何ができる。嫁に行け。いつまでこんなことをしているんだ、って」
彼女の声が、わずかに震える。
「わたし、火が好きなんです。石が変わっていくのが、面白くて。……でも、そんなこと言ったら、変な女だと思われるから」
顔を上げた彼女の目は、赤くなっていた。
「この手でやりたいことがあるって、ずっと、誰にも言えませんでした」
わたしは彼女を見上げて言った。
「じゃあ、これからは言ってください。全部聞きます」
彼女が、ぐしゃりと顔を歪めた。
煤だらけの手で目元を拭って、そして無理やり笑ってみせる。
「……せっかくなら、もっと大きい窯が欲しいです。いきなり注文していいですか」
「いいですよ。設計してください」
「本当に言いましたね? あとで撤回しても知りませんよ」
わたしは笑った。
「そういえば、まだ名前を聞いていませんでした」
彼女は少し驚いた顔をして、それから背筋を伸ばした。
煤に汚れた顔で、精一杯きちんと、名乗った。
「……ヴィエラです。ヴィエラ・ドルン」
「ヴィエラね。わたしはリーゼ。よろしく」
差し出した手を、彼女は少し躊躇ってから、しっかりと握り返してきた。
その手は、火傷だらけで、硬くて、あたたかかった。
帰りの馬車の中。
「リーゼお嬢様、なんだかご機嫌ですね」
「そう見える?」
「はい。にやにやしてます」
マーサに指摘されて、わたしは慌てて口元を引き締めた。
仕方ない。
久しぶりに、あの感覚を味わったのだ。
埋もれていた才能を、正しい場所に置いた時の、あの手応え。
前世で何度も味わって、それでも足りなくて、結局は組織に潰されて終わった、あの感覚。
(今世では、潰されない)
わたしは膝の上で拳を握った。
まだ第一歩だ。
試作が一枚できただけで、量産も販路も何もない。二年で返済する道のりは、気が遠くなるほど遠い。
だが。
(動き出した)
窓の外を、夏の終わりの風景が流れていく。
その東の方角に、鉱山の稜線が小さく見えた。
あそこで、白い煙が上がり始める。
それが誰かの目に留まる日は、そう遠くない。
(さあ。誰が、最初に気づくかな)
意地悪な顔で、わたしは笑ってみせた。
きっと『敵』は、このことに気づくはずなのだった。