幼女な合理主義令嬢は適材適所を愛してる~前世人事部が埋もれたSSR人材で最強組織をつくります   作:ユズナミキ

9 / 9
石灰石

 

 騒ぎが収まってから、わたしは声を掛けてくれた女性のところへ向かった。

 近くで見ると、思ったより若い。二十歳そこそこだろう。

 顔も手も煤で汚れているが、その下の顔立ちは整っている。癖のある栗色の髪を、無造作に布で束ねていた。

 

「助かりました。ありがとうございます」

「いえ。あれくらい、ここじゃ日常です」

 

 彼女は素っ気なく答えて、窯の中を覗き込んだ。中では鉱石が赤熱している。

 

「おい、また余計な口を挟みおって」

 

 背後から声がした。現場監督だった。

 

「お嬢様、失礼しました。この娘は窯番でしてね。掘る力もない半人前なので、火の番くらいしかやることがないんです」

「……半人前」

「なにせ女ですからな。ツルハシも満足に振れん」

 

 監督は悪気のない調子で笑った。

 

「いい加減、いい年なんだから嫁に行けと言っとるんですがね。器量は悪くないんだから、どこかしら貰い手はあるだろうに。いつまでもこんな煤だらけの場所にいたって、何にもならんでしょうに」

 

 女性は答えなかった。

 ただ、窯の火をじっと見つめている。その横顔に、うんざりした色が浮かんでいた。

 ――何度も言われてきたのだろう。

 

(……ああ)

 

 胸の奥に、覚えのある熱が灯る。

 これだ。

 わたしがずっと、我慢ならなかったもの。

 

 能力があるかどうかを見もせずに、その人の可能性を勝手に閉じる言葉。前世の会社で、何度も聞いた。

「女性には難しい仕事だから」「そのうち辞めるでしょう」「結婚したらどうせ」

 その言葉が、どれだけの人材を潰してきたか。

 

『ステータスアイ、起動』

 

 久しぶりに、頭の中で無機質な声が響いた。

 ピコン、と光る枠が、彼女の頭上に浮かび上がる。

 

【対象:窯番の女性】

【潜在限界値:SSR(火・素材加工偏重)】

【備考:炎色による温度判別が可能。窯構造の改良案を独自に考案済み(未採用)】

【現在ステータス:慢性的な諦め・軽度の火傷】

 

(――やっぱりだ)

 

 わたしは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「一つ、聞いてもいいですか」

 

 わたしが声をかけると、彼女は面倒くさそうにこちらを見た。

 

「なんでしょう、お嬢様」

「その窯、何度くらいまで上がりますか」

 

 彼女の眉が、わずかに動いた。

 

「……何度、と言われても。数字では測れませんが」

「じゃあ、どう見分けてるんですか」

「色です」

 

 答えは、即座に返ってきた。

 

「炎が赤いうちはまだ低い。橙になって、白っぽくなってきたら十分です。青が混じり始めたら、上げすぎ。石が割れます」

「どうやって温度を調整するのですか」

「空気の送り方もありますが、木の種類を色々使います。硬い木は長く高く、柔らかい木は早く落ちます。だから、焼くものによって混ぜ方を変えます」

 

 彼女は淡々と続けた。

 説明が的確で、迷いがない。

 

「鉄鉱石は強く一気に。銅を含むやつはゆっくり。……珍しいお嬢様ですね、こういう話、面白いんですか?」

「面白いです。もっと聞きたいです」

 

 わたしがそう言うと、彼女は初めて、怪訝そうにこちらを見た。

 わたしは白い石を掲げた。

 

「これ、焼けますか」

「……屑石を?」

 

 彼女は面食らった顔をした。

 

「焼いたことはありませんけど……何のために」

「焼くと、別のものになるらしいので」

 

 彼女はしばらくその石を見つめ、それから受け取って、手の中で転がした。

 指で押し、割り、断面を確かめる。匂いを嗅ぎ、爪で削る。

 その一連の動作が、あまりに手慣れていた。

 

「……たぶん、できます」

 

 顔を上げて、彼女は言った。

 

「これは火の通りがいい石です。中まで熱が入りやすい。ただ、脆いので一気に上げると崩れる。ゆっくり上げて、長く保つ必要があります」

 

 わたしは思わず身を乗り出した。

 

「何度で、どのくらい焼けばいいと思いますか」

「それは……」

 

 彼女が口ごもる。

 

「……分かりません。焼いたことがないので。試さないと」

「じゃあ、試してください」

「は?」

 

 彼女が、間の抜けた声を出した。

 

「わたしも、正確なことは知らないんです」

 

 わたしは正直に言った。

 

「焼くと変わる。水や泥と混ぜると固まる。それしか知りません。何度で、どれだけ焼けばそうなるのか、まったく分からない」

「……ちょっと待ってください。わからないのに、やれと」

「はい。それを見つけるのが、あなたの仕事です」

 

 彼女の表情が、変わった。

 怪訝でも、諦めでもない。

 ――なにかを探るような目。

 

「仕事……」

「はい、あなたの仕事です」

「なんで、わたしなんです」

「あなた以外に、この窯をもっと自在に扱える人がいますか」

 

 彼女が、息を呑んだ。

 

「窯の改良案があるって聞きました。何度も提案して、通らなかったって」

「っ……誰から」

 

 わたしは答えなかった。

 

(言えるわけないでしょ、頭の上に書いてあったなんて)

 

「その案、聞かせてください。今度は、わたしが聞きます」

 

 試作は、六日間続いた。

 最初の三日は、失敗ばかりだった。

 温度が足りず、石は白いまま出てくる。水をかけても何も起きない。

 

 四日目、彼女は窯の構造に手を入れ始めた。

 空気の通り道を作り、熱が逃げないよう天井を塞ぐ。例の改良案だった。

 

「燃料が半分で済むはずなんです。ずっと、そう言ってたんですけど」

 

 煤だらけの顔で、彼女は淡々と言った。

 

 五日目。

 窯の温度が、これまでにない高さに達した。炎の色が、彼女の言う「白っぽい」段階を長く保つ。

 彼女は文字通り寝食を忘れ、顔に煤をこびりつかせたまま、狂ったような正確さで薪の配合を微調整し続けていた。

 そして六日目の朝。

 

「お嬢様。焼けました」

 

 窯から取り出された石は、見た目こそ元と変わらなかった。だが軽い。持つと明らかに軽くなっている。

 わたしは震える手で、それに水をかけた。

 

 ――しゅうっ。

 

 激しい音を立てて、白い煙が上がった。

 石が熱を持ち、崩れ、粉になっていく。

 

「熱っ!? なんですかこれ、水をかけたのに熱くなってます!?」

 

 マーサが飛び退いた。

 わたしは崩れた粉を見つめていた。

 それから、鉱山の泥を混ぜ、水を加えて練り、板に塗りつけた。

 

「……これ、どうなるんです」

 

 彼女が横から覗き込む。

 

「明日には、石みたいに固くなってるはずです」

「石に? この泥が?」

「たぶん」

 

 翌朝。

 板に塗られた泥は、白く、硬く、乾いていた。

 叩いても崩れない。爪を立てても傷がつかない。

 

「――固まってる」

 

 彼女が、掠れた声で言った。

 指先でそれを撫で、押し、叩き、そして呆然と呟いた。

 

「屑石が……」

 

「壁が塗れます。床も。水路の補修にも使える」

 

 わたしは言った。

 

「それと、粉の状態で畑に撒くと、土が良くなります。作物の育ちが変わるはずです」

「畑に?」

「詳しい理屈は分かりません。でも、そういうものだと聞いたことがある」

 

 同行していた交渉係の男が、さっきから計算用紙に何かを書きつけていた。

 やがて顔を上げ、震える声で言った。

 

「お嬢様。……これ、原料費がかかりませんな」

「うん」

「何十年分も積んであるものを、燃料代と人件費だけで、売り物に変えられると」

「そういうこと」

「……相当な、利益になります」

 

 男の目が、商人のそれになっていた。

 

「街道沿いの町では、建材が常に不足しております。特に水路や井戸の補修材は、いつも取り合いです。売り先には困りません」

 

(――道が、見えた)

 

 まだ試作品が一枚できただけだ。量産の体制も、輸送の手段も、売り先との契約も、何一つない。

 二年で数千万……いや、この世界の通貨で言えば、途方もない額を返さなければならない。この一枚の板では、まるで足りない。

 それでも。

 

(穴を埋める手段が、初めて見つかった)

 

「あなたを、雇い直します」

 

 わたしがそう言うと、彼女は目を丸くした。

 

「雇い直す?」

「窯番じゃなくて、この事業の責任者として。給金も、それに見合った額を出します」

 

 背後で監督が慌てた。

 

「お、お嬢様! あんな女に責任者など――」

「彼女以外に、この石を焼く技術を発案できた人がいますか」

 

 わたしが振り返ると、監督は言葉に詰まった。

 

「六日で焼き方を見つけて、窯まで作り直しました。同じことができる人が、この鉱山に何人いますか」

 

 監督は口を開き、閉じ、そして黙った。

 わたしは彼女に向き直る。

 

「窯は好きに直してください。人手も要るだけ出します。必要なものがあれば、全部言ってください」

「……本気ですか」

「わたし、冗談で人事の話はしません」

 

 彼女は、しばらく黙っていた。

 煤で汚れた手のひらを、じっと見つめている。

 その指には、古い火傷の痕がいくつも残っていた。

 

「……五年です」

 

 やがて、ぽつりと言った。

 

「ここに来て五年、ずっと言われ続けてきました。女に何ができる。嫁に行け。いつまでこんなことをしているんだ、って」

 

 彼女の声が、わずかに震える。

 

「わたし、火が好きなんです。石が変わっていくのが、面白くて。……でも、そんなこと言ったら、変な女だと思われるから」

 

 顔を上げた彼女の目は、赤くなっていた。

 

「この手でやりたいことがあるって、ずっと、誰にも言えませんでした」

 

 わたしは彼女を見上げて言った。

 

「じゃあ、これからは言ってください。全部聞きます」

 

 彼女が、ぐしゃりと顔を歪めた。

 煤だらけの手で目元を拭って、そして無理やり笑ってみせる。

 

「……せっかくなら、もっと大きい窯が欲しいです。いきなり注文していいですか」

「いいですよ。設計してください」

「本当に言いましたね? あとで撤回しても知りませんよ」

 

 わたしは笑った。

 

「そういえば、まだ名前を聞いていませんでした」

 

 彼女は少し驚いた顔をして、それから背筋を伸ばした。

 煤に汚れた顔で、精一杯きちんと、名乗った。

 

「……ヴィエラです。ヴィエラ・ドルン」

「ヴィエラね。わたしはリーゼ。よろしく」

 

 差し出した手を、彼女は少し躊躇ってから、しっかりと握り返してきた。

 その手は、火傷だらけで、硬くて、あたたかかった。

 

 帰りの馬車の中。

 

「リーゼお嬢様、なんだかご機嫌ですね」

「そう見える?」

「はい。にやにやしてます」

 

 マーサに指摘されて、わたしは慌てて口元を引き締めた。

 

 仕方ない。

 久しぶりに、あの感覚を味わったのだ。

 埋もれていた才能を、正しい場所に置いた時の、あの手応え。

 前世で何度も味わって、それでも足りなくて、結局は組織に潰されて終わった、あの感覚。

 

(今世では、潰されない)

 

 わたしは膝の上で拳を握った。

 まだ第一歩だ。

 試作が一枚できただけで、量産も販路も何もない。二年で返済する道のりは、気が遠くなるほど遠い。

 だが。

 

(動き出した)

 

 窓の外を、夏の終わりの風景が流れていく。

 その東の方角に、鉱山の稜線が小さく見えた。

 

 あそこで、白い煙が上がり始める。

 それが誰かの目に留まる日は、そう遠くない。

 

(さあ。誰が、最初に気づくかな)

 

 意地悪な顔で、わたしは笑ってみせた。

 きっと『敵』は、このことに気づくはずなのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

百合ゲー世界の上位存在淫魔にTS転生しました♡(作者:名も無きリリフェル様♡)(オリジナルファンタジー/恋愛)

もちろん、推しのヒロイン達を全員まとめて可愛がりますよねっ♡▼今日も掲示板ではみなさん大騒ぎしているようです♡▼「本当に、人間って可愛いですねっ♡」


総合評価:310/評価:7.78/連載:6話/更新日時:2026年09月19日(土) 07:31 小説情報

洗脳系TS魔法少女(作者:悪魔的逆数提示)(オリジナル現代/コメディ)

敵を以て敵を挫く。代償は厭わない。


総合評価:973/評価:8.11/連載:9話/更新日時:2026年08月26日(水) 21:13 小説情報

TS転生吸血鬼(同族狩り)(作者:カッティングエッグ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

異世界にTS転生して吸血鬼となった少女が、同族を殺し尽くすために生きる話。


総合評価:21/評価:-.--/連載:1話/更新日時:2026年09月04日(金) 07:45 小説情報

人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん(作者:春に木漏れ日)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

超絶美麗グラフィックオープンRPG『冥魂』────。▼ ▼ リリース当初はそのゲームシステムや初期ストーリーのモッサリとした展開具合にユーザー離れも酷かったが、しかしVer6.4まで経てかなり評価を覆したこの作品。▼ ……の、周年限定的なガチャでしか手に入らない人権ヒーラー(♀)に転生したおっさんプレイヤー(♂)が原作を破壊したりしなかったり、厄ネタ(主人公…


総合評価:1889/評価:7.77/連載:31話/更新日時:2026年09月18日(金) 03:36 小説情報

TS転生なんかしたくなかった(作者:害悪転生者)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

転生したら女だったらしい。▼どうでもいい。


総合評価:42/評価:-.--/連載:7話/更新日時:2026年09月20日(日) 06:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>