TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
「ただいま」
「母ちゃん! 遅えぞ!」
勝男が、食卓から立ち上がった。
そこには、入れ替えかけのカードが並んでいた。隣のめく郎君は、私を見るなり椅子を引いてくれた。
「お帰りなさいでヤンス、奥様」
「待たせてごめんなさい。二人とも、お腹すいたでしょう」
「それよりバトルだろ!」
そうね。約束したものね。
帰ってきた。ちゃんと、この子の待っている家へ。
「今日は、お母さんがしっかり教えてあげるわ」
勝男の隣へ座ろうとした。
広げてあったカードが、全部裏返された。
「……勝男?」
「教わるんじゃねえよ。勝負するんだよ」
「でも、まずはデッキを見せて。どんなふうに変えたのか——」
「駄目だ!」
デッキを胸に抱え込む。
「母ちゃんに勝つために考えてんのに、母ちゃんに教わるわけにはいかねえだろ!」
伸ばしかけた手を、止めた。
「カイトもバクも、あんな強えカード持ってたのに負けた。母ちゃん、どうやって勝つか、最初から考えてただろ」
「……見てたのね」
「見てたよ! だから俺も考えてんだ。母ちゃんに答え聞いたら、意味ねえだろ! 俺が考えたので、母ちゃんを倒すんだ」
あら。
もう、自分で。
「……成長したのね」
「なんで泣くんだよ!?」
「嬉しいのよ」
勝男は困った顔で、デッキを抱え直した。
それでも、こちらへは渡してこなかった。
「分かったわ。じゃあ、お母さんは向こうね」
食卓の反対側へ回る。
勝男の顔が、ぱっと明るくなった。
「あ。ちょっと待つでヤンス」
デッキを出そうとした私の前へ、めく郎君がスマホを差し出した。
画面いっぱいに、欠けた太陽が浮かんでいた。
エクリプス。
黒い招待状と同じ紋章。その下で、銀色の文字が光る。
『最強のカードバトラーは誰だ!』
『エクリプス杯、開催決定!』
「どこのサイトを開いても、これでヤンス。動画もこれ。カードショップの告知にも、もう出てるでヤンスよ」
「大会!?」
勝男が、私の前からスマホをさらっていった。
「すげえ。こんなでけえ会場でやるのか! なあ、誰でも出られるんだってよ!」
大会で待っているぞ。
夫の声が蘇った。
そうだった。この大会、会場のバトルエネルギーを吸い上げて、世界滅亡に使うのだった。
参加規約に書いておきなさいよ、そういうことは。
「母ちゃん、俺も出る!」
勝男が、画面をこちらへ向けた。
「強えやつがいっぱい来るんだろ。そいつらに勝てば、母ちゃんにも勝てる!」
「……そうね。強い相手と戦うのは、大事ね」
でも、今の勝男では、あの人には勝てない。
私が出て、全員倒す?
……私が勝つほど、あの人は遠くへ行くのに。
なら、勝男を鍛えて——
——まただ。
私はまた、この子を夫へ届かせることばかり考えている。
勝男は、自分で考えて勝つと言ったのに。
息子が自立した。
喜んだ。
困った。
「なんか、怪しいでヤンスねえ」
めく郎君が、画面を覗き込んだ。
「そう思う?」
「最強、覚醒、魂を燃やせって……自己啓発系の宣伝みたいでヤンス」
「でも、大会だぞ」
「もっといい大会があれば、そっちに行くんでヤンスけど」
私は、めく郎君を見た。
「それだわ!」
「何がでヤンス?」
「別の大会を開けばいいのよ!」
勝男が、スマホから顔を上げた。
「誰が?」
「私が」
「母ちゃんが!?」
「ええ。同じ日に」
「思いっきり被ってるじゃねえか!」
「被せるのよ」
あちらの会場へ行かなければ、力は吸われない。
それに、勝男は強い相手と戦いたがっている。
なら、強い子を全員こっちへ呼べばいいのよ!
「勝男。お母さんは教えないわ。あなたは、自分のデッキで勝ってきなさい」
「……出るのはいいけどさ」
食卓へスマホが置かれた。
画面の向こうでは、巨大な会場を背景に、派手な文字が踊っている。
「こんなのと同じ日にやって、誰が来るんだよ」
それは、そう。
優勝賞金で張り合うのは、家計的に無理ね。
レアカードも、勝男のグレンヴァルドを勝手に賞品にするわけにはいかない。
ならどうすれば。
そうだ。皆、もう一度私と戦いたがっていたわね。
目の前の息子は、私に勝つためのデッキを、まだ大事に抱えている。
「優勝賞品は、私とのバトルでどうかしら」
めく郎君の眼鏡が、光った。
「来るでヤンス」
「まだ誰にも聞いてねえだろ!」
「来るでヤンスよ。あの人たちは、絶対」
勝男が、デッキを食卓へ置いた。
「カイトも?」
「黒縄バクもでヤンス!」
勝男はしばらく、画面と私を見比べていた。
「じゃあ、そいつら全員に勝ったやつが、母ちゃんと戦うのか」
「ええ。あなたも同じよ」
「俺が勝つ。全員倒して、母ちゃんも倒す」
「楽しみにしているわ」
そう。そういう顔が見たかったのよ。
さて、そんな強くなった息子を、どのデッキで迎え撃とうかしら。
「問題は、会場ね」
スマホを引き寄せて、地図を開く。
「この辺りに、借りられるところがあれば……」
「任せるでヤンス!」
めく郎君が、エクリプス杯会場の隣の建物を指した。
「ここ、使えるでヤンス」
「でも、大きくない? 体育館くらいでいいのよ?」
「ここなら、うちのでヤンスから」
うち。
うち?
ああ、そうだった。
この子の実家、白鷺院グループよりお金持ちだったわ。
「今、家に聞くでヤンス。机も椅子も、まとめて出してもらうでヤンスよ」
「待って。お金は、いくら——」
「奥様のバトルでヤンスよ?」
値段を聞いたのよ。
価値を聞いたんじゃないのよ。
「一つだけお願いがあるでヤンス。会場を貸す代わりに、大会の命名権がほしいでヤンス」
「ええ、もちろんいいわよ」
「奥様が主催なんだから蘭杯、いや、Land Destruction Cup! 略してLカップでヤンス!」
「Lカップなんて駄目よ! お金の力なんかに、絶対負けないんだから!」
「約束をやぶるでヤンスか?」
眼鏡が光った。
「……わかりました。それで行きましょう」
お金の力には勝てなかったよ……
めく郎君は続けて告知の下書きを作った。
『優勝賞品:大地蘭! Lカップ!』
「ちょっと待って。書き方」
「お名前の漢字、違ったでヤンスか?」
「賞品はバトルよ! 私とのバトル!」
名前の後ろに、「とのバトル」と小さく書き足された。
同じ大きさにしてちょうだい。
「あっしが実況をしてもいいでヤンスか」
「もちろん。お願いできる?」
めく郎君は、両手でスマホを握り直した。
「最高の大会にするでヤンス」
場所も、賞品も、揃ってしまった。
「最後に、一行足してもらえる?」
「何でヤンスか?」
私は、勝男を見た。
「私と戦いたければ、息子を倒しなさい!」
めく郎君が、迷わず打ち込んだ。
「いい煽りでヤンス。目立つようにしておくでヤンスよ」
「俺は門番じゃねえ! 俺が優勝するんだ!」
「あら。それなら、誰にも負けられないわね」
「当たり前だろ!」
息子が、自分のデッキを握った。
「これで出してちょうだい」
「了解でヤンス!」
告知が、送信された。
勝男が、私の前へデッキを置いた。
「でも、今日の一戦は別だからな」
「ええ。約束したものね」
時計を見ると、もうずいぶん遅い。
「その前に、ご飯にしましょう。めく郎君も食べていってね」
「いただくでヤンス!」
「母ちゃん、食ったらすぐだからな!」
「はいはい。逃げないわよ」
三人で食卓を片付け、遅い夕飯にした。
めく郎君のスマホは、ご飯の間も震えっぱなしだった。
「もう反応が来てるでヤンス。『野菜の人と戦えるってマジ?』『息子って誰』『息子は家で毎日やれるんだろ、ずりぃ』……」
「……毎日なんてやってねえよ」
勝男は箸を止めて、それきり黙った。
何度も、自分のデッキへ目をやっていた。
中身は見せてくれない。私も、もう訊かなかった。
「ごちそうさま!」
一番に箸を置いたのは、勝男だった。
「……やっぱ、今日のバトルはやめとく」
「え」
「母ちゃんとは、優勝してからやる」
勝男は、デッキを胸に抱えていた。
「今やったら、負ける」
あっさり言った。
「それに、あいつらも優勝しなきゃ母ちゃんとやれねえんだろ。俺だけ家でやったら、ズルじゃん」
「……勝男」
「だから、約束は大会で返してもらう。全員倒して、強くなって、それから母ちゃんに勝つ」
強い相手と戦わせてあげたい、なんて言いながら。
本当は、まだこの子を鍛えるつもりでいた。
でも、この子は自分で分かっていた。
私の心配なんて、とっくに追い越されていたのね。
「また泣くのかよ!」
「泣いてないわよ」
その時、玄関のインターホンが鳴った。