TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
「約束が違えぞ!!」
玄関を開けたら、死神がいた。
後ろには白いコートのカイト君と、青いパーカーのミオちゃん。
「もう一度戦うっつっただろうが!」
「ええ。約束したものね。上がってちょうだい」
「……お、おう」
拍子抜けした死神の後ろで、二人も前へ出た。
「僕も、貴女との再戦を待っていたのだが」
「私もです。対策を改めてきました」
「ええ、順番にね」
「バク!? カイトまで。なんだよ」
勝男が、廊下から顔を出した。
バクちゃんが、その顔を睨んだ。
「そいつとは、家で毎日やってんだろうが」
「やってねえよ! というかそいつじゃねえ、俺の名前は大地勝男だ! 母ちゃんとは、優勝してからやる。さっき決めたんだよ」
「……なんでだ」
「今やったら、負けるからな」
バクちゃんが、黙った。
握っていたデッキケースを下ろした。
「……なら、俺も我慢する」
「え」
「こいつが我慢してんのに、俺だけ先にやったらダセえだろ」
「ならば、僕も同じ条件で構わない」
「私もです」
丸く収まった。
私以外は。
……もしかして、大会まで、私、誰とも戦えないの?
「とにかく、上がってちょうだい。ご近所迷惑よ」
お茶を五人分淹れた。
元から来ていためく郎君の分と、息子の分も。
「で、お前らも大会出るんだろ」
勝男がお茶菓子を取りながら訊いた。
「もちろんだ」
「あたりまえだろ!」
ミオちゃんが、初めて勝男をまともに見た。
「貴方、あの時の確率のおかしい……」
「なんだよ、その覚え方!」
「私、青瀬ミオです」
ああ、自己紹介もまだだったのね。
原作なら、とっくにこの子たち同士で戦っていたはずだ。
私が横から取ってしまったから、皆、息子より私の方へ来る。ライバルとの出会いまで奪っていたら、さすがにまずいと思っていたのだけど。
「母ちゃんを倒すのは、俺だからな!」
勝男が胸を張った。
「ほう。ならば、実力を見せてもらおうか」
「いいぜ。カイト、お前から倒してやる!」
「順番が逆だ。君が僕に挑むんだよ」
「待て。先に俺だ」
バクちゃんまで割って入った。
「お前ら二人とも蘭さんに負けてんだろ。だったら、俺が勝った方が早え」
蘭さん、って呼んでるの? かわいいわね。
「私が一番善戦しました」
ミオちゃんが静かに言った。
三人が、一斉にそちらを向いた。
「なんだと?」
あらあら。もう張り合ってる。
「母ちゃん!」
「なあに?」
「ここでバトルしていい?」
「食卓では駄目よ。まだお片付け済んでないし、それにもう夜が遅いし」
「なら、場所を変えよう。うちの施設なら——」
カイト君がスマホを出す。
そうね。場所。
大会までは、まだ少しあるし。
「そうだわ。いっそ、合宿にしない? 日を変えて、温泉にでも泊まって」
「お母様も?」
カイト君が、スマホから顔を上げた。
あなたのお母様になった覚えはないのだけど。
「ええ。引率するわよ」
「白鷺院グループの旅館を用意しよう」
「うちのグループの温泉の方が大きいでヤンス!」
めく郎君が、隣からスマホを突き出した。
「大きければいいというものではない。泉質と料理、それに庭園が——」
「奥様。こちら、お部屋に露天風呂がついてるでヤンス」
両側から旅館の写真を見せられる。
「お代は、ちゃんと払うわよ。一泊おいくら——」
「会場はめく郎が出したのだろう。ならば、宿は白鷺院が持つ。一方にだけ借りを作るのは、僕の流儀に反する」
「ずるいでヤンス!」
また、値段を教えてもらえなかった。
「母ちゃん! バトルできりゃどっちでもいいって!」
結局、会場の借りを持ち出したカイト君の方に決まった。
そうだ。
ついでに一つ、布石を打っておきましょう。
「カイト君、めく郎君。二人に、一つだけお願いがあるの」
「なんなりと」
「何でもするでヤンス!」
◇ ◆ ◇
出発の日は、朝から握り飯を握った。
塩を少し濃くして、大きめに。道中で食べられるよう、人数分より多めに包んでおく。
それでも、送迎の車が旅館へ着く前に、足りなくなった。
「おい! それ俺の分!」
「まだ食べると言っていなかっただろう」
「言わなくても食うんだよ! また俺の母ちゃんの握り飯を!」
カイト君は、もう一口齧っていた。
返せと言われる前に食べ切る気ね。
「旅館の料理を自慢してたくせに!」
「それとこれは別だ」
「別腹にすんな!」
私は自分の包みから一つ、勝男へ渡した。
次は、お米をもう一合増やしましょう。
「ここ! 俺ここ!」
旅館の部屋に入るなり、勝男が窓際へ走っていった。
和室の奥。障子の向こうに、椅子が二脚と小さな卓。
あの謎スペースだ。
分かるわ。あそこ、妙に居心地がいいのよね。
「おい。荷物を置くな。カードが並ばねえ」
「じゃあバク、やろうぜ!」
「その前に手を洗ってらっしゃい」
二人が洗面所へ向かった。
死神の黒い上着は、もう座椅子へ放ってある。
私は、持ってきた詰めバトルの紙を広げた。
洗面所から顔を出した勝男が、それを見て叫んだ。
「勉強は嫌だー!」
「私が解くのよ。誰も対戦してくれないんだもの」
洗面所へ言い返すと、カイト君が紙を覗き込んだ。
「この盤面なら、右から攻撃すれば終わりでは?」
「先にそちらを使うと、ブロッカーが残ります」
ミオちゃんまで、隣へ座った。
勝男が濡れた手を拭きながら戻ってきた。
「だったら、実際にやろうぜ。カイト!」
「解けないからと、問題ごと取り替えるとはね」
「その言い方むかつく!」
私は紙を引き寄せた。空いた場所に、二人のデッキが置かれる。
お茶を飲んでいると、勝男の声が裏返った。
「また増えた!」
「《天上の門》。二体ともブロックできる」
「今減らしただろ! なんで減らしたら増えるんだよ!」
「それを考えてから殴りたまえ」
卓の上に天使が立っている。
温泉旅館の窓を背にしていると、少しだけ慰安旅行の団体客っぽい。
その天使は、次の対戦ではミオちゃんのスペル一枚で、カイト君の手札へ戻った。
「破壊できなくても、今いなければ十分です」
「そっか、出し直してる間に殴れる!」
「横から見ている時だけ理解が早いな、君は!」
座卓の方では、バクちゃんが別の手札を広げていた。
「殴ってくれて助かったぜ。これで揃った」
「礼言うなよ!」
ライフを割って喜んでいた勝男が、今度は死者の群れに囲まれている。
「くそ、もう一回!」
「順番でヤンス。次はあっしでヤンスよ」
「お前、実況してたじゃねえか」
「あっしだって奥様と戦いたいでヤンス!」
めく郎君が、デッキを出した。
色がない。
白かと思えば、五色のどれにも属さないカードが、マナに並ぶ。
あら。無色?
「なんだよ、その変なやつ!」
勝男の前に現れたのは、腹に大きな太鼓をつけたモンスターだった。
隣には、脚の生えた汽車。
「変でも勝てばいいでヤンス」
ジェスターズ系か。
相変わらず、絵面だけ見たら何のゲームだか分からないわね。
けれど、めく郎君は、殴れるからと全員では殴らなかった。
勝男の場に一体だけ残った、休んでいる小型を先に倒す。ライフには手を出さず、ターンを終えた。
「来ねえのかよ」
「その竜、まだ出せないでヤンスね」
「なんで持ってるって分かるんだよ!」
「さっきも竜を出す前、手札の右端ばかり見てたでヤンス。出したい札、毎回そこへ持ってくるでヤンスよ」
勝男が慌てて手札を混ぜた。
「今混ぜても遅いでヤンス。大会では気をつけるでヤンスよ」
勝男が一枚引き、マナへ置いた。それでも手札の竜には、一枚足りない。
「くそ。こいつが出せれば……」
空いた場を見て、手札を見直す。結局、何も出せないままターンを返した。
めく郎君のモンスターが、今度は揃って勝男を向く。
「……お前、ずっと見てたのか」
「実況してたでヤンス」
めく郎君の眼鏡が、きらりと光った。
地味だけど、嫌なところを押さえるわね。
原作では、この子がバトルする場面なんてなかった。
解説役だと思って、舐めてたわ。
今度の大会、意外とダークホースかも。
「めく郎。終わったら僕とだ」
カイト君が椅子を引いて待ち始めた。
「じゃあ、その次は私が——」
「優勝してから!」
五人の声が揃った。
自分で決めた賞品に、自分で締め出された。
……いいわよ。
私は問題の解答をめくった。
「あら。やっぱり、攻撃しないのね」
「右から攻撃、ではなかったのか」
「このターンは、相手のマナを二枚壊して終わり。次のターン、相手は何も出せないから、あとはゆっくり殴ればいいの」
「それ詰めバトルじゃねえだろ!」
「問題文に『このターンで勝て』とは書いてないわよ」
ミオちゃんが紙を裏返し、表に戻した。
「……書いてありません」
「しかも、それが一番確実だ……」
カイト君が呻いた。
「……もう一回だ! 次、俺とカイト!」
「僕はめく郎とだと言っただろう!」
「お茶、おかわりは?」
「後で!」
「饅頭は?」
「食う!」
バクちゃんの返事が一番早かった。
包みを剥きながら、勝男の手札を覗こうとして怒られている。
その横で、カイト君はまだ順番のことで勝男と揉めていた。
そういえば原作では、今度のエクリプス杯でカイト君が洗脳されるのよね。
闇に堕ちたライバルを取り戻すため、皆でその大会へ乗り込む。燃える回だった。
……負けたばかりなのに、もう次の相手を取り合っている。
闇に誘われる暇もなさそうね。
私が次の相手を用意しなくても、もう誰も困っていない。
……羨ましいぐらい。
「皆、ご飯の前にお風呂へ行きましょう」
「あと一回!」
「今のが、あと一回だったでしょう」
◇ ◆ ◇
風呂の入口まで来ても、男の子たちはさっきの対戦で揉めていた。
「続きは出てからね。ミオちゃん、私たちはこっちよ」
男湯へ消える四人を見送り、女湯の暖簾をミオちゃんとくぐった。
「……Lカップ、本当だった」
ミオちゃんの一言は聞かなかったことにしましょう。
ああ、いいお湯。
前世ではカードが禁止されることを温泉送りと呼ぶこともあったけど、やっぱりいいわね。
「どうしたら、貴女みたいに強くなれますか」
隣から真面目な声がした。
「私みたいに?」
「いつも余裕があって……」
よそ見をして叱られたばかりなのに。
まだ、そんなふうに見てくれるのね。
「素敵な人と恋をするのよ」
「……恋」
軽く答えたら、ミオちゃんは黙り込んだ。
いけない。これは、真剣に受け取られたわ。
「でも、急がなくていいのよ」
「もう、遅いかもしれません」
「え?」
「何でもありません」
ミオちゃんは口元まで湯に沈んだ。
のぼせてしまう前に、出しましょうね。
夕飯の間だけは、さすがにカードをしまわせた。
その代わりに、カイト君が箸袋へ盤面を書き始めた。
「それなら、先にこっちを倒せば——」
「食べてからにしなさい」
食べ終わると、本当に続きが始まった。
窓際の卓を使い、座卓も使い、待っている子は布団の上でカードを入れ替える。
母ちゃん、ここどうしたらいい、と訊く声はしなかった。
「今、何引いた?」
「見せるわけねえだろ!」
「その前の手です。戻してください。別の順番なら——」
「待て、俺の勝ちをなかったことにするな!」
やがて、返事の間隔が長くなった。
バクちゃんがカードを持ったまま、こくりとする。
「続きは明日ね」
「寝てねえ」
「ええ。分かったから、ケースに入れて」
勝男は、もう布団へ倒れていた。
カイト君が何か言いかけ、そのまま大きなあくびをした。
最後まで起きていたミオちゃんも、隣に取った私たちの部屋へ連れて戻すと、すぐに寝息を立て始めた。
男の子たちの部屋へ戻って、空の湯呑みを盆へ載せる。
めく郎君の眼鏡が、座布団に落ちていた。踏まれないところへ移した。
菓子の包みを集め、卓に残ったカードの束は、それぞれのケースのそばへ寄せる。
勝男の赤いケースには、蓋がしてあった。
そのまま、枕元へ置いた。
窓際の椅子が二つとも空いている。
ようやく静かになった、あの謎スペース。
私も、あの人と。
ただ、こうして遊べたら。
勝って、負けて。もう一回って言って。
眠くなったら、一緒に帰るだけでいいのに。
……いけない。また考えてる。
スマホが鳴った。
慌てて音を止め、窓際へ移る。障子をそっと閉めてから、耳へ当てた。
「……はい」
「よくもやってくれたな」
その声だった。
素敵な人と恋をするのよ。
さっき、自分で言ったくせに。
たった一言を聞いただけで、返事ができなくなる。
「聞いているのか」
ちゃんと、私の番号は覚えていたのね。
「ええ。何のことかしら」
「同じ日に、隣で大会だと? こちらの出場予定者にまで告知が回っているぞ」
「あら。人気なのね、うちの大会」
「取り下げろ」
「嫌よ」
障子の向こうで、誰かが寝返りを打った。
私は声を落とした。
「楽しみにしている子たちがいるの。もう、お約束したもの」
向こうが黙った。
怒らせた。分かっている。
それでも、この声を聞いていたい自分が、嫌になる。
切られる前に、一つだけ訊きたかった。
「あなたは、どうやって私の夫を誘ったの」
電話の向こうで、あの人の声が笑った。
「幼子の身を借りて、この男と戦ったのだ」
声が、少しだけ低くなった。
「あの時のこの男の言葉は、面白かったぞ? 『こんな子供に負けるなんて……俺は、弱い』、とな」
知っている。
その言葉を、私は聞いたことがある。
原作で、ではない。
『母ちゃんにも勝てないなんて……俺、弱いっ……!』
あの日、椅子を倒して玄関へ走っていった勝男の声だった。
「この男の選んだ道だ。貴様には取り戻せんよ」
「……そう」
通話が切れた。
おやすみも、言えなかった。
しばらくスマホを耳に当てたまま、窓を見ていた。
映っているのは、浴衣の女が一人。
二人とも、自分を弱いと言った。
あの子は家を飛び出した。
あの人は、闇を選んだ。
でも勝男は、違うことを言った。
『今やったら、負ける』
泣かなかった。
逃げなかった。
自分を捨てようともしなかった。
……あの子は、もう違う。
それでも、
向かいの椅子は、空いたままだった。
おかげさまでUA3万を突破しました! 本当にありがとうございます!✨
たくさんコメントもいただいており、返信が遅くなってしまってすみません……! 順番にお返ししていきます!
本日はこのあと19:05に、おまけの「幕間の掲示板2」も投稿します。
優勝賞品が発表された街では、ネットでも何やら騒ぎになっているようです。
よろしければ、そちらもどうぞ!
楽しんでいただけましたら、ぜひ高評価・お気に入り登録をしていただけると嬉しいです!