TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する   作:匿名

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第九話で禁止カードと温泉に行きます

 

「約束が違えぞ!!」

 

 玄関を開けたら、死神がいた。

 後ろには白いコートのカイト君と、青いパーカーのミオちゃん。

 

「もう一度戦うっつっただろうが!」

「ええ。約束したものね。上がってちょうだい」

「……お、おう」

 

 拍子抜けした死神の後ろで、二人も前へ出た。

 

「僕も、貴女との再戦を待っていたのだが」

「私もです。対策を改めてきました」

「ええ、順番にね」

「バク!? カイトまで。なんだよ」

 

 勝男が、廊下から顔を出した。

 バクちゃんが、その顔を睨んだ。

 

「そいつとは、家で毎日やってんだろうが」

「やってねえよ! というかそいつじゃねえ、俺の名前は大地勝男だ! 母ちゃんとは、優勝してからやる。さっき決めたんだよ」

「……なんでだ」

「今やったら、負けるからな」

 

 バクちゃんが、黙った。

 握っていたデッキケースを下ろした。

 

「……なら、俺も我慢する」

「え」

「こいつが我慢してんのに、俺だけ先にやったらダセえだろ」

「ならば、僕も同じ条件で構わない」

「私もです」

 

 丸く収まった。

 私以外は。

 

 ……もしかして、大会まで、私、誰とも戦えないの?

 

「とにかく、上がってちょうだい。ご近所迷惑よ」

 

 お茶を五人分淹れた。

 元から来ていためく郎君の分と、息子の分も。

 

「で、お前らも大会出るんだろ」

 

 勝男がお茶菓子を取りながら訊いた。

 

「もちろんだ」

「あたりまえだろ!」

 

 ミオちゃんが、初めて勝男をまともに見た。

 

「貴方、あの時の確率のおかしい……」

「なんだよ、その覚え方!」

「私、青瀬ミオです」

 

 ああ、自己紹介もまだだったのね。

 

 原作なら、とっくにこの子たち同士で戦っていたはずだ。

 私が横から取ってしまったから、皆、息子より私の方へ来る。ライバルとの出会いまで奪っていたら、さすがにまずいと思っていたのだけど。

 

「母ちゃんを倒すのは、俺だからな!」

 

 勝男が胸を張った。

 

「ほう。ならば、実力を見せてもらおうか」

「いいぜ。カイト、お前から倒してやる!」

「順番が逆だ。君が僕に挑むんだよ」

「待て。先に俺だ」

 

 バクちゃんまで割って入った。

 

「お前ら二人とも蘭さんに負けてんだろ。だったら、俺が勝った方が早え」

 

 蘭さん、って呼んでるの? かわいいわね。

 

「私が一番善戦しました」

 

 ミオちゃんが静かに言った。

 三人が、一斉にそちらを向いた。

 

「なんだと?」

 

 あらあら。もう張り合ってる。

 

「母ちゃん!」

「なあに?」

「ここでバトルしていい?」

「食卓では駄目よ。まだお片付け済んでないし、それにもう夜が遅いし」

「なら、場所を変えよう。うちの施設なら——」

 

 カイト君がスマホを出す。

 そうね。場所。

 大会までは、まだ少しあるし。

 

「そうだわ。いっそ、合宿にしない? 日を変えて、温泉にでも泊まって」

「お母様も?」

 

 カイト君が、スマホから顔を上げた。

 あなたのお母様になった覚えはないのだけど。

 

「ええ。引率するわよ」

「白鷺院グループの旅館を用意しよう」

「うちのグループの温泉の方が大きいでヤンス!」

 

 めく郎君が、隣からスマホを突き出した。

 

「大きければいいというものではない。泉質と料理、それに庭園が——」

「奥様。こちら、お部屋に露天風呂がついてるでヤンス」

 

 両側から旅館の写真を見せられる。

 

「お代は、ちゃんと払うわよ。一泊おいくら——」

「会場はめく郎が出したのだろう。ならば、宿は白鷺院が持つ。一方にだけ借りを作るのは、僕の流儀に反する」

「ずるいでヤンス!」

 

 また、値段を教えてもらえなかった。

 

「母ちゃん! バトルできりゃどっちでもいいって!」

 

 結局、会場の借りを持ち出したカイト君の方に決まった。

 

 そうだ。

 ついでに一つ、布石を打っておきましょう。

 

「カイト君、めく郎君。二人に、一つだけお願いがあるの」

「なんなりと」

「何でもするでヤンス!」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 出発の日は、朝から握り飯を握った。

 塩を少し濃くして、大きめに。道中で食べられるよう、人数分より多めに包んでおく。

 

 それでも、送迎の車が旅館へ着く前に、足りなくなった。

 

「おい! それ俺の分!」

「まだ食べると言っていなかっただろう」

「言わなくても食うんだよ! また俺の母ちゃんの握り飯を!」

 

 カイト君は、もう一口齧っていた。

 返せと言われる前に食べ切る気ね。

 

「旅館の料理を自慢してたくせに!」

「それとこれは別だ」

「別腹にすんな!」

 

 私は自分の包みから一つ、勝男へ渡した。

 次は、お米をもう一合増やしましょう。

 

「ここ! 俺ここ!」

 

 旅館の部屋に入るなり、勝男が窓際へ走っていった。

 和室の奥。障子の向こうに、椅子が二脚と小さな卓。

 

 あの謎スペースだ。

 分かるわ。あそこ、妙に居心地がいいのよね。

 

「おい。荷物を置くな。カードが並ばねえ」

「じゃあバク、やろうぜ!」

「その前に手を洗ってらっしゃい」

 

 二人が洗面所へ向かった。

 死神の黒い上着は、もう座椅子へ放ってある。

 

 私は、持ってきた詰めバトルの紙を広げた。

 洗面所から顔を出した勝男が、それを見て叫んだ。

 

「勉強は嫌だー!」

「私が解くのよ。誰も対戦してくれないんだもの」

 

 洗面所へ言い返すと、カイト君が紙を覗き込んだ。

 

「この盤面なら、右から攻撃すれば終わりでは?」

「先にそちらを使うと、ブロッカーが残ります」

 

 ミオちゃんまで、隣へ座った。

 勝男が濡れた手を拭きながら戻ってきた。

 

「だったら、実際にやろうぜ。カイト!」

「解けないからと、問題ごと取り替えるとはね」

「その言い方むかつく!」

 

 私は紙を引き寄せた。空いた場所に、二人のデッキが置かれる。

 

 お茶を飲んでいると、勝男の声が裏返った。

 

「また増えた!」

「《天上の門》。二体ともブロックできる」

「今減らしただろ! なんで減らしたら増えるんだよ!」

「それを考えてから殴りたまえ」

 

 卓の上に天使が立っている。

 温泉旅館の窓を背にしていると、少しだけ慰安旅行の団体客っぽい。

 

 その天使は、次の対戦ではミオちゃんのスペル一枚で、カイト君の手札へ戻った。

 

「破壊できなくても、今いなければ十分です」

「そっか、出し直してる間に殴れる!」

「横から見ている時だけ理解が早いな、君は!」

 

 座卓の方では、バクちゃんが別の手札を広げていた。

 

「殴ってくれて助かったぜ。これで揃った」

「礼言うなよ!」

 

 ライフを割って喜んでいた勝男が、今度は死者の群れに囲まれている。

 

「くそ、もう一回!」

「順番でヤンス。次はあっしでヤンスよ」

「お前、実況してたじゃねえか」

「あっしだって奥様と戦いたいでヤンス!」

 

 めく郎君が、デッキを出した。

 

 色がない。

 白かと思えば、五色のどれにも属さないカードが、マナに並ぶ。

 

 あら。無色?

 

「なんだよ、その変なやつ!」

 

 勝男の前に現れたのは、腹に大きな太鼓をつけたモンスターだった。

 隣には、脚の生えた汽車。

 

「変でも勝てばいいでヤンス」

 

 ジェスターズ系か。

 相変わらず、絵面だけ見たら何のゲームだか分からないわね。

 

 けれど、めく郎君は、殴れるからと全員では殴らなかった。

 勝男の場に一体だけ残った、休んでいる小型を先に倒す。ライフには手を出さず、ターンを終えた。

 

「来ねえのかよ」

「その竜、まだ出せないでヤンスね」

「なんで持ってるって分かるんだよ!」

「さっきも竜を出す前、手札の右端ばかり見てたでヤンス。出したい札、毎回そこへ持ってくるでヤンスよ」

 

 勝男が慌てて手札を混ぜた。

 

「今混ぜても遅いでヤンス。大会では気をつけるでヤンスよ」

 

 勝男が一枚引き、マナへ置いた。それでも手札の竜には、一枚足りない。

 

「くそ。こいつが出せれば……」

 

 空いた場を見て、手札を見直す。結局、何も出せないままターンを返した。

 めく郎君のモンスターが、今度は揃って勝男を向く。

 

「……お前、ずっと見てたのか」

「実況してたでヤンス」

 

 めく郎君の眼鏡が、きらりと光った。

 

 地味だけど、嫌なところを押さえるわね。

 

 原作では、この子がバトルする場面なんてなかった。

 解説役だと思って、舐めてたわ。

 

 今度の大会、意外とダークホースかも。

 

「めく郎。終わったら僕とだ」

 

 カイト君が椅子を引いて待ち始めた。

 

「じゃあ、その次は私が——」

「優勝してから!」

 

 五人の声が揃った。

 自分で決めた賞品に、自分で締め出された。

 

 ……いいわよ。

 私は問題の解答をめくった。

 

「あら。やっぱり、攻撃しないのね」

「右から攻撃、ではなかったのか」

「このターンは、相手のマナを二枚壊して終わり。次のターン、相手は何も出せないから、あとはゆっくり殴ればいいの」

「それ詰めバトルじゃねえだろ!」

「問題文に『このターンで勝て』とは書いてないわよ」

 

 ミオちゃんが紙を裏返し、表に戻した。

 

「……書いてありません」

「しかも、それが一番確実だ……」

 

 カイト君が呻いた。

 

「……もう一回だ! 次、俺とカイト!」

「僕はめく郎とだと言っただろう!」

 

「お茶、おかわりは?」

「後で!」

「饅頭は?」

「食う!」

 

 バクちゃんの返事が一番早かった。

 包みを剥きながら、勝男の手札を覗こうとして怒られている。

 その横で、カイト君はまだ順番のことで勝男と揉めていた。

 

 そういえば原作では、今度のエクリプス杯でカイト君が洗脳されるのよね。

 闇に堕ちたライバルを取り戻すため、皆でその大会へ乗り込む。燃える回だった。

 

 ……負けたばかりなのに、もう次の相手を取り合っている。

 闇に誘われる暇もなさそうね。

 

 私が次の相手を用意しなくても、もう誰も困っていない。

 

 ……羨ましいぐらい。

 

「皆、ご飯の前にお風呂へ行きましょう」

「あと一回!」

「今のが、あと一回だったでしょう」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 風呂の入口まで来ても、男の子たちはさっきの対戦で揉めていた。

 

「続きは出てからね。ミオちゃん、私たちはこっちよ」

 

 男湯へ消える四人を見送り、女湯の暖簾をミオちゃんとくぐった。

 

「……Lカップ、本当だった」

 

 ミオちゃんの一言は聞かなかったことにしましょう。

 

 ああ、いいお湯。

 前世ではカードが禁止されることを温泉送りと呼ぶこともあったけど、やっぱりいいわね。

 

「どうしたら、貴女みたいに強くなれますか」

 

 隣から真面目な声がした。

 

「私みたいに?」

「いつも余裕があって……」

 

 よそ見をして叱られたばかりなのに。

 まだ、そんなふうに見てくれるのね。

 

「素敵な人と恋をするのよ」

「……恋」

 

 軽く答えたら、ミオちゃんは黙り込んだ。

 いけない。これは、真剣に受け取られたわ。

 

「でも、急がなくていいのよ」

「もう、遅いかもしれません」

「え?」

「何でもありません」

 

 ミオちゃんは口元まで湯に沈んだ。

 のぼせてしまう前に、出しましょうね。

 

 夕飯の間だけは、さすがにカードをしまわせた。

 その代わりに、カイト君が箸袋へ盤面を書き始めた。

 

「それなら、先にこっちを倒せば——」

「食べてからにしなさい」

 

 食べ終わると、本当に続きが始まった。

 

 窓際の卓を使い、座卓も使い、待っている子は布団の上でカードを入れ替える。

 母ちゃん、ここどうしたらいい、と訊く声はしなかった。

 

「今、何引いた?」

「見せるわけねえだろ!」

「その前の手です。戻してください。別の順番なら——」

「待て、俺の勝ちをなかったことにするな!」

 

 やがて、返事の間隔が長くなった。

 バクちゃんがカードを持ったまま、こくりとする。

 

「続きは明日ね」

「寝てねえ」

「ええ。分かったから、ケースに入れて」

 

 勝男は、もう布団へ倒れていた。

 カイト君が何か言いかけ、そのまま大きなあくびをした。

 

 最後まで起きていたミオちゃんも、隣に取った私たちの部屋へ連れて戻すと、すぐに寝息を立て始めた。

 

 男の子たちの部屋へ戻って、空の湯呑みを盆へ載せる。

 めく郎君の眼鏡が、座布団に落ちていた。踏まれないところへ移した。

 菓子の包みを集め、卓に残ったカードの束は、それぞれのケースのそばへ寄せる。

 

 勝男の赤いケースには、蓋がしてあった。

 そのまま、枕元へ置いた。

 

 窓際の椅子が二つとも空いている。

 ようやく静かになった、あの謎スペース。

 

 私も、あの人と。

 ただ、こうして遊べたら。

 

 勝って、負けて。もう一回って言って。

 眠くなったら、一緒に帰るだけでいいのに。

 

 ……いけない。また考えてる。

 

 スマホが鳴った。

 

 慌てて音を止め、窓際へ移る。障子をそっと閉めてから、耳へ当てた。

 

「……はい」

「よくもやってくれたな」

 

 その声だった。

 

 素敵な人と恋をするのよ。

 さっき、自分で言ったくせに。

 

 たった一言を聞いただけで、返事ができなくなる。

 

「聞いているのか」

 

 ちゃんと、私の番号は覚えていたのね。

 

「ええ。何のことかしら」

「同じ日に、隣で大会だと? こちらの出場予定者にまで告知が回っているぞ」

「あら。人気なのね、うちの大会」

「取り下げろ」

「嫌よ」

 

 障子の向こうで、誰かが寝返りを打った。

 私は声を落とした。

 

「楽しみにしている子たちがいるの。もう、お約束したもの」

 

 向こうが黙った。

 怒らせた。分かっている。

 それでも、この声を聞いていたい自分が、嫌になる。

 

 切られる前に、一つだけ訊きたかった。

 

「あなたは、どうやって私の夫を誘ったの」

 

 電話の向こうで、あの人の声が笑った。

 

「幼子の身を借りて、この男と戦ったのだ」

 

 声が、少しだけ低くなった。

 

「あの時のこの男の言葉は、面白かったぞ? 『こんな子供に負けるなんて……俺は、弱い』、とな」

 

 知っている。

 その言葉を、私は聞いたことがある。

 原作で、ではない。

 

『母ちゃんにも勝てないなんて……俺、弱いっ……!』

 

 あの日、椅子を倒して玄関へ走っていった勝男の声だった。

 

「この男の選んだ道だ。貴様には取り戻せんよ」

「……そう」

 

 通話が切れた。

 おやすみも、言えなかった。

 

 しばらくスマホを耳に当てたまま、窓を見ていた。

 映っているのは、浴衣の女が一人。

 

 二人とも、自分を弱いと言った。

 

 あの子は家を飛び出した。

 あの人は、闇を選んだ。

 

 でも勝男は、違うことを言った。

 

『今やったら、負ける』

 

 泣かなかった。

 逃げなかった。

 自分を捨てようともしなかった。

 

 ……あの子は、もう違う。

 

 それでも、

 向かいの椅子は、空いたままだった。

 





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