TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
駅前には、でかい看板が立っていた。
欠けた太陽の紋章に、『エクリプス杯 当日参加もまだ間に合う!』。スーツの係員が声を枯らしている。その前を、カードケースを提げたガキどもが素通りしていく。
俺も素通りした。
隣の建物には、『Lカップ受付』の紙が貼ってある。
その下に小さく、『大会名についてのお問い合わせは受け付けないでヤンス』。
「黒縄バク君、一名様でヤンスね」
めく郎が名簿に丸をつけた。
「バク! お前も勝ち上がってこいよ!」
奥で勝男が手を振っている。隣にはカイトとミオ。温泉で夜中まで戦った顔が揃っていた。
「お前が先に消えるなよ」
予選はスイスドロー。一回負けても、そこで終わりじゃない。デッキを替えてもいい。ケースをいくつも持ち込んでいる奴もいた。勝ち数で決勝トーナメントに残る奴が決まる。
俺は、兄貴の墓守を入れたケースを開けた。全員、こいつで倒せば済む話だ。
「そういや、蘭さんはどこだ」
「皆さんのバトルを、近くで見たいと言ってたでヤンス」
「見てるだけで我慢できんのか、あの人」
めく郎が、名簿で口元を隠した。
「……おい、まさか」
貼り出された対戦表を見た。
一回戦、黒縄バク。相手は——ランデスマン。
対戦表の番号を確かめ、卓の間を抜けた。
指定の席には、そいつが先に座っていた。
銀の仮面。黒いマント。隠しきれていない長い髪に、マントの下から覗くエプロン。
卓の上のデッキケースまで、この前と同じだった。
俺に気づくと、そいつは立ち上がって向かいの椅子を引いた。
「……何やってんだ」
「私は謎の仮面、ランデスマン!」
「優勝賞品が予選に出てんじゃねえよ」
「大地蘭は出場していない!」
会場中に聞こえる声で、自分から名前を出しやがった。
「マンじゃねえだろ。どう見てもウーマンだろ」
「ランデスマンだ!」
声が一段低くなった。
開会前から、こんな奴に振り回されてたまるか。
「めく郎。組み合わせ、いじってねえだろうな」
「全員まとめて抽選したでヤンス。あっしだって奥様と——ランデスマンと当たりたかったでヤンス!」
そっちはそっちで、隠す気がねえ。
俺は引かれた椅子に座り、鎖を内側へ押し込んだ。
「そのコート、いいセンスだ」
「……その仮面とマントもな」
仮面の下の口が、嬉しそうに緩んだ。
勝男が待ってるのに、俺だけ先にやるのはダセえ。そう言ったのは俺だ。
だが、抽選で当たった相手から逃げて、勝ち上がるのも違うだろ。
「蘭さんとの再戦は、優勝してからだ。これは予選だからな」
「うむ! 私はランデスマンだからな!」
調子よく頷きやがった。
「誰でもいい。今度こそ倒す」
「受けて立とう!」
「全卓、対戦相手は揃ったでヤンスか! まだのところは手を挙げてほしいでヤンス!」
あちこちで椅子が鳴った。隣の卓では、後から来た奴が鞄を足元へ押し込んでいる。
「ジャッジの皆さんも、準備はいいでヤンスね。困ったら手を挙げて呼ぶでヤンスよ!」
通路に立つ係員が頷いた。
向かいの仮面が、山札を差し出す。俺も自分の山札を渡した。
「それでは、一回戦を始めるでヤンス!」
周りの「お願いします」が、遠のいていく。
椅子の音も、観客の声も、もう耳に入らない。
目の前のふざけた仮面だけを睨んだ。
先攻は仮面だった。
白い札がマナに置かれた。俺も水のマナを置いて、番を返す。
次の番から《エマージェンシー・ハリケーン》で引いて捨てる。それを繰り返し、墓地へ十五マナの巨竜を二枚送った。
「ほう。水を入れたのか」
「悪いかよ」
「いや。続けたまえ」
ミオの真似だ。手札を揃えるついでに、起こしたい奴を墓地へ送る。
前は不死者を何体も埋めて、全員まとめて呼び戻していた。今度は、まず一体。そいつが次を連れてくる。
仮面の場には、小鳥が二羽と《白翼の騎士》。白い装備札で手札を揃えている。マナも白と赤で、野菜は一枚もない。
「それ、カイトの札じゃねえか」
「カードに持ち主の名前は書いていない!」
こいつも、人の札を見て組んできたわけか。
「《死神の墓守》!」
墓石を盾にした骸骨が、俺の前に膝をついた。
山札から三枚を墓地へ落とし、その中の小さな死神を拾う。
「その墓守は、残したのだな」
「こいつは抜かねえ」
絵の右下に、小さな白い傷。
仮面も、そこを見ていた。
「……兄貴は、俺に一度も負けなかった」
言ってから、余計なことをと思った。
仮面は黙って待っていた。
「蘭さんには、言う気なかったんだけどな」
「私はランデスマン。なんでも話してみなさい」
「都合のいい仮面だな」
口元だけ、笑いやがった。
「病院でも、俺が何体並べても、こいつで止めて、死んだ奴を起こしてきたんだ」
兄貴はいつも、俺が行けばすぐケースを開けた。
前の対戦で追い詰めた手は、次には通じなかった。俺もまた組み直して、病室へ行った。
「続きは退院してからな、だとよ」
最後に止められた時も、この墓守だった。
「嘘つきやがって」
仮面は、傷のある角を見ていた。
「その傷は、お兄さんからもらう前から、あったのか?」
墓守へ目を落とした。
いつからだった。最後に対戦した時には——
「覚えてねえよ。いつも、こいつに止められてたからな」
言ってから、仮面を見た。
拾った死神を、青いスペルの隣へ差す。
「兄貴に教わった通りじゃ、兄貴には勝てねえ。でも、こいつを抜いて勝つのも嫌なんだ。だから、俺の使い方を考えた」
「見せてもらおう」
仮面がマナを置いて番を返した。墓守が拾った札は、もう手元にある。
「墓地の竜に重ねろ! 《死神技士デスワルツ》、墓地覚醒!」
たった一マナ。巨竜を下敷きに、小さな死神が鎌を構える。
「ほう。だがそれだけではないのだろう?」
「さすがに知っていたか。だが知っているだけでは防げないぜ!」
続けて三マナ。
「《龍脈術 帰城の策》! 戻すのは、俺のデスワルツだ!」
死神だけが手札へ帰り、下の竜が残った。
「龍脈、か」
妙なところに食いつきやがる。
「死神の下から出てきやがれ、《竜魔神皇ヴァルカDear Rex》!!」
骸骨の翼が開き、鎧の隙間から黒い炎が噴き出した。
兄貴の墓守が拾った死神で、俺の竜を起こした。
「十五マナの竜でヤンス! 《死者の国》でも《冥府の門》でも蘇生できない覚醒の竜を、たった四マナで場に出したでヤンスか!?」
観客席から、めく郎の声がした。
「こいつがいる限り、お前はスペルを唱えられねえ! あの厄介な《大地なる母》もな!」
これで、マナを焼くスペルも使えねえ。
こいつは、出したターンから殴れる。
今度こそ、勝った。
「こいつの攻撃は、ライフを全部破壊するぜ! しかも、攻撃した時点で次が来るんだよ!」
竜の炎が一羽目の小鳥を焼く。その後ろから、墓地の死神に重なって《暗黒の悪魔神ヴァイス・ロマネフ》が現れた。
二羽目も、そいつが出た時の炎で消えた。
「騎士、受け止めろ!」
ランデスマンの号令で、騎士が攻撃を受け止めた。
盾ごと弾かれても死なねえ。だが、止められるのは一体だ。
「こいつも、出た番から殴れるぜ!」
悪魔神の鎌が、仮面のライフを二枚切り裂いた。
これなら、壁の横を通せる。
「ターンエンドだ!」
返しに出た女武者の竜、《濃姫》が、手札から装備をタダで呼び出した。
「《ヴァジュラズ・ハート》!」
赤黒い心臓が、濃姫の胸へリンクした。
どくん。鎧の隙間から、赤い光が漏れた。
だが、次のヴァルカディアの炎で、濃姫も焼いた。
心臓だけが場に残り、まだ脈打っていた。そっちはモンスターじゃねえから、竜の炎では焼けない。
構うか。山札から二体目のロマネフを呼び、また攻めた。
ヴァルカディアは騎士に止められたが、悪魔神二体の鎌が、残るライフを全部持っていく。
「ライフ・トリガー。《天装 カガヤキ・シバリ》!」
白い鏡に、休んだヴァルカディアが映った。
「スペルは使えねえはずだろ!」
「これは装備札。リンクギアだ。その竜は、次の番にも起きない」
ライフは割り切った。あと一撃なのに、竜が動けねえ。
なら、もう一体だ。
墓地には二枚目のヴァルカディア。手札には戻ってきたデスワルツ。
次の《龍脈術 帰城の策》さえ引けば、二号で押し切れる。
「次は止めきれねえぞ」
「だが、その次は来ない」
「何!?」
新しい濃姫が、今度は手札から速攻の鎧を呼び出した。
場に残った赤い心臓と、ライフから出た白い鏡まで拾い上げる。
「ランデスマンは、スペルを使わずともランデスができるのだ! 脈打て、《ヴァジュラズ・ハート》!!」
心臓が新しい胸へリンクし、どくん、と大きく脈打った。
三枚を身につけた竜が、俺の悪魔神へ斬りかかっていた。
その刃が届くより先に、闇のマナが燃えた。水も一枚、後を追った。
「そっちかよ……!」
闇がねえ。これじゃ、二号も起こせねえ。
一体目の悪魔神が斬られた。
「まだだ! ロマネフ、あと一発、通せ!」
残った一体の鎌を、騎士が受け止めた。
次の番には、そいつも濃姫に斬られた。
ライフを割られて手札は増えるのに、攻撃のたびにマナは二枚ずつ消えていく。
そのたびに鏡が光り、ヴァルカディアを眠らせ直す。
最後のライフも尽きた。
さらに濃姫が一体。あの鎧は、後から来た竜まで速攻にしやがる。
先にいた濃姫が攻めてきて、残る二マナを焼いた。
ヴァルカディアは起きない。
マナは、ゼロ。
空になったマナ置き場と、眠った巨竜の間で、墓守だけが盾を構えていた。
「墓守、ブロック!」
墓石が竜の刃を受け、砕けた。
最後まで残した兄貴の札が、墓地へ戻る。
後から来た竜の刃は、俺まで届いた。
くそ。
前のデッキなら、こいつらを数で越えられた。
死者の国で全員起こして、一体寝かされても、二体止められても、横から次を通せた。
どいつを戻す。
その代わりに、何を抜く。
墓守は抜かねえ。こいつで勝つんだ。
墓地から墓守を拾い、角を親指でなぞった。
小さな白い傷に、指が引っかかった。
もらう前から、あった傷だ。
病室へ通ううちに少しずつ白くなった角。こいつを囲む札も、行くたびに変わっていた。
俺が帰った後も、兄貴は組み直していたんだ。
今の俺みたいに。
次のバトルに勝つために。
「そうかよ……」
退院したらの続きも、考えてたんだな。
傷を隠していた指を、どけた。
ランデスマン。いや、蘭さん。
この人だって、俺とまたやるために、こんなアホみてえな格好までして座っている。
くそ。恵まれてんじゃねえか、俺。
笑ったら、目の奥が熱くなった。
「カードって、おもしれえなあ……!」
仮面は笑うのをやめ、小さく頷いた。
俺は袖で目元を拭って、手の中の墓守を見た。
もっと一緒に、やりたかったぜ。にいちゃん。
「参りました」
俺は墓守を、ほかの札と重ねた。
「もう一回だ!」
「次の対戦があるでヤンス」
顔を上げると、めく郎が結果を書く紙を持っていた。
「バク君も、まだ予選は続くでヤンスよ」
見物していた連中が、自分の卓へ戻っていく。
俺に次の相手がいる。負けたのに、まだ終わらねえ。
「勝ち上がって、今度こそお前を倒す」
「ええ、待ってるわ」
「……おい。声」
「待っているぞ!」
下手くそかよ。
笑っちまってから、これじゃあ睨んでも遅いと諦めた。
次の対戦表の前に、勝男がいた。
「お前、あいつの正体——」
「すげえ奴だな、ランデスマン! 母ちゃんみてえなことするぜ!」
……勝男、お前。
「母ちゃんは緑だろ。でも、あいつは白と赤だ!」
お前の母ちゃん、野菜の精霊か何かか。
「で、バク。どっちが勝ったんだよ」
「見りゃ分かんだろ」
「いや、笑ってっからさ。お前が勝ったのかと思って」
言い返せなかった。
勝男まで笑い出す前に、デッキを切った。
青も、黒も、傷のある墓守も。全部まとめて。