TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
「Lカップ、決勝のお時間でヤンス!」
めく郎の声が、会場に響いた。
自分の予選落ちが決まった時にも、マイクだけは離さなかった。その声で、今は僕たちを呼んでいる。
予選を全勝したランデスマンは、決勝トーナメントの前に棄権した。
残った枠へ進んだのは、僕と勝男、バク、ミオの四人。準決勝では僕がミオを倒し、隣の卓では勝男がバクに勝った。
負けた二人は、もう客席にいる。ミオは閉じたノートを膝に置き、バクは身を乗り出して、勝男のデッキを見ていた。
対戦表に残った最後の線が、僕と勝男を繋いでいる。
「母ちゃんと戦うのは俺だ!」
「ここまで来て、まだお母さんの話か」
そう言った僕も、さっきまで客席を見ていた。
決勝の卓からは、最前列がよく見える。銀色の仮面をつけたランデスマンは、もうどこにもいない。
代わりに、大地蘭が涼しい顔で優勝者を待っている。
やりたい放題だ。
優勝賞品が予選に混ざってくる大会なんて、聞いたことがない。
「お前だって母ちゃんとやりてえんだろ!」
「だから、君に負けてあげる理由がない」
卓の上へ、五枚のライフを伏せる。
あの人に初めて負けた日から、組み直してきた。野菜を相手に負けるための天使なんて、一枚も入れていない。
勝男が毎日同じ家に帰れることと、この席に座る権利は別だ。
「息子だからと、順番は譲らないよ」
「いらねえよ! 勝って取る!」
向かいで勝男が山札を置いた。もう僕の手札を見ている。
客席へ向けかけた顔を、卓へ戻した。
「Lカップ決勝、始めるでヤンス!」
めく郎の声に、拍手が重なった。
◇ ◆ ◇
勝男は二ターン目で、手札を一枚にした。
先にいた《ひのこトカゲ》へ二体を足し、残る一枚を叩きつける。
「《爆走王ブラスト》! 手札がこいつだけなら、マナはいらねえ!」
小さな火の粉の後ろで、排気筒が炎を噴いた。
七マナのモンスター。まだ二枚しかマナを置いていないのに、赤い巨体が卓の端まで乗り出してくる。
登場と同時に一枚引き、勝男はそれを手札に残した。
「お前が壁を揃える前に、こっちは並べるんだよ!」
「トカゲ! 続けてブラスト!」
最初からいたトカゲが、一枚。
出たばかりの爆走王が、さらに二枚。
僕のライフは、もう二枚しかない。
「よし! これなら母ちゃんにも——」
「僕を倒してから言え」
割れたライフの一枚を、卓へ戻した。
「ライフ・トリガー。《天上の門》」
手札から、二枚。
白い門が開き、二体の《聖天使アークライト》が降りる。爆走王より大きな盾が、僕の前へ並んだ。
勝男は残るトカゲを見たが、どちらも今出したばかりだ。続く攻撃は来なかった。
次の僕のターン。
二枚のマナを休ませる。
「スペル。来い、番人」
四マナの番人を、二マナのスペルから出した。
番人の力で、山札の一番上を残るライフへ重ねる。表向きになったのは、黒い牙だった。
「白のデッキに、黒?」
「《凶牙パラノイド》。ライフにある間、君のモンスター全員の力を三千奪う」
三体のトカゲから、火が消えた。
勝男は唇を曲げ、三枚とも墓地へ置く。爆走王は残るが、踏み出してくればアークライトが倒す。
「牙がライフにいる限り、小さいモンスターは出た端から消えるでヤンス! 勝男君の得意な数で押す手が、封じられたでヤンス!」
めく郎の実況が、客席へ飛んだ。
「小型を増やしても、残らない」
「分かってる!」
「では、その手札をどうする?」
合宿なら、ここでうなっていた。
今度は、最初の爆走王が引かせた札をマナへ置いた。引いてきた二体目の爆走王だけを手札に残し、また無料で呼ぶ。
そちらが引かせた一枚も、次のマナになった。
だが、二体とも攻撃してこない。
いつもなら「一体ぐらい通るだろ!」と、突っ込ませるところだ。
「殴らないのか」
「今殴ったら、なくなるだろ」
勝男は四枚のマナを休ませた。
出したのは、赤い小鳥だった。小さな翼を広げた途端、黒い牙の下で消えていく。
「出た時の仕事は、するんだろ!」
小鳥のカードを墓地へ置き、それから山札を広げる。
選んだ一枚を、僕へ見せた。
《覇竜グレンヴァルド》。
あの店で引いた、最終覚醒。
「そいつで勝つつもりか」
「おう」
「出せれば、の話だ」
六マナ。ドラゴンの上へ重ねて覚醒し、一度休んでも起き上がる。
残り二枚のライフと僕まで、その二撃で届く。合宿で、何度も見た。
だから、その下に置く小竜を残させない。
勝男は山札を混ぜ直し、僕へ差し出した。
切って返すと、覇竜を手札の右端へ持っていく。
出したいものを隠すのは、相変わらず下手だ。
番人を三体まで増やす間に、勝男のマナも六枚になった。
こちらには大天使が二体。あちらの覚醒元は、まだいない。
引いた札を、そのまま卓へ置いた。
「スペル。《聖域解放》」
五枚のマナが休む。
番人が盾を下ろし、大天使の翼が開いた。普段は守るしかできない者まで、このターンは全員が攻められる。
勝男のライフは五枚。
受けられなければ、ここで終わる。
あの竜を出されるまで、待ってやる気はない。
「番人から行け」
壊される方を先に使う。
一体目がライフを割り、勝男は一枚を手札へ加えた。トリガーの宣言はない。
二体目を続かせる。
「ライフ・トリガー! 《グレンの迎撃竜》!」
割ったライフから、赤い竜が降りた。
着地と同時に、まだ攻撃していない三体目の番人へ向かう。
黒い牙は、まだ効いている。
それでも、竜の足は止まらなかった。
「墓地の赤、一枚につき千!」
三体のトカゲ。小鳥。
僕が消した四枚が、竜の力になった。
五千。
番人の盾が砕け、竜は残る。
小さな覚醒元は、残させなかった。
なのに、僕が殴ったライフから、代わりの竜が出てきた。
『それを考えてから殴りたまえ』
合宿で言った。確かに、僕が。
「そんな使い方は、教えていない」
「そこは俺が考えた!」
勝男の手札には、あの覇竜がある。
こんなところで負けていては、あの人に——。
「お前、ほんっとに殴らせてくれねえからさ!」
勝男が、僕に笑いかけた。
母親のデッキの話ではなかった。
僕の天使を抜くために、こいつは自分のデッキを変えたのだ。
さっき、僕は何と言った。
アークライトへ伸ばしかけた手を止める。
勝男のライフは三枚。大天使二体で割り切っても、とどめがない。そのうえ、返しに守る者までいなくなる。
全部割って、全員を休ませた卓を思い出した。
あの人へ渡した最後の一枚を。
「続けねえの?」
「続けない」
勝男の目が、一瞬だけ客席へ動いた。
「なら、もう一度考えろ」
二体のアークライトには、盾を構えさせたままにする。
「まだ僕は、ここにいる」
勝男が、僕を見た。
手札の端から、覇竜を抜き出す。
「分かった」
次の一枚を引き、七枚目のマナへ置いた。
六枚を休ませ、迎撃竜へカードを重ねる。
「覚醒! 《覇竜グレンヴァルド》!」
赤い翼が広がった。
黒い牙に力を削られても、天使より大きい。だが、こちらの盾は砕けない。
二体とも残した。二撃とも、止められる。
「それから、こいつ!」
残る手札は、一枚。
僕が最初に割ったライフから来た、三体目の爆走王。
無料で出し、引いた札を捨てる。吹き出した炎が、攻撃済みの番人を一体焼いた。
勝男の手札は、空になった。
覇竜と、爆走王が三体。どれも、まだ攻撃できる。
初めからいた二体を、こいつはここまで失わずに持ってきた。
「行け、グレンヴァルド!」
「アークライト!」
天使の盾を、その竜へ向ける。
残りのライフへ、いきなり通すわけにはいかない。
攻撃を始めた覇竜が、すぐに起き上がった。
その最初の一撃を、天使が受け止める。
盾と爪がぶつかり、白い火花が卓の上を走った。どちらも倒れない。
受けた天使は休む。起きている盾は、あと一つ。
勝男は、すぐには二撃目を命じなかった。
僕の天使と、自分の竜を、もう一度見比べる。
「こっちからだ。ブラスト!」
「止めろ!」
二体目の天使が、初めからいた爆走王の一体を倒した。
盾は無傷だ。だが、ブロックした天使は休む。もう一度は止められない。
もう一体の、温存していた爆走王が来る。
残ったライフを、二枚とも割らせた。
黒い牙は墓地へ落ちる。
その下の一枚が、手に触れた。
「《天上の門》!」
もう一方のライフから来た札を、そのまま出す。
三体目のアークライト。
白い翼が、僕の前へ戻った。
「まだ止まる!」
勝男は覇竜へ伸ばしかけた指を、横へ移した。
今出したばかりの、最後の爆走王に。
「頼む、もう一回こじ開けろ!」
新しい天使を、前へ出した。
赤い巨体が盾へぶつかる。爆走王が砕けた。
守った。
けれど、三体とも盾を下ろしている。
まだ起きている竜を、止める者がいない。
「行け! グレンヴァルド!」
二撃目。
竜の向こうで、勝男が叫んでいた。
僕を倒すために。
◇ ◆ ◇
「大地勝男選手、優勝でヤンス!」
会場の表示が切り替わった。
僕の名前は、二位の欄に入っていた。
『白鷺院に、二位はいらない』
卓の上には、天使が残っている。
あと一度、盾を上げられれば。
「よっしゃあ! カイトに勝った!」
勝男が立ち上がった。
客席より先に、僕へ手を突き出す。
「お前に、勝ちたかった!」
知っている。
最後の方は、嫌というほど。
「僕の負けだ」
差し出された手を握る。
勝男は、痛いぐらい握り返してきた。
「次は、僕が勝つ」
「おう。もう一回やろうぜ!」
今すぐやれるような顔で言う。
こっちは、まだ負けたところなんだぞ。
手を離すと、勝男は差し入れの置かれた台へ駆けていった。
僕は天使を集める。一枚ずつ、元のデッキへ戻す。
最初から組み直すつもりだったのに、どれを抜くか、すぐには決められなかった。
「食おうぜ」
塩むすびを二つ持って、勝男が戻ってきた。
「今は、君の顔を見たくない」
「じゃあ、隣な」
椅子を引いて、僕の横へ座る。
そういう話ではない。
包みを一つ僕の前へ置くと、自分の分を開き、大きく齧った。
歪な三角形が、一口で半分近くなくなる。
「君、次もあるんだろう」
「腹減った」
僕だって、減っていた。
包みを開く。海苔の端が、少しずれていた。
一口齧った。
塩が利いている。
負けたのは、変わらない。
「勝男君、賞品がお待ちでヤンスよ!」
「ちょっと待てって!」
頬を膨らませたまま返事をした。
僕が勝っていたら、こんなみっともない優勝者にはならなかった。
「食べてから行け」
「分かってるよ!」
急に齧る量が小さくなった。
僕は自分の包みへ目を戻し、もう一口食べた。
最後の一口を飲み込んで、勝男が立つ。
あの人が待っている卓へ、デッキを持っていく。
「勝男」
振り向いた。
さっきまで、僕が座るつもりだった席だ。
「勝ってこい」