TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
息子が泣いて家を飛び出していった。
母親のすることは決まっている。追いかけて説教——ではなくて、まず握り飯を三つ握ることだ。塩は濃いめ。
男の子には、一人で泣く時間が必要なのだ。
前世は私も男だったから、負けて泣いている顔を見られたくない気持ちは分かる。
置き去りにされたリュックにお昼を詰めて、私は駅前のカードショップへ向かった。
「お、奥様、歩くのが速いでヤンス!」
「ごめんなさいね。冷めないうちに追いつきたいの」
店の外まで対戦卓の歓声が漏れているのに、うちの息子は隅っこで膝を抱えていた。
「勝男。ほら、忘れ物。お昼も持ってきたから」
「……母ちゃん、なんでここに」
目が真っ赤。差し出したリュックを、むっつりと受け取る。
息子の隣に座ろうとしたら、声がかかった。
「騒がしいと思えば」
白いコートの少年が、対戦スペースの奥から歩いてくる。歳は勝男と同じくらいなのに、歩き方だけが大人のそれだった。
「は、
会いたかった、勝男の生涯のライバルだ。
原作では、ここで二人が火花を散らす。
いま目の前にいるのは、白いコートの御曹司と、母親の後ろで洟を啜る息子だ。
こんな出会い方、原作にはなかったわよ。
カイト君は泣き腫らした勝男を一瞥して、それから私を見た。
「その少年の母親か」
「あら、よく分かったわね」
「さっきから『母ちゃんに勝てない』と泣いている。……実の息子の心を折ったのは、貴女か」
「心を折った覚えはないわよ。勝負に勝っただけ」
「初心者を泣くまでいたぶって、勝っただけだと? カードバトラーの風上にも置けないな」
「誰が初心者だ! 俺は本気で勝負したんだぞ!」
勝男が私の後ろから出てきた。
「なら、泣いていないで次に勝つ方法を考えろ」
「考えてる! お前に言われなくても!」
かばわれた息子のほうが怒っている。
……あら。ようやく二人で火花を散らし始めたわね。
「それで? わざわざ出てきた以上、悪口だけじゃないんでしょう」
「礼儀を教えてやる。名を名乗れ」
「大地蘭です」
「大地、ランデス……。ふざけているのか」
「本名なのに」
カイト君は白い手袋を脱いで卓に置き、向かいの席を私に示した。
「それは失礼した。だが、僕が勝ったらその子に謝れ。心を折っておいて、勝っただけで済ませるな。その余裕、僕が消してやる」
「ずいぶん自信があるのね。じゃあ私が勝ったら——一緒にお昼ご飯、食べましょうね」
「……は?」
「はい、交渉成立。めく郎君、審判お願い」
「……ふん。僕が負けた時の話など、好きにすればいい」
(三つ目の握り飯、行き先が決まったわね)
「ま、待てよ!」
割って入ったのは、勝男だった。私の袖を引いて、声を潜める。
「やめとけって! こいつ、本物の天才なんだ。大会で見たけど、大人だってボロボロにされて……母ちゃんとは場数が違うんだよ」
自分を泣かせた母の心配をしてくれる。
なんていい子だ。親の顔が見てみたい。
「じゃあ、勝ったら自慢できるわね」
「僕が誰か知って、それでも挑むか。その勇気だけは買おう」
「母ちゃん!」
◇ ◆ ◇
「先攻はカイト君、バトル開始でヤンス!」
「僕のターン。マナチャージ。《ひかりの雛》を召喚。出た時に、一枚引く」
まばゆい小鳥が卓上に舞った。羽ばたきの風圧で、ストレージの山が震える。
「プレイヤーを殴れない代わりに、攻撃を受け止めるブロッカーの小鳥でヤンスね」
記憶通り。小型の壁で時間を稼いで、大型ブロッカーを出すことを目指すタイプね。
「私のターン。《ごつごつカボチャ》を召喚」
カボチャがごとりと卓に転がった。
「今朝のカボチャでヤンス! 奥様の切り札は——」
「大きな声出すなよ、めく郎。聞こえるだろ」
勝男がめく郎君の袖を引いた。
母のデッキ情報を守ろうとしている息子が天使すぎてかわいい。《ひかりの雛》よりかわいい。
カイト君は二人を見たが、何も尋ねず、次のターンには《白翼の騎士》を並べた。
こちらもブロッカー。けど、アニメでは見なかったカードね。
対戦相手が私になったから使う札も変わった? それとも、映らなかっただけ?
こちらは《種まき》でマナを増やし、余った一マナで《ころころジャガイモ》。向こうに二体目の騎士が加わる頃には、私の畑でも収穫が始まった。
「スペル《豊作》。二枚引いて、トマトちゃんも植えましょう」
「母ちゃん、また野菜かよ」
「育ち盛りがいるもの」
《つやつやトマト》が、ジャガイモの隣に並んだ。
こちらもゆっくりと数を揃えて押し切るか。……いえ、今回は大きいのが並ぶ前に叩いてみましょう。
「ジャガイモちゃんで、ライフを攻撃」
「騎士、受け止めろ」
盾が割り込み、ジャガイモを受け止めた。パワーで押し負けた騎士の腕が砕ける。だが、散った光がすぐに集まり、元の形へ編み直された。
「壊れねえ……?」
覚えている展開だけを当てにはできないわね。
一度だけ耐えるのか、何度でも戻るのか。確かめておきましょう。
「では、カボチャちゃん。お相手は、今ブロックして休んだ騎士さん」
カボチャが転がった。
騎士は盾ごと押し潰され、それでも、起き上がった。
「あれを食らって、まだ立つのかよ!?」
勝男が卓に手をついた。
こちらはジャガイモとカボチャが休み、向こうは騎士一体が膝をついただけ。力で押せても、壁の数は減らせない。
「無駄だ。僕は、バトルでもスペルでも破壊されないモンスターだけを揃えている。騎士も天使もだ」
「……へえ、いいカードじゃないの」
次のターン、カイト君はマナを置くだけで終えた。私のライフには一度も触れない。
私には手札を増やさせたくないのね。
私は二度目の収穫を済ませ、《おこりんぼピーマン》を植えた。
「もう一度。ジャガイモちゃんで、ライフを攻撃」
「通す」
今度は、同じ騎士が盾を上げなかった。割れたライフを手札に加え、カイト君は残りの四枚を揃え直す。
「なんで今度は止めないんだ?」
「割られたライフは手札になるでヤンス。カイト君、わざと攻撃を通して手札を増やしてるでヤンス!」
手札は増えるけれど、大型が並んでからではライフに届かない。トマトちゃんでも、今のうちに削っておきましょう。
「続けて、トマトちゃん」
「その攻撃も、ライフで受けよう」
割れたライフが、光った。
「ライフ・トリガー! マナを払わずに使えるでヤンス!」
「スペル《天上の門》。手札から、二体。——来い、《聖天使アークライト》」
店内が真っ白に染まった。
光の扉から大きな翼が抜けてくる。一体、もう一体。対戦卓が軋み、ショーケースに白い影が二重に落ちた。
「コストを無視して大型ブロッカーを! しかも二体!? まるで、そこに《天上の門》が埋まっているのが分かっていたみたいでヤンス……!」
「ライフは三枚残っている。止める機会なら、まだあった」
トリガーが引ければラッキー、なくても手札補充になってよしということね。
ピーマンは出したばかり。カボチャではライフを攻撃できない。私の攻撃は、ここまでだった。
「……母ちゃんでも、駄目なのか?」
勝男が私を見た。
今朝、グレンハウルすら潰したカボチャが、小さな騎士一体を倒せない。その向こうには、もっと大きな天使が二体。
「強いわねえ」
けれど。
この動き、このアーキタイプ。カードは多少違うけれど、分かる。
初期のカイト君だ。まだ完璧にこだわりすぎていた頃。
ならばやりようはある。
「母ちゃん……なんで、そんな楽しそうなんだよ!」
あらあら。顔に出ていたらしい。
この壁をどう崩そうか考えていたら、息子を慰めるつもりで来たことを忘れかけていた。
だが、勝男はやめろとは言わなかった。天使を見上げていた顔を下げ、私の手元を真剣に見ている。
そう。カードゲーマーの目。
あなたのその目が見たかったの。
「あえて言おう。僕の手札にはこのカードがある」
カイト君は手札の一枚を、二体の大天使の間に掲げた。
「次の僕のターンにはこの《聖域解放》が使える。そうなれば、小鳥も騎士も、すべて攻撃に加わる」
「殴れないはずの壁たちが、全部殴ってくるのかよ!?」
「だからカイト君のデッキは、殴れない壁ばかりだったでヤンス! 奥様に反撃の手札を渡さず、次のターンに一気に決めるつもりでヤンス!」
私のライフを全部割って、それでも直接攻撃要員が二体も残る。
しかも、破壊するタイプのトリガーは効かない。
さすがカイト君、
「これがパーフェクトバトルだ」
ちゃんと勝ちに来るの。いい子ねえ。
——でも。
「はたして、それはどうかしら?」