TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
白鷺院に、二位はいらない。
僕は三歳で父にそう教わった。ピアノは一音つっかえれば最初から。計算は一問間違えれば百問追加。六歳で与えられたカードも、負けないところまで練習した。
九歳の地区大会で、決勝の相手が卓に突っ伏して泣いたことがある。僕はハンカチを差し出し、助言した。
「泣く必要はない。欠陥が明らかになったのだから、直せばいい」
彼は何かを言いかけて、やめた。それ以来、大会で見ていない。
勝った僕の言葉が届かない理由を、当時は考えなかった。
◇ ◆ ◇
「スペル《聖域解放》」
五枚のマナを使い、手札の一枚を卓に置いた。
小鳥と騎士が盾を下ろす。その後ろで、二体のアークライトが翼を開いた。普段は殴れない大天使まで、攻撃できる。
相手の場はカボチャ、ジャガイモ、トマト、ピーマン。ブロッカーはいない。ライフは五枚。
大天使から通す。小型で先に受け札を踏むより、二枚抜きの打点を確保するほうがいい。
「アークライト。二枚抜きだ」
光の槍が、二枚のライフを貫いた。
女性の指が、その一枚を拾い上げる。
「よく来てくれたわね……ライフ・トリガー! 《大地なる母》!」
「今からマナを破壊しても、攻撃は止まらないでヤンスよ!」
「あら。私がいつ、自分のモンスターを対象にすると言ったの?」
彼女の指が、僕の場へ向いた。
「《大地なる母》は、相手にも使えるの。まだ攻撃していない、そちらの大天使さんをマナへ」
次の号令を待っていた翼が、ほどけた。
破壊ではない。光の粒が卓へ降り、僕のマナゾーンにアークライトが横たわる。
「破壊耐性をこんな形で……! だが、入れ替えるだけなら出し直せばいい!」
「ふふふ、それはどうかしら」
「なに!?」
「《大地なる母》で出せるのは、マナの枚数以下のコストのモンスターだけ。あなたが値段を踏み倒した大天使さんは、もう出てこられません」
マナは六枚。そこには、今送られた大天使と、このターンに置いた騎士がいる。
アークライトの値段は、十一。
「なんだって……」
《天上の門》でなら、十一という値段を払わずに出せる。
だが、あの門が開くのは手札からだ。マナに置かれた天使へは届かない。
「代わりを出すのは強制よ。そこの騎士さん、どうぞ」
「仕方あるまい。マナから来い、《白翼の騎士》!」
大天使の代わりに、小さな騎士が現れた。
解放はまだ効いている。この騎士も殴れる。とどめには届く。
「それから、もう一枚もトリガー。《自然の罠》で、そちらの騎士さんをマナへ」
今度は、最初からいた騎士が消えた。
残った攻め手は、小鳥と騎士二体。彼女のライフは三枚。大天使はもう攻撃を終えている。
これでは、とどめの一体が足りない。
ここで止めるか。攻撃を続けるべきか。
手札を与えてしまえば、反撃をされる可能性がある。それに厄介なトリガーを踏んでしまえば……
だが、相手のライフをゼロにしておけば、次の攻撃では一体でも通せば勝ちだ。その一撃では、もうトリガーを恐れなくていい。
完璧な形になる。
ならば。
「続けろ。小鳥、ライフへ」
小鳥の一撃で、またライフが光った。
「ライフ・トリガー、《追肥》。マナを二枚増やします」
「トリガーでマナ加速! 運はいいけれど、攻撃は止められないでヤンス!」
その通りだ。騎士を一体、続かせる。
彼女のライフは、あと一枚。
「最後の騎士。ライフへ」
これでいい。
最後の一枚が、彼女の手札へ渡った。
「あら残念。
天使たちは全員、翼を畳んでいた。
だが、僕のマナは六枚。次の解放を使うには、もう十分すぎる。
「ターンを返す」
「私のターン。マナを置いて、八枚。六マナで《伊達男エッグプラント》さんを召喚します」
手札から現れた着飾った茄子が、シルクハットを取って一礼した。
「場に出た時、山札の上から四枚をマナゾーンへ。それから《大地なる母》。伊達男さんをマナへ」
大地が、出てきたばかりの茄子を呑み込んだ。
代わりに、さっきチャージされた九コストの竜が起き上がる。
「来なさい。《大地母竜ガイア・ラン》!」
「……来た」
彼女の隣の少年が、呟いた。
「僕のマナを破壊するのか」
「ええ。二枚ね」
六枚のマナが、四枚になった。
僕の《聖域解放》は、五マナ。
次に一枚置けば、まだ解放は使える。
「それから、もう一枚。《大地なる母》!」
「待て! まさかその一枚は、さっきのライフから……」
「ええ。手札に残しておいたの」
最後のライフもトリガーだったのに、彼女は
彼女は出したばかりの竜を示した。
「ガイア・ランをマナへ。代わりに——ガイア・ラン」
「同じモンスターを、出し直すのか……!」
竜が大地へ沈み、再び首を伸ばした。
場に出た時の能力が、もう一度。
「マナをあと二枚、いただくわ」
四枚が、二枚になった。
「前からいる野菜ちゃんたちは、攻撃ね」
野菜が三体、転がってきた。
小鳥も騎士も無事だ。けれど、さっき全員で攻撃した。次の僕のターンまで、ブロックには戻れない。
一枚目のライフは《天上の門》。出せる天使が手札にいない。
続いて六コストのスペル。最後にアークライト。
僕は三枚を受け取り、顔を上げた。
「ドロー」
《聖域解放》だった。
来た。
今度こそ。
札を卓へ出しかけて、止まった。
払うマナが、ない。
僕はアークライトをマナに置いた。
一枚、二枚、三枚。
「……足りない」
「天使も、土から離れては生きられないのよ」
勝てるカードを、引いたのに。
あそこで攻撃を止めていれば。
最後のライフを渡さなければ、大地は一枚だけ。マナは四枚残っていた。今のチャージで五枚。
解放を使えた。勝っていたはずだった。
一枚も残したくなかった。次は一撃で決められる、完璧な形にしたかった。
そのために命じた最後の一撃が、彼女へ二枚目の大地を渡した。
大天使と小鳥、騎士二体。四つの壁は残っている。
相手がライフを攻撃できるのは、竜と三体の野菜。カボチャは殴ってこられない。
まだ、守れる。
「ターンを、返す」
天使たちの盾を、彼女へ向けた。
誰も攻撃していない。全員、守れる。
「私のターン。六マナで《自然の罠》。残った大天使さんをマナへ」
最後のアークライトが、盾を構えたまま沈んだ。
僕のマナは四枚に増えた。次に一枚置けば、解放が使える。
次が、来れば。
「みんなで、攻撃」
竜を騎士が止めた。
トマトを小鳥が、ピーマンを最後の騎士が止めた。
全員、指示どおりに動いた。どの壁も破られていない。
それでも、一体だけ余る。
「とどめ。《ころころジャガイモ》」
最初からいたジャガイモが、転がってきた。
小鳥の脇を、盾を下ろした騎士の脇を、何の変哲もない速さで。
使えなかった《聖域解放》を握る、僕のところまで。
白鷺院カイトは——僕は、ジャガイモに敗れた。
◇ ◆ ◇
膝が、床についていた。
「う、嘘だろ……あの白鷺院が……」
店中が沸いているらしかった。どの声も水の底で聞くように遠い。
最後の一体を止める方法を、まだ探していた。使ったカードも、残したマナも、もう動かせないのに。
負けた。
僕が。あの一枚を、割ったせいで。
嫌だ。もう一度。今なら間違えない。あそこから、やり直させてくれ。
叫びかけた口から、息だけが漏れた。目の前が滲んでいく。
顔を上げると、あの少年がいた。
母親に負けて、目を真っ赤にしていた少年が。
——なら、泣いていないで次に勝つ方法を考えろ。
言ったのは、僕だ。
考えている。次にどうすればいいかも、もう分かっている。
それでも、泣きたくてたまらない。奥歯を噛み締めた。
彼も、本気で勝ちたかったのだ。
その悔しさを、僕は初心者だからと片付けた。かばってやっているつもりで、馬鹿にした。
見ないでくれ。
僕は顔を伏せた。謝る言葉も、まだ出てこなかった。
「約束。一緒にお昼ご飯」
目の前に、白い包みが差し出された。
僕に、だろうか。
負けたのに。こんな顔をしているのに。
歪な三角形。海苔の位置もずれている。うちの厨房なら、作り直しだ。
「……僕は」
「食べてからでいいわよ」
開いた包みを、手に持たされた。
一口齧って、俯いたまま噛んだ。
「泣いたっていいの」
首を振ろうとしたら、握り飯に一滴落ちた。
僕は、もう一口齧った。
しょっぱかった。
僕が噛み終わるまで、彼女は何も言わなかった。
「……参りました」
敗者の礼は六歳で習った。姿勢を正し、負けを認め、頭を下げる。教わってから一度も、使う日の来なかった言葉だった。
その女性は——大地蘭は、にっこり笑った。
「はい、よく言えました」
頭を、撫でられた。
僕を、子供扱いしている。屈辱の、はずなのに。
振り払えなかった。
視界の端で、泣き腫らしたはずの少年が、こっちを見ていた。
彼は何かを言いかけて、やめた。僕は包みの中へ目を落とし、三口目を齧った。
◇ ◆ ◇
その夜、僕は眠れなかった。
枕は完璧な高さで、シーツには皺ひとつなく、部屋は完璧に静かだった。いつも通りの、雑音のない夜。
その静けさの中で、ころころ、と小さな音が鳴りやまなかった。
頭の中を、ジャガイモが転がっていく。その後ろを、歪な三角のおむすびが、ころころと追いかけていく。
完璧に真っ白だった僕の頭に、変なものが住み着いてしまった。
次は勝つ。敗因は見えた。
今度は踏み込みすぎない。あの人が手札に残したものまで、見て戦う。
ああ、早くまた会いたい。
零時を過ぎて、僕は生まれて初めて厨房に立った。
米の炊き方を調べ、炊き、手に塩を振って、握った。
完璧な三角形ができた。米粒の配置も、海苔の対称性も、塩の均一さも、完璧だった。
一口食べて、僕はそれを皿に置いた。
……違う。
完璧に、できてしまった。なのに、あの味がしない。
——検証が必要だ。
僕は、白鷺院家の料理長を朝五時に叩き起こすことに決めた。