TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する   作:匿名

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第四話で開けるパックは主人公だけ確率がおかしい

 

「おかか……しゃけ……高菜……」

 

 ジャガイモに負けた白鷺院カイトはそう呟きながら、ふらつく足取りで店を出ていった。

 空になった握り飯の包みをきちんと畳んで握りしめたまま。

 

 塩だけでは足りなかったのかしら。

 

「歴史的一戦だったでヤンス……!」

「……なあ」

 

 勝男がもそりと口を開いた。さっき何かを言いかけて、やめた顔のまま。

 負けたライバルの心配かしら。

 

「俺の握り飯だろ? あいつにやったのかよ」

 

 そっちなの?

 

「三つのうちの一つよ。約束したもの」

「俺の昼メシだろ」

「あなた、こんな時に飯なんか食えるかって顔してたじゃない」

「く、食えるようになったんだよ! 今!」

 

 めく郎君がにやにやしながら口を挟む。

 

「勝男君、それは嫉妬というやつでヤンス」

「ちげーよ!!」

 

 声が店中に響いた。うちの子は今日も音が大きい。結構なことだわ。

 

「はいはい。帰ったらまた作ってあげるから」

「…………塩、濃いやつな」

「ええ、濃いやつ」

 

 勝男がリュックを背負い直して出口へ向かいかけた。

 私の足は逆を向いた。

 

「それはそれとして——せっかくカードショップに来たのだから、買っていきましょうか!」

「母ちゃん!?」

 

 勝男がずっこけた。

 

「いらっしゃいませ!!」

 

 店長さんの背筋が伸びた。商売の音を聞きつける耳だけは、この店の誰よりも早い。

 

「商品も買わずにフリースペースをお借りして、すみませんでした」

「え? いえ、バトルする場所ですから。どうぞ、いつでもお使いください!」

 

 あ。この世界では、そんな気を遣う必要なかったのね。

 前世の癖で、席代代わりに一パック買うところだった。

 

 レジの奥のショーケースで深緑の巨竜が、一枚三万円の値札をつけて鎮座していた。

 絵違いだ。

 

 うちの《大地母竜ガイア・ラン》と書いてあることは一文字も違わない。

 強くならない。一円ぶんも強くならない。

 

 けれど、欲しい。

 

「お目が高い! お出ししましょうか!?」

 

 店長さんの目が私とショーケースを行ったり来たりしている。

 

「……いいえ。見るだけ」

 

 言えた。私は今、たいへん偉い。

 

 前世なら、迷いもしなかった。独り身の給料は、最後の一円まで私のカード代だったのだ。三万円なら、その月の外食を諦めれば済む。

 けれど今の三万円は、私の三万円ではない。育ち盛りの一週間分である。

 

 しかも、この家の財布は当分増えない。

 夫が、行方不明なので。

 

 私はショーケースへ背を向けてシングルカードのバインダーを開いた。

 タブレットで検索はできないのね。けれどバインダーをめくって掘り出しものを探すのも久しぶりだ。

 

 それに、臭くない! オリパもない! 素敵なカードショップ!

 前世で通っていた店にも、見習ってほしいわ。

 

「この《引っこ抜きカブ》、四枚まとめて買ったら二割引きにならないかしら」

「母ちゃん、値切るなよ……はずかしい……」

「スリーブもいただくし。端数だけでも、どう?」

 

 店長さんが値札と私の顔を三往復した。

 

「……では、カブの四枚だけ、二割お引きします」

 

 言ってみるものね。浮いた分で、夕飯に一品足せるわ。

 ……ああ、二重スリーブも欲しい。プレイマットも。

 

 けれど、我慢!

 今は私が一家の大黒柱なのだから。

 

 最後に、「五十円均一」のストレージに指を入れる。前世の私がいちばん長く立っていた場所だ。

 カード名が見えるだけずらして、次、次。お野菜だけを脇によけていく。

 

「母ちゃん、なんかやけに手慣れてないか……?」

「セール品探しは、主婦の得意技なのよ」

 

 自分でも苦しい言い訳だと思う。少しゆっくりめくることにした。

 三十枚ほどめくったところで、指が止まった。

 

「あら。《畑の埋め戻し》」

「使い道がないので有名なカードでヤンス。みんな素通りでヤンスよ」

「そうかしら。いい子だと思うけど。一枚ください」

 

 この子の価値が分からないなんて、まだまだねえ。

 ……いけない。頬が緩む。お会計が済むまでは、おとなしくしていましょう。

 

 ガラスの中の三万円より、箱の底の五十円。

 そうよ。これは決して強がりではないの!

 

 レジで小銭を数えている間、勝男は、隣のパックの棚から目を離さなかった。

 そわそわと、財布もないのに、ポケットを探っている。

 

「……なあ、母ちゃん。俺も強くなりてえから、その……パック」

「一パックよ」

「三パック!」

「二パック。今週のおやつと相殺ね」

「よっしゃ!」

 

 交渉が下手。かわいいから許すけど。

 前世の私も、こうやって母親にパックをねだっては、おやつと相殺されていた。

 まさか、母親側に回る日が来るとは……

 

 フリースペースに戻ると、めく郎君が姿勢を正した。

 

「開封の儀でヤンス!」

 

 さっきの一戦を見ていた常連さんたちも、なんとなく卓の周りに戻ってくる。

 勝男が一パック目の封を切った。一枚めくるたびに、声を張り上げる。

 

「ドロー!! ノーマルカード!!!」

「ドロー!! ノーマルカード!!!」

「ドロー!! ……ノーマルカード」

「ドロー……ノーマル……」

 

 五枚目は、もう読み上げなかった。

 

「……よくあることでヤンス」

「うるせえ。本番はここからだし」

 

 しゅんとした背中が、二パック目を持って、ひとつ深呼吸をした。

 一枚、二枚——三枚目で、店の空気が変わった。

 

「レアカードでヤンス!」

「うおっ、マジ!? 続けて引くぜ!」

 

 最後の一枚に指をかけた時、勝男の右手がうっすらと光った。

 バトル中でもないのに、手が光るわけがない。

 いや、心なしか、するはずのないBGMまで聞こえてきた。原作の勝利確定場面の、あの。

 

「ドロー!!」

 

 めくれた銀色の一枚に、常連さんたちが椅子を蹴って押し寄せた。

 

「シ、シークレットレアだ……! うちの店から出たの、初めてだぞ!?」

「《覇竜グレンヴァルド》……幼竜グレンの、最終覚醒でヤンス……!」

 

 勝男は、声も出さずにその一枚を見つめていた。

 自分の相棒の、いつかの姿を。

 

 店長さんが、カウンターから身を乗り出した。さっき私に向けたのと同じ目で、今度は勝男の手元を見ている。

 

「ぼ、坊や! そのカード、ぜひ買い取りを——ショーケースの一番いいところに飾らせて——」

「売らねえ!!」

 

 勝男が、カードを胸に抱え込んだ。

 

「これは売り物じゃねえ。俺の相棒の、未来なんだ!」

 

 店長さんが、しおしおとカウンターに引っ込んだ。

 

 二パックでこの一枚を引き当てる数字を、私は考えないことにした。

 盤面の読みでも、構築の腕でもない。物語のほうから寄ってくる、この引き。

 

 ……ふふ。やっぱりあなた、主人公なのね。

 

「母ちゃん、見た!? 見たか!?」

 

 飛び跳ねちゃって。ああかわいい。

 ローダーに入れて飾っておきたいぐらい。

 

「ええ。良かったわね」

「俺、これでぜってー強くなる! んで、ぜってー母ちゃんに勝つ!」

「あらあら、楽しみね」

 

 勝男は、手の中の銀色をもう一度見下ろした。

 

「……父ちゃんにも、見せてえな」

 

 ぽつりと、付け足すような声だった。

 父親の話になると、この子はいつも少しだけ声が小さくなる。

 

 なんと答えればいいか、わからなかった。

 だから私は返事の代わりに、その頭を撫でた。

 

 人垣の向こう、カウンターの隅で、青いパーカーにヘッドホンの女の子が、膝の上のノートに何かを書きつけていた。

 その視線は勝男の手元と、開封されたパックを行き来している。

 

「……確率、おかしい」

 

 ぼそりと呟く声が、ざわめきの隙間から届いた。

 あら、あの子、原作の——

 

 瞬きをした時には、カウンターの席はもう空だった。

 ……変わった子ね。

 

 勝男はまだ、グレンヴァルドを蛍光灯に透かしている。さて今度こそ帰りましょう——と、買い物袋を持ち上げたところで。

 

 ばんっ! と扉が開いた。

 

「おいおいおいおい!!」

 

 黒尽くめの少年が、肩で風を切って入ってくる。じゃらじゃらと鳴る銀のアクセサリー。店内の音が、すっと止んだ。

 

「こ、黒縄(こくじょう)バクでヤンス! 目を合わせた相手は三日寝込むって噂の……!」

 

 めく郎君が私の後ろに隠れた。

 

 勝男が、シークレットレアを握ったまま一歩前に出た。新しい相棒を手に入れたばかりの、主人公の顔で。

 だが、黒縄君はその横を素通りした。

 

「白鷺院カイトを倒したってのは——そこの女か!!」

 

 勝男が、固まった。

 

「……俺じゃねえのかよ」

 

 その声は、小さかった。

 

 ごめんね、勝男。

 あなたの分まで、お母さんが叩きのめしておいてあげるから。

 

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