TS転生カードアニメ主人公母は、性癖とマナを破壊する 作:匿名
怖がらせれば、相手の判断は鈍る。
震える指で札を取り違える。こっちの顔色をうかがって、攻めるべき時に引く。
だから黒いコートを着た。銀の鎖を鳴らし、死神を名乗った。
そこまでは、うまくいった。
最近は、勝負が始まらねえ。
俺が卓に着くと相手が帰る。大会でも、対戦表を見ただけで棄権する奴がいる。
違うだろ。俺は勝ちに来たんだ。お前が逃げたら、倒せねえじゃねえか。
「俺は黒い死神、黒縄バク! お前の勝利も、誇りも、すべて奪ってやる!」
「あらあら、怖いわねえ」
エプロンの女が、買い物袋を椅子の下へ置いた。
向かいの席を、俺に空ける。
「……逃げねえんだな」
「せっかく誘ってくれたもの」
白鷺院カイトを倒すのは、俺のはずだった。
あの白い壁を崩すために組んだデッキが、コートの内側にある。隣街から来てみれば、先を越したのはこの女だという。
しかもジャガイモで。
上等だ。
マナを壊して勝つとも聞いた。だったら、なおさら都合がいい。
「あ、一枚だけ替えてもいいかしら。今買った子、使ってみたいの」
五十円の値札がついた袋から、カードが一枚出てきた。デッキの一枚と入れ替え、スリーブに収めて切り直す。
「よろしくね、バクちゃん」
「ちゃんをつけるな!」
女の隣の赤いガキが、深く頷いた。
お前に何が分かる。
俺はコートの鎖を椅子に引っかけないよう、内側へ押し込んだ。
今さら、普通の服で来られるか。街じゃこの格好で通っている。兄貴だって、似合ってるじゃねえかと笑った。
「先攻はバク君でヤンス!」
眼鏡のチビの声で、デッキへ手を置いた。
久しぶりに、最後までやれそうだ。
◇ ◆ ◇
「《死神の葬儀屋》。二枚引いて、二枚捨てる」
棺桶を引きずる死神が、卓へ現れた。
手札からゾンビと《死者の国》を墓地へ落とすと、棺桶の隙間から腐った指が覗いた。
十四マナのスペル。今の手札には重すぎるが、墓地の不死者一体につき一マナずつ軽くなる。使う時に拾えばいい。
「私のターン。《男前エッグプラント》さん」
女の場には、先に転がっていたカボチャと、気取った顔のナス。
ナスの指が、山札の中から一枚を抜いた。
小さなスコップと、土の山が描かれたスペルだった。
「この子はマナへ。代わりに、こちらを墓地に置くわ」
そんな札を探している間に、こっちは軍勢を揃えてやる。
「葬儀屋を、もう一体!」
次に落とすのは、狼男と吸血鬼。
満月を背にした牙と、血を滴らせる杯が、墓地の上で青白く揺れた。
「ゾンビに狼男、吸血鬼まで……怪物だらけでヤンス!」
女のライフへ、先に出しておいた葬儀屋を走らせる。
カボチャはプレイヤーの盾にはなれねえ。一枚が割れた。
女はその札を手元へ加え、返しのターンにマナを増やした。ジャガイモとトマトを植え、それからカボチャで葬儀屋を轢き潰す。
「ヒャハッ! いいぜ、好きなだけ倒しな!」
墓地に四体。
死神は墓場に集まって、さらに強くなる。
ナスが俺のライフへ突っ込んできたが、止める札はまだない。割れた一枚を拾い、口の端を上げた。
「マナを壊すんだろ。遠慮するなよ」
「してほしいの?」
「俺のマナを見ろ」
鎌を持つ死神が三枚、卓に並んでいた。
「壊せば、こいつらも墓地へ行く。俺の軍勢を増やしてくれるってわけだ!」
「あら。よく考えてあるのね」
余裕ぶっていられるのも、今のうちだ。
「《死神の墓守》!」
墓石を盾にした骸骨が、俺の前に膝をついた。
山札から三枚を墓地へ。一枚だけ、次に使う吸血鬼を手札へ戻す。
墓地に残った不死者は、六体。
「不死者が六体眠れば、こいつはマナを喰わねえ。出やがれ——《百万葬の死神クロスレイヴ》!!」
黒い炎が手札を包んだ。
身の丈を超える鎌。骨を幾重にも継いだ翼。死神が天井すれすれまで起き上がる。
「七コストを、タダで……!」
女の隣で赤いガキが椅子を引いた。
「こいつで終わりだと思うなよ」
俺は、墓地に積んだ札を広げた。
「さっき墓地から手札に戻った吸血鬼を出せば、墓地にある《死者の国》が回収できる。この意味が分かるな?」
「ええ、全体蘇生。強力なカードね」
「ぜ、全員でヤンスか!?」
「ああ! 狼男も死神も、戻ったそのターンから襲いかかるぜ!!」
カイトの壁も、この数で越えられる。
マナを壊す女なら、壊した札まで戻してやる。
「行け、クロスレイヴ! 二枚抜きだ!」
鎌が、女のライフを刈った。
残りは二枚。続けて葬儀屋が通れば、一枚まで削れる。
「トリガー。《自然の罠》で、そちらの葬儀屋さんをマナへ」
葬儀屋の足元が沈んだ。
「……へえ」
「それから《追肥》。二枚増やします」
女のマナにも、札が二枚加わった。
こっちの死神は放置か。鎌を振っている間なら百万の力があっても、攻撃を終えれば七千へ戻る。あのカボチャで倒せると踏んでやがる。
女は次のターン、《豊作》で手札を増やし、ピーマンを二体並べた。
それから予想どおり、カボチャが転がってきた。クロスレイヴが砕け、墓地へ落ちる。
ジャガイモは墓守で止めた。続くトマトの攻撃で、俺のライフが光った。
「トリガー、《冥府の門》!」
たった今殺されたクロスレイヴを、つまみ上げる。
「死神は、再び墓地から舞い戻る!」
黒い炎が、もう一度翼を作った。
女はまだ攻撃できるナスを見て、手を引いた。
「あらまあ。このターンはここまでにしておきましょうか」
いい判断だ。もう一枚門が開けば、もっと増える。
俺のライフは三枚。壁も死神も、まだいる。
マナを置き、《弔いの吸血鬼》を出す。
黒い礼服の男が杯を傾け、山札から三枚を墓地へ落とした。俺は、序盤に捨てておいたスペルへ手を伸ばす。
「《死者の国》を、手札へ!」
墓地から抜いた一枚を、女に突きつける。
死者の国が、出来上がっていく。
葬儀屋も、狼男も、吸血鬼も。
こいつらが戻るまで、兄貴の墓守が俺を守る。
「その墓守、大切にしているのね」
指が止まった。
「……何?」
女が見ていたのは、俺の前に出ている一枚だった。絵の右下に、小さな白い傷。
「なんで知ってやがる」
女は、口を開きかけて閉じた。
何だ、その顔は。
「兄貴を知っているのか!」
「い、いえ。ごめんなさい……」
とぼけているのか。
兄貴の知り合いか。病院へ来ていた誰かか。
顔を見ても、思い出せねえ。
「何度も使ってきたカードなのね」
そうだ。兄貴の最後のライフから出てきた墓守だった。
俺の攻撃を止めて、兄貴は笑った。
続きは退院してからな、と。
「兄貴は、一度も俺に負けてねえ」
傷のある角へ、指を置いた。
「こいつで止めて、何度でも戻してきた。だから、俺も——」
「強いカードね」
喉まで出た言葉を、飲み込んだ。
「……ああ。強えよ」
だから、勝つ。
兄貴がやったよりも、ずっと大きな軍勢にして。
《死者の国》は五マナで撃てる。今は吸血鬼に四枚使ったばかりで足りねえが、次の俺のターンなら払える。
先に、残るライフを奪う。
「クロスレイヴ! 全部持っていけ!」
二枚が割れ、女のライフが尽きた。
だが、両方トリガーだ。《大地なる母》がカボチャをマナへ沈め、着飾ったナスを呼び出す。そいつが女のマナを四枚増やし、《自然の罠》は俺の吸血鬼をマナへ送った。
壁は墓守一体になったが、次のターンまでしのげばいい。
「こいつで終わりだ。ターンを返すぜ!」
女は一枚引いた。
「私のターン。来て、《引っこ抜きカブ》ちゃん。畑から収穫をお願いね」
白いカブが、葉っぱを揺らして飛び出した。
「自分のマナから一枚、手札へ戻すわ」
「ハッ! ランデス使いと聞いたが、自分のマナまで減らすとはなあ!」
「あらあら。ちゃんと調べて、偉いわね」
「黙れ!」
何なんだ。こいつは。
兄貴のことまで、どこで調べた。俺の戦い方も知っていたのか。
「墓地回収があるなら、マナ回収もあるの。回収するのは、《畑の埋め戻し》」
カブが、土の中から一枚を抜いた。
女はそれを手札へ加え、別の二枚のマナを休ませる。
「使います。《畑の埋め戻し》! 剣は鍬に、墓地はコンポストに。みんな土に還しましょうね」
「そいつは——」
「ええ。相手の墓地のカードをすべて、持ち主のマナゾーンに置くカード」
反射的に、墓地を押さえた。
「全部、だと」
「ええ。全部」
狼男の牙が、土の下へ沈んだ。
吸血鬼の杯に土が満ちた。棺桶が埋まり、這い出しかけていたゾンビの指が消える。
墓地の札を、最後の一枚までマナへ移す。
場の墓守は動かなかった。傷のあるカードが、まだ俺の前にいる。
墓地、ゼロ。
マナは、十七枚。
《死者の国》は払える。お釣りまで来る。
だが、墓場にはもう誰もいなかった。
「なんでそんなもんが入ってやがる! 相手のマナを増やすだけの、利敵カードだろ! 五十円箱の!」
「ええ、その通りよ」
「待てよ。五十円……まさか!」
「その通り。さっき入れ替えた一枚がこれよ」
「一枚だけ! なんで都合よく引き込める!!」
「あら、見ていたでしょう。ナスさんで探して、カブちゃんで回収したの」
見ていた。
序盤に、スコップの絵がマナへ置かれた。その時は、あんな札を使うわけがねえと思った。
カブが拾った時も、自分のマナを減らしやがったと笑った。
途中から、兄貴のことばかり考えていた。
まさか。
あの話まで、俺の注意を逸らすために——?
次の一手が見えていなかったのは、俺だった。
女は俺を怖がりもしなかった。自分の勝つ準備を、一つずつ進めていただけだ。
この女の盤外戦術は、俺以上だ。
「少しお粗末だけど、
俺の不死者たちは銀の弾丸で貫かれ、大地に還った。
「野菜さんたち、ライフをお願い」
まだだ。兄貴の墓守は残っている。
大きいやつの攻撃を防ごう。そうすれば、墓地へ戻る。
そこから引いたトリガーでもう一度蘇生すれば、耐えられる。
だが、先に殴ってきたのは小さい野菜、墓守を倒せないやつらだった。
「……通す」
めくれたのは、《冥府の門》。
欲しかったはずの札だった。
蘇らせようにも冥府には誰もいない。
「トマトちゃんも」
二枚目の門。これも手札へ加える。
二枚ともあった。俺のデッキは、間に合わせていた。
「ピーマンちゃん」
最後のライフは、二枚目の《死者の国》だった。
手札の一枚と重ねる。死者のいない国が、二つ。
「伊達男さんも、お願いね」
ようやく、大きいナスが来た。
通せば負ける。
「墓守で、ブロック!」
墓石が砕け、骸骨が崩れた。
やっと、墓地へ一体戻ってきた。
だがもう、ライフはなかった。
兄貴は最後まで守ってくれたのに、俺は戻してやれなかった。
残ったピーマンが、女の指に押されて前へ出る。
「これで、おしまい」
小さな緑の頭が、俺の胸を打った。
◇ ◆ ◇
卓から、死神が消えた。
黒い炎も、骨の翼も。
俺は兄貴の墓守を拾った。傷のある角をなぞる。
カードは、どこも変わっていなかった。
「ありがとう、バクちゃん。何度倒しても帰ってくるから、どきどきしちゃった」
女は俺を倒したピーマンを揃え、ほかの札と重ねていた。
終わりか。
俺の兄貴のことを言い当てて、軍勢を丸ごと埋めて、それでもう帰るのか。
「待て」
どこで兄貴を知った。
もう一度訊くつもりだった。
「もう一戦だ」
先に出たのは、そっちだった。
女がデッキケースへ伸ばしていた手を止める。
「ごめんなさい。そろそろ帰らないと」
逃げるな。
その言葉が口まで出て、止まった。
こいつは逃げたんじゃねえ。俺と戦って、勝ったんだ。
「次は勝つ。今の札も、マナを壊す竜も、全部越える。だから——」
だから、何だ。
俺が勝つまで、ここにいろっていうのか。
兄貴のためだった。
なのに今は俺が、俺自身がこの女に勝ちたくて仕方がなかった。
「……名前」
「ん?」
「お前の名前を、まだ聞いてねえ」
女はケースの蓋を閉めた。
「大地蘭よ。また遊びましょうね、バクちゃん」
ちゃんをつけるなと言えなかった。
また、が先に耳へ入ってきた。
「母ちゃん、お腹すいた! 握り飯忘れてねえよな!」
「覚えてるわよ。勝男は、帰ったら手を洗ってね」
女は赤いガキと眼鏡のガキを連れて、店を出ていく。
なんであんな奴が、あの女の隣にいる。
そこにいるべきなのは……
「店長。ストレージを出してくれ。全部だ」
大地蘭。
腹が立つ。次に会うのが楽しみになっている自分に、腹が立つ。
俺はショーケースに映る黒いコートを見た。
次も、この格好で来てやる。
それでもあいつは、椅子を引くだろう。
(2026/09/17)
おかげさまで、UA1万を突破しました!
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