海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが 作:きんきん
結論から言えば、俺は情報屋という仕事を少し甘く見ていた。
もっとこう、薄暗いバーの隅で意味ありげにグラスでも傾けながら、「例の件だが」と囁けば、向こうから勝手に情報が転がり込んでくるものだと思っていたのだが、現実はそんなに都合よくいかないらしい。
誰も教えてくれない。悲しい。
というより、そもそも俺自身、誰に何を聞けばいいのか分かっていなかった。
ま、まあ、とりあえず心当たりに向かおう。
「……確か、この店だったんだよな」
借金取りに蹴り壊された玄関を大家に怒鳴られながら応急処置してもらい、その日の昼過ぎ。
俺はオールドタウンからバスを何本か乗り継ぎ、サウスドック寄りの地区にある煉瓦造りの古い酒場、その前までやって来ていた。
店の名は《ブルー・コメット》。
青い彗星が描かれた看板は半分ほどネオンが死んでおり、昼間だというのに窓の向こうは真っ暗。ガラスには安いビールの広告が何枚も貼られ、入口脇では男が二人、無言で煙草をふかしていた。
どちらも、積極的に友達になりたい顔ではない。
ただ、店そのものには見覚えがあった。
『BLACK HARBOR』の序盤で、ミックが何度か出入りしていた場所だ。
問題は、ここで誰から情報を買っていたのかまでは覚えていないことである。
原作では確か、カウンターで誰かと話していた。
帽子を被った男だったような気もする。
いや、禿げていたかもしれない。
そもそも女だった可能性まである。
ほんと使えねえな、俺の記憶。
だが待ってほしい。そもそも、全六シーズン七十二話を一回見ただけなのだ。
モブの情報源の顔まで覚えていろと言われても、さすがに無理がある。だろう?
とはいえ、ここまで来て何もせず帰るわけにもいかなかった。
俺は覚悟を決めて扉を押す。
昼間の酒場は、夜よりもどんよりとしている気がした。
カウンターでは昨夜から飲み続けていたらしい男が突っ伏し、奥のビリヤード台では二人組が暇そうに玉を突いている。壁際にはスーツ姿の男が一人、その向かいには腕へ刺青を入れた女。
全部合わせても、客は十人に満たない。
店主らしい白髭の男が、グラスを拭きながらこちらを見た。
「珍しいな。昼から来るとは」
おお、声を掛けられた。やっぱり馴染みの店なんだな。
「ツケをやっとこさ払うつもりにでもなったか」
どうやら元のミックは、俺が想像していた以上にろくでもなかったらしい。
へへ、すみませんね、持ち合わせがなくって、とへこへこと頭を下げながら愛想笑いを作りながらカウンター席へ腰を下ろし、とりあえずコーヒーを頼む。
え? 金がないんじゃないかって?
コーヒー代くらいだったらジャケットの中の小銭でどうにかなるだろ。多分。
「酒じゃないのか?」
「今日は頭を使う予定なんだよ」
「なら酒にしとけよ。素面よりいくらか脳みそが働くぜ」
ひどい。
とはいえ、元のミックを知らない俺には反論できないのが悲しいところだった。
出された泥水みたいなコーヒーを一口すすりながら、改めて店内へ目を向ける。
さて。誰だ。
この中の誰かがサウスドックの取引について知っているはずだが、いくら顔を眺めても、記憶には何も引っかからない。
原作のミックはここで誰かから情報を買い、それをマーサーへ売り、さらに別の組織にも流した。
そして最後には、自分自身が売られる。
どいつもこいつもそれらしく見えるが……。
うん、わからん。
考えることを諦め、俺はカウンターへ肘をついた。
「なあ。港で何か動きがあるって聞いてないか?」
白髭の手が、一瞬だけ止まった。
本当に、ほんの一瞬だ。
それでも分かった。
昨日までの俺なら見逃していたかもしれないが、今の俺は些細な体の動きも見逃さないらしい。
それが使えるかどうかは分からんがね。まあ、今回は当たりだ。
「知らんな」
「そうか」
嘘だ! と大声を上げたい衝動に駆られるが、努めて無視する。
まあただ、嘘だと分かったところで、そこからどう聞き出せばいいのかはまた別の問題だ。
次行くぞ次。
俺はコーヒー代を置き、今度はビリヤード台の二人へ向かう。
「港で何かあるか知ってる?」
「知らねえよ」
「レッド・ハンズの連中が動いてるとか」
「消えろ」
取り付く島もないとはこのことだ。悲しい。
次。
壁際のスーツ男。
「サウスドックで――」
「失せろ」
「はい」
なんだよう、もう少しお話しようぜー。
最後。刺青の女。
「港――」
「死にたいの?」
塩対応過ぎない? え、なに、俺なんか悪いことした?
思いきり睨まれた。
はいはい、退散しますよー。
なにこれ。情報収集、難しすぎないか。
開始から十分ほどで、俺は店内にいるほぼ全員から嫌われることに成功したぞ。
ただ、俺がむやみに嫌われただけではない。
《レッド・ハンズ》という名前を出した時、奥のテーブルにいた若い男が露骨にこちらを見たのだ。
黒いパーカー。
首筋には、赤い手形の刺青。
そのまんま。レッドハンズ! って感じ。
どうして最初に気づかなかったんだ、俺。
目が合うと、男はあからさまに視線を逸らした。
怪しい。
俺は席を立ち、その男のテーブルへ向かった。
「ちょっといいか?」
「……何だよ」
「港で何かあるだろ?」
男の表情が固くなる。
「知らねえ」
「でも、お前さん、レッド・ハンズだろ」
「違う」
いや、首に思いきり赤い手形があるんだが。
俺がそこへ視線を向けると、男は反射的に襟を引き上げた。
うん。こいつ、たぶん頭の出来は俺といい勝負だ。
「いいから、ちょっとだけ話を聞きたいだけなんだって」
「……誰だよ、テメェは」
「情報屋」
男の顔が、今度は別の意味で歪んだ。
「ミック・バーロウか」
「え? 知ってるの?」
「この辺でお前を知らない奴はいねえよ」
少しだけ嬉しくなった。俺ってば有名人なのか。
その次の言葉で、全部台無しになったが。
「金さえ払えば何でも喋るクズだろ」
「……評判悪いなぁ、俺」
「今さらかよ」
どうやら名前だけは売れているらしい。
悪い意味で。
男は椅子を引いて立ち上がると、顎で店の奥を示した。
「来い。話してやる」
「ここじゃ駄目なのか?」
「聞かれたくねえ話なんだよ」
怪しい。
ものすごく怪しい。
ただ、情報屋というのはこういう誘いにも乗る仕事なのかもしれない。
それに朝の一件もある。
今の俺なら、多少のことは何とかなる――はず。
男について店の奥へ進み、厨房脇の扉を抜ける。細い通路の先には従業員用らしい裏口があり、そこから外へ出ると、建物同士の隙間に挟まれた細い路地へ出た。
ゴミ箱がいくつも並び、濡れた地面が鈍く光っている。
表通りの喧騒も、ここまで入ればかなり聞こえなくなってくる。
そして、男は一人ではなかった。
裏口の脇に二人。
路地の奥にも二人。
さっきの黒パーカーを合わせて、五人。
「なるほど」
ボコボコにする奴じゃないですかやだー。
黒パーカーが振り返る。
店内で見せていた軽い調子は、もう消えていた。
「ミック。お前さん、最近なにかと嗅ぎ回ってるらしいな」
「今日からだけど」
「誰に頼まれた?」
無視すんなよ。
「だから、誰にも頼まれてないって」
むしろ俺が聞きたいよ。
なんで死にそうなのにこんなことしてるんだか。
「警察に何を流した?」
「何もしてないよ」
本当のことしか言っていない。
なのに、一切信じてもらえない。
すると、路地の奥にいた大柄な男が、指の骨を鳴らしながら近づいてきた。
「口割らせりゃ分かるだろ」
「待て待て! 俺は話を聞きに来ただけで――」
「俺たちも同じだよ」
言葉に合わせて拳が飛んできた。
朝の借金取りより速い。
それでも、不思議と怖さはない。
一度経験したせいか、はたまたこの体のお陰か。
俺は半歩だけ斜め前へ出た。
拳が耳のすぐ横を通り抜ける。
すれ違いざま、大男の脇腹へ掌を当てた。
軽く押したつもりだったが、思いのほか鈍くデカい音が鳴る。
「ぐぉっ……!?」
男の身体がくの字に折れ、そのまま膝をついた。
吐しゃ物をまき散らしながら、白目をむいて自身の吐いたソレの中に顔を突っ伏す。
「え?」
また俺が驚いている間に、横から二人目が来る。
今度は瓶を握っていた。
振り下ろされるより早く懐へ入り、手首を掴んで肘を返すと、瓶が地面へ落ちて砕ける。そのまま腕を引けば、男の身体は前のめりに崩れ、俺の肩を支点に一回転して地面へ落ちた。
これで残り三人。
「こいつ……!」
黒パーカーが叫ぶのとほぼ同時に、一人が背後から腕を回してきた。
掴まれる。
そう思った瞬間には身体が沈み、相手の腰より低い位置へ潜り込んでいる。そのまま担ぐように投げると、重たい音を立てて男が背中から落ちた。
所謂、パイルドライバー。プロレスでしか見たことないぞこんなの。
頭では余計なことを考える余裕があるが、体が勝手に動いてくれる。
四人目の蹴りが迫る。
身を引いてかわし、伸びきった足の腱に手を添え、そのまま振り上げる。
グリン、とまるで宙返りをするように相手の身体は勝手に一回転し、そのまま地面へ強かに後頭部を打ち付けた。
「おいおい……合気かよ」
俺の呟きを聞いた、最後に残った黒パーカーが一歩下がる。
俺もそこで動きを止めた。
路地には四人転がっている。
まだ、一分も経っていないうちに気がつけばこのありさまだ。
俺は、息すらほとんど乱れていなかった。
「いや、本当。すげえなコレ」
「て、テメェ! 何もんだ!?」
黒パーカーが叫び、そのまま腰へ手を伸ばす。
金属の鈍い光。
拳銃だ。
さすがに、身体が一瞬身構える。
朝から妙な身体能力に助けられてはいるが、撃たれたら流石にまずい。ハズだ。多分。
相手がグリップを掴み、銃口を持ち上げようとした時。もう身体が前へ踏み込んでいた。
「な――」
手首を外側から押さえ、親指の付け根を捻る。
拳銃が落ちる。
そのまま足を払うと、黒パーカーは仰向けに倒れた。
気づけば俺の膝が胸元を押さえ込み、右腕は完全に極まっている。
「動くな」
「ぐっ……!」
「いや、マジで。俺も加減分かってないから」
なんだろう、感覚的に気を付けてトンボとかを持っているような感じが近い。
逃げないように抑えつけてるんだけど、ちょっと力を込めたらそのまま体を握りつぶすような感覚。わかるかなぁ?
少し力を抜くと、黒パーカーは青ざめた顔で何度も頷いた。
俺は足元の拳銃を蹴って遠ざけ、それからようやく息を吐く。
五人全員が地面へ転がっている。
それでも一応は全員生きているらしい。良かった。
流石に殺すのは寝覚めが悪い。
「で、港で何かあるだろ?」
男は少しの間迷ったように眉間に皺を寄せていたが、やがて観念したらしく、短く息を吐くとこちらを見上げた。
「……水曜だ」
「水曜?」
「ああ、水曜深夜。サウスドックの十七番倉庫に運び込まれるブツがある」
「何だ?」
「知らねえよ。俺らみたいな下っ端には降りてこねえ。ただ、絶対近づくなって言われてる」
十七番倉庫。
その言葉を聞いた瞬間、記憶が蘇った。
そうだ。
そこだ。
マーサーたちが張り込み、麻薬取引を押さえようとする場所。
そして、その情報を流したのがミックだった。
「他には?」
「知らねえって! 本当だ!」
男の声は裏返っていた。
嘘をついているようには見えない。
俺はようやく腕を離すと、黒パーカーが慌てて距離を取る。
「助かったぜ。ありがとうよ」
「……」
礼を言った俺に不審そうな目を向けながら、男は痛めた腕をさすりながら息を荒くする。
俺は立ち上がり、服についた埃を軽く払った。
路地を出る前に一度だけ、倒れた五人を振り返る。
「病院、行った方がいいぞ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
ごもっとも。
◆ ◆ ◆
翌朝。
俺はオールドタウンのダイナーで、マーサーと向かい合っていた。
店内にはコーヒーとベーコンの匂いが漂い、通勤前らしい客たちが新聞を広げている。昨日の酒場とは正反対の、健全な朝だ。
マーサーは、ドラマで見たままだ。
四十手前。くたびれたコートに無精髭。寝不足みたいな目をしているくせに、こちらを見る視線は鋭い。
ううむ。微妙に俳優と顔が違うんだなぁ。
「昨日は嫌だとか言ってなかったか?」
そんなどうでもいいことを考えている俺のことを知ってか知らずか、探るような視線をこちらに寄こしてくる主人公サマ。
ううん、吹替声優さん、いい仕事してますねぇ。
「気が変わったんだよ」
ずず、と薄いコーヒーを口に運びながら答える。
「お前が、そんな融通が利くとは思わなかったぜ」
「俺を何だと思ってるんだ」
「金で動くネズミ」
「本人を前にして言う?」
マーサーは肩をすくめ、そのままコーヒーを飲んだ。眉をしかめる。
あ、やっぱりまずいよね。コレ。
「それで?」
「水曜の深夜。サウスドック、十七番倉庫」
口元へ運ばれかけていたカップが止まる。
「何がある」
「ブツが入るらしいが、中身までは分からない。ただ、レッド・ハンズの連中には近づくなって話が回ってる」
マーサーの顔から、さっきまで軽口を言っていた表情が抜け、シリアスな顔になる。
コレコレ、この顔が格好いいのよ。
ニヤつく口元がバレないよう、コーヒーを口元に運び、隠す。
「確かか?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「情報屋からの話だ。裏なんか取れやしないだろ?」
「……お前がソレを言うのか?」
呆れた声を出しながらも、マーサーは手帳へ内容を書き込んでいく。
「情報源は?」
「レッド・ハンズの連中から直接」
昨日の奴らだ。
……無事に病院に行けただろうか。
マーサーのペンが止まった。
「直接?」
「ああ」
「あのミック・バーロウが?」
「……どのミックか知らんが、少なくとも俺が聞いたのはレッド・ハンズの連中だよ」
さっきまでのシリアス顔を引っ込めたマーサーが、ぽかんとした顔で俺を見つめていた。
なんだよ。良いじゃないか、ミックがアクションシーン撮ったって。
「……まぁ、いい。後はコッチでも確認する」
どこか納得のしていないような顔で手帳に何やら書き込んでいる。
いいさいいさ。コッチだって、よくわかってないんだ。
必要な情報は渡した。
これで俺の役目は終わりだ。
テーブルへ置かれた紙幣、今回の情報に対する報酬に手を伸ばし、乱暴にジャケットに捻じ込む。
「それから、ケイトを一人にしない方がいい」
口にした直後、しまったと思った。
マーサーの目が細くなる。
「なぜケイトが出てくる?」
「いや……なんとなく」
「ミック」
「忘れてくれ」
俺は逃げるように立ち上がった。
これ以上喋れば、確実にボロが出る。いや、さっきまででも十分ボロだらけだった。
店を出ると、朝の冷たい風が頬へ当たった。
とりあえずコレで原作は進むはず。
あとは警察が何とかしてくれればいい。
俺は死なない。
それで十分だ。
◆ ◆ ◆
――そう思っていたのだが。
午後になって、俺はもう一度《ブルー・コメット》へ戻っていた。
理由は単純だ。
昨日、慌てて店を出たせいで財布をカウンターへ置き忘れていた。
道理でジャケットから金をしまおうとして見当たらなかったわけだよ。
情報屋以前に、まず生活能力を何とかした方がいいかもしれない。
白髭の呆れた顔の店主から財布を受け取り、今度こそ帰ろうと扉を開けたところで、誰かとぶつかりかけた。
「おっと悪い」
「こっちこそ――」
女が顔を上げる。
肩のあたりで切り揃えた黒髪。
日に焼けた肌に、強い意志を感じさせる茶色の瞳。片手にはメモ帳を持ち、肩から使い込まれた革のバッグを提げている。
見覚えがあった。
ありすぎた。
原作ではシーズン二以降に出番が増え、そのまま最後まで生き残った人気キャラクター。
新聞記者。
そして、前世の俺がかなり好きだった人物。
名前が、考えるより先に口から出た。
「……リナ」
女の眉がぴくりと動く。
「何?」
しまった。
今の俺は、彼女のことを知っているハズがない。
いやまて。まだ分からない。
元のミックとは面識があった可能性もある。
そこまで細かい設定は覚えていないが……。
頼む。
知り合いであってくれ!
そんな願いも虚しく、彼女は俺の顔をじっと見たあと、警戒するように一歩だけ距離を取った。
「何で、私の名前を知ってるの?」
終わった。
とりあえず笑って誤魔化してみる。
「えーっと、偶然?」
「フルネームも知らない相手のファーストネームを偶然当てたの?」
「……そう言われると厳しいな」
リナの視線が、さらに鋭くなった。
さすが記者というべきか、追及が鋭い。まあ、そんなところも好きだったんだけどね!
そして、俺はこういう相手に一番弱いんだ。
「ミック・バーロウ」
今度は向こうが俺の名前を呼んだ。
「俺のこと知ってるじゃないか」
「あら、この辺じゃ有名だからね。悪い意味で」
どうやら、本当に悪い方の評判で有名らしい。なんなんだよミックよー。俺なんだけども。
リナは、俺を観察するように目を細め、それから声を少し落とす。
「……あんた、情報屋として私を調べてたの?」
いいえ、ただの原作知識です。
もちろん、そんなことを言えるはずもなかった。