海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが 作:きんきん
リナから逃げ切るのは、ギャング五人を相手にするより難しかった。
《ブルー・コメット》から逃げるように立ち去ろうとしたのに、何が気になるのか、しつこく後をついてくる。
やめてくれたまえ。こちとら善良な一般市民だよ。
「待ちなさいよ!」
《ブルー・コメット》を出てから、もう半ブロックほど歩いている。
俺はさりげなく歩幅を広げているのだが、リナは記者らしいしつこさを存分に発揮し、ぴったり横へついてきた。
新聞記者というのは、もっとこう、取材対象に紳士的に接する職業じゃないのか。
少なくとも原作で見ていた彼女は、もう少し知的だった気がするんだが。
「……たまたま、友人に聞いたことがあるだけだよ。そう、えーと、あれだ。どっかで取材されたって言ってたんだ」
適当な人間をでっち上げ、あたかも今思い出したかのように伝える。
相手は記者、聞き込みだってしてるだろうし、そんな連中を全員覚えているわけがない。
「……本当? じゃあなんでさっきのバーでは誤魔化そうとしたのよ」
ジト目で覗き込むようにこちらを見てくるリナ嬢。
猫科の動物を思い起こされるように細められた釣り目の奥には猜疑心たっぷりだ。
「いやいや、美人さんだからさ、とっさに名前を言っちゃったのが恥ずかしくって、つい」
HAHAHA。とアメリカンな笑みを一つ。ミックらしいだろ?
肩を竦めつつ、ジャケットを揺らせばあら不思議。三流情報屋の胡散臭い感じが満点だ。
「……そう、まあいいわ。そういうことにしておく」
その後、当然のように「誰から?」と聞かれたが、「俺は情報屋。情報源は売らないサ」とウインクを決めながら答えると、リナは納得こそしていないものの、それ以上は追及してこなかった。
便利だな、情報屋。
説明できないことは、とりあえず情報源のせいにできる。
もっとも、別れ際に向けられた目は、まだ完全に俺を疑っている人間のそれだったが。
「……次に会ったら、ちゃんと聞かせてもらうから」
「できれば次は、遠くから見かけるだけにさせてくれよ。画面管越しとかで良いから」
「何それ」
呆れた顔で去っていく背中を見送り、俺は深く息を吐いた。
前世で好きだったキャラクターと直接会えた感動より、余計なことを口走った疲労の方が圧倒的に大きい。
どうにも、この世界へ来てから口が災いしている気がする。
もっと静かに生きよう。
何しろ明日は、本来なら俺が死ぬ日なのだから。
◆ ◆ ◆
翌日の昼過ぎまで、俺は本当に何もしなかった。
蹴り壊された玄関を修理する大家に嫌味を言われながら作業を眺め、冷蔵庫に入っていた正体不明のハムを捨て、近所の食料品店でパンと卵を買う。
財布の中身は心許ないが、マーサーから貰った報酬で、少なくとも数日は暮らせそうだった。
借金取りの連中も、あれから姿を現していない。平和なもんだ。
テレビでは朝からブライアーポート市警の動向が報じられていたものの、当然ながらサウスドックに関する話は出ていない。
マーサーからも連絡はなかった。
原作通りなら、警察は今夜の取引を監視するはずだ。
俺は行かない。
絶対に行かない。
むしろ今夜はさっさと寝て、翌朝目を覚ましたら、自分がまだ生きていることを盛大に祝うつもりだった。
ただ、一つ問題がある。
原作のミック・バーロウが、俺の知らないところで既に色々とやらかしていたことだ。
それに気づいたのは、夕方になってからだった。
携帯が鳴った。
表示されたのは知らない番号。
嫌な予感に従って無視すると、しばらくして切れたものの、ほとんど間を置かずにまた鳴り始める。それも無視したところで三度目が来た。
「……しつこいな」
さすがに諦め、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『随分余裕だな、ええ? ミックよ』
低い男の声だった。
知らない。
少なくとも、俺の記憶にはない声。つまり、原作に居ないヤツの可能性が高い。
まあ、俺自身全員の声を覚えているわけではないが、流石に主要キャラの声くらいは覚えている。
「誰?」
電話の向こうが沈黙した。
『……何だと?』
怒気を孕んだ声に、慌てて取り繕う。
「いや! 悪い! 最近ちょっとバタバタしてたせいで、ね?」
『昨日まで散々こっちに話を持ってきておいて、それか?』
背中に、じわりと嫌な汗が浮かんだ。
「ええっと、何の話?」
『十七番倉庫だよ』
終わった。
原作でミックが同じ情報を別の組織にも流していた、という事実は覚えていた。
覚えてはいたのだ。
ただ、まさか俺が転生した時点で、既に話を通していたとは思わなかった。
なんだよ、バーに行ったの意味なかったじゃねえかよ。……いや、“俺”が覚えてないんだから意味はあったんだろうけどさ。
『今夜だろ。時間は?』
詰め寄ってくる相手だが、俺としてはコイツに情報を渡してもいいことは無い。はずだ。
少なくとも、マーサーの不利になりそうな情報は渡さない方が良いだろう。
「……時間までは、ちょーっと分からなくてですねぇ……」
『ふざけるな』
「いや、本当! 申し訳ない! いやぁ、相手方がね!? 教えてくれなくって! こっちも困ってるんですよぅ……」
できるだけ情けない声を出しながら、相手の同情を誘うように。できるかどうかは分からんが。
『金まで受け取っておいて、今さら知らないで済むと思ってるのか?』
俺は天井を見上げた。
元のミック。
お前、もう少し綺麗な状態で身体を渡してくれなかったか。
「と、とにかく! 今夜は動くと危ないから! 倉庫にも近づかない方がいい」
『は?』
呆けた様な声を出すどこかの組織の人間。
「警察も動いているみたいだから、それじゃ!」
『お前――』
言葉の途中で通話を切った。
これ以上話しても、ろくなことにならない。
相手の正体すら分からないが、少なくとも俺が情報を売った相手の一つ。
とりえず、警察が来ることを伝えておけば本命の取引先とのあれやこれやに横入りが入ることは無いだろう。
まあ、電話の先の組織が俺の言葉を信じるなら、だが。
そこまでは責任も持てないしなぁ。
そんなことより……。
「……街から出た方がよくないか、これ」
そう考え始めたところで、窓の外が薄暗くなっていることに気づいた。
出るなら、早い方が良いか。
よし。
荷物だけまとめて、今夜のうちに別の地区へ移る。
そう決めた。
逃げるのは格好悪いが、死ぬよりはいい。
幸い、と言っていいか分からないが、この住処に思い入れも何もない。俺にとっては見知らぬアパートだ。
大家さんには悪いが、引っ越しの書類周りは勘弁してもらおう。
最低限の服を古いバッグへ詰めて玄関を出ると、オールドタウンの通りには夕食時の人波が出来始めていた。バーやダイナーの看板にも次々と灯りが入り、仕事帰りらしい人間が歩道を行き交っている。
大通りまで出ればバスを拾える。
そこから北へ向かえば――。
「ミック」
背後から名前を呼ばれた。
振り返った時には、黒い車が歩道際へ滑り込んでいた。
ドアが開き、中から二人。
ほぼ同時に、反対側の路地からもう一人が姿を見せる。
「……ああ」
なるほど。
逃げるのが、少し遅かったらしい。
「話がある」
「俺はないんですが」
「そう言うなよ」
一人がジャケットの裾を持ち上げ、腰へ差した拳銃を見せる。
それこそドラマなんかでよく見る、アレだ。ちらりとね。格好いいんだけど、自分がやられるのは気分がよろしくない。
昨日の路地とは違って距離がある。一足で飛び込むには少々難しい。
それに、ここで三人まとめて相手をするのはまずい。周囲には仕事帰りらしい人間がいくらでも歩いていた。巻き添えにするわけにはいかない。
「乗れ」
「断ったら?」
一応、聞いてみる。
「この辺が騒がしくなる」
ニヒルな笑みを浮かべる刺客の方々。
ですよねー。
俺は大人しく両手を上げた。