海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが 作:きんきん
車へ押し込まれてから、二十分ほど走った。
窓には暗いフィルムが貼られていて、外はほとんど見えない。それでも、舗装されているであろう道路から、凸凹の多い道に入ったことくらいは体の揺れで分かる。鼻につく潮と油の匂いが強くなってきた。
サウスドックだ。
やがて車が停まり、後部座席のドアが開いた。
「降りろ」
引っ張り出された先には、大型倉庫が並んでいた。
夕闇の向こうでは港湾クレーンが伸び、コンテナを積んだトラックが遠くを横切っていく。
周囲は、あまり使われている様子はない。錆びた外壁と、伸びた雑草がユラユラと潮風に揺られている。
「……ここ」
知っている。
ツタが這った外壁。
積み上げられた木製パレット。
半分割れた上部の窓。
ドラマで見た場所だ。ああ、そうだ。見覚えがあるはずだ。
ミック・バーロウが。俺が、殺された倉庫。
思わず自分の足元を見る。
原作では、この辺りを引きずられながら連れ込まれたはずだ。次に画面へ映った時には椅子へ縛られ、顔中血だらけになっていた。
もう誰か分からないくらいボコボコにされて。
ぼうっと見上げている背中を押され、そのまま倉庫の中へ入る。
中には十人を優に超える男たちがいた。思い思いに暇を持て余していたようだが、俺が姿を見せたことで視線がこちらに集中する。
広い床には木箱やパレット、鉄製の棚が雑然と置かれ、照明は数本の作業灯だけ。二階部分には細い作業用足場が備わり、壁際には古びたチェーンが数本吊られている。
その中央に、椅子が一脚。
最悪なことに、それにも見覚えがあった。
「座れ」
背中へ銃口を押しつけられる。硬い感触が背筋に伝わってくる。
促されるまま、大人しく座った。
そのまま、両手を背もたれの後ろへ回され、太い結束バンドで手首を固定される。足首にも一本ずつ。
椅子と一体化させられた。
暗がりから、男たちの合間を抜けて現れ、正面へ立ったのは、四十代くらいの男だった。
短く刈った髪に黒いシャツ。
そして首筋には、赤い手形の刺青。
レッド・ハンズ。
昨日の連中より、明らかに立場が上の人間だろう。
「ミック・バーロウ」
渋い声が響く。他の連中は、ニヤニヤと下種な笑みを浮かべながらこちらを見てくる。
「お前、十七番倉庫の情報を誰に売った?」
「……」
喋らない。だって、言っても言わなくても、どうせ殴られるんだろう?
それに、俺が知っているのはマーサーだけだ。他は、知らない。
男の眉が動く。
「っへ、強情だな。だが──」
拳が飛んできた。
バチン、と頬が激しい音を立て、椅子ごとわずかに傾く。
殴った男が俺の肩を掴み、椅子が倒れるのを防ぐ。
男は、一瞬殴った自分自身の腕を見て、少しばかり目を瞬かせながら、手を振る。
“まるで硬いナニカ”を殴った後のように。
「……」
俺は、ただ男を見上げるだけだ。
それが気に入らなかったのだろう。右手で俺の髪の毛を掴み上げる。
「まだ痛い目みたいようだな」
降りぬいた左手は、今度は腹へ。かなりの威力だ。椅子が後ろへと滑り、ぎゃりぎゃりと嫌な音を立てる。
男は、“なぜか”脂汗を額に浮かべながら、こちらに歩み寄ってくる。
さて、俺の方だが、前屈みになったことで気づいた。
手首が完全には固定されていない。
結束バンドそのものは頑丈そうだが、背もたれの金属部分と手首との間に、ほんのわずかな遊びがある。
それを意識した瞬間、身体が勝手に動いた。
親指を内側へ絞り、手首を細くしながら肩を回す。
骨が軋むような嫌な感覚と共に、肩と手首の関節が外れる。
「最後だ。情報源を吐け」
「だから……」
初めて答えながら、俺は男の背後へ視線を向けた。
十五人ほど。
そのうち、拳銃を持っているのが見えるだけで四人。
残りは素手か、ナイフ、それに鉄パイプ。
連中は俺の周囲へ集まってくれている。
距離が近い。おおよそ半径数メートル程度。
昨日の一件で、一つだけ分かったことがあった。
この身体は、“強い”。
「……知らん」
その答えた瞬間、俺は両手を上へと強く引く。
手首が拘束から抜けた。
「は?」
男が反応するより早く、俺は椅子ごと横へ倒れ込んだ。
床へ肩から落ちながら、足首を縛っているバンドを椅子の脚へ引っかけ、そのまま両足を強く蹴り出す。
古びた木製の脚が折れ、破片と一緒に拘束が外れた。
「おい!」
跳ね起きた俺の正面で、男が拳銃へ手を伸ばす。
だが、遅い。
外れた関節を、遠心力を使って振った腕を利用してハメ直し、そのまま相手の腕を掴む。
ぎょっと驚いている顔をしているが、引き金にかかった指はそのまま。
手首を捻るようにして銃口を天井へ向けると、直後、乾いた銃声が倉庫へ響き渡り、吊られた作業灯がわずかに揺れた。
そのまま肘を返して体勢を崩し、肩を入れて背負うように投げる。
投げた先には鉄パイプを持った別の男がいて、二人まとめて床へ転がった。
「!? 撃て!」
叫ぶ男を無視して、次に近い男。二人に視線を送る。
倒れた男を踏み潰しながら越え、拳銃へ手をかけていた間へ身体を滑り込ませる。
照準がこちらを向いているが、ガタガタと腕が震えている。
銃を構えている両手に向けて、短く、鋭く横から拳を打ちつける。
バチン、とゴムが弾けたような音を立てながら、男の手から銃が落ちる。その手は、殴られた手の甲から骨が剝き出しになって指が反るように折れていた。
さらに、すぐ隣で構えていた男の膝を、正面から足刀で砕く。
逆関節になった脚から、血と骨が溢れる。
「こいつ、何なんだ!?」
うろたえるような声。恐怖と興奮が場に広がるのが分かる。
俺は、無心だった。
背後で鉄パイプが風を切る音。
振り向くより先に身体を半歩沈めると、頭上を鉄棒が通り過ぎていく。
伸びきった腕を、立ち上がりながら肘を砕く。その勢いのまま無事な方の腕を掴んで、鉄棚へと放り投げる。
大の男が、まるで人形にように回転しながら吹き飛ぶ。回転する四肢に巻き込まれ、幾人かが倒れる。
鉄棚が大きく揺れ、木箱が落ちてくる。
中に詰められていた工具が、派手な音を立てて床へ散らばる。破片と工具が足元まで転がってくるのを視線の端で捉えた。
そこへ、さらに二人。
一人はナイフ。もう一人は拳銃。
当然、優先は銃の方だ。
足元へ転がっていた木片を蹴る。
狙ったわけでもないのに、それが拳銃を構えようとした男の喉へ刺さるように当たり、ぶし、と血が吹き出る。
一気に距離を詰め、こちらにナイフを突き刺そうとしてきた男の手首を取って地面に体を捻り落とし、そのまま肩を折る。
からん、とナイフが地面に落ちる。
首から木片を生やした男が落とした銃を拾う。
とりあえずマガジンを抜き、スライドを引いておく。どうにも銃は撃てそうにないようだ。当たるビジョンが浮かばない。
無力化した銃を床に放ると、すぐに別の男が飛び込んできた。
伸びてきた拳をかわし、顎へ掌底を入れる。
歯がぶつかる硬質な音が響き、男の膝が崩れた。
気づけば、俺は妙に落ち着いていた。
怖くないわけじゃない。多分。
だけど、それでも身体だけは、ほとんど迷わず敵を“処理”していた。
どこへ動けばいいのか。
誰から先に崩せばいいのか。
どこに打ち込めば壊れるのか。
目の前にいる十数人が、それぞれ別の敵ではなく、一つの大きな塊のように見えてきた。
右から来る男を避ければ、そのまま後ろの男とぶつかる。
一人を投げれば、その身体で二人分の進路を塞げる。
狭い場所へ誘導すれば、拳銃を持っていても、前に立つ仲間が邪魔になる。
「……なるほど」
なんとなく、この体の使い方が分かってきた。
「ふざけんな!」
三人がまとめて突っ込んできたので、俺はあえて後ろへ下がった。
逃げたと思ったのか、全員がそのまま追ってくる。
木製パレットの山を背にしたところで足を止め、先頭の男の腕を取って横へ流す。
肩が二人目へぶつかり、押し出された三人目だけが前へ出た。
そいつの足を払う。
倒れた身体へ後ろの二人がつまずき、三人まとめて床へ崩れ落ちる。
そこへ、背後のパレットを持ち上げてまとめて叩きつける。
とんでもない高所から落としたような音を立てて、木製のパレットが粉々に砕け散る。下に居た男たちは当然無事ではない。
今度は奥から、チェーンを手にした男が向かってくる。振り回された先端は、かなりの速度だ。
一撃目を避ける。
返ってきた二撃目もかわす。
三撃目が横薙ぎに来たところで、近くへ垂れていた別の鎖を掴んで強く引いた。
頭上のチェーンから下がったフックが大きく揺れ、相手の振り回した鎖へ絡みつく。
「なっ――」
そのまま引く。
男が前へつんのめったところへ掌底を胸元へ当てると、ほぼ水平に数メートル飛びながら、背後のパレットへ突っ込んだ。
そこで、ようやく倉庫の中が静かになった。
見回す。
床には人間が何人も転がっている。
途中から数える余裕なんてなかったが、立っている人間はほとんどいない。
入口近くにいた最後の一人だけが、こちらを見ながらゆっくり後ずさっていた。
目が合う。
「まだやる?」
男は勢いよく首を横に振った。
「OK、じゃあそのまま座ってて」
男は首がもげるんじゃないかと思うほど何度も頷きながら、素直に座った。
俺はようやく息を吐き、張っていた気を少しばかり緩めた。
まだ、生きてる。
そう。原作ではこの場所で。
俺は殺されていた。
椅子へ縛りつけられたミック。
響く銃声。
崩れ落ちる身体。
そして最後には、川へ捨てられた死体。
俺はその場に立ったまま、自分の胸へ手を当てた。
心臓が動いている。
「……ああ、やったんだ。生き残ったんだ!」
思わず、笑いが漏れた。
まだ何も終わっていない。いや、この“ドラマ”としては始まったばっかりだ。
マーサーの事も、レッド・ハンズも、この街に巣食う腐った連中も、そのままだ。
それでも少なくとも。
今日、ここで死ぬはずだった俺の未来は、変わった。
その時だった。
どこかでスマホが鳴った。
「ん?」
音を辿る。
床へ倒れている男の一人。
さっきまで俺を尋問していた男の胸ポケットからだった。今は白目を剥いて血の海に沈んでいるが。
少し迷ってから、ポケットからスマホを取り出す。
画面には着信名が表示されていた。
英字二文字。
――L.C.
「……L.C?」
どこかで見た気がする。
いや、思い出した……。
原作に登場したマフィア集団、カルデロン・ファミリー。
その中でも特に厄介だった男。
「まさか」
画面を見つめている間にも、着信音は鳴り続けている。
やがて記憶の底から、一人の名前が浮かび上がった。
ルカ・カルデロン。
恐らく、ドラマの中でも“最強”だった男。
「……」
俺は即座に通話拒否を押した。
数秒後。
携帯が、もう一度鳴り始めた。