海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが 作:きんきん
スマホは、しつこく三度目の着信を告げていた。
薄暗い倉庫の中、床へ転がった男たちの呻き声に混じって、場違いな電子音が響いている。
画面に表示されているのは、二文字だけ。
――L.C.
ルカ・カルデロン。
原作『BLACK HARBOR』に登場するカルデロン・ファミリーの武闘派で、単純な戦闘能力だけなら間違いなく作中最上位に入る男だ。
シーズン2では武装した襲撃者を単独で返り討ちにしていたし、主人公側ですら、殺し合いになると分かっている状況では正面からぶつかるのを避けていた記憶がある。
そんな男から、なぜレッド・ハンズへ直接電話が掛かってくるか。
この二つの組織が無関係ではないからだ。
俺は手の中のスマホと、数メートル先に転がっている男を交互に見た。
レッド・ハンズは、サウスドックを中心に麻薬を捌くストリートギャング。
一方のカルデロン・ファミリーは、港湾物流や建設、不動産にまで手を伸ばし、表向きの企業もいくつも抱えている、この街では古株のマフィアだ。
レッド・ハンズの先にカルデロン・ファミリーがいて、さらにその向こうで、警察内部の汚職へ繋がっていることがドラマでは描かれていた。
まあ、詳しいことはよく覚えてないんだが。
海外ドラマって、割りとシーズンで人間関係変わったり、敵がいつの間にかよくわからん組織に変わってたりするからなぁ……。
その場その場の雰囲気だけ楽しんでいた身からすれば、組織の関係なんて頭の片隅にでも残っているだけで大したものだ。
確か、マーサーはシーズンを通して少しずつその繋がりを暴いていき、レッド・ハンズとカルデロンの関係は、終盤になってから判明していたはず。
ただ、こんな末端みたいな人間のスマホへ、ルカ本人から気軽に電話が掛かってくるような距離感だったかどうかはちょいとわからん。
もしくは、この電話の持ち主が思ったよりレッド・ハンズの上の立場の人間だった?
いやぁ、こんなやつ見たことないしなぁ。
そんなことを考えていると、やがて着信が切れる。
これで諦めたかと思ったが、数秒もしないうちにまた鳴り始めた。
「……しつこいな」
無視し続ければ、向こうが異変に気づくかもしれない。
それに、少し考えたのだが、ココで俺が電話をとっても別に問題ないんじゃないだろうか。
これでも情報屋。知らないことは、知っておいた方が良いんじゃないか? たぶん。
ええい、ままよ!
「……もしもし」
幾度目かのコールを経て、通話へ出る。
『ロイ』
低い男の声が耳へ入った。
聞き覚えがある、渋い声だ。確か、バリトンの人気声優さんが吹替をしていたからよく覚えている。
画面越しで聞いていた時よりも低音がはっきりと響き、耳へ残った。その一言だけで、電話の向こうにいるのが本当にあのルカ・カルデロンなのだと実感できた。
俺は無意識に、床へ視線を落とした。
電話の持ち主、ロイというらしいが──は、数メートル先で仰向けに倒れ、白目を剥いている。胸は上下しているから死んではいないが、少なくとも今すぐ電話に出られる状態ではない。
「ロイなら、出られないさ」
電話の向こうが静かになった。
『……誰だ』
「そっちから掛けてきたんだろ?」
『その電話は“レッド・ハンズ”のロイのものだ』
語気が少しばかり圧力を増してくる。
「そうらしいな」
『なぜ、お前が持っている』
俺は改めて周囲を見回した。
折れた木製パレットに、大きく歪んだ鉄棚。
床には拳銃やナイフが散らばり、その隙間に赤い手形の刺青を入れた男たちが何人も転がっている。
ううむ、死屍累々とはこのことか。
さて、どう説明したものか。
少し考えたものの、細かく話す義理もない。巧い言い訳も思い浮かばないから、そのままを伝える。
「ちょっと揉めてね。それで、ロイ君は今、電話に出られないんだ」
『揉めた? ロイと?』
「いんや。ロイたちと」
また沈黙が落ちた。
やめてほしい。
電話越しに黙られると、相手が何を考えているのか分からなくて怖い。
『名前は』
「ミック・バーロウ」
『知らないな』
おお、最近自分が有名人かと思い始めたけど、流石にルカほどの大物は俺みたいな小物の事は知らないらしい。
あ、やべ、つい名前を言っちまった。
「そのまま、忘れてくれると助かる」
慌ててそう伝えるが、返ってきたのは微かな呼吸音だけ。
笑ったのか、呆れたのか、それとも、怒ったのか。
『ロイを出せ』
「だから無理だって。しばらく起きないと思う」
『何をした』
「やられたから、やり返しただけさ」
自分では、これ以上ないくらい簡潔に説明したつもりだった。
だが、また返事がない。
静まり返った倉庫では、負傷した男たちの呻き声だけが響く。
しばらくして、ルカがゆっくりと俺の名前を繰り返した。
『ミック・バーロウ』
「覚えなくていいって言っただろ」
『そうはいかない。また、連絡する』
それだけ告げて、通話は切れた。
耳元に残っていた低い声が消え、電子音だけが耳に残った。
「……ううむ。やっちまったか?」
ロイの胸ポケットへスマホを戻しながら、思わず呟いた。
俺はただ、今日死なないようにしたかっただけなのだ。
原作で殺される場所へ連れてこられたから、仕方なく抵抗した。
それだけのはずだった。
なのに気づけば、原作でも屈指の危険人物に名前を覚えられてしまった。
いや、不可抗力だ。多分。少しばかり興奮していたせいで、余計なことを言っただけだ。
……やめよう、現実逃避をしている場合じゃない。
さて、これからどうするか。
予定通り、この街からおさらばするか、それとも。
そんなことを考えていると、不意に倉庫の外から車の音が近づいてきた。
反射的に顔を上げる。
一台ではない。
砂利を踏みしめるタイヤの音がいくつも重なり、倉庫の薄い壁越しにもはっきり聞こえてくる。やがてエンジン音が建物の前で止まり、続けざまに複数のドアの音。
おおっと、どちらさんだ。これ以上のドンパチは嫌だぞ。
さすがに今日は、もう腹いっぱいだ。
俺は立ったまま、倉庫の入口を見る。
逃げようにも、ここはかなり奥だ。
外へ出るには正面を通るしかないし、別の出口を探している間に囲まれたら余計に面倒になる。
ほどなく、開け放たれた入口の向こうに複数の人影が現れた。
微妙に逆光になっているせいで、顔までは見えない。
ただ、そのうちの一人が前へ出るのと同時に、聞き覚えのある声が倉庫いっぱいに響いた。
「ブライアーポート市警だ! 動くな!」
その声を聞いた瞬間、張っていた肩から少しだけ力が抜けた。
「マーサー?」
入口に立つ男の動きが止まる。
次いで、明らかに困惑した声が返ってきた。
「……ミック?」
其処に立っていたのは、我らが主人公、ダニエル・マーサーその人だった。