海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが   作:きんきん

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第6話 変わるかもしれない未来

 拳銃を構えていたマーサーも、俺の姿を認めた瞬間、足を止めた。

 

 その背後からもう一人が倉庫へ入ってきて、俺は一瞬だけそちらへ目を奪われる。

 三十代半ばほどだろうか。肩へ届かない程度に切り揃えた栗色の髪は、仕事の邪魔にならないよう耳へ掛けられている。すらりとした長身を黒いジャケットと細身のパンツで包み、装飾らしいものはほとんど身につけていない。

 目元は切れ長で、顔立ちそのものは整っている。

 ただ、最初に受ける印象は美人というより――近寄りがたい、だった。

 

 ケイト・ハドソン。

 ダニエル・マーサーの相棒。

 原作では何度も見ているが、もちろん直接会うのは初めてだ。

 

 そんな俺の内心など知る由もなく、ケイトは俺へ声を掛けるより先に、倉庫の中へ鋭く視線を走らせた。

 床には十五人ほどの男が倒れ、鉄棚は歪み、木製パレットは砕けている。その隙間には拳銃やナイフが散乱し、少し遅れて入ってきた制服警官二人も、入口付近で思わず足を止めていた。

 

 マーサーがゆっくりと拳銃を下ろす。

 

「何があった?」

 

「ちょーっと揉めちゃって」

 

「揉めた?」

 

「結構大変だったぞ」

 

 呆れた様な視線を向けながら、マーサーは改めて倉庫内を見回した。

 一方のケイトは、一番近くに倒れていた男のそばへ屈み込み、首筋へ指を当てる。そのまま何人かの呼吸や意識を確認してから、ようやく俺へ視線を向けた。

 

「……全員、あなたが?」

 

「ええ、まあ」

 

 答えた瞬間、ケイトの視線が一段冷たくなった。

 怖い。

 

 その隣でマーサーは俺と床の男たちを何度か見比べ、やがて額を押さえた。

 

「まったく。いつからお前さんは情報屋じゃなくて、アメコミヒーローになったんだ」

 

 呆れたように首を振っているが、マーサー以外の警官たちはまだ緊張を解いていない。

 当然、ケイトも同じだ。

 

「それで、こいつらはレッド・ハンズの連中か?」

 

「ああ。車へ押し込まれて、気がついたらこの有様だよ」

 

 全く、困ったものだ。

 俺としては完全に被害者なのだが、床に転がっている男たちのせいで、いまいち説得力がないのはご愛敬。

 

 黙ったままこちらを見ていたケイトが、今度は俺自身を上から下まで確認するように視線を巡らせた。

 

「あなた、怪我は?」

 

「え?」

 

 言われて初めて、自分が殴られていたことを思い出した。

 頬に腹。

 確かに何発か食らったはずなのだが、意識してみても大した痛みはない。頬へ触れてみても腫れている感じはなく、腹も鈍い違和感が少し残っている程度だった。

 

「いやぁ……まあ、大丈夫。多分ね」

 

 身体の異常さについてこれ以上突っ込まれるのも面倒なので、曖昧に笑って誤魔化す。

 

「それより、何でここにいるんだ?」

 

 そう。

 それだよ。

 

 俺の知る原作では、警察が張り込むのは十七番倉庫のはずだった。

 しかも、今日はまだ火曜日。

 

 俺がマーサーへ渡した情報は、水曜深夜の取引だ。

 時間が合わない。

 

「お前の話だけじゃ信憑性がないからな。明日が取引予定でも、その前に人が動く可能性はある。だから今日から周辺を見てた」

 

「なるほど……」

 

 言われてみれば当然だった。

 俺みたいな怪しい三流情報屋の話だけを信じて、当日の現場へ行って「はい逮捕」というわけにはいかない。

 ドラマだと張り込みの場面なんて数十秒で済んでいたが、実際にはその前から地味に人の出入りを見て、裏を取り、準備をしているらしい。

 

「それで、俺を見つけたってこと?」

 

「いいや」

 

 マーサーが首を振る。

 

「夕方から十七番倉庫の周辺を見てたら、レッド・ハンズと繋がりのある男が一人、この古い倉庫街へ入ってきてな。取引は明日のはずなのに、だ」

 

 そこでケイトが続きを引き取った。

 

「最初は放っておいたんだけど、その後も同じ筋の車が何台かこっちへ入ってきたの。使われていない倉庫に、短時間で人が集まりすぎてたから怪しいって判断したわけ」

 

「つまり……」

 

 俺が拉致されたから助けに来たわけではない。

 

 レッド・ハンズの動きを追っていたら、たまたま俺が捕まっている現場へ辿り着いただけ。

 

 なるほど。

 危なかった。

 

 俺がもう少し弱かったら、警察が来る頃には原作通り死体になっていた可能性もある。

 

「さて。世間話はこれくらいにして、とりあえずここを片づけないとね」

 

 ケイトがそう言って、床からロイのスマホを拾い上げた制服警官へ目を向けた。

 

「携帯は全部確保して。通話履歴も消さないように」

 

「あ」

 

 思わず声が漏れた。

 ケイトがすぐ振り返る。

 

「何?」

 

「いや……」

 

 ロイのスマホ。

 その最新の着信履歴には、ルカ・カルデロンの名前が残っているはずだ。

 ということは、警察側にも本来よりかなり早い段階で、レッド・ハンズとカルデロン・ファミリーを繋ぐ証拠らしきものが渡る可能性がある。

 

 原作と違う。

 大丈夫なのか、これ。

 

「何かあるの?」

 

「……いや、別に」

 

 まあ、早く繋がるなら、それに越したことはない。

 多分。

 

 俺が余計なことをしたせいで別の流れへ入る可能性については、考えないことにする。

 ケイトがさらに追及しかけたところで、先にマーサーが口を開いた。

 

「それより、まずいかもしれんな」

 

「何が?」

 

「明日の取引だ」

 

 俺が聞き返すと、ケイトも腕を組みながら表情を引き締めた。

 

「確かに。警察がここへ大勢入ったことは、向こうにもすぐ伝わるでしょうね」

 

「ああ……」

 

 そこでようやく意味を理解した。

 

「取引が中止になる?」

 

「可能性は高いな」

 

 マーサーが低い声で答えた。

 

 ――待て。

 それってつまり。

 

 俺は思わず、すぐ近くに立っている女刑事へ目を向けた。

 

 ケイト・ハドソン。

 シーズン序盤の夜。

 何者かに襲撃され、銃撃を受けて重傷。

 

 そこまでは覚えている。

 だが、細かな時系列が曖昧だった。

 確か、サウスドックの取引の後だったはずだ。

 

 もし今夜の騒ぎで取引そのものが中止になったら。

 その後に続く出来事も、当然ずれる。

 ケイトが襲撃される日時も、場所も、理由も変わるかもしれない。

 

 いや。

 もしかすると、取引がなくなったせいで襲撃自体が消える可能性だってある。

 でも、それを確認する術はない。

 

 原作知識が、役に立たない。

 

「……ううん、分からん」

 

「何が?」

 

「いや、こっちの話」

 

 それでも。

 警告だけはしておいた方がいいか。

 

「ケイト」

 

「何?」

 

 突然名前を呼ばれたせいか、彼女が少しだけ眉を上げた。

 

「しばらく、一人で動かない方がいい」

 

 一瞬、周囲の空気が変わった。

 ケイトだけでなく、マーサーもこちらを見る。

 

「どういう意味?」

 

「……この間言ってた件か?」

 

 マーサーには電話で先に漏らしてしまっている。

 なら、ちょうどいい。

 二人が揃っているうちに、もう一度はっきり伝えておこう。

 

「誰かが私を狙ってるっていうの?」

 

 ケイトが不審そうに目を細める。

 

「……その可能性がある」

 

「誰が?」

 

 答えられない。

 俺も知らないからだ。

 

 原作では黒づくめで、顔もほとんど映らなかった。

 結局、その襲撃自体が伏線めいた形で残されたまま、はっきりした犯人は明かされなかったはずだ。

 

 よくある話だ。

 シーズン一で意味ありげに登場して、そのままフェードアウトしたキャラクターだって何人もいた。

 海外ドラマあるあるである。

 

「そこまでは分からないな」

 

「分からない?」

 

「まあ、三流情報屋のガセネタかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 ある意味では本当のことだ。

 俺の情報源は、前世で見たドラマ。

 しかも既に原作の流れが変わり始めている以上、今後も同じ事件が起きる保証はない。

 

 当然ながら、ケイトは納得しなかった。

 

「そんな曖昧な話で――」

 

 その時、倉庫の外から救急車のサイレンが聞こえてきた。

 助かった。

 

 ほどなくして、回転灯の赤い光が開け放たれた入口から差し込み、倉庫の壁や床を断続的に染めていく。警官たちも慌ただしく動き始め、マーサーとケイトも現場対応へ意識を向けざるを得なくなった。

 今がチャンスだ。

 

「……帰るか」

 

 小さく呟き、入口へ向かう。

 だが、数歩も進まないうちに背後から声が飛んできた。

 

「待て」

 

「何だよ」

 

「まだ事情を全部聞いてないぞ」

 

 マーサーだった。

 

「明日にしてくれ。今日は攫われて、殴られて、大変だったんだ」

 

 マーサーは深いため息を吐いた。

 

「わかった。明日、連絡する」

 

「昼過ぎにしてくれ」

 

「何でだ」

 

「寝たい」

 

 呆れきった顔を背中に受けながら、俺は今度こそ倉庫の外へ出た。

 

 夜の港は暗く、冷たい潮風に油と鉄の匂いが混じっている。

 普段なら人気の少ない古い倉庫街も、今夜だけは警察車両と救急車に囲まれ、この一角だけが妙に明るく、騒がしかった。

 

 俺はその光景を横目に、ゆっくり息を吐く。

 

 とりあえず。

 本来死ぬはずだった日は、生き延びた。

 

 だが、その代わりに原作の流れは少し変わった。

 ケイトがいつ襲われるのか分からなくなった。

 レッド・ハンズとカルデロンの繋がりも、予定より早く警察へ露出するかもしれない。

 

 そして何より、ルカ・カルデロンには俺の名前を覚えられた。

 

「……さあて」

 

 夜空を見上げる。

 

「ケイトのこともだけど、ルカもどうすっかなぁ」

 

 死ぬ予定を一つ潰しただけなのに、面倒事はむしろ増えた気がした。

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