海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが   作:きんきん

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第7話 ルカ・カルデロン

 電話が切れたあともしばらく、俺はスマートフォンを耳元に当てたまま動かなかった。

 

 相手の名は、ミック・バーロウ。

 知らない。

 少なくとも、俺が覚えておく必要のある人間の中にはいなかった。

 

 ブライアーポートには、情報を売って食っている連中が山ほどいる。警察に話を流す奴もいれば、ギャングに売る奴もいるし、同じ話を両方へ持ち込んで小銭を稼ぐ馬鹿もいる。

 たいていは長生きしない。

 

「……ミック・バーロウ」

 

 名前を口に出してみるが、やはり何も引っかからない。

 俺はソファへ深く腰を下ろし、テーブルに置いてあったグラスへ手を伸ばした。

 

 ここはカルデロン・ファミリーが所有する会員制クラブの二階だった。階下からはピアノの音と客の話し声が微かに届いてくるものの、この部屋まで上がってくる人間は限られている。

 窓の向こうには夜のブライアーポートが広がり、そのさらに先には港の照明が並んでいた。

 

 ロイは、その港で動かしている人間の一人だ。

 正確にはファミリーの人間ではない。レッド・ハンズはレッド・ハンズで縄張りを持ち、勝手に薬を捌いている。

 ただし、港を通す荷の一部については話が別だった。

 

 こちらがルートを用意し、向こうが現場で捌く。その程度の関係でしかないし、だからこそ俺がロイへ直接連絡することも多くはない。

 

 今夜は確認したいことがあったから連絡をした。

 明日の深夜に予定している荷の受け渡しについてだ。

 

 それが、電話に出たのは知らない男だった。

 しかも、ロイは「寝ている」と来たもんだ。

 

「どうした。面白い顔してるな、ルカ」

 

 向かいの椅子に座っていた男が笑った。

 従兄弟だ。ファミリーの帳簿と人の出入りを管理している男で、腕っぷしは大したことがないが、人の名前を覚えることに関しては俺よりよほど使える。

 

「なぁ、ミック・バーロウって知ってるか」

 

「ミック?」

 

 従兄弟はグラスを傾けながら少し考え、やがて「ああ」と声を漏らした。

 

「オールドタウンをうろついてる情報屋だろ。金さえ払えば何でも喋る。警官にも売人にも嫌われてる、小物だよ」

 

「それだけか」

 

「それだけって?」

 

「腕っぷしは」

 

 従兄弟が笑った。

 

「ミックが?」

 

 その反応だけで、なんとなく理解はできた。

 

「殴られる側だよ。借金もあるし、酒もやる。店から放り出された話なら何度か聞いたことがあるけどな」

 

「そうか」

 

「何だ。そいつがどうした?」

 

 俺は答えず、グラスの中身を一口だけ飲んだ。

 電話の向こうの声を思い返す。

 

 虚勢を張っている感じもない。

 レッド・ハンズの連中と揉めたと言いながら、妙に落ち着いていた。

 

「ロイの所、人数は?」

 

「今夜か?」

 

「ああ」

 

「確か、倉庫の見張りを合わせて十数人。チームの連中がやられたとかで、少し多めに集めたって話だったな」

 

 その言葉に目を上げる。

 

「何かあったのか」

 

「聞いてないのか?」

 

 従兄弟は肩を竦め、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。

 

「《ブルー・コメット》の裏で、レッド・ハンズの下っ端が五人やられたって報告が上がって来てたな。詳しくは見てなかったが。ちょっと待て。相手は一人で……オイオイ、マジか」

 

 指が画面を滑る。

 従兄弟の眉が上がった。

 

「ミック・バーロウだ」

 

「……ほう」

 

 そこらのチンピラとはいえ、五人を相手取った。

 中々できることじゃない。

 

「理由は?」

 

「ミックが港のことを嗅ぎ回ってたらしいな。下っ端が裏へ連れ出して締めようとしたら、逆に全員やられたらしい。それでロイが攫うって話をしてたが……」

 

「それで、十五人か」

 

「十四か十五だったはずだが。まさか――」

 

 従兄弟の声が止まる。

 俺は何も言わなかった。

 言う必要がない。

 

 さすがに向こうも話が感づいたらしく、手にしていたグラスを静かに置いた。

 

「冗談だろ」

 

「俺もそう思いたい」

 

「あの三流が、一人で?」

 

「電話に出たのは、その三流だったさ」

 

 従兄弟の顔から笑みが消えた。

 

 俺はソファにもたれながら、窓の向こうへ視線を戻す。

 港の明かりはいつもと変わらないが、今日はそこで、あり得ないであろうことが起きたことは確かなようだ。

 

 昨日まで名前すら意識していなかった情報屋が、レッド・ハンズの人間をまとめて潰している。

 

「調べろ」

 

「ミックを?」

 

「生まれから今まで全部だ。誰と繋がってる。誰に雇われた。どこで戦い方を覚えた。最近、誰と会った」

 

「ただの情報屋だって話だぞ」

 

「だから調べるんだ」

 

 人間には理由がある。

 強いなら、強くなった理由がある。情報を持っているなら、それを流した人間がいる。急に変わったのなら、その前に何かが起きている。

 

 何もないところから、突然別人になる奴はいない。

 少なくとも、俺はそう思っていた。

 

 部屋の扉がノックされた。

 返事をすると、若い男が入ってくる。息を切らしてはいないが、普段より歩幅が大きく、顔にも僅かに緊張が浮かんでいた。

 

「ルカ」

 

「何だ」

 

「ロイの倉庫に警察が入った」

 

 従兄弟と目を合わせる。

 

「いつだ」

 

「ついさっきだ。救急も向かってる。こっちの見張りが確認した」

 

「ロイたちは?」

 

「全員やられてるみたいだな。死者がいるかはまだ分からないが。ただ、警察らしくないヤツが一人、いたらしい」

 

「ミックか」

 

「……知ってるのか?」

 

「続けろ」

 

 男は僅かに戸惑ったものの、すぐ報告へ戻った。

 

「市警のマーサーに、ケイト・ハドソンも一緒だそうだ」

 

 ダニエル・マーサー。

 その名にも覚えがある。

 面倒な刑事だ。

 派手さはないが、一度噛みつくとなかなか離れない。

 

「十七番は?」

 

「今のところ動きなし。ただ、このまま予定通りには……」

 

「中止しろ」

 

 即答すると、男が頷いた。

 

「場所を変えるか?」

 

「今は動かすな。警察がどこまで把握しているか分からない状態で荷を動かせば、逆に尻尾を掴ませる。ロイのところから何が押さえられたか確認してから決める」

 

「分かった」

 

「レッド・ハンズにも勝手に動くなと伝えろ。仕返しもだ」

 

 そこで男が少しだけ顔を上げた。

 

「ミックに?」

 

「ああ」

 

「でも、ロイたちをやられて黙ってるか?」

 

「黙らせろ」

 

 低く言うと、それ以上の反論はなかった。

 

 男が部屋を出ていく。

 扉が閉まってから、従兄弟が俺を見た。

 

「珍しいな」

 

「何がだ」

 

「やられて、相手をそのまま放っておくのか?」

 

「いいや」

 

 ただ、殺すだけなら簡単だ。撃てばいい。

 寝床が分かるなら、そこへ人を送ってもいい。

 

 だが、それでは何も分からない。

 なぜ昨日まで小物だった情報屋が、突然そんな真似を始めたのか。どうして港を嗅ぎ回り、マーサーに情報を流し、それでいてレッド・ハンズを敵に回してまで自分で動くのか。

 

 何より、本当に一人で十五人を倒したのか。

 電話越しの声だけでは判断できない。

 

「会ってみたい」

 

 口にすると、従兄弟が嫌そうに笑った。

 

「っへ、ろくでもない顔してるぞ」

 

「どんな顔だ」

 

「面白そうな奴を見つけた時の顔だ」

 

「失礼だな」

 

 俺は立ち上がり、窓辺まで歩いた。

 眼下の通りには黒塗りの車が並び、その向こうには夜の街が続いている。

 

 ミック・バーロウ。

 三流の情報屋。

 

 酒と借金で首が回らず、金のためなら誰にでも情報を売る男。

 その評価が正しいなら、今日の出来事はおかしい。

 

 評価が間違っているなら、これまで何年も正体を隠していたことになる。

 どちらにしても、放っておくには厄介になるかもしれん。

 

「おい」

 

「ん?」

 

「写真はあるか」

 

「昔の逮捕記録なら出せると思う」

 

「見せろ」

 

「顔くらい先に覚えときたいって?」

 

「ああ」

 

 次に会った時、知らない顔ではつまらない。

 従兄弟が端末を操作し始めるのを横目に、俺はさっきの電話をもう一度思い返していた。

 

 こちらが名を聞いても怯えない。

 ロイを倒したことを誇りもしない。

 それどころか、俺に名前を覚えられることを、本気で嫌がっているようだった。

 

 普通なら、カルデロンの名を利用しようとする。

 あるいは恐れる。

 

 どちらでもない人間は珍しい。

 しばらくして、従兄弟が端末をこちらへ向けた。

 

「これだ」

 

 画面には、くたびれた顔の男が映っていた。

 金髪に無精髭。どこか眠たそうな目をしていて、服装にも特別なものはない。

 街角ですれ違えば、そのまま忘れてしまいそうな男だった。

 

「これが?」

 

「ミック・バーロウ。間違いない」

 

 俺は写真をしばらく眺め、それから小さく笑った。

 

「手を出すなよ」

 

「誰にも?」

 

「少なくとも、俺が会うまではな」

 

 従兄弟が肩を竦める。

 

 俺はもう一度、画面に映るミック・バーロウの顔を見た。

 そして、その名前を今度こそ頭の中へ刻む。

 

 忘れてくれ、と本人は言っていたが、残念ながらそれはもう、少し遅い。

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