海外クライムドラマの役立たず情報屋になったけど、能力だけ無双系ゲームなんだが 作:きんきん
目を覚ますと、見知らぬ天井の隅に茶色い染みがあった。
一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなかったが、窓の外を大型トラックが通り過ぎる音を聞いて、昨夜入ったモーテルだと思い出す。
オールドタウンの外れ、幹線道路沿いに建つ二階建ての安宿だ。客室は広い駐車場を囲むように並び、窓を閉めていても絶え間なく行き交うトラックの音が響いてくる。壁も薄いらしく、隣室では朝からテレビがついていて、くぐもったニュースキャスターの声が聞こえていた。
ベッドは狭いし、冷蔵庫も何年前の物か分からないくらい古い。それでも、鍵の掛かる部屋で眠れるだけ、今の俺には十分だった。
元のアパートは引き払ってしまったし、レッド・ハンズにもバレてる。しばらくは安宿をはしごする方が良いかもな。
「……よっと」
身体を起こし、首から肩をゆっくり回してみる。
昨日の大暴れが嘘のように体の調子は良い。今なら宙返りでもできそうなもんだ。
「……ふうむ、やっぱり体がおかしくなってるみたいだなぁ」
洗面所で顔を洗い、鏡の中に映ったミック・バーロウ、俺自身と朝から目を合わせる。
相変わらず、不健康そうな顔だ。
見た目だけなら酒と煙草でやつれている男なのに、中身は妙に頑丈なのだから、どうにも釣り合っていない気がする。
備え付けのコーヒーメーカーで薄いコーヒーを淹れ、一口飲んだところで携帯が鳴った。
画面に表示された名前は、マーサー。
「相変わらず仕事熱心だな……」
出ると、挨拶もなく本題が飛んできた。
『昨日の続きだ。署へ来い』
「せっかちだねぇ」
『事情聴取の続きと、ケイトに言った話も聞く。十一時だ』
こちらの軽口にも反応せず、言いたいことだけを伝えて通話が切れた。
俺はしばらく携帯を耳へ当てたまま固まり、それから呆れて息を吐く。
「ったく。聞く耳もたないとはこのことだな」
◆ ◆ ◆
市警本部へ着いたのは、指定された時間を少し過ぎた頃だった。
灰色の石造りの建物は朝から慌ただしく、正面には何台ものパトカーが停まり、広い階段を制服警官や市民が絶えず行き来している。
受付で名前を告げると、女性職員から何とも言えない顔をされた。
この街でのミック・バーロウの評判を考えると、その理由を聞く気にはなれない。
しばらく待っていると、マーサーが階段から降りてきた。
「遅いぞ」
「たった五分だ。小便にでも行ってたらそれくらい経つだろう?」
軽口を叩きながら、マーサーについて殺人課のフロアへ上がる。
中では忙しなく電話が鳴り、刑事たちが机の間を行き来していた。その奥、自分の席で資料を読んでいたケイトが俺に気づき、栗色の髪を耳へ掛けながらわずかに眉を寄せる。
昨日の忠告をまだ気にしているのかもしれないが、向こうから何か言ってくることはなかった。
事情聴取そのものは、思っていたより淡々と進んだ。
俺が連れ去られた場所、使われた車、倉庫へ到着するまでに覚えている経路、それからロイたちが何を聞いてきたか。
「あと一つ」
マーサーが机の上へ置かれた写真を指で軽く叩いた。
「ロイの携帯から、お前の指紋が出た」
「ああ、触ったからな」
「理由は?」
「着信があったから出た」
資料を読んでいたケイトが顔を上げる。
「相手はルカ・カルデロン」
疑問というより、すでに確認済みの事実を確かめる口調だった。
「そう」
「何を話したの?」
「ロイを出せって言われた。無理だって答えたら、名前を聞かれた。それだけさ」
ルカからすれば、それだけではなかったのかもしれないがね。
なんでまたあんな大物に目を付けられることになっちまったんだか。
マーサーは短くメモを取り、それ以上は追及しなかった。
やがてケイトが机の上に積まれていた資料を一冊抱え、席を立った。
「どこ行くんだ?」
何気なく聞いただけだったが、ケイトは足を止めた。
「仕事に決まってるでしょ」
「一人で?」
「そうだけど」
「昨日言っただろ。しばらく一人で動かない方がいいって」
口にした途端、彼女の表情が少しだけ硬くなる。
ケイトは資料を抱えたまま、真っ直ぐ俺を見た。
「理由を言えない忠告を、どこまで信用しろっていうの?」
「それは……そうだけど」
ごもっともである。
「それに、そんな不確かな情報で警護に付かなきゃいけないほど、警察は暇じゃないの」
言い切ると、ケイトは迷うことなくフロアを出ていった。
その背中を見送っていると、隣からマーサーの声がする。
「何か分かったら連絡しろ」
「分かればな」
俺自身、これ以上の事は何も分かっていないのだ。
原作では襲われる。
ただし、いつ、どこで、誰に、という肝心な部分が曖昧なのだから。
結局、それで事情聴取は終わった。
◆ ◆ ◆
市警本部を出たところで、道路向かいの駐車スペースから黒いセダンが走り出すのが見えた。
見覚えのある横顔が運転席にあり、助手席は空いている。
「……ケイト」
そのまま黒いセダンは交差点を曲がり、建物の陰へ消えていった。
妙な胸騒ぎがする、が、気のせいかもしれないし、そうでないかもしれない。
「……ああ、もう」
結局、俺は通りかかったタクシーへ手を上げた。
後部座席へ滑り込み、前方を指差す。
「前の黒いセダン。見失わない程度に追ってくれ」
運転手がバックミラー越しに俺を見る。
「探偵か?」
「情報屋」
ケイトの車は古い商業地区を抜け、途中で一度ダイナーへ立ち寄ったあと、オールドタウン寄りにある立体駐車場へ入っていった。
俺は少し離れた場所でタクシーを降り、そのまま中へ入る。
古いコンクリート造りの駐車場には排気ガスの匂いがこもっており、蛍光灯もところどころ切れていた。上階からタイヤが床を擦る音や、車のドアが閉まる音が何重にも反響してくる。
階段を使って四階まで上がると、ほどなく黒いセダンを見つけた。
ただ、その横にいたのはケイトではない。
作業着にキャップを被った男が一人、運転席側の車体へしゃがみ込み、工具箱もないのに片腕を車体の下へ深く伸ばしている。
怪しすぎる。
「何してる?」
声を掛けると、男がゆっくりこちらを見た。
「整備だ」
「その車の持ち主、俺の知り合いなんだけどさ。こんなところで整備するなんて話、聞いてないなぁ」
その一言で、男の顔から表情が消える。
次の瞬間、手にしていた何かを車体の下へ押し込み、勢いよく立ち上がったかと思えば、そのまま走り出した。
「おい!」
反射的に追いかけかけて、俺は足を止める。
先に車だ。
逃げた男より、あいつが何をしていたのか確かめる方が重要だった。
車体の横へしゃがみ込み、下を覗き込む。
薄暗い床と車体の隙間に、明らかに純正部品ではない黒い塊が取り付けられている。そこから細い線が何本か伸びているのを見た瞬間、途切れていた記憶が一気に繋がった。
ケイト。
車。
爆発。
まさか!
ほぼ同時に、階段側から足音が聞こえてきた。
「何でいるの?」
戻ってきたケイトが、怪訝そうな顔でこちらを見る。
「車に近づくな。下に変な物が付いてる」
俺の声色から何かを察したらしい。
彼女の表情が一瞬で刑事のそれへ変わった。
「爆弾?」
「たぶん」
ケイトが無線へ手を伸ばした、その時。
下の階から荒々しいエンジン音が響いた。
さっきの男か?
逃げるつもりらしい。
気づけば、俺は非常階段へ駆け込んでいた。
「ミック!」
「処理はそっちに任せる!」
背後からケイトの声が聞こえたが、足は止めない。
階段を一気に下りる。
普通なら踊り場へ差しかかるたび速度を落とすはずなのに、身体は手すりや段差を利用しながら勝手に最短距離を選び、ほとんど勢いを殺さない。
外へ飛び出した時には、青いセダンが通りの先へ走り去るところだった。
「車は無理だろ……」
そう思った。
ただ、この辺りは古い建物と細い路地が多く、大通りへ出るまでには何度も角を曲がる必要がある。
車は道路を走らなければならない。
なら、いけるか?
「よし――」
路地へ入る。
目の前の金網フェンスへ足を掛けると、ほとんど速度を落とさないまま身体が上へ抜け、着地と同時にそのまま走り出す。
建物脇の搬入口を横切り、積まれた木箱を避け、狭い通路を抜けて一本先の道路へ出る。
ちょうど青いセダンが目の前を横切った。
まだ行ける。
自分でも呆れるくらい、身体が軽かった。
足の置き場を考える必要がないし、転びそうになれば勝手に重心が動く。障害物があっても、避け方を考えるより先に身体が最短の抜け方を選んでいた。
さらに一本路地を抜け、大通りへ飛び出す。
信号待ちの車列、その最後尾に青いセダンが停まっていた。
「追いついた……!」
思わず呟いた俺自身が、一番驚いている。
運転席の男も、サイドミラー越しにこちらへ気づいたらしく、露骨に顔色を変えた。
俺は車道へ出て運転席側のドアへ手を掛けたが、当然ロックされている。
「開けろ!」
言いながら窓へ肘を叩き込む。
一撃目で大きくひびが入り、二撃目でガラスが内側へ崩れた。そこから手を突っ込み、ロックを外してドアを開ける。
シートベルトを外したところで、男が腰へ手を伸ばした。
その瞬間には、俺の手が先に手首を取っている。
小型の拳銃が路面へ落ちた。
「離せ!」
男が激しく暴れたため、反射的に腕を押さえ込む。
すると、肩のあたりから嫌な音がした。
「ぐあっ!」
「あ」
まずい。
「悪いな! 加減がまだ分からないんでな!」
いや、本当に申し訳ないとは思っている。
ほどなく遠くからサイレンが聞こえ始め、数分もしないうちにパトカーが停まった。
ケイトと制服警官がこちらへ駆け寄ってくる。
道路脇で押さえ込まれている男と、その横に立つ俺を見て、ケイトが一瞬だけ足を緩めた。
「……何で車に追いついてるの?」
「近道したからな」
何か言いたそうだったが、さすがに今は犯人の確保が先らしい。
男を制服警官へ引き渡したところで、俺は駐車場の方角へ目を向けた。
「車は?」
「爆発物処理班を呼んだ。まだ断定はできないけど、少なくとも普通のモノじゃないみたいね」
「なら、間に合ったな」
ほっとして言うと、ケイトがじっとこちらを見た。
「ミック」
「何だよ」
「……その、ありがとう」
少しばかりばつが悪そうな顔をしながら、こちらに礼を言ってくる。
へへ、良いってことよ。
その時だった。
犯人から押収した携帯を確認していた制服警官が、ケイトを呼ぶ。
「刑事、これを」
彼女が画面を覗き込み、その表情が変わった。
「どうした?」
「……私がここへ来ることを知ってた」
「何?」
「場所も、車も合ってる。到着予定まで」
さっきまでより、ケイトの声が低くなっていた。
「誰でも知ってた予定?」
俺が聞くと、彼女は短く首を振る。
「違うわ。今日の行動予定は、署内でしか共有してない」
その言葉を聞いた瞬間、頭の奥で何かが引っかかった。
警察内部。
情報漏洩。
ケイトへの襲撃。
ばらばらだった原作の記憶が、少しずつ一つの線へ繋がっていく。
「あ」
思わず声が出た。
ケイトがすぐこちらを見る。
「何?」
「いた」
「誰が?」
「警察の中に、情報流してた奴」
いた、確かそんな奴がいたはずだ。なんで覚えてないんだ俺の馬鹿野郎。
マーサーたちの動きを外へ流し、そのせいで捜査が何度も先回りされた。厄介な内通者。
「……誰だっけ」
名前だけが出てこない。
ケイトの目が細くなる。
「ちょっと、何でそんなこと貴方が知っているのよ!?」
「俺もそう思う」
「はあ!?」
ものすごい剣幕でケイトがこちらに詰め寄るが、仕方なかろう。
コッチだって頑張って思い出そうとはしてるんだが、そうそう覚えてないだろ、そんな細かい設定なんて!
「待て待て! そんなことより、そいつが誰かを突き止めるのが先だろう!?」
俺の言葉に、納得はしていない物の、しぶしぶといった表情でため息を吐いた。
「……まぁ、良いわ。で、名前は?」
「出てこない」
ケイトがゆっくり額を押さえた。
俺も、まったく同じ気分だった。