俺の相棒だけ擬人化実装されてないんだけど! 作:寝室にドラゴンが突っ込んで来た!
「ひぃいい!!」
外でファヴニールが交戦を始めた頃、フェルドにも異常は起きていた。
契約の印である紋様が彼の全身に回り、内側から溶かされる様な痛みが走っていた。慌てて、ポーションを飲み干すが気休めにもならない。
「僕に、何が!」
『ハハハ!!! まさか、こんなことになるとはな! お前達には期待すらしていなかったが、素晴らしい!』
声の主は心底嬉しそうに言っていた。フェルドとしては聞き捨てならなかった。
「僕達に。期待すら、していない?」
『当然だろう? 人間の分際でドラゴン娘を軽んじるクズに、反抗心も見せぬ落ちこぼれ。……いや、ファヴニールの方は訂正しよう。彼女には私の糧となる資格がある。後は、邪魔な貴様を排除すれば終わりだ』
水晶がひび割れ、中からドス黒い靄が湧き上がる。やがて、四つ足の魔獣の様な形を取り、彼を引き裂かんとしていた。
『ご苦労だった、フェルド。私からの褒美だ。死ね』
眼前に死が迫り来る中、彼の思考はかつてない程に加速していた。
「(結局、ヴァルザイア様も僕のことなんか見ちゃいなかったんだ)」
初めて、勧誘を受けた時は嬉しかった。この学園の密偵として選ばれた時は天にも昇る気持ちだった。だが、彼女も自分を利用していただけだった。
両親、学友、教祖、そして、畏怖の対象。誰からも知られることも無く、殺される。ならば、それも良いのではないかという気がしていた。
「(どうせ。期待しても無駄なんだ)」
この世界は自分に何一つとして報いてくれることは無いのだから。全てを諦めようとした瞬間、背にしていた扉が勢いよく吹っ飛んだ。
「ハクテイ! 振り払って!」
部屋に飛び込んで来たハクテイが黒い靄を振り払った。一瞬、形を崩したがすぐに元通りに戻ろうとする。
「ハクテイ君! 部屋の中心にある水晶を割りたまえ!」
「了解!」
指示を受け取ってから僅か数秒で、彼女は水晶を叩き割った。
すると、部屋内に立ち込めていた黒い靄が雲散霧消していき、立ち込めていた邪気が払われていた。呆然としているフェルドを見てシンキが驚いていた。
「その体の紋様。カラバと同じ」
「じゃあ、やっぱり。外で暴れているのはファヴちゃん?」
2人の口から自分の名前が出て来ることは無かった。彼の感情に呼応するかのように、全身に走った紋様が紫色に光る。
「どいつもコイツも僕をバカにしやがって! ファヴニールはどこだ! こんな学園、叩き潰してやるぞ!」
「そうはさせないよ」
顔面に何かを吹き掛けられた。目も開けられない程の刺激を食らい、その場で転げ回っていると手錠を掛けられていた。
「ナイス教授」「さすが教授」
「いや、カラバ君の一件で眠らせるのは無理だと判断したからね。直ぐに役立つとは思っていなかったが……さて」
拘束したフェルドを椅子に座らせた後、ヤウナー達は尋問を始めた。
最初の数分こそは興奮状態にあったが、徐々に落ち着いて行き、何が起きたかを話してくれた。
「君の代わりにファヴ君が力を授かった訳か」
「そうだ。アイツはあんな力があったのに、僕に黙っていたんだ。何も無かったのは僕だけだったんだ!」
ヘラヘラと笑うフェルドに対して、シンキとハクテイは軽蔑を隠そうともしていなかった。二人を手で制して、ヤウナーが答えた。
「でも、こうも考えられないかい? ドラゴン娘さえも暴走させるほどの力を君が受け取っていれば、どうなっていたか?」
「止めろ…」
人間の身で耐えられる訳がない。少なくとも、こうして自暴自棄に自嘲することすらできなかっただろう。
「ファヴニール君は、君を守ろうとしたんだよ」
「止めてくれよ……・」
フェルドの目からは涙が溢れていた。彼は傲慢で間の抜けたこともするが、決して愚鈍ではない。
自分の中にある偏見とコンプレックスをファヴニールにぶつけていることも分かっていた。あまつさえ『替わり』を見つけて、見捨てようとさえした。
だが、彼女は一度たりとも自分から離れようとしなかった。いつだって、自分を守ろうとしてくれていた。――そんな彼女に対して、自分はなんと惨めで情けない存在だろうか。
「それでも。お前がファヴちゃんに対して、何も思っていないなら」
「私達がお前を、許さない」
シンキの怒りに呼応するようにして、ハクテイの瞳孔が引き絞られた。フェルドは力なく項垂れている。
「僕に、何ができるって言うんだ」
「教授としては、他の学生と一緒に避難してくれ。って言いたいんだけれどね」
彼の全身に走る紋様が紫色に点滅している。まるで、彼を呼んでいるかのようだった。
「ヤウナー教授。先に行って」
「ヤウナー教授。私達も後で行く」
「君らにも昏睡スプレーぶちまけてやりたいがね」
タネが割れている奇襲に意味は無い。フェルドの拘束が解かれ、ハクテイが二人を抱えた。
「行ってきます」「行って来る」
「本当は行かせたくないんだけれどね! 絶っっっ対に無事に帰って来て!!」
ハクテイは小さく頷くと、外へと飛び出して行った。そして、ヤウナー教授もまた避難場所へと向かった。
――
『行くぞ』
まるで、自分がドラゴンの中に取り込まれる様な感覚だった。世界が拡張される。見えない物が見え、聞こえない物が聞こえる。
ファヴニールの竜鱗が生え変わろうとしているのが見える。生え変わろうとした部分に防御壁を張ることで、上手く張り替えられずに甲殻が形成できずにいる。
「ギャアアアアアアアアアア!」
『逝ね』
地上戦をしている間に翼膜が回復したのか。ドラゴンは一瞬、飛翔したかと思えば、宙で1回転して尻尾をハンマーの様に振り下ろしていた。
防御用の甲殻が形成できていない状態での一撃は会心の物だったらしく、ファヴは地面に沈んでいた。もう立ち上がれないと思っていたが。
「ガァ、ガァッ……」
「(頼む。立たないでくれ)」
このまま戦い続けてもフェルドを守ることはおろか、自分の命さえも守れない。ここまでやって止まらないなら、どうやって彼女を止めれば良いのか。
「カラバ!!」
拡張された聴覚が聞き覚えのある声を拾っていた。
声の方を探せば、そこにハクテイに抱えられたシンキとフェルドの姿。注目したのは彼の全身に走る紋様だ。
「(俺と同じ)」
「後は任せた!」
「うわぁああああああああ!?」
ハクテイからフェルドを放り投げられた。防御壁を展開しながら、跳び上がってキャッチした。
「あ、アイツ! やっぱり、僕のことを殺す気だ!」
「まず、この場をどうにかしないと両方死ぬんだよ!!」
ドラゴンからテールハンマーの一撃を受けても、なおファヴは立ち上がろうとしていた。フェルドの体に浮かぶ紋様が点滅した。
『私が、勝たなくちゃ』
「……ファヴ?」
「君にも聞こえたのか?」
目の前には、黒色の竜鱗を纏った怪物がいる。だが、俺達は彼女の正体を知っている。どうにかしたいと思っている。
「フェルド。お前はどうしたい?」
「僕は……今更、どう思われても良い。彼女と話がしたい」
「そうか。じゃあ、踏ん張るしかないよな」
既に、この場を去ったシンキとハクテイが上手くやってくれたのか。あるいは、ファヴの直向きな思いが伝わったのか。フェルドがこの場にいるなら、心強い。
『行け』
「え?」「は?」
何の予備動作も無く、ドラゴンは上体を動かして俺達をファヴに投擲した。慌てて、二人で防御壁を展開したので激突死することは無かった。
ファヴの上に降り立ったが、何をすれば良いかなんて分からない。……とは言えない。
「何か案でもあるのか?」
「実は、鱗の再生をするにしても何をするにしても。1つの場所から始まっていた気がする」
ドラゴンの視覚から得た情報を元に、該当箇所に向かう。鱗が再生を始めて行く箇所に、それはあった。
「ファヴニール!」
竜鱗で形作られた巨竜の中に、彼女は眠っていた。フェルドも俺も呼びかけるが、彼女が目を覚ます様子は見当たらない。
俺達が手間取っている間に竜鱗が再生され、再び彼女を覆い尽くそうとした時、フェルドが手を伸ばした。ちょうど、掌にある契約の印を彼女に押し当てる形となった。瞬間。
――
風景が切り替わっていた。学園でも無ければ、夜でもない、真っ暗な場所。近くに誰かいないかを見渡してみれば、フェルドがいた。お互いに顔を見合わせてみるが、何が起きているかは分からない。
互いに、困惑していると目の前を1人の少女が通り過ぎて行った。小さな尻尾に、僅かな薄紫色の竜鱗。手には毒虫や毒草等、少女には似つかぬものだ。
「(もしかして)」
別の個所にスポットライトが当たる。少女達が楽しそうに遊んでいた。彼女達と一緒に遊ぼうと思って、近付こうとしたら手から毒虫や毒草が零れ落ちた。手は毒液に塗れていた。……彼女は近付くのを止めた。
スポットライトが消えて、彼女は歩き続ける。尻尾も大きくなり、体に竜鱗も張り付いて来た頃。呼ばれる声があった。
『僕の契約に応えたまえ!』
とても聞き覚えのある声だった。彼女は声のする方を探している。
これがファヴの辿って来た人生の一端であるとするならば、誰が彼女に声を掛けに行くべきか。
「……フェルド」
「行って来る」
余計なお世話だったか。俺は遠くから見守っているだけにしよう。
――
「寂しそうにしていると思ったんです」
もしも、普段のフェルドが聞いていたら憤慨していたことだろう。今の彼は耳を傾けていた。
「もしかしたら、友達になれるかもと思っていたんですけれど。私、友達って言うのが分からなくて。周りの真似をすれば、頑張れば、何時かはって」
そんなことをしても無駄だったことは、他の誰でもない自分が一番知っていたはずだったのではないか。そんな努力が報われて欲しいと思っていたのも自分では無かったのか。
「やっぱり、私じゃ何をやってもダメかなーって思っていたんですけれど。カラバさんや皆と出会って、ちょっと自信が着いたから。フェルド様のことを助けられるかなって。助けなきゃって」
現実に折れた自分と違って、彼女は諦めなかった。進み続けた。言葉は思い浮かばなかった。彼女を抱きしめていた。
「ごめん……」
「あ、え? えへへ……」
片方は後悔から、片方は笑顔のまま涙を流していた。
言葉もなく、お互いに抱きしめ合って嗚咽を零して、しばらく沈黙が続いた後、先に言葉を発したのはファヴニールの方だった。
「フェルド様。お願いがあるんです」
「言ってごらん」
「私と―――友達になって欲しいんです」
――
学園に朝が来た。教授達が尽力したおかげで、生徒達がいた建物は無事だったが、他の建物や庭で栽培されていた植物などは目も当てられない様だった。
生徒と教授が総出で修繕活動をする中、学園の奥深くでは一部教授陣と学長による私的な裁判が行われていた。
「今回、学園が受けた被害規模を考えれば、被告『ジーク・フェルド』と『ファヴニール』は引き渡しが妥当と考えます」
教授達も事件の犯人は誰か把握していたらしい。彼らが事件を起こしたのは事実であるが、このまま裁かれるのは道理だと言えるが。
「(だけど、それで良いのか?)」
原作を考えれば、ずっと上等な結末だ。二人は裁かれるだろうが、死罪とまではいかないだろう。……いや、希望的な観測に過ぎない。
「(本当に?)」
フェルドは単なる寝取り役か? 傲慢でアホだけど、寂しがり屋な一面もあって、大事なことを知ったばかりじゃないか。
ファヴニールは悲劇のヒロインか? 卑屈だけど、誰かを想いやれる心優しい子で。昨日、素晴らしい友人ができたばかりじゃないか。
「カラバ・イルマイト。何か申し立てはありますか?」
今までの俺の功績を考える。細かい依頼の他にプレスやヒュプノーなどの邪竜信者幹部の捕獲。それに加えて、昨日はヴァルザイアに操られたドラゴン娘の制圧。貯金は十分だ。
「皆さんが、カラバ・イルマイトの打ち立てて来た戦果に報いてくれるのでしたら。どうか、この友人達を学園に留めて頂きたい」
「え?」「な……」
「受け入れよう。この二人は邪竜信者の手掛かりとして、特にファヴニール君が起こした変化は、学園としても興味がある」
貴重な研究材料を確保しつつ、俺が持っていた功績財布の中身を吐き出させたことに満足したのか、二人の処遇について話し合っていた。
――
「カラバ君。どうして、僕達を」
これからフェルド達は奉仕作業や実験等、様々なことに付き合わされる。彼らの身柄は学園預かりの物となり、自由は大幅に制限されることだろう。
「ファヴから大事な物を貰ったからな」
「大事な物?」
俺は奇跡的に無事だった壺を持って来た。開けてみれば、すさまじい刺激臭を放つ『モンジャヤキ(仮)』が収められていた。
「ヴォエ!!」
「一応、ファヴの分泌物だから結構大事な物。らしいぞ?」
「捨てろ!!」
幾ら、彼女と再び歩み始めたとしても嫌な物は嫌であるらしい。
と、そんな遣り取りをしていると。ヤウナー教授がファヴニールを引き連れて、やって来た。
「フェルド様!」
「ファヴニール! 教授、彼女は?」
「まだ、分からないことが多い。学園に散らばった鱗も含めて、色々と調査中でやることは多いけれど、やり甲斐があるよ! やり甲斐が!」
ヤウナー教授は自分の研究室が無事だったので、あまりダメージは無いらしい。……後、二人位足りない。
「シンキとハクテイは?」
「あの二人は滅茶苦茶やったから、罰として表の修繕活動を手伝わせている。本当を言うなら、君達にも手伝って欲しい所なんだがね!!」
結構、オカンムリだった。それは当然か。傍らに立つファヴを見る。
「ファヴ、体に異変とかは?」
「特にありません。むしろ、調子がいい位で。……あの、カラバ様。私、本当になんて言えば良いか」
「良いんだよ。俺は特に気にしていない」
実際、今回の戦いで尽力したのはドラゴンだしな。あの時は、言葉を交わせたが今はそんな気配は微塵もない。いつもみたいに鼻を鳴らしている。
「でも、僕達が気にするんだよね。じゃないと、友人の甲斐がないじゃないか」
「そうですよ。私達、友達! なんですから!」
悲惨な最期を迎えるはずの二人が友人になった。というのが一番の報酬だというのは、幾らなんでもクサすぎる。……よし。
「じゃあ、ちゃんとした『もんじゃ焼き』を作って貰おうか。キャベツも新鮮な物を取って来てくれよ」
「お安いご用です!」「じゃあ、行こうじゃないか」
「何を言っているんだ、このバカ共が。外出の許可を出す訳無いだろうが」
ヤウナー教授の情緒が激しく上下している。1章の時よりも、さらに波乱万丈な2章が終わった。今回の事態は、きっと上にも伝わっている。ヴァルザイアは俺達にどんな接触をして来るのだろうか?
……今はそんなことを考えず、もんじゃ焼きの作り方でも思い出しておくことにしよう。とりあえず、食堂へと向かうことにした。
――
「ヴァルザイア様。どうしましょうか?」
「決まっている。口実は幾らでもできている。私が赴く」
闇の中、全てを見ていたヴァルザイアはかつてない程に口角を吊り上げていた。学園に、再び脅威が迫ろうとしていた。
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