俺の相棒だけ擬人化実装されてないんだけど! 作:寝室にドラゴンが突っ込んで来た!
『そぅら!』
疑竜達と違って、小柄で軽量なこともあって動きが軽やかった。大型で小回りが利かないドラゴンの周囲を飛び回り、かぎ爪で引き裂いて行く。
恐るべきは、ドラゴンの堅牢な竜鱗を貫通してダメージを負わせていることだ。傷自体は浅いにしても、これが積み重ねればどうなるか。
『ガァアアアア!!』
点を捉えるのが無理なら、面で焼き払うという発想に至ったのか、ドラゴンが炎の吐息(ブレス)を吐き出していた。
一方、ヤウナー教授は口から内臓の様な物を吐き出し、ぶるぶると震わせていた。すると、下顎部分からゴボゴボとすさまじい勢いで大量の泡が溢れ出して、彼女の全身を覆っていた。
「(まさか、泡でブレスを遮断する気か!?)」
原理としては消火器に近い。アレの中に入っている消火剤は泡状に噴射され、炎の熱を吸収し、冷却するという物だ。
ドラゴンと繋がったことで拡張された視界が瞬間を捉える。炎の吐息(ブレス)によって、彼女が吐き出された泡は次から次へとはじけ飛んで行くが、それ以上のスピードで吐き出し続けていた。
「(こんな相手は初めてだ……)」
疑竜化した者達は、強大な力を得る代わりに思考能力が低下するというデメリットがあったが、ヤウナー教授には無さそうだ。
『お返しするよ!』
彼女は上半身が膨らむ程に息を吸い込んだかと思えば、口に残っていた泡を飛ばす様にして吐き出していた。
歯の隙間から高圧で噴き出していたのか、薄く平たいカッターへと変形して、ドラゴンへと肉薄するが。
『落ちるな』
「掴まれ!!」
聞こえて来た声に反応する様にして叫んだ。皆が地面に伏せ、竜鱗の鱗部分や突起部分にしがみ付いていると、グラリと揺れた。
『落ちろ』
ドラゴンは翼を大きく打ち振るい、飛んで来た泡カッターを弾き飛ばすだけではなく、発生した風圧と乱気流で彼女は大きくバランスを崩していた。身に纏っていた泡が弾け飛んだのを見計らって、火球を吐き出していた。
『ああ。ダメかぁ』
避けることもままならず直撃を受けたことで、教授が身に纏っていた下顎部分の竜鱗が剥がれ落ち、翼やかぎ爪部分が羽のような物となって消え去り、顔面の上半分のラクダ部分は水玉が弾ける様にして消え、見慣れた彼女の姿が現れた。
「教授!!」
「慌てるな」
ラドンも慣れたのか、ヤウナー教授を回収した。力を使い果たしたのか、彼女は気絶している様だったが。
「ちょっと待って。そいつも回収するの?」
「そいつらのせいで、私達はここにいるのよ!?」
「さっき、ここが住処だって言っていたし。置いて行けばいいじゃない! また、何をするか分かった物じゃない!」
救助したドラゴン娘達に抗議された。彼女達の叫びは全くもって正当な物である。ヤウナー教授が異次元に来ることを望んだというのは、彼女らに対する非道を看過したということでもあるからだ。……俺にできることは一つ。
「すまない。彼女達が君達に酷いことをした。必ず、君達を解放するから、謝罪の機会が欲しい」
「そんな、君は……」
フェルドを手で制した。今、俺ができるのは頭を下げて許しを乞うだけだ。
そもそもの話を言えば、俺の隣にいるラドンが彼女達を捕らえたことから始まり、今日に至ったのだ。目の前にいるドラゴン娘達は被害者なのだから。
「(その割にはラドンに反応していないのは、彼女のことを見たことが無いのか、憶えていないのか)」
もしも、誰かが思い出したら事態が更にややこしくなるだろうが、それでも俺は頭を下げることしかできない。彼女達の手を掴むと決めた時から、こうなることは必然だった。
「……なんで、アナタがそこまでするの?」
「彼女は、俺にとって大切な人だからだ」
この感情は伝わるのか、彼女達も言葉を飲み込んでくれた。納得して貰うことはできなくても、我慢して貰えるだけの説得ができれば十分だ。一先ずは矛を収めて貰ったが、問題は全てが終わった後だ。
――
「う……」
教授が目を覚ました。救助したドラゴン娘達に距離を取られていることから、自分の立場は直ぐに把握したらしい。
「体に痛む所とかはありますか?」
「……無いよ」
「じゃあ、良かった。多分、これから激しい戦いがあると思うんで、落ちない様にしっかりとドラゴンに掴まっていて下さい」
この先に総長がいる。あるいは、もう目的を達してマスターに会えたのかもしれない。それなら、それで良い。
誰も口を開かない。シンキ達も俺達のことを気遣ってくれているのだろう。俺も何を言えば良いか分からない。教授から話してくれるのを待っている。
「なんか話して下さいよ。間が持ちません」
堪らず、促してしまった。空気もへったくれも無いかもしれないが、俺は教授といつものペースで会話がしたい。
「君は本当に変わらないな」
「そうでも無いですよ。変わったから、こうなっているんですよ」
もしも、ドラゴンを召喚してから誰とも出会わなかったら、いや、ドラゴンを召喚することも無ければ、俺は依然として皆から距離を置いたままだったのだろうか。
「変わる、か」
「教授はどうですか?」
俺の目からは教授はずっと教授のままの様に見える。
だけど、ここに訪れる為に強硬手段を取った様に、彼女も今に至るまで沢山のことがあったハズだ。
「……私はね、両親のことを何も知らない。でも、体だけは頑強だったからね。何とか生き延びて来られた。ついでに頭も良かった!」
茶化す様に言っているが、この世界においてどれだけのアドバンテージだったか。それだけは、間違いなく『贈り物』と言えるだろう。
「でも、知れば、知る程。自分が何者かということが分からなくなった。『環境・異種生態学』もその一環さ」
「誰かと仲良くなろうとは思わなったんですか?」
「興味が湧かなかったからね。自分でも不思議になる位に」
「その癖、独りじゃいられない寂しがり屋なんだから」
本当に誰にも関心も興味も分かないなら、俺にあんな言葉を吐いたりもしないし、生徒の為に駆けずり回ったりもしない。とか、煽っていると袖を掴まれていた。
「誰が、私のことを変えたと思っているんだい?」
「え?」
「君だけが変わったと思うなよ」
……もしかしてだけど、ヤウナー教授は俺と出会う前に色々とあって、教授として面倒見の良い性格になった訳じゃなくて。
「君も私のことを変えたんだからな」
そんなことを言われたら、俺も反応に困る。ドラゴン娘の集団からもジト目で睨まれていた。互いに言葉に詰まって、頬を搔いていた。
「じゃあ、どうして俺達の前から去ろうとしたんですか?」
「……自分のことを知りたかったのも本当さ。それに、私は君達と違う。きっと、
いつか別れることになるだろうと思ったから」
彼女がそこまで気にするようになったのは、気にしてくれるようになったからこその選択だったのかもしれない。
ちょっと躊躇った。前世でそんなことをしたことが無いし、気持ち悪がられるかもしれないけれど、どうしてもそうしたいと思った。俺はヤウナー教授を背後から抱き寄せた。
「皆、教授の優しさに助けられているんですよ。だから、俺達も教授の寂しさに寄り添いたいんです。きっと、皆も同じはずです」
チラリと皆を見たら、ラドン以外は頷いていた。教授の目から涙が流れた。
「バカなことをしてしまったね」
「帰ったら、ちゃんと皆に償いをしましょう。俺も一緒に手伝いますから」
教授も暫く抱きしめられたまま、何も話さなかった。ドラゴン娘達もそっと視線を外してくれていた。
――
……ドラゴンのフライトも終着点が見えて来た。総長が竜鱗で作られた三対の大翼を拡げて、待機していた。
「ようやっと、来てくれたんやな」
彼女の背後は波打っていた。まるで、何処かへと続くのに扉は閉まっている様な、そんな印象を受けた。彼女は俺達の方、特にヤウナー教授を見ていた。
「センセも憑き物が落ちたみたいな顔をしとるな」
「おかげさまでね。総長はこんな所で何を?」
「――この先に、ウチのマスターがおる」
彼女の全身を竜鱗が覆って行く。幾つも重なり、層ができ上がり、強大な存在が作り上げられようとしている。
「せやけど、ウチ一人や無理や。ここの時空を歪める程の衝突が無いと開かんねん。だからな―――この私『千魔のダハーカ』の悲願の為、お相手願おうか」
三対の大翼と三つの首。今までの疑竜達とは違い、人型に近いシルエットをしているのも特徴的だった。全身を覆っている赤黒い竜鱗はさながら、鎧の様にすら思えた。
『もっと寄こせ』
俺の全身に浮かんでいた紋様が激しく点滅する。今までは外も中も灼ける様な痛みだったが、今度は煙が上がっていた。本当に焼けている!
「カラバ君!?」
「やれェ!!」
叫びと共に血を吐いた。膝を着くが、倒れない。俺達は勝って、戻る。そう決めたんだ。俺の体が持つことを祈りながら、ドラゴンに全てを託した。