俺の相棒だけ擬人化実装されてないんだけど! 作:寝室にドラゴンが突っ込んで来た!
カラバ達が去った後の魔獣トーナメント会場での話である。
市長自らが大トリを務めるという展開に、会場の盛り上がりは最高潮に達していた。あまりの熱狂ぶりに若干置いて行かれながらも、リンドブルムは新しくマスターとなった男の激闘ぶりに見入っていた。
「(すげぇ。すげぇよ)」
リングの中央では二人の男、いや。あらゆる魔獣を捻じ伏せて来て、雌にして来た人間は単なる雄と呼ぶべきではない。超雄ともいうべき存在と殴り合っている市長もまた同等の存在なのだろう。
「すまんな!! 本当を言うと、この鉄兜を脱いで殴り合いたいのだが!!」
「気にするな。俺だってパンツ位は履く!」
互いに武器なんて無粋な物は使わず、己の四肢に全てを掛けて殴り合っている。ヤレ、ドラゴン娘だ、ヤレ魔獣だ、ヤレ呪文だのと言われる昨今において、あまりに清々しい光景だった。
されど、二人の殴り合いは力任せという訳では無く、高度な駆け引きや武術が含まれているということは、一般市民にも分かっていた。
「市長!!やっちまえ!」
「プレェエエス! 市長の顔面と住民票に一発プレスをくれてやれ!」
これだけの盛り上がりを経て、明日の双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)に参加するマスター達は何を思うのだろうか? ……ただ、この場においてリンドブルムだけが知っていることがある。
「(でも、プレ……マスターは明日の双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)にも出るんだよな?)」
これだけ観客を沸かせた男のパートナーとして一緒に出る。となれば、自分にも相応の期待が掛かるのは必然だろう。……果たして、応えられるだろうか? リンドブルムは思い出していた。
『俺達は最強のマスターとドラゴン娘になるんだ!』
かつて、自分が契約した時に聞いた言葉だ。自分達の未来はどこまでも広がって行くと信じて、呆気なく挫折した。
どうして、夢と希望に輝いていた少年と観客席にいたマスターと呼ばれていた男の姿が重ならない、重ねられなかった。
「フンッ!!!」
「なんの!!」
お互いが放った蹴撃が交差した。互いの軸足が地面に沈み込み、膠着状態へと陥る。先程までの熱狂が嘘の様に静まり返った。
均衡が崩れた瞬間、勝負が決まる。この予感は観客達だけではなく当人達でさえ共有していただろう。永遠にも思える一瞬、状況は動いた。
「動いたのは市長だ!!」
観客の内の1人が叫んだ。市長の蹴りがプレスを押し切り、そのまま回し後ろ蹴りで彼を吹っ飛ばしていた。
「プレス!!」
リンドブルムが叫んだ。今日知り合ったばかりの男に対して、叫んでしまったのは観客の熱狂に中てられたからから、あるいは仮にでもマスターになった男への心配か。
「君は恥じる必要はない。ここまで激戦を制して来たのだからね」
市長が最後の一発を入れようとしたがプレスは立ち上がっていた。いや、勃ち上がっていた。瞬間、互いの拳が互いの顔面に突き刺さっていた。
プレスも大きく仰け反ったが、踏み止まっていた。対する市長は、棒立ちになっていた。鉄仮面にヒビが入った。
「どこに、そんな力が?」
「これでも、応援されると張り切るタイプでな」
「……あっぱれ!」
これは観客席からは決して見えず、対峙していた彼にだけ見えた。
破損した鉄仮面の下にあったのは、体躯に相応しい壮健な男の物ではなく、男と女、少年と大人の中間に位置する様な端正な顔立ちだった。
倒れた彼の顔がバレぬように、抱擁という形で市長の顔を隠した。その紳士さは、観客達を大いに盛り上げた。司会も堪らず叫んでいた。
『決着!! この超雄同士の戦い! 思わず、私も見惚れてしまいました! 実況を放り投げていたのは職務怠慢という他ありませんが、この締めだけは! 締めだけは取り仕切らせて頂きたい! 魔獣トーナメントの優勝者は! 人間を代表した超雄! プレス選手だ!!』
観客達からの惜しみない拍手喝さいを受け、魔獣トーナメントは史上最高の盛り上がりと共に幕を閉じた。
――
「え? 参加するんですか?」
「そうだが?」
魔獣トーナメント終了後、プレスはリンドブルムと共に双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)のエントリーへと来ていたが、受け付けは一旦奥へと引き換えして上司に相談していた。
「すいません。プレスって言ったら、邪竜信者の元・幹部で捕まったハズでは?」
「他人の空似だろう? それに処刑されたと聞いたし……」
「ですが、何かあってからでは遅いのですよ?」
双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)は、優秀なマスターとドラゴン娘を決める権威ある催しである。そんな中、悪名高い邪竜信者の幹部を参加させたとなれば、大会の信が問われてしまう。
開催に至るまでどれだけの人員と費用を費やして来たことか。万が一を考えて、冤罪だとしても断らねばならない。そんな空気の中、受付会場に押し入って来る者達が居た。
「引けェ! 市長の通りであるぞ!」
顎が外れんばかりの勢いで叫んでいるのは緑色の竜鱗を纏ったドラゴン娘だった。公務中だというのに、彼女の手にはヒョウタンが握られている。傍らには鉄仮面を被った市長の姿がある。こうなっては、上司自ら対応する外ない。
「い、如何なさいましたか?」
「彼をエントリーさせなさい」
「で、ですが、市長。もしも、彼がその、邪竜信者の幹部だった場合は……」
「構いません。双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)は優れたマスターとドラゴン娘を決める催し。プレス氏がマスターに相応しい人物であることは、私が一番よく理解しています。私が推すのです」
こんなことを言われたら、一介の職員にどうこうする権利は無い。プレス達の登録は直ぐに行われた。
「市長、礼を言う」
「構いませんよ。最近はどうにも箔付けの為の大会だと思っている輩が多くて、嘆かわしく思っていた所です」
市長の注意がリンドブルムに向けられた。絶対的な種族差があるというのに、彼の放つ威圧感に耐えられず、彼女は目を逸らしてしまった。
「なんだァ、お前ェ! ビビってんのか!!?」
「オロチ、止めなさい」
『オロチ』と呼ばれたドラゴン娘から威嚇を受け、彼女は増々身を強張らせていた。市長は彼女をいさめながらも溜息を吐いた。
「君のパートナーは随分と頼りなく見えるが」
「コイツはやる時はやる奴です。俺のパートナーですから」
「嘘くせェ!!」
両者から嫌疑の視線を向けられ、リンドブルムはますます立場を失くしてしまうが、プレスは引かなかった。
「仮に頼りない奴でも、立場が人を作ります。この俺がマスターなのだから、コイツも相応しいドラゴン娘になるに決まっている」
「なるほど。ならば、期待していますよ。もしかしたら、また会うことがあるかもしれませんね」
「そん時ゃ、血祭りにあげてやるよ!!」
捨て台詞を残して去って行った。プレス達も留まる理由が無かったので、去ることにした。大会は明日なので、街中で食料を買って明日に備えようとしたが。
「アンタのおかげで俺ァ儲けた! いっぱい、おごらせてくれ!」
「いいや、ウチの飯を食って行ってくれ!」
「分かった、分かった。歓待を受けるのも王者の義務だからな」
美食を貪り、酒を煽り、女を侍らせている様は英雄然としているとも言えるし、俗物という外ない。リンドブルムは隅っこの方で恩恵に預かるばかりだった。
「(やっぱり、オレには相応しくないんじゃ……)」
もっと他に良い相手がいるだろうとは思ってしまった。やはり、あのマスターの所に帰るべきだろうかとも思ってしまった。
「兄さんはいつまで、アレクシオンに?」
「明日、双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)に参加するまではいる」
「マジかよ! 魔獣トーナメントに続いて、双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)まで制覇するってのか!」
必然、客達の視線はリンドブルムに向かう。彼女はへにゃっとした笑いを浮かべることで精一杯だったが、プレスは無遠慮に肩を組んだ。
「俺だってやったんだ。お前にも頑張って貰わんとな」
「お、おうよ!」
「いいぞ! 嬢ちゃんも食え!」
反射的に返事をしてしまったが、内心では大量の冷や汗をかいていた。宴は暫し、続いて日はとっぷりと暮れた。
――
本日、泊まる宿を探すべくプレスが歩を進める中、後ろを付いて行くリンドブルムが尋ねた。
「あの、さ。双竜の円舞(ドラゴン・ワルツ)でもアンタが動いてくれるんだよな。オレはサポートに徹すれば、良いんだよな?」
「何を言っている。お前もが主体になるに決まっているだろ」
「無理だよ! 無理無理! だって、すごいマスターとかドラゴン娘が集まっているって聞くぞ!?」
リンドブルムが直近で知っているマスターと言えば、カラバ位だったが、彼は強力なドラゴン娘であるラドンを使役しているし、ドラゴンと呼ばれる超巨大魔獣のマスターでもあるし、背中にも大きな契約印が入っていた。
「無理かどうかではない。やるか、やらないかだ! そして、俺がマスターである以上はやる! 拒否権は無い!」
「無茶苦茶だ!!」
歩いて行った先にはポツンと宿が一つ。傍らには件の超巨大魔獣が鼻提灯を作って寝ていた。彼を起こさない様に静かに宿に入って行った。
「い、いらっしゃい」
「部屋を一つ」
宿の主人は直ぐに彼らの鍵を渡した。心なしか顔が青ざめていたのは、どう考えても建物の隣で寝ている奴のせいだろう。
郊外にあることもあって客はいないが、一組だけ客がいることは分かっていた。プレスとリンドブルムは気配を探り当て、該当の部屋前に立つと聞き耳を立てた。
『ちょっと! 待て! 強引すぎる!』
『えぇい! この期に及んで往生際の悪い!! いつまで純潔を気取っているつもりだ!! 人間がドラゴン娘に勝てると思うなよ!!』
『止めろォ!』
一足先にドラゴンでワルツを踊っていた。リンドブルムがプレスの方を見た。
「止めなくて良いのか?」
「良いんだ。アイツも一皮むけて、男になるべきだ。というか、あの歳で童貞だったのか。そっちの方が驚いたわ」
リンドブルムもかつて契約してから一定の日々を過ごし、マスターと関係を深めた時のことを思い出して……ちょっとだけ頬を赤らめていた。
「あの、もしかして。オレも……」
「大会の前日に発散するバカがどこにいる?」
部屋内で繰り広げられる光景をこれ以上盗み聞きするのも野暮だと思い、二人は宛がわれた部屋へと向かった。