【アルバイト募集:郷土資料・民間伝承に関する現地調査補助】 作:内山田
スマートフォンで調べてみたが、このあたりには図書館がないらしい。
そのため、僕らは代わりに公民館に向かった。
「この地域の歴史についての資料と言いますと、このあたりですかね」
僕らがここへ来た用件を説明すると、職員さんは「郷土資料室」と書かれた部屋に案内してくれた。
「古い村誌や自治会の記録、昔の新聞なんかはこちらにまとめています。個人の方から寄贈していただいた資料もありますね」
小さな部屋に、僕の身長ほどの棚が並べられており、古い本や紙の束がぎっしりと詰められている。
図書館とはまた違う、古本屋に来たかのような、古い紙特有のにおいが鼻につく。
職員さんは、「事務室におりますので、何かあればお声がけください」と頭を下げて出ていった。
「さて、やるか」
二階堂さんが伸びをしながら言う。
「調べるといっても、何から調べるんですか?」
「さあ、歴史でも、文化でも、伝説とかおとぎ話でも何でもいい。とにかく、できるだけ材料を集めるんだ」
「……材料?」
材料とはどういう意味だろう。
「そう、形を決めるための材料だ」
そう言うと、二階堂さんは早速、手近な本棚から一冊の資料を抜き出し、目を通し始める。
「……」
聞きたいことは残っていたが、まずは手を出してみないと始まらない。
僕も棚から【○○集落の農村文化について】を取り出し、開いた。
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【○○集落の農村文化について】
○○集落は、四方を山々に囲まれた山間の農村集落である。この地域にいつ頃から人々が住み始めたのかについては、詳しいことは分かっていない。現存する記録のうち、○○集落について明確に確認できる最古のものは、甲斐地方における武田氏の支配が進み、周辺地域の村落について記録が残されるようになった頃のものである。当時の徴税に関する記録には、○○集落から年貢が納められていたことが記されている。
江戸時代に入り、甲州街道が整備されると、甲斐国内においても人や物の往来は次第に活発になった。しかし、○○集落は街道筋から大きく外れた山間部に位置していたため、街道沿いの宿場町などと比べると、外部との交流は限られていたと考えられる。集落と他地域を結ぶ道も少なく、古くは山道を越えて近隣の村へ行き来するほかなかったという。冬季には積雪によって道が通れなくなることも多く、一定期間、集落が周辺地域から孤立することも珍しくなかった。
こうした地理的・気候的条件から、○○集落では古くから保存食を作る習慣が発達した。秋の収穫期には、穀物や野菜のほか、果物なども冬に備えて加工・保存することが一般的であったとされる。こうした習慣の一部は、形を変えながらも現在まで受け継がれている。
また、外部との交流が限られていたことから、○○集落では周辺地域とは異なる祭礼や年中行事、信仰上の習慣が比較的長く残されたと考えられる。特に、集落の境界や道の分岐、山へ入る道などには小さな祠や石造物が置かれており、旅の安全や村の安寧を願ってこれらを祀る習慣があったという。
ただし、これらの祭祀については文書による記録が少なく、何を祀ったものであるか、またいつ頃から始められたものであるかが現在では明らかでないものも多い。こうした祠や石造物の中には、かつては特定の祭礼や供物と結びついていたと考えられるものの、現在ではその由来が忘れられ、「昔からあるもの」「大切にするもの」としてのみ地域住民に受け継がれている例も確認されている。
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どうやら、先ほど僕らが見てきたような祠は、この地域にはよくあるものらしい。
最後の一文が妙に引っかかった。
「昔からあるもの」「大切にするもの」
今日出会った人たちの話を思い出す。
----ですから、不思議なんです。私自身も、『大事にしなければいけないものだから」としか教わっていませんから----
----子供の時からずっとあるから、理由なんて考えたことなかったもの----
似たような話だった。
やはり、あの祠にも元々は何か由来があるのだろうか。それが長い時間の中で忘れられて、今では祠だけが残っている。
僕は【○○集落の農村文化について】を棚に戻した。
その棚の一番上の隅に押し込められている、【○○集落の祭礼と信仰】という題名の本が目に入る。
薄い本だった。表紙には、少し黄ばんだ文字で題名だけが印刷されている。
僕はそれを取り出し、開いた。
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【○○集落の祭礼と信仰】
四方を山々で囲まれた○○集落には、日本の他の中山間地域で見られるものと似た信仰精神が受け継がれている。
特に特徴的なのは、自然に対する強い畏怖の念である。山や川、森など、生活の場から一歩外れた場所は、古くから人々にとって身近でありながらも、自分たちの力の及ばない世界として意識されてきた。山に入って得られる木の実や野生動物、川で獲れる魚、そして農作物に至るまで、人々の暮らしを支える多くのものが自然からもたらされる一方で、自然は時として人間の生活を脅かす存在でもあった。
こうした自然への畏怖と感謝は、祭礼や日々の習慣の中にも見ることができる。集落内に残る小規模な祠や石造物の中には、特定の神仏を明確に祀るものだけでなく、現在ではその由来や祭祀の意味がよく分からなくなっているものもある。しかし、それらは長年にわたって地域の人々によって維持され、折に触れて供物が置かれるなど、一定の敬意をもって扱われてきた。
また、動物や自然にまつわる伝承もいくつか残されている。山間部では野生動物と人の生活圏が近かったこともあり、動物に対する畏れや親しみが、さまざまな昔話や言い伝えの形で語られてきたと考えられる。
こうした伝承の多くは、現在では断片的にしか残されておらず、いつ頃から語られるようになったのか、また当初どのような意味を持っていたのかについては明らかでないものも多い。それでも、祠を訪れた際に供物を置く、決まった場所を避けて通る、子供に近づかないよう言い聞かせるといった習慣の一部は、今日まで受け継がれている。
このように、○○集落の信仰は、明確な教義や体系を持つものというよりも、長い時間の中で生活と結びつきながら形を変えてきたものと考えられる。
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ここの書いてあることも、今日聞いた話とつながっているように感じる。
----ああ、あの祠。あれはお稲荷さんだって聞いたわよ----
----昔は、あそこに若い女が出たんだって----
----そういや、子供の頃はあの辺で遊ぶなって言われたこともあったな----
祠。
供物。
動物。
若い女。
近づいてはいけない場所。
それぞれ別々の話のはずなのに、なぜか同じ場所から出てきた話だった。
あの人たちが知っていたことも、習慣の一部として親から子へ、子から孫へと伝わってきたのだろうか。
僕は本のページを戻した。
けれど、そこには肝心なことは何も書かれていなかった。
あの祠が、いつ建てられたのか。
何を祀っていたのか。
どうして今も残っているのか。
それはまだ分からない。
「……」
少し考えてから、僕は本を閉じた。
視線を上げると、向かいの棚で二階堂さんが古い冊子をめくっていた。
「二階堂さん」
「ん?」
「ここに書いてあること、今日聞いた話と結構似てますよね」
二階堂さんは顔を上げずに答えた。
「そうだな」
「やっぱり、何か関係があるんでしょうか」
そこで初めて、二階堂さんが本から目を離した。
「あるかもしれんし、ないかもしれん」
「え?」
「似たような話なんて、この辺じゃ珍しくない。ここに書いてあるからって、あの祠のことだとは限らんだろ」
「……なるほど」
「だから調べるんだよ」
そう言って、二階堂さんはまた手元の資料に目を落とした。
僕ももう一度、棚に並んだ本を見た。
まだ、何も分かっていない。
でも、少なくとも。
あの祠がこの土地の中で、どういうふうに扱われてきたものなのか。
その手がかりは、少しずつ見えてきているような気がした。
*
公民館を出ると、すでに日は傾きかけており、山を照らす光が少しずつオレンジ色に変わっていく頃だった。
もうあと二時間もすれば、太陽は山の陰に隠れてしまうだろう。
「ま、今日はこんなもんだろ」
二階堂さんが伸びをして言った。
「結局、答えは見つかりませんでしたね」
僕はぽつりと言った。
頭の中では、先ほど読んだ資料の内容がまだぐるぐると回っている。
「別にはっきりした答えを見つけに来たわけじゃない」
二階堂さんは、西日に照らされた田んぼを眺めながら言った。
「現地で分かることなんて、そんなに多くない。人から聞いて、記録を見て、それでも分からんことは残る。そういうのを持って帰って、あとで調べるんだ」
「……持って帰る」
「ああ。今日聞いた話も、見たものも、全部材料だ。すぐに答えが出なくてもいい」
そう言って、二階堂さんは田んぼの向こうへ目をやった。
「まあ、明日の俺たちが今日の俺たちより頭が良くなってる保証はないけどな」
「それは困りますね」
思わず笑ってしまう。
「だろ?」
二階堂さんも笑った。
「帰りにどこか寄るか」
ふいに二階堂さんが言った。
「どこかって、どこにですか?」
「知らん。でも今日はずっと調査してたしな。せっかく山梨まで来たんだ。何かうまいもんでも食おうぜ」
そう言って、二階堂さんは歩き出した。
*
僕らが屋敷に戻って挨拶をすると、忍野さんは笑って言った。
「今日はご苦労様でした。調査の結果は気長にお待ちしております」
そうして僕らは車に乗り、帰路についた。
村を出て少しばかり走っていると、道路の横に「道の駅」と書かれた看板が見えてきた。
「ここなんかいいんじゃないか」
二階堂さんはそう言い、敷地内に車を停めた。
中に入ると、そこにはこの地方で作られたであろう野菜や果物、名物らしいお菓子や工芸品が並んでいた。
「うまそうなもんが色々あるな。会社に何か買っていくか」
二階堂さんが商品を眺めながら言う。
「いいですね。どんなのがいいでしょうか」
「うちは甘いもの好きな奴が多いからな。山吹とか和菓子好きだぜ」
「え、そうなんですか」
山吹さんの凛とした姿を思い浮かべる。あの真面目な彼女が笑顔で和菓子を食べているところを想像すると、不思議とよく似合う気がしてくる。
「俺はあっちで何か食べてくる。お前、適当に選んでていいぞ」
そう言うと、二階堂さんは奥にある飲食コーナーの方へ歩いていった。
残された僕は、まずは商品を見て回ることにした。
よくある道の駅らしく、このあたりで作られた野菜や果物、地元の漬物などが所狭しと並んでいる。夕方ということもあり、今夜の食材を買い求める人たちも多かった。
そうして歩いていると、干し柿が売られているのを見つけた。忍野さんが、この辺りでは昔から馴染み深いものだと話していたのを思い出す。
そのほかにも、鮎の甘露煮、梅酒、餅菓子、ジャム、山菜の漬物。いろいろなものが並んでいる。
商品の一つ一つに、「○○産」「△△地区特産」などの説明が添えられていた。
こういうものを見ると、その土地で暮らす人たちが、長い間何を食べ、何を作り、どうやって生活してきたのかが少しだけ分かる気がする。
昨日までなら、ただの特産品として見ていただろう。けれど今日は、これらの土地にも、昔から人の暮らしがあり、その暮らしの中に祠や神社があったのだと思うと、少し違って見えた。
そういや二階堂さん、山吹さんが和菓子好きだって言ってたな……。
僕は「栃もち(あんこ)」を手に取り、レジへと向かった。
*
山梨での調査から帰った翌日、僕は大学の図書館に来ていた。
あの祠の正体を明かすヒントがないか、調べに来たのである。
友人達からは、
「肇くぅん。僕らと一緒にめくるめく確率の無限の可能性を追求しないかぁい?」
とパチンコに誘われたのだが、丁重に断らせていただいた。
根はいい人物なのだが、入学早々悪い遊びを覚えてしまった彼の先行きが、若干心配である。
僕は図書館の「地理・郷土」と書かれたコーナーの前に立った。
昨日、公民館で読んだ資料の内容を思い出す。
----由来が忘れられても、習慣として伝わり残されているもの----
話を聞いた人たちも、祠についてはよく分からないと言っていた。
けれど、狐だという人もいれば、狸だという人もいた。
昔は若い女が出たという話もあった。
ばらばらの話に思えるのに、どれも同じ祠について語られていた。
僕は棚から一冊の本を抜き取った。
【日本の地方における民俗学的文化と伝承】
表紙には、少し古びた文字でそう書かれている。
本を開いた。
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【日本の地方における民俗学的文化と伝承】
日本各地には、山や川、森林などの自然環境と結びついた信仰や伝承が数多く残されている。とりわけ山間部においては、人々の生活圏と自然との距離が近かったことから、動植物や地形、道などを題材とした伝承が形成されることが多かった。
これらの信仰や伝承は、必ずしも一定の形を保ったまま受け継がれてきたものではない。同じ地域に伝わる話であっても、時代や語り手によって内容が異なる場合は珍しくなく、ある存在が神として語られる場合もあれば、動物や人の姿をとるものとして語られる場合もある。
また、もともとの信仰そのものが失われた後も、供物や祭礼、立入を避ける場所など、そこに付随していた習慣のみが残る例も確認されている。こうした伝承の変化については、後世になって複数の伝承が結びつき、新たな物語として語られるようになったものもあれば、反対に、一つの信仰が長い時間の中で複数の形に分かれて伝わったと考えられるものもある。
そのため、現在残されている話だけから、その信仰の起源や本来の姿を特定することは容易ではない。
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ページをめくる。
狐や狸といった動物にまつわる伝承について書かれた箇所もあったが、どれも全国各地の事例を紹介したものだった。
----特定の土地で人を迷わせるものとして語られる狐----
----村境や道の辻に置かれ、人々の安全を願う石造物----
----山に入る人間に警告を与えるものとして語られる怪異----
どれも、昨日聞いた話と似ているような、少し違うような。
けれど、○○集落そのものにつながる記述は見つからなかった。
「……やっぱり、これだけじゃ分からないか」
僕は小さく呟いた。
それでも、昨日より少しだけ分かったことがある。
祠そのものよりも、そこにまつわる話の方が、時間の中で形を変えていくことがある。
狐だったものが狸として語られたり、神として祀られていたものが、ただ「昔からあるもの」として残ったりすることもあるらしい。
それなら、あの祠について語られていることが人によって違うのも、そういうことなのだろうか。
僕は本を閉じた。
まだ、分からない。
次に手に取ったのは、
【日本人の精神における道の役割】
という本だった。
昨日、村で見た光景が頭に浮かぶ。
あの祠は、村から外へ向かう道のすぐそばにあった。
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【日本人の精神における道の役割】
古来、道は人や物の移動を支える交通路であると同時に、集落と外部を結ぶ接続部としての役割を持っていた。
交通網が未発達であった時代、外部から人や物、情報が集落へ入るためには、限られた道を通る必要があった。そのため、道は単なる移動のための空間ではなく、自らが暮らす土地と、その外側とを分ける境界として認識されることがあった。
こうした認識は、道祖神や地蔵、道端の祠など、道に関わる信仰にも見ることができる。村境や道の分岐点などに置かれた石造物には、外部から悪しきものが入り込むことを防ぐ役割を期待されたものもあれば、旅人の安全を願うために設けられたものもある。
また、道そのものを異界との接点とみなし、夜間に道を歩くことにまつわる禁忌や、そこで遭遇する怪異の伝承が残されている地域もある。
このように道は、人々にとって身近な空間でありながら、日常の生活圏の外側と接する場所でもあった。
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----道とは、外と内をつなぐ場所----
僕は本を閉じ、昨日僕らが歩いた道を思い出した。
村から外へ続く道。
そのすぐ横に立っていた、小さな祠。
あの祠も、昔の人たちにとっては、何か特別な意味を持っていたのだろうか。
村を守るためだったのか。
旅人の無事を願うためだったのか。
それとも、もっと別の何かだったのか。
僕にはまだ分からなかった。
僕は棚に本を戻し、今度は【日本の動物信仰について】と書かれた本を開いた。
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【日本の動物信仰について】
日本各地では、古くから動物に関係するさまざまな信仰が成立してきた。鹿や牛、馬、鳥など、生活と深く関わる動物が神の使いとして扱われる例がある一方で、狐や狸のように、人間の生活圏の近くに生息しながら、その習性から人を化かすもの、あるいは人ならざる存在として語られてきた動物も少なくない。
特に狐は、農村部において身近な動物であると同時に、田畑や村境、夜道など、人間の生活圏とその外側を結ぶ場所に現れる存在として語られることがある。
狸や貉についても同様に、人の姿に化ける、道を惑わせる、夜道に現れるなどの伝承が各地に見られる。
もっとも、こうした動物にまつわる伝承は地域によって大きく異なり、同じ存在であっても神として祀られる場合があれば、怪異として恐れられる場合もある。
また、同じ伝承が時代や語り手によって異なる動物として語られる例もあり、その土地において何を意味する存在であったのかを一律に判断することはできない。
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動物信仰。
身近な動物が、神や妖怪といった人ならざるものとして語られる。
昨日の女性二人組を思い出した。
「ああ、あの祠。あれはお稲荷さんだって聞いたわよ」
「狸じゃなかった?」
二人とも、あの祠が何かの動物に関係しているというところだけは共通していた。
僕は本を棚に戻した。
そして図書コーナーを出て、図書館備え付けのPCブースへ向かった。
椅子に座り、パソコンを起動して資料検索サービスを開く。
検索欄に「○○集落」と入力した。
いくつか検索結果が表示される。
郷土資料。
行政資料。
古い論文。
どれも、すぐには目当てのものとは思えなかった。
さらに検索結果を遡っていく。
すると、古い新聞記事の切り抜きが出てきた。
クリックする。
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18xx年x月x日
【○○村にて若者三名相次ぎ行方不明】
○○郡○○村において、本年六月以降、若い男性三名が相次いで行方不明となっている。
いずれも夜間に外出した後、帰宅しなかったもので、警察では事件と事故の両面から捜索を続けている。
なお、失踪者のうち二名については、村内で見慣れない若い女を見たとの証言があり、警察では失踪との関連についても調べている。
現時点で三名の行方は分かっておらず、村では夜間の外出を控えるよう呼びかけている。
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「……若い女」
思わず声が漏れた。
昨日、村の老人が話していたことと同じだった。
僕は画面を少し上へ戻し、記事の日付をもう一度確認する。
随分と古い記事だった。
こんな昔にも、同じような話があったのだろうか。
僕は検索画面に戻った。
今度は「○○村 祭礼」と入力する。
すると、いくつかの資料が表示される。
その中に、別の古い新聞記事があった。
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19xx年x月x日
【○○祭、今年も盛況 豊穣祈り住民集う】
○○村恒例の○○祭が、本年も村内の神社にて行われた。
同祭は毎年秋に開催され、五穀豊穣と家内安全を願うもので、村内外から多くの住民が参加した。
当日は米や野菜のほか、魚、獣肉などが供えられ、神前で今年一年の恵みに感謝するとともに、来年の無病息災を祈った。
祭礼は古くから続くもので、村では現在も伝統行事として大切に守られているという。
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僕は画面を見つめた。
若い女。
夜の道。
祭礼。
動物の話。
そして、あの祠。
まだ、何かが分かったわけではない。
けれど、昨日村で聞いたいくつかの話が、今度は昔の記録の中にも現れ始めていた。
検索ワードを変えた。
「○○集落 女」
「○○集落 失踪」
「○○集落 狐」
一つずつ検索していく。
だが、なかなかぴったりした情報は見つからない。
もう少し古い資料はないか。
そう思って検索結果を遡っていたときだった。
【甲斐国山間部民俗調査記録】
そんな単語が目に入った。
どこかの民俗学者が、この地域を調査したときの記録らしい。
僕はそのページをクリックした。
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【甲斐国山間部民俗調査記録】
昭和○年
○○大学民俗学研究室
調査者・○○○○
○○村・道祖神および村境の伝承
村人の話によれば、村外れの山道にて若い女が死亡したことがあったという。時期については明らかでないが、かなり古い出来事とされる。
死因については、雪中での遭難であったとする者、何者かに襲われたためとする者など、証言が一致しない。
また、その後しばらくの間、同じ道に夜間若い女が立っているのを見たという話が村内で語られたという。女は道行く者を手招きし、その姿を追った者は道を外れ、山中に入り込んだとされる。
この女を何者とするかについても諸説あり、亡くなった女本人の霊とするもののほか、狐や狸が女に化けたものとする話も聞かれた。
現在ではこうした話を知る者は少なく、若者の間ではほとんど語られていない。一方、女が死亡したとされる村境にある小さな祠については、現在も供物を置く習慣が残っている。
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これだ。
直感的にそう思った。
----女が死亡したとされる村境にある小さな祠については、現在も供物を置く習慣が残っている----
昨日、話を聞いた人たちの習慣と一致する。
祠の場所も。
若い女の話も。
狐や狸の話も。
ばらばらだったものが、ようやく一つの線になったような気がした。
けれど、まだ分からないことも多い。
女は、なぜ死んだのか。
どうして死後に怪異として語られるようになったのか。
そして、なぜその場所に祠が建てられたのか。
死んだ女の霊なのか。
それとも、後になって狐や狸の伝承と結びついたのか。
資料には、そこまでのことは書かれていなかった。
多分、はじまりは一人の女性が死亡したことだったのだろう。
その後、夜道に現れるという話が生まれ、それがいつしか狐や狸の伝承とも結びついていった。
あの祠も、そうした記憶の残ったものなのかもしれない。
まだ断定はできない。
それでも、今まで集めてきた材料を一つにつなげると、今のところはこれが一番しっくりくる。
僕は調査記録のページを印刷した。
二階堂さんに話してみよう。
僕は印刷された紙を鞄にしまうと、図書館を出た。
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「……なるほどな」
僕の話を聞いて、二階堂さんが腕組みをした。
「ですから、あそこにはもともと、亡くなった女性の話があったんだと思います。それが長い時間の中で、いろいろな伝承に変わっていったのでしょう」
僕がそう言うと、二階堂さんはしばらく黙っていた。
やがて、僕の方を見る。
「お前の考えは分かった」
そして、少し間を置いてから言った。
「で、髙森。お前ならどうする?」
どうする、と言われても。
「……その女性を供養するとか、でしょうか」
自信なさげに答える。
二階堂さんは、すぐには返事をしなかった。
「それで終わると思うか?」
「……終わる?」
意味がよく分からず、僕は聞き返した。
「その女が本当にこの怪異の元だったとしてだ。供養して、それで終わりか?」
「……」
「百年後、二百年後まで、その話が残ると思うか?」
僕は答えられなかった。
「今、あそこで暮らしてる人間が覚えてるから、まだ話として残ってる。でも、そいつらがいなくなって、次の世代が何も知らなかったらどうなる?」
二階堂さんは机の上に置かれた僕の調査記録を指で叩いた。
「また別の話が生まれる」
「……別の話」
「ああ」
二階堂さんは椅子にもたれながら続けた。
「人間ってのは、わからないものを、そのままにしておけないんだよ」
「わからないものを……?」
「名前をつける。意味をつける。『これはこういうものだ』って形を決める」
そこで二階堂さんは、少しだけ考えるように天井を見た。
「例えば、神様だ」
「神様……」
「俺たちは、神様そのものを見たことがないだろ」
「はい」
「でも、人間は昔から、そこに神がいると思ってきた。名前をつけて、祀って、どんなものなのかを語ってきた」
二階堂さんは僕を見る。
「それが何代も何代も続けば、どうなると思う?」
僕は少し考えた。
「……みんなが、その神様を同じものとして認識する?」
「そうだ」
二階堂さんは頷いた。
「名前があって、どこにいるか分かって、何をするものなのかも分かってる。何をすれば喜ぶのか、何をしたら怒るのかも、みんなが知ってる。そうやって認識が積み重なっていくと、それはただの『何となくそこにあるもの』じゃなくなる」
「……」
「ひとつのものとして、形を持ち始める」
その言葉が、昨日二階堂さんに言われた言葉と重なった。
----形を決めるための材料----
「神も妖怪も幽霊も、全部が最初から今の姿だったわけじゃない」
「最初から……?」
「人間が見たもの、聞いた話、そこで生まれた感情。そういうものが積み重なって、その存在の『形』が決まっていく」
二階堂さんは一度言葉を切った。
「だから、俺たちが見ているものは、人間の認識によって形を持ったものなんだ」
静かな部屋の中で、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。
「人間が『そこに何かいる』と思えば、その何かは形を持つ。『狐だ』と思えば狐として語られる。『女の霊だ』と思えば、その姿で語られる。『村を守る神様だ』と思えば、そういう存在として扱われる」
「……じゃあ」
僕は昨日聞いた話を思い出した。
「同じ祠なのに、あの人は狐だと言って、別の人は狸だと言っていたのも……」
「そういうことだ」
「でも、そんなのおかしくないですか?」
思ったことをそのまま口にした。
「狐と狸じゃ、まったく別のものですよね」
「普通ならな」
二階堂さんは薄い笑みを浮かべた。
「だが、あいつらにとっては『あの祠にいる、何か』でしかない。狐だという認識も、狸だという認識も、女の霊だという認識も、全部同じ場所に積み重なってる」
「……」
「だから一つのものに、いくつもの形ができる」
僕は黙って考えた。
昨日、村で聞いた話。
狐。
狸。
若い女。
夜道。
人を迷わせる。
供物を置く祠。
ばらばらだったはずのものが、二階堂さんの言葉を聞くと、妙に腑に落ちる。
「じゃあ、あの村の人たちは……」
僕が言いかけると、二階堂さんが続けた。
「女の霊の話を忘れた奴が、代わりに狐の話を聞いて、それを信じた。そいつが子供に狐の話をした。その子供は狸の話を聞いた。別の家では、昔から神様だと教えられた」
「……それが、今まで残ってきた」
「そうだ」
「でも、それなら……」
僕は少し迷ってから尋ねた。
「それぞれの話が、本当に全部存在してしまうんですか?」
二階堂さんは頷いた。
「そのまま放っておけばな」
背筋に、ぞくりとするものを感じた。
「つまり、このまま何もせずにいたら……」
「これから先も、人が新しい話を作るたびに、あいつの形は変わっていく」
「……形が?」
「場合によっちゃあ、増えることだってある」
「狐としてのあいつと、女としてのあいつと、狸としてのあいつが……」
「別々に現れるようになる可能性だってある」
僕は息を呑んだ。
「だから、供養だけじゃ足りない」
二階堂さんは、机の上の資料に目を落とした。
「大事なのは、これからどう認識されるかだ」
「これから……」
「そうだ」
二階堂さんは僕を見る。
「俺たちの仕事は、過去の真相を突き止めて、『正体はこれでした』って答えを出すことじゃない」
言葉を区切る。
「今あるものの由来を調べる。何があって、どういうふうに語られてきたのかを調べる。そのうえで、これからこいつがどういうものとして認識されるべきかを決める」
僕は、昨日公民館で言われた言葉を思い出した。
----とにかく、できるだけ材料を集めるんだ----
二階堂さんが最初に言っていた意味が、ようやく分かった気がした。
「……形を決めるための材料」
僕が呟く。
「そういうことだ」
二階堂さんは頷いた。
「俺たちは、そういう人ならざるものを退治するわけじゃない」
そこで一度言葉を切った。
「そいつらの『形』を決めるんだよ」