ミノフスキー粒子技術検証実験艦「ユーバリ」の記録 作:AIちゃんってすごい
第4章:宇宙での「限界突破ビーム」実験
1宇宙世紀0079年6月。
前月の「仮称プロト・ドライブ」による暴走めいた大気圏突破という狂気の加速を経て、実験艦「ユーバリ」は月軌道上の連邦軍要塞、ルナツー近海の極秘実験場に漂っていた。
窓の外に広がるのは、絶対零度の静寂と暗黒。
地球のような美しい大気もなく、ただ太陽の冷たい光が、ユーバリの歪なツギハギの船体を白々と照らしている。
「地上であれだけのマグマ地獄(メガ粒子榴弾)を見せたんだ。
ルナツー近海を丸ごと一つ吹き飛ばすリスクを考えれば、ジャブローの地下でこのテストを行わなかったのは、軍の官僚どもにしては賢明な判断だったと言わざるを得んよ」
艦内密閉型移動工作実験室(旧居住区)で、テム・レイ大尉は相変わらず目を血走らせ、メインコンソールに新たなプログラムを流し込んでいた。
彼の眼鏡のレンズは、前回の衝撃で割れたままである。
「博士、そんな冗談を言っている場合じゃありません!」
そのすぐ隣、艦側面のミサイルポッドを切り開いた「MS用簡易冷却・整備ベッド」の狭い隙間で、データパッドの数値を血相を変えてチェックしていたのはクリスチーナ・マッケンジー少尉だった。
彼女の軍服の袖は捲り上げられ、工具ケースが腰に無造作に巻き付けられている。
「今回のテストは、炉のエネルギーを完全に一本のバイパスに集中させるんですよ?
失敗すれば、理論上、ユーバリのハードウェアは内側から熱収縮を起こして、一瞬で電子の塵に変わります!」
「だからこそ、君という優秀な助手に、ザニーのコックピットに入ってもらって、磁場信管の同調テストをやらせているんじゃないか」
テム・レイは笑いながら、クリスをザニーの狭いコックピット内へと促した。
そこには、ルウムの修羅場を潜り抜けてきた傷だらけの試作モビルスーツ「ザニー」がクランプされている。
クリスはザニーのシートに深く腰掛け、ハッチを閉じた。
ザニーの内部電子機器からは、ユーバリのメインシステムへと繋がる太い光ファイバー・ケーブルが何本も、まるで神経組織のように伸びている。
クリスは、このバグだらけのザニーのセンサーを利用して、今回の実験における「エネルギーの収束率」を機体内部からリアルタイムで計測するという、極めて危険な任務を担わされていた。
「ムバラク艦長、準備はいいか」
テムがブリッジの内線回線を開いた。ブリッジの艦長席に座るムバラク・スターン大尉(待遇)は、すでに諦めたような乾いた笑みを浮かべていた。
25歳の若き指揮官の胃は、この数ヶ月間で完全にボロボロになっていた。
「いつでもいいぞ、大尉。
どうせ俺の命令など、この町工場(フネ)では最初から飾りみたいなものだからな。
……全艦、対ショック・対閃光防御!
第ニ隔壁以下、完全閉鎖!
艦首展開、特装砲発射用意!」
ムバラクの号令とともに、ユーバリの艦首が、遥か数十キロ先に浮かぶ直径数キロメートルの無人小惑星へと向けられた。
2今回の実験内容は、接収した企業のメガ粒子理論を極限まで突き詰めた新兵器――「質量集約式メガ粒子圧縮砲」の試射である。
のちに連邦軍の戦艦やモビルスーツに搭載される「ハイパー・メガ粒子砲」の、あまりにも危険なご先祖様であった。
「エネルギー充填、最終段階。
熱核反応炉の出力を……120%までオーバードライブ!」
ザニーのコックピット内で、クリスの指がコンソールを叩く。
ザニーのセンサーを通じて、ユーバリの中心部にある炉が、破裂寸前の心臓のように脈打っているのがダイレクトに伝わってきた。
「全エネルギーを、両舷の円盾砲から艦首の質量集約チャンバーへバイパス!
……博士、もう後戻りはできません!」
「よろしい。撃て、ムバラク艦長!」
「てーーーっ!!」
ムバラクがトリガーを引いた瞬間、ユーバリは、かつて人類が経験したことのないレベルの「純白の暴力」に包まれた。
ズガァァァァァァンッ!!!
音のない宇宙空間にあって、船体そのものが光の反動で激しく軋み、鳴動した。
ユーバリの艦首から放たれたのは、空間そのものを白熱化させながら突き進む「光の質量」そのものだった。
数十キロ先にある無人の小惑星は、光の津波が接触した瞬間、爆発を起こす暇すら与えられず、分子結合を完全に遮断されて、文字通り一瞬で「チリ(宇宙塵)」へと融解・霧散していった。
しかし、その圧倒的な神の業と引き換えに、ユーバリを襲ったのは最悪の現実だった。
ブツン、と、艦内のすべての明かりが消えた。
ホログラフィック・ディスプレイも、重力制御システムも、そして乗組員たちの命を繋ぐ「生命維持装置」の作動音すらも、完全に途絶したのだ。
「……っ!?」
暗黒に包まれたブリッジで、ムバラクは無重力空間に放り出され、シートから身体が浮き上がるのを感じた。
「炉の電源が……全ロス(全停止)したのか……!?」
放たれたビームのエネルギーがあまりにも巨大すぎたため、ユーバリのメイン回路が熱負荷に耐えきれず、安全装置(ブレーカー)が文字通りすべて消し飛んだのだ。
予備のバッテリーすら作動しない。
艦内の酸素供給が止まり、絶対零度の宇宙の冷気が、装甲を通じてじわじわと乗組員たちの体温を奪い始める。
「数秒……いや、数十秒で、我々は凍死するか窒息するぞ……!」
ムバラクが暗闇のなかで歯を食いしばった。
3その時、完全な暗黒と静寂に包まれた「MS用整備ベッド」の闇の中で、ザニーのコックピットに閉じ込められていたクリスは、冷気で白くなる息を吐きながら、狂ったようにコンソールを叩いていた。
「やっぱり落ちた……! ユーバリの全電源が熱負荷でロスしてる……!」
液晶すら消え、暗視用の赤色灯だけが薄暗く灯る狭いコックピット内で、クリスは手探りでザニーの予備動力(航空機用の補助バッテリー)のスイッチを入れ、計器を生かした。
外の工作室からは、テム・レイ博士が酸素不足で激しく咳き込みながら、隔壁を叩く音がかすかに聞こえる。
「クリス君……!
ザニーの……予備回路を、ユーバリの第一メインバスへ……直結させろ……!」
「分かってます!
でもケーブルのバイパスが、電気抵抗で焼き切れそうなんです!」
クリスはザニーのコックピットのコンソール下に頭を突っ込み、手動でマニュアル・レバーを引いた。
ザニーは連邦の電子機器(セイバーフィッシュの流用パーツ)を積んでいるため、その制御規格は、ユーバリのベースであるサラミス級の規格と、ギリギリのところで互換性を持っていた。
クリスは手探りで、ザニーの小さな体内から絞り出される電力を、光ファイバーを通じてユーバリの心臓部へと逆流させるためのコードを強引にパッチングした。
「繋がれ……繋がれ、繋がれ!!
動きなさい、ザニーッ!!」
クリスが最後の物理スイッチを押し込んだ瞬間。
ザニーのバイザーの奥のモノアイが、暗闇の中で妖しくピンク色にカッと発光した。
その瞬間、ザニーの補助バッテリーから絞り出された電力が、ユーバリの凍りついた第一メインバスへと流れ込んだ。
バチバチバチッ!
という激しいスパークが狭いベッド区画に飛び散り、ユーバリの非常用電源が次々と息を吹き返した。
「――生命維持装置、再起動!
酸素濃度、回復を始めます!」
ブリッジのオペレーターの泣き出しそうな声がスピーカーから流れ、ゴオオオ……という、懐かしいファンの回転音が艦内に戻ってきた。
ムバラクは、激しく咳き込みながら冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「助かったのか……。おい、工作室! 全員無事か!」
「は、はい……なんとか……」
通信の向こうで、ザニーのコックピットハッチをようやく開けたクリスが、息を荒げながら答えた。彼女の横では、ザニーの機体各所から、無理な電力オーバーロードによる白い煙がプスンと上がっていたが、その不格好な鉄の巨人と、コックピットから一歩も出ずにシステムを繋ぎ止めたクリスの執念が、確かにユーバリの全乗組員の命を救ってみせたのだ。
「見たか、ムバラク艦長」
テム・レイが、呼吸を整えながら、暗闇から戻った照明の中で不敵に笑った。
「実験は……大成功だ。
エネルギーを一本に集中させれば、対戦艦クラス……いや、対要塞クラスの火力を一撃で出すことは可能だと証明された」「大成功なものか!
撃つたびにこっちの命が止まる兵器など、実戦で使えるか!」
ムバラクが怒鳴り返したが、テムの脳内ではすでに、この失敗を克服するための次のアイデア――
「炉を並列で積むことで、エネルギーのバイパスに余裕を持たせる」
という、次世代専用艦への設計思想が、より強固なものとなっていた。
4しかし、宇宙での実験は、失敗から学ぶことの方が多かった。
7月に入ると、テム・レイはさらに奇妙なデバイスをユーバリの艦首に取り付けた。
かつてミサイル発射管が並んでいた艦首の最先端部。
そこに設置されたのは、3基の試作型ビームサーベルデバイスだった。
技術名、「ビーム・スピン発振器」
「今度は何をする気ですか、博士。
ビームを扇風機のように高速回転させて、敵のミサイルを融解させる盾にするなんて……
さすがに磁場制御の計算が破綻してしまいます」
クリスが、ザニーのコックピットからデータリンクを繋ぎ、バグだらけの仕様書を見ながら眉をひそめる。
「やってみなければ分からん。
これが成功すれば、我が軍の艦艇は無敵の防御力を得る」
テム・レイの強行により、ルナツー防衛部隊から放たれたテスト用のダミーミサイル数発が、ユーバリに向かって接近してきた。
「ビームサーベル、起動! モーター回転数、限界へ!」
ムバラクが制止する間もなく、ユーバリの艦首で、3本の巨大な光の刃が形成され、猛烈な速度で回転を始めた。
宇宙空間にビームの回転盾を作り出し、接近するミサイルを叩き落とす――はずだった。
「ま、まずいです、博士!
磁場収束リングが回転の遠心力と同調していません!」
ザニーのコックピット内で、クリスが異常値の赤色アラートを見て叫んだ。
「粒子の集束があますぎます!
磁場が破綻(ショート)します!」
次の瞬間、ユーバリの艦首で最悪の事態が発生した。
高速回転するビームの刃は、美しい盾の形を維持できず、磁場の拘束を失って激しく四散した。
限界まで圧縮されていたメガ粒子が、まるで破裂した散弾銃のように、あらゆる方向――そして、ユーバリ自らの船体へと向かって、猛烈にばら撒かれたのだ。
バチバチバチバチッ!!!
「うわああああっ!
艦首ラッタル破損!
光学センサー群、全滅!」
ブリッジに強烈な衝撃と、装甲が沸騰する悍ましい音が響き渡った。
「強制停止! 回路を遮断しろ!」
ムバラクが叫び、テムが慌ててコンソールを引き抜いた。
光の刃が消え去り、静寂が戻る。
メインスクリーン(辛うじて生き残った予備カメラ)に映し出されたのは、無惨なユーバリの自傷の跡だった。
艦首の装甲表面は、自らが撒き散らしたメガ粒子の散弾によって、まるで熱いトーストにバターを塗ったかのようにドロドロに溶け落ち、赤黒く焼けただれていた。
幸い、サラミスの厚い基本装甲を完全に撃ち抜くまでには至らなかったものの、もし集束率がもう少し高ければ、自分たちの放ったビームで自沈していたのは確実だった。
「ダメだ……。
強力な磁場制御でビームを『盾』の形に維持するのは、現在の技術では危険すぎる。
一歩間違えれば、味方や自艦を消滅させる自殺兵器だ……」
テム・レイは、溶け落ちた艦首のデータを眺めながら、珍しく苦渋の表情で項垂れた。
「当たり前です!
こんな危険なもの、怖くて実戦じゃ使えません!」
ムバラク艦長が怒鳴り散らし、この「ビーシールド計画」はその日のうちに「完全失敗・永久凍結」として、連邦軍の機密ファイルの最深部へと厳重に封印されることとなった。
ザニーのコックピットの中で、クリスは冷汗を拭いながら、激しく明滅する計器を見つめていた。
「高速回転したビームを磁場で『形』にするなんて、あと何十年の技術蓄積が必要なのかしら……」
しかし、このあまりにも早すぎた「大失敗」のデータこそが、宇宙世紀の兵器史の底流へと確かに刻まれた。