ミノフスキー粒子技術検証実験艦「ユーバリ」の記録 作:AIちゃんってすごい
第5章:テム・レイの下船と「V作戦」の本格始動
1宇宙世紀0079年7月末。
月軌道上の要塞ルナツーの片隅、厳重に遮蔽された極秘ドックの闇の中に、傷だらけの実験艦「ユーバリ」が静かにその錨を下ろしていた。
船体のあちこちには、地球降下時の砂塵による磨耗、プロト・ドライブ発動時の凄まじい金属疲労による亀裂、そして先月の実験で自らのビームの散弾を浴びた艦首装甲の、ドロドロに溶け落ちて赤黒く焼けただれた「傷跡」がそのまま残されていた。
それは、この7ヶ月間、本艦が文字通り地獄のような死闘を駆け抜けてきた証そのものだった。
艦内密閉型移動工作実験室(旧居住区)では、工作用溶鉱炉の火が落とされ、24時間響き渡っていた金属3Dプリンターの重低音も止まっていた。
静寂が戻ったラボで、テム・レイ大尉は、愛用のデータ・シリンダーにすべての実験結果を吸い上げ、カチリと音を立てて抜き取った。
彼の眼鏡のレンズは、割れたまま交換されることはなかった。
その視線の先には、艦側面の整備ベッドで、すべての役目を終えて静かにクランプされている試作モビルスーツ「ザニー」の姿があった。
「……終わったな、クリス君」
テムが呟いた。
「はい、博士」
ザニーのコックピットから這い出てきたクリスチーナ・マッケンジー少尉が、煤のついた軍服の袖で額の汗を拭った。
21歳の彼女の顔からは、配属当初の困惑は消え失せ、数々の極限状態を生き抜いた技術士官としての、確固たる強さと自信が宿っていた。
「結局、我々がこの7ヶ月間で得た最大のデータは、皮肉にも『失敗と妥協』だった。
サラミス級という既存の艦艇をどれだけ切り刻みツギハギしたところで、ミノフスキー・イヨネスコ型炉の莫大な熱量や、ミノフスキークラフトの自重、そしてモビルスーツの本格的な運用には絶対に耐えられない。
……それが、ユーバリが身をもって教えてくれた答えだ」
テムは手元のデータパッドを操作し、新たな設計図を画面に展開した。
そこに映し出されていたのは、サラミスのような細身のシルエットではない。
中央に広大なモビルスーツ・デッキ(格納庫)を持ち、両舷には熱核反応炉を「並列」で贅沢に搭載した、最初からすべてを盛り込むことを前提とした専用の巨艦だった。
「――ペガサス級強襲揚陸艦、一番艦『ホワイトベース』
ユーバリの流した血と壊れたフレームのデータがなければ、この名艦が形になることはなかった。
これならば、大気圏内でミノフスキークラフトを起動しながらでも、主砲のメガ粒子砲を何発でも叩き込める」
テムの目が、科学者としての純粋な、そして確信に満ちた輝きを取り戻していた。
2「そして、もう一つの答えがこれだ」
テム・レイは、ラボの3Dプリンターの横に置かれた、頑丈な金属製のキャリングケースを開いた。
中には、ユーバリが大気圏内で電力不足に陥ったがゆえの苦肉の策――エネルギーの事前蓄積という逆転の発想から生まれた、完成された「E-CAP(エネルギー・キャパシタ)」の新型デバイスが収められていた。
「これまでの『E-CAP充填式メガ粒子榴弾』は、一発で使い捨てる大砲の弾だった。
だが、私はこの充填粒子をさらに細分化した。
……1発で使い捨てるのではなく、エネルギーを『15分割』して、小出しにコントロールしながら撃ち出す。
それをモビルスーツが携行する銃の形にするんだ」
「戦艦並みの火力を、モビルスーツが手持ちのライフルで撃ち出すというのですか……?」
クリスが息を呑む。
「そうだ。ジオンのザクがいくら装甲を厚くしようが、この『ビーム・ライフル』の前には紙細工も同然となる。
これらを搭載する連邦軍初の本格的な実戦用モビルスーツ
の仕様書は、すでに私の頭の中で完璧に組み上がっている」
テム・レイはケースを閉じ、クリスに向き直った。
「私はこれより、このすべてのデータとE-CAPのプロトタイプを携えて、サイド7へ向かう。
向こうの秘密工場で、いよいよ本物のMSの組み立てに入る。
……クリス君、君も一緒に行くかね?」
クリスは一瞬、整備ベッドのザニーを見つめた。
数々の電源全ロスの危機を、その小さな融合炉で繋ぎ止めてくれた不格好な相棒。
「……はい、博士。私も連れていってください。
私がユーバリの中で、ザニーの中で見てきたこの技術の行く末を、最後まで見届けたいんです。
それに、新しいモビルスーツのテストパイロットの枠、まだ空いているんでしょう?」
「ははは、君ほどこの歪なシステムを理解しているパイロットは地球圏にいないからな。
頼りにしてるよ、マッケンジー少尉」
二人の天才技術者は、ユーバリの暗い工作室の中で、未来の反撃に向けた固い握手を交わした。
3「……行ってしまうのか、大尉、少尉」
ユーバリのハッチの前で、荷物を抱えたテム・レイとクリスを待っていたのは、艦長であるムバラク・スターン大尉だった。
25歳の若き苦労人の顔は、相変わらず煤で汚れていたが、その瞳には二人に対する深い敬意が込められていた。
「ああ、ムバラク艦長。君には本当に苦労をかけた。
この無理難題ばかりの実験艦を、一人の死者も出さずにここまでコントロールしきった君の指揮能力は、本物だ」
テム・レイが、珍しく素直な感謝の言葉を口にした。
「ふん、毎日が空中分解と凍死の危機だったからな。
おかげで俺の胃に穴が空きそうだ。
……クリス少尉も、サイド7へ行っても博士の無茶に振り回されんようにな」
「はい! ありがとうございます、ムバラク艦長。
艦長がこのユーバリを守ってくれたから、私たちは次の技術へ進むことができます」
クリスが、実直な敬礼を捧げた。
「ユーバリ(このフネ)の任務は、これで終わりだ。
解体されるか、あるいはルナツーの隅で練習艦として朽ち果てるのを待つだけさ。
歴史の教科書に、この歪なサラミスの名前が載ることはないだろうな」
ムバラクは、溶け落ちた自艦の艦首を寂しげに見つめながら、自嘲気味に笑った。
「歴史が忘れても、我々が造る兵器が、このフネの魂を証明するさ」
テム・レイはそう言い残し、データ・シリンダーを胸に抱いて、サイド7行きの連絡艇へとタラップを渡っていった。
クリスもそれに続く。
ムバラクは一人、ドックのデッキに佇み、連絡艇がルナツーを離れていくのをいつまでも見送っていた。
宇宙世紀0079年7月末。
民間企業の裏切りへの怒りから始まり、ルウムの凄惨な大敗、だまされた軍部の強奪、そしてこのユーバリという「動く町工場」での数々の妥協と大失敗を経て紡がれた泥臭い技術のバトンは、いま、サイド7という静かなコロニーへと完全に引き継がれた。
数ヶ月後、歴史はサイド7で目覚めた「白い悪魔」の圧倒的な輝きに熱狂することになる。
戦艦を一撃で葬り去るビーム・ライフル、重力下を縦横無尽に駆けるその性能に、誰もが連邦の圧倒的な技術力を見た。
だが、その輝きの裏に、大気圏内で電力不足に喘ぎ、ビームが撃てずに51cmの実弾砲を振り回し、全電源を喪失して凍りつきかけ、磁場の破綻で自らの艦首をドロドロに溶かした、実験艦「ユーバリ」とザニー、そして名もなき技術者たちの孤独な死闘があったことを知る者は、歴史の中に一人もいない。
しかし、歴史の裏に葬られたその「傷跡」こそが、のちに地球連邦軍を勝利へと導く、最も強固な礎であった。
連絡艇の光が星々の彼方へと消えていく。
ムバラク・スターンは、静かに回れ右をして、自分の愛すべき不格好な町工場へと戻っていった。
ジャブローの闇から始まった「V作戦」の胎動は、いま、宇宙世紀を揺るがす本物の反撃の嵐へと、その姿を変えようとしていた。(第5章・完)