ガートルード・ロックハートの慨嘆 作:オブリビエイター
九月の新学期。二年生の「闇の魔術に対する防衛術」の初回の教室は、いつにない熱気に包まれていた。
ハーマイオニー・グレンジャーは、親友のハリー・ポッターとロン・ウイーズリーを連れ、最前列の席に陣取り、そわそわ膝を揺らしながら、インク壺のフタを開けたり締めたりして、教師の到着を待っていた。
「ごきげんよう」
そして魔女が入ってきた。
教室中の生徒が息を呑む。
魔女の美しさは常軌を逸していた。
「二年生の『闇の魔術に対する防衛術』のクラスを四寮合同で始めます」
魔女は教壇に立ち、生徒の顔を見回した。カールした長いブロンドが揺れる。
その造形は完璧だった。
魔法で大理石を切り出してもこうはならないに違いない。
身にまとっている
夏休みのフローリシュ・アンド・ブロッツ書店、新学期の歓迎パーティ、そして教科書で何度も見たその姿は(ハーマイオニーは暗記するまで繰り返し教科書を読む)、しかし間近の実物には全く及ばない。
「私だ」
魔女はウィンクをしている自分自身の写真のついた表紙を高々と掲げた。
表紙とあわせ、本人もウィンクをしながら言う。自らの美しさを欠片も疑っていない、絶対的な自信に満ちた物言い。
「ガートルード・ロックハート。28歳。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞、月刊『WARLOCK』の『美魔女』三年連続一位。――もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの
ロックハートはジョークのつもりだったようだが、ハーマイオニーをはじめ多くの生徒は、ぼうっとして固まったままだった。
ハーマイオニーの頭の中の辞書は、「美しい」という言葉の定義が更新された。それはガートルード・ロックハートだ。
隣のロンはあんぐり口を開けたまま、椅子にずるずる沈み込んだ。
隣のハリーの胃はでんぐり返っていた。
ロックハートは気にせず、生徒の机にうずたかく七冊の本が積まれているのを指さした。
「全員が私の本を全巻そろえたようだね。大変よろしい。――君たちの親御さんには大きな負担をかけたことと思います。『闇の力――護身術入門』という教科書があるのに、
なぜ追加で七冊も買わせたのか?それは、ただの印税収入のためではなく、私の本には、『闇の魔術に対する防衛術』を学ぶエッセンスが、分かりやすく現れているからです」
ロックハートは無造作に一冊を取り上げて開いた。
「そもそもなぜ、闇祓いでも『闇の生物』ハンターでもない若輩が呼ばれたのでしょうか?私より優れた『闇の生物』ハンターや『闇祓い』はごまんといるでしょう。しかし――」
ロックハートはとんとんと本の表紙を叩いた。
「彼らと異なり、文筆家の私は文章がとてもうまいです。私のマーリン勲章は私の類稀なる文才に与えられました」
「この七冊のエッセイは、私が『闇』に直面したときに、私がどう思考し、どう行動したか、そのモデルケースを臨場感をもって平易に提示しています。私がホグワーツの『闇の魔術に対する防衛術』をこの一年間教える栄誉にあずかったのは、『闇』に直面した人間がどうなるかを私なら身をもって分かりやすく教えられるだろうとダンブルドア校長が考えてくださったからだと推測しています」
ロックハートはそこで、宙をつかみ、羊皮紙の束を取り出した。
「さて、それでは授業に移ります。その前に、最初に小テストを行います――」
ハーマイオニーとレイブンクロー生の大半が恐怖で息を呑んだ。
「――心配はご無用。授業を始めるにあたり、君たちの現在の知識を把握しておきたいだけですからね。予習の指示はしていません」
ロックハートが杖を一振りすると、テスト用紙が生徒全員の机にいきわたった。ロックハートはもう一振りすると、大きな砂時計が宙に出現した。
「時間は二十分です。はじめ!」
砂時計がひっくり返ると同時に、ハーマイオニーもテスト用紙を素早く裏返し、本能に染みついた素早さで名前を正確に記入した。
テスト用紙の枠は、ルーン文字や図形で仰々しく飾りつけがなされていて、名前の欄にも何やら細かいルーン文字列が刻まれていた。ハーマイオニーは興味をそそられたが、問題に集中した。
1 ガートルード・ロックハートの好きな色は何?
2 ガートルード・ロックハートの密かな大望は何?
3 現時点までのガートルード・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
テストを解き始める前に、まず全部の用紙を見渡して問題形式と分量を確認すべし。ホグワーツ入学前に身に着けた鉄則をハーマイオニーは忠実に――ハーマイオニーにとって、ペース配分が必要になる筆記試験などなく、冒頭から解いていけばそれで済むのだが――守る。裏表三ページにわたって、問題は続いている。
30 ガートルード・ロックハートが『狼男との大いなる山歩き』の中でも用いている、
31 ガートルード・ロックハートが『トロールとのトロい旅』の中で遭遇する山トロール・川トロール・森トロールの中で、あなたが最も危険と考えるトロールはどれか、三種の特徴を踏まえて簡潔に述べよ。
32 成人の闇の魔法使いがあなたの前に杖を向けたとする。あなたがとるべき行動を、理由とともに述べよ。
33 あなたが考える、マグルの社会と魔法族の社会の特性を述べよ。
34 他人と魔法契約を結ぶ際に注意しなければならない点を述べよ。
生徒がざわついたり、不審な目くばせを送りあったりするが、最前列のハーマイオニーは知る由もなく、食い入るように問題用紙をめくってゆく。
53 ガートルード・ロックハートの身長は何センチか?
54 ガートルード・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈り物は何?
「あー、ロックハート先生?」
レイブンクローのパドマ・パチルが躊躇いがちに手を挙げ、ロックハートが微笑む。
「なにかな、ミス・パチル?」
「このテストは…………」
ロックハートのにっこりした笑顔を見ながら、パチルは萎縮していった。
「……いえ、何でもありません。すみません」
「よろしい。気になることがあれば、いつでも言いなさい」
すべての問題に答えられそうだとハーマイオニーは安心し、覆いかぶさるようにガリガリ書き込む。用紙の空欄をすべて埋めて見直しを三度した後、時間までに補足を書き込んでゆく。三十分後、
「やめ!羽根ペンを机に置きなさい」
ロックハートが杖を振ると、赤い羽根ペンが人数分教室を舞い、各々のテスト用紙にチェックやバツをつけていった。ハーマイオニーは、自分のテスト用紙にすべて
「ふむ。――私の好きな色は、『雪男とゆっくり一年』にあるように、ライラック色です。『狼男との大いなる山歩き』十二章より、私の誕生日の贈り物は、魔法界と非魔法界のハーモニーですね」
ロックハートが杖を回すと、答案用紙が一枚ずつ高速でめくられてゆき、ロックハートの前方に金色のインクが浮かんでのたくり、何やら数字の列を描き出す。どうやら採点をしているらしい。
「『バンパイアとバッチリ船旅』でひとこと触れたにすぎない、吸血鬼とペルー毒牙種のドラゴンの牙の形状の類似点を記述できた人が三人もいるとは。……そのなかでもミス・ハーマイオニー・グレンジャーは、私の密かな大望も知っていましたね。この世界から悪を追い払い、ロックハート・ブランドのコスメを売り出すことだと!それに――唯一の満点です!ミス・ハーマイオニー・グレンジャーはどこにいますか?」
ハーマイオニーは震えながら手を挙げた。ロックハートの満面の笑みが向けられ、ハーマイオニーは気が遠くなりそうになった。スリザリン生達の嘲笑は、まるで耳に入らなかった。
「すばらしい!グリフィンドールに五点!まったくすばらしい――」
しかし、そこでロックハートの笑みが掻き消えた。
「――ですが残念ながら、『闇の魔術に対する防衛術』の実技テストとしては、落第をつけざるを得ません。ミス・グレンジャーだけでなく、この中の全員」