ガートルード・ロックハートの慨嘆 作:スマイル
「――ですが残念ながら、『闇の魔術に対する防衛術』の実技テストとしては、落第をつけざるを得ません。ミス・グレンジャーだけでなく、この中の全員」
ハーマイオニーは蒼白になり、意識を失いそうになった。「
「君たちの誰一人として、このテストの目的を問わなかった。こんなテストがおかしいと思わなかったのですか?」
ロックハートは首をかしげる。
「君たちの現時点における『防衛術』の素養をチェックする問題はおよそ半分程度。残りは私のどうでも良いプライベートの情報です。 ――仮にもホグワーツの一教師として招かれた私が、自分の好きな色を問うとでも?大半は馬鹿げたテストだと思って解いたことでしょうが、ミス・グレンジャーや私のファンは、恐らく何も疑問に思わずに解いた。違いますか?」
ハーマイオニーは固まった。
「そうであれば、私が
シェーマス・フィネガンは、隣のパーバティ・パチルから二センチ椅子を右にずらした。
「……ああもちろん、魅力的な同級生を警戒しろと言っているわけではありませんよ。魅力的な人のうち悪人はごく一部でしょう。しかし魅力的な悪人であれば、自分の魅力を活かさないわけがありません。こういった話は皆さんには早いかもしれませんが、覚えておきなさい」
ロックハートはテスト用紙を指差した。
「さて、話を戻しましょう。いかにふざけた問題であれ、生徒である以上は真面目に取り組む。その態度は褒められてしかるべきです。――しかし、もう少し観察をしてほしかった。よくテスト用紙を見てください。この紙はふつうですか?何か変だと直感的に思いませんでしたか?」
ロックハートは問いかける。生徒はぎょっとして手元の紙を見る。羊皮紙の周囲には、飾り枠のようにみえ、ギザギザの古代文字――ルーン文字がびっしり刻まれている。
「危険を嗅ぎ分ける勘は、とても重要です。『古代ルーン文字学』が三年生からの選択科目だということは関係がない。目立ちたがりのナルシシストの魔女なら、テスト用紙ひとつとってもごてごてに飾りつけるだろうと勝手に納得してはいけません。ミス・パチルは先ほど手を挙げていましたが、もしかして何か気づきましたか?」
指名されたパドマ・パチルがびくりと震える。
「……自信は無かったんですけど、これは魔法契約の紙ですか?」
「その通り。レイブンクローに五点。自分の意志で自分の真の名を書けば、私と君達との間で契約が締結したことになってしまいます。マグル出身の生徒であれば、『契約と知らずに騙されただけだから無効』だと思うかもしれません。しかし残念ながら、マグルの法律は、この種の
「……」
「君たちがどんな契約をしてしまったかについては、名前の欄の横に小さく英語で書き添えています。これもよく見れば、気づいたはずです。杖を取り出して叩いてください。拡大されるはずです」
生徒たちは紙面をのぞきこんだ。
・今日の『闇の魔術に対する防衛術』のクラスの間、私は以下の行動をとります。ガートルード・ロックハートが左手の指を鳴らしたとき、私は椅子から立ち上がります。ガートルード・ロックハートが再び左手の指を鳴らすまではその場から動きません。再びガートルード・ロックハートが左手の指を鳴らした後は、ガートルード・ロックハートの動きに従います。この契約は、ガートルード・ロックハートのみが破棄できます。
「この『闇の魔術』を使うために、私は代償として、自らの血と、幼い頃の大切な記憶を一時間捧げる必要がありますが――教材代としては実に破格でしょう」
ロックハートは杖を自らの左手に向け、左手の甲を裂いた。血がきらめき、宙に消える。続けて杖を自らのこみかけにあてて、ゆっくりと引っ張る。銀色の糸のようなものが額からするする浮き出てきた。ロックハートが息をふきかけると、その糸も消えた。
そしてロックハートが無表情で左手を鳴らすと、生徒は皆、起立をして硬直した。誰もが驚きの表情を浮かべながらも、何も口に出せないでいる。再びロックハートが左手を鳴らすと、硬直が解けた。と思ったのもつかの間、ロックハートが杖を持って右手をゆっくり上げると、生徒もみな杖を取り出した。そのままロックハートが杖をゆっくり喉元に向けると、生徒は恐怖の表情を浮かべながら、それに従う。
そこでロックハートは再び杖を振りあげた。各々のテスト用紙の名前が燃え上がり、黒焦げになった。
「とまあこんな風に、魔法契約は
動けるようになった生徒のがやがや声が教室を埋め尽くす。
「私が少し命令を書き換えていれば、あなたがたは自らの喉を杖で突き刺すことも、お互いをそうすることもできました」
ロックハートは静かに言う。教室は静まり返る。
「十一年前まで猛威を奮った禁術が、『
ロックハートはそこで
「――ええ、ミスター・マルフォイ、きっと御父上も私の授業の教育的な意義を理解いただけると思いますよ。マルフォイ家は闇の魔術師に操られる恐ろしさはじゅうじゅうご存知でしょう。」
皮肉たっぷりにロックハートは付け加える。ルシウス・マルフォイをはじめ、「例のあの人」の支持者と目された者の多くは、無理やり服従させられたと証言している。
「念のため、私は授業に不必要な呪いを生徒にかけないという絶対的な『誓い』をダンブルドア校長と結んでいます。本日の呪いの件を理事会やご家族に報告し、私を解雇させる、もしくは『行方不明』にする算段を立てるのは構いませんが、たぶん、ご息女の教育を真剣に考える親御さんであれば、あまり熱心にならないでしょう。『闇の魔術に対する防衛術』を避けて通れる魔術師など、『闇の魔術師』を含めて誰もいませんから」
今度はロックハートはハッフルパフの生徒にちらと目を向けた。
「先ほどの呪いは不公平でしょうか?いいえ。試練はいつでも突然訪れます。『闇の魔術に対する防衛術』の本番のテストは丁寧に予告されない」
それからハーマイオニーのほうをたしかに見て、ロックハートは言った。
「教師を疑うなんて考えられないですか? 偉大なるダンブルドア校長に守られた学校だから大丈夫?授業で危険なことは起こりっこない?そんなバイアスは捨てなさい。皆さんの去年の『闇の魔術に対する防衛術』の先生はどうでしたか?」
生徒は一様に息を呑んだ。前任のクィレル教授は、「賢者の石」を盗もうとし、そして死んだ、と伝えられている。
ハーマイオニーは、クィレル教授の後頭部に、史上最悪の魔法使い・「名前を言ってはいけない例のあの人」ヴォルデモート卿が取り憑いていたことも知っている。
ロックハートは短く溜息をつく。
「ホグワーツ時代の親しい友人でした。報せを聞いてとても残念でした。それはさておき」
再びロックハートはレイブンクロー生に目を向ける。
「ミス・パチルの他にも、おかしいと気づいた生徒はいたかもしれません。私がレイブンクローに二十点を与えていた解答は、ここに正しい本名を記入せず、お腹が痛いから医務室へ行くと言って教室を出て、そのまま職員室か校長室に直行することでした。私が本当の闇の魔術師だとしたら、去年面と向かって指摘するのは愚かですから」
「しかし恐らくミス・パチルは、なんとなく気まずいから、気恥ずかしいから、何も言わなかったのだと思います。勇気というのは、グリフィンドール生はもしかしたら思い違いをしているかもしれませんが、危険に自ら飛び込むときに発揮されるものではなく、むしろ、煙が部屋に回ってきているのに、誰も立ち上がらずにいるという状況で、恥ずかしさや先の恐れを気にせず、『火事かもしれないから逃げよう』と言えるかどうかで発揮される場合が多いです。――『鬼婆とのオツな休暇』を読んでみてください。集団とは、静観するか、さもなくばパニックに陥るか」
続いてロックハートは、後方の席に座る生徒のほうを見る。
「逆に、こんなテストはくだらないと、名前だけ書いて寝た諸君もいましたね。もし私がただ顔が良いだけの目立ちたがりのダメ教師であれば、それは学徒として正しい判断でしょう。しかし――よほどの睡眠不足や体調不良でなければ、あなたがたはマクゴナガル教授やスネイプ教授の授業で間違っても寝ることはないでしょう。『恐ろしい』と考えているから。かつ『格上』であると考えているから。あなたがたはマクゴナガル教授やスネイプ教授を『舐める』ことはしない。」
ロックハートは杖をクルクルもてあそぶ。私もホグワーツ出身ですからね、よくわかりますよ。
「『防衛術』では、相手との『格』を測る能力は必須です。――念のため、ここでの『格』というのは、殺し合ったときにどちらが死ぬか、という意味です」
ロックハートはスマイルを浮かべたが、目は笑っていなかった。獲物を見るグリフォンのような目つきに、生徒たちは背筋を震わせた。
「私はあなた方を殺せるが、今のあなた方は私を殺せない。なればこそ私はあなた方に『防衛術』を授ける必要があるのです。――ああ、ミスター・ポッターは例外かもしれませんがね」
びくりとするハリーに構わず気軽な調子で言うと、ロックハートは再び指をパチリと鳴らす。
「おしゃべりが長くなりましたが、小テストは終わりです。いよいよ授業に入ります。教科書と私の本をすべて鞄にしまい、杖だけ持って立ちなさい。鞄はこのように教室の後ろに集めて、結界を張っておきます。」
ロックハートはキビキビした口調で、杖を振るった。
「この授業では、まず実践、次に座学、もう一度実践。このサイクルで、皆さんの体と頭に、闇と戦う
ロックハートの机には、覆いのかかった大きな籠が乗っていた。生徒はざわめきながら立ち上がった。
「どうか、叫ばないようお願いしたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」
先ほどまでの演説と打ってかわって、声を押し殺すロックハート。再び押し黙る生徒。
「……『防衛術』の授業で君たちは、これまでにない恐ろしい目に遭うかもしれません。――ただし、私がここにいる限り、君たちが死ぬことはないと約束しておきます。このサクラの杖と、ホグワーツ校長アルバス・ダンブルドア教授と、我が寮の創設者レイブンクローの名に誓って」
淡々と呟くロックハートに、生徒の緊張はさらに高まった。マルフォイを含め、笑う者は教室に誰もいない。
厳粛な雰囲気を保ったまま、ロックハートが覆いをさっと取る。仰々しく声を張り上げる。
「刮目しなさい。とらえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精!」
籠の中身を見て教室の緊張が一気に解放され、ここでシェーマス・フィネガンとあと数人が、こらえきれずにプッと噴き出した。
「どうかしましたか?」
ロックハートが首をかしげ、心底不思議そうに問う。
「あの、こいつらが――あの、そんなに――危険、なんですか?」
シェーマスは笑いを殺すのに、咽せ返った。連られて忍び笑いがグリフィンドールとスリザリンの間で広がる。ピクシー小妖精は身の丈二十センチくらいで群青色をしており、とがった顔でキーキー甲高い声を出している。籠の中を飛び回り、籠をガタガタ言わせている。ロンとハリーも目を見つめ合わせて肩をすくめた。ハーマイオニーは『幻の動物とその生息地』の記述を思い返そうとした(ハーマイオニーは教科書を暗記している)が、「危険な生物」であるとは思えなかった。
「ふむ。ミスター・フィネガンと同じことを思っている生徒が多いようだ。それでは君たちがピクシーをどう扱うか見てみましょう」
ロックハートは前触れなく籠を開け放ち、瞬間、ピクシーが解放された。
教室は大惨事となった。