ガートルード・ロックハートの慨嘆 作:スマイル
「ふむ。ミスター・フィネガンと同じことを思っている生徒が多いようだ。それでは君たちがピクシーをどう扱うか見てみましょう」
ロックハートは前触れなく籠を開け放ち、瞬間、ピクシーが解放された。
教室は大惨事となった。
好き勝手に暴れ回るピクシーは四歳児を百倍凶暴にしたかのようだった。
歓声を上げて教室を高速で飛び、手あたり次第に近くの物を投げてはガラスの破片を降り注がせ、インク壺をひっくり返しては墨をぶちまけ、テスト用紙を引き裂いては紙吹雪を起こした。
生徒は悲鳴を上げながら右往左往し、そのうちのいくらかは杖を取り出し呪いを放ったが、ピクシーは呪いを避けてやすやす杖を取り上げ、取り上げた杖でお手玉をしたり、黒板に向けてダーツを始めた。
そのころには生徒はみな生徒に隠れ、ハーマイオニーも同じようにして、頭を覆った。ピクシーが何度か、ハーマイオニーの腹を蹴飛ばして、あかんべをした。
ただしのろまなネビル・ロングボトムはいつのまにかピクシー数匹に吊り上げられ、シャンデリアにぶらさがって揺れていた。
「そこまで」
ロックハートが杖を大きく振ると、ピクシーがすべて籠に吸い寄せられ、籠が閉まった。
そしてロックハートはネビルに杖を向ける。ネビルはシャンデリアとともにゆっくり地面に着地した。
「立ち上がって聞きなさい。今わかった通り、残念ながら皆さんは、ただのピクシーを対処できませんでした」
「最も不運な目に遭ったのは、ミスター・ロングボトムです。彼はピクシーの群れに天井まで吊り上げられた」
ネビルは真っ赤になって縮こまった。
「しかし幸いなことに、この教室は天井がありました。――しかし、屋外だったら?十メートル、二十メートル、三十メートル――百メートル?ピクシーはどこで『飽きて』くれるか?シャンデリアがなかったら?そのまま頭から落とすかもしれない。」
ネビルも他の生徒も真っ青になった。
「ピクシーは『邪悪』な生物ではありません。ただの『悪戯』しかしない。ですが、悪戯でも人は死にます。魔法使いであっても」
ロックハートはゆっくり生徒を見渡す。
「『防衛術』の時間と関係なくホグワーツ生に忠告しておきますが、ただの悪戯で、人は呆気なく死にます」
グリフィンドールとスリザリンの方をちらりと見たあとに続ける。
「そして本日のミスター・ロングボトムのさまを笑う者がいれば、私は罰則を与えます。彼は弱かったのではなく、運が悪かった。あなたがたの様子を見るに、あなたがたのほとんどは、同じ可能性があったとみています」
ロックハートはガラスをつまむ。
「魔法使いなら、ガラスの破片ごときで大した怪我はしませんか? これが目に入ったら? 治癒の呪文も満足に身に着けていないあなたがたは、視界を塞がれてなおピクシーから逃れられますか?」
続けて、ロックハートは、床に飛び散ったインクを指さす。
「そして、もしここが、スネイプ教授の魔法薬学の教室で、あのビンが毒薬だったら?アクロマンチュラやエルンペントの毒液だったら?」
「ピクシーが『飽きる』までに、あなたがたの全員、ほぼ間違いなく死んでいたしょう」
ロックハートは後ろ手で杖を黒板に向ける。チョークが数本踊り、無邪気なピクシーが生徒を死に至らしめる手段が、生々しく黒板を埋め尽くす。
「さて。それでは、ピクシー小妖精がどのような魔物なのか、講義に移りましょう。誰かピクシーに説明できる人はいますか?」
レイブンクローからぱらぱら手が上がる前に、ハーマイオニーは、先の失態を取り返すべく、いの一番に手を天井向けて突き挙げる。
「ミス・グレンジャー、どうぞ。」
「『主な生息地はイングランドのコーンウォール地方に。鮮やかな青い体色で、体長は8インチほど。非常に悪戯好きで、ありとあらゆる悪戯、悪ふざけを好む。羽はないが飛ぶことが出来、人の耳をつかんで高い木や建物の頂上に置き去りにしていくことが知られている。仲間にだけ分かる甲高い言葉で話す。M.O.M分類は、
ロックハートはかなり感心して頷いた(ハーマイオニーはドキリとした)。
「素晴らしい。私の頭脳は、とても『幻の動物とその生息地』を全ページ覚えられません。グレンジャーさんに、もう二点」
(ハーマイオニーの頬がピンクに染まった)
「さて。魔法生物はご存知の通り、その危険度を鑑みて魔法省により『
ロックハートはピクシーの籠の前をゆっくり横切った。
「『有能な魔法使いが対処すべき』」
ロックハートはゆっくり繰り返す。
「率直に言えば、平均的なホグワーツ二年生は『有能な魔法使い』ではない。そうであれば、残り五年をホグワーツで過ごす意味がないのですから。」
挑発的に腕を広げ、ロックハートは笑った。
「『XXX』といっても上から下まで幅広いですが、ヒッポグリフや
「教訓。油断大敵!警戒を怠るな!」
ロックハートは突如声を轟かせた。ネビル・ロングボトムは椅子から飛び上がった。
「明らかに危険なものは警戒しなさい!明らかに危険でないものも警戒しなさい!私が事前に警告したにもかかわらず、何故あなたがたはピクシーを舐めたのか?先ほどの小テストを受けてなお、私がジョークを言っていると感じたのですか?全くもって甘すぎる!」
「教訓、二。相手の『格』を見極めなさい。『危険の度合い』を見極めなさい。舐めたら死ぬ。『格』を見極める力があなたがたにはまだ無い。」
ロックハートはそこで言葉を切る。
「さて。ここまで誰もノートを取っていませんね。聞くのに集中した方が記憶に定着する、というのならそれで構いませんが――」
生徒が慌てて羽根ペンを取り出す。ロックハートは溜息をつく。
「念のため。あなたがたが板書をするのは、教師に媚びを売るためではなく、記憶するためです。私は闇と抗う方法を真剣に教えますから、皆さんも真剣に学びなさい」
「『試験にパスすればそれで良い』と思う諸君もいるでしょうが――私もきれいごとは言いません、すべての科目にひとしく熱量を注ぐのは難しいでしょう――しかしこの一年間を経てなお、あなたがたがこの『闇の魔術に対する防衛術』の授業を受ける意義を見出せず、『試験にパスすればそれで良い』と感じるのであれば、私は私の無能を深く恥じます」
ロックハートは、ピクシーの籠に杖を向ける。
「皆さんは実戦では死んでいましたが、幸い今は授業です。復習をしましょう」
そして歌うように唱える。
「
青白い光が籠を包みこんだ。
「これは、魔法族がマグルに日常的に使用しているというために禁術に指定されていない大変愉快な光の魔術です。――さて、この魔法によって、先ほど暴れたことも、私に制圧されたことも忘れたので、このピクシーたちは、籠を開けるとほとんど同じ動きをするでしょう」
「あなたがたは今回どうすればよかったか?まず、冷静になるべきでした。そして、ただちに逃げるべきですが――今回は逃げられないので――団結するべきでした。自寮で固まって杖を掲げて円陣を組むだけで、ピクシーは何もできませんでした。そしてピクシーを無力化させるためには――」
ハーマイオニーのみならずすべての生徒が、ロックハートの話を聞き漏らまいとしていた。ロンは時折ロックハートの顔をぼーっと見つめながらも、頭を振ってキリリと顔を作り、羽根ペンを動かした。
「――そうすれば、今度は、ピクシーを鼻で笑い飛ばせるようになるでしょう。では、もう一度、籠を開けます。」
ロックハートの言う通り、生徒たちは息を切らせながらも、ピクシーの制圧に成功した。ネビル・ロングボトムも、地に足を着けたままだった。
そこで終業のベルがなった。
「宿題。私が一度目にピクシーを放ったとき、あなたはどういう行動を取ったか、なぜその行動を取ったか、その行動がどういう結果をもたらしたかを記述しなさい。そして次に私がピクシーを放ったら、あなたはどういう行動を取るべきかについても記述しなさい。分量は自由、採点はしません。来週の授業冒頭で回収します。」
(「採点はしない」のところでハーマイオニーは「そんな」と声を漏らした)
「来週は、もう一回ピクシーを放ちますし、別の魔法生物も持ってきます。それが何かは言いません。どういう対処を取るべきかを考えなさい。これも宿題です。ではまた来週、ごきげんよう」
生徒は、衝撃と興奮の覚めやらぬ様子で、教室から三々五々出て行った。
しかしハーマイオニーはロックハートとなんとか話したく、その場で立ち止まったままだった。
「どうしたのかな、ミス・グレンジャー。サインがほしいのかな?」
「あの――」
ロックハートのほうから声をかけられ、ハーマイオニーは口をパクパクさせた。サインをねだる?この授業を聞いた後に、それは賢くないように思える。
「――とても素晴らしい授業でした。 わ、私、先生のファンです。先生の本はすべて覚えるまで読みました」
思わず口走り、赤面する。
「ありがとう。あなたも素晴らしい生徒だと、マクゴナガル教授からもよく聞いています。期待していますよ、ミス・グレンジャー」
尊敬する人物からの心からの称賛。嬉しさと恥ずかしさでハーマイオニーは茹で上がった。
「それに、ミスター・ウィーズリーとミスター・ポッターと協力して、去年トロールを協力して退けたとも聞いています。それに――噂では、学年末に学校を救ったとか」
ロックハートはそこでハリーを真顔で見た。こちらを探るような、狩るような目。ハリーは背筋が寒くなるのを感じた。
「ミスター・ポッター。非常に期待していますよ。『名前を言ってはいけない例のあの人』を打ち破った有名人のあなたにね」
そして事務的にロンに顔を向ける。
「ミスター・ウィーズリー。折れた中古の杖は危険ですから、親御さんに手紙を書いて、新しい杖を早急に購入しましょう。ロックハートがそう指示したと――ご丁寧にファンレターをくださいましたから――書いておいてください」
そのまま立ち去ろうとするロックハートに、ハーマイオニーは慌てて声をかける。
「せ、先生はどうしてホグワーツに? 今年はホグワーツで本を書かれるんですか?」
ロックハートはしばらくハーマイオニーを見つめたあと、屈みこんで微笑んだ。
「私はね、とっても目立ちたがりなんです。皆に私の話を聞いてもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。だから私はこの一年は教職に専念します。――まさかこのホグワーツに闇がひそんでいることがあれば、『ホグワーツの怪物とホクホクシェパーズパイ』を書かねばならないかもしれませんが 」
ロックハートは立ち上がって手を振った。
「それではまた、次の授業で会いましょう。いつでもオフィスアワーで質問とサインを受け付けます。愛の告白は受け付けてませんがね」
特大のウインクをしてロックハートは教室を出て行った。
ハーマイオニーはロックハートの本を抱き締めながら、「期待していますよ」の言葉を頭の中で何度も反芻していた。
「おったまげー」
ロンは呟いた。
「まあ、フレッドとジョージが言ってたのが分かったよ。ロックハートはクールだってね」
ハリーは何も返さずに、ロックハート先生は、ヴォルデモート卿に対して立ち向かうために、どのようなことを教えてくれるのだろうかと考えていた。