ガートルード・ロックハートの慨嘆 作:スマイル
「災難でしたねハリー。……ところで、さっきは言えなかったことで、私に何か言っておきたいことはありませんか?」
ロックハートは穏やかな声で、ハリーを見つめた。
「え?」
「ホグワーツ特急の件といい――どうにも君は奇妙なことに遭遇して目立つ運命にあるらしい。――他にも、皆のいる前では言えないが、私だけには内緒で言える、ということが無いでしょうか? あるいは、内緒で聞いておきたいこととか」
人差し指をシーッと唇の前に寄せて、ロックハートは柔らかく言った。
ハリーはぼうっとしながら、最近のあれやこれやを思い出そうとする。絶命日パーティ、マルフォイがハーマイオニーに「穢れた血」と罵ってロンがナメクジを吐いたこと、クィディッチチームのウッドのしごきが常軌を逸していること、一年生のコリンがやたら写真を撮ってくること、校庭の「暴れ柳」にぶちのめされたこと、ロンの実家の「隠れ穴」に夏休みに泊まったこと、怪しげな「
しかし口をついて出たのは、まったく関係のない質問だった。
「……先生は、僕の母のことをご存知なんでしたっけ? ホグワーツで母はどんな人だったのか、もっと聞きたいです」
ロックハートの笑顔がゆっくり消えた。
ハリーは両親を一歳の頃に亡くした。ハリーはこれまで、ハグリッドやマクゴナガル先生やダンブルドア校長から話を聞いていたが、おなじ時期にホグワーツに通っていた人からの話は聞いたことがなかった。
「……たしかにこの前の罰則で言いましたね。リリー・エバンズは、そうですね、私がとても憧れ羨んでいた人でした。……妬んでいたと言えるかもしれない」
ロックハートはゆっくり口を開いた。
「私が入学したとき、リリーはグリフィンドールの五年生で監督生でした。当時の私はレイブンクローで孤立し虐めや嫌がらせを受けていましたが、廊下でたまたま通りがかったリリーは助けてくれました」
目を丸くするハリーに、ロックハートは肩をすくめる。
「加害者に責任の一切が帰着させられるとしても、被害者になりやすい性質というものはあり、私は当てはまっていた。しかしリリーは、レイブンクローの自分の友人を紹介するだとか、わざわざ世話を焼くこともした。カエルの卵をポケットに平気で入れてて魔法薬の本をいつも借りてるリリーは、私の寮との交友も深かった」
ロックハートは溜息をつく。
「リリーは色々な生徒を助けていて、私はその一人でした。私がスリザリンでも彼女は同じことをしてくれたのでしょう。 グリフィンドールのように度胸と正義感に満ち、ハッフルパフのように公平で優しく、レイブンクローのように聡明でマイペース。闇の時代にあって、純血ではない生徒にとっての希望だったと思います。皆に愛され、しかし七年生までは誰のものにもならなかった」
ロックハートは、ハリーの額の傷痕を指さした。
「きっと最期まで勇敢で優秀だったのでしょう。君を護ってしかと生き延びさせたのだから」
ロックハートは沈黙したので、ハリーは続けて尋ねた。
「それじゃあ、僕の父は?」
「……残念ながら、私はほとんど話したことがありません。校内の人気者で、悪戯が好きで、純血の身ながら『純血思想』に対抗していたことを知るのみです。リリーが選んだのですから、立派な人だったのでしょう」
ロックハートは立ち上がり、ハリーのほうに背を向け、窓の枠に両手を乗せた。
「ハリー、君の一家を襲った『例のあの人』は、単に『闇の魔術』に誰よりも深く浸かっただけではない。馬鹿げた『純血思想』を掲げ、マグルと、リリーのようなマグル生まれを『穢れた血』などと呼び、殺戮してまわった」
ロックハートの声は静かなままだったが、手が乗っている窓の枠から、煙が上がり、枠がぼろぼろと崩れはじめた。ゆっくりと青黒い火が窓を走りはじめるなか、ロックハートは続ける。
「君が『例のあの人』を一度退けた後も、まだこの国の闇は追い払われていない。実際に今日は、『継承者』を名乗る輩が、『秘密の部屋』を開いたなどと脅迫を始めた――」
そこでロックハートはハリーのほうを振り返った。窓を舐めていた青黒い炎は消え、窓は元通りになった。
「――とても許されることではない。君もそう思いませんか」
ロックハートの能面のような無表情。ハリーは唾を呑みうなずく。
ロックハートは表情を和らげ、机の縁に腰掛け、両手を腰の後ろに投げだした。
「……学生時代の私にとってはね。このホグワーツ城こそは、帰るべき家、帰るべき故郷でした。だから、安全な家、安心な家であるべきだ――当時はなにぶん荒れた時代でしたが――可能な限りそうなるよう努めるのが先生としての今の私の役目だと思っています」
ロックハートは首をハリーのほうに向ける。
「察するに君も、ホグワーツを家のように感じているのでしょう?」
ハリーは驚いた声を出す。
「先生もマグルの家で育ったんですか?」
「私は『半純血』でした。母は魔女で、父と呼ばれる男はマグル。そして姉が二人いました。――あまり幸せな家庭ではなかったので、私はホグワーツが居場所だったのです」
ロックハートは言葉を切ったが、ハリーがもっと知りたそうな顔をしていると、ロックハートは立ち上がり、ハリーに背を向けた。
「生徒にするべき話ではありませんが――。私は、父や姉たちとまったく似ていませんでした。父も姉も、私をひどく扱った。母は私だけを溺愛し、姉に関心を払わなかった。よけいに姉は私を虐めた」
ロックハートは、あくまで淡々と天気の話をするように語った。
「そして私だけにホグワーツの入学許可証が届いて、あの男は、自分と私の血がつながってないと確信しました。母の潔白の主張は信用されなかった。私はたいへん愉快な目に遭いました。もう憶えてないですが」
「……」
ハリーが固まって何も言えないうちに、ロックハートはそこで振り返り、穏やかに聞く。
「そのあと家は捨てました。私のつまらない話はおしまいです。……君は、マグルの親戚の家で育ったと聞く。そこは――居心地の良い場所でしょうか?」
勢いよくハリーは答える。
「いいえ全く。ダーズリーは魔法と僕を憎んでます。いっつも虐められるし、こき使われるし、しょっちゅう物置に閉じ込められます。この前は、餓える寸前でロン達になんとか助けてもらいました」
「…………そうですか。……想像より遥かに悪い」
ロックハートはハリーの近くに来て、かがみこんで目線を合わせた。
「ハリー。私は教師として、君のように家庭で不幸な目に遭う生徒を、できる限り助けたいと思っています。この一年間限定ですが、何でも言ってください。来年の夏休みに過ごしやすくなるよう、校長先生にも掛け合います」
「……ありがとうございます」
ロックハートはにっこり笑って再び立ち上がった。
「さて。呼び止めてしまいましたが、そろそろおしゃべりは終わりにして帰りましょう」
ロックハートはドアノブを捻ったが、思い出したように尋ねる。
「……そういえば君は、マグルを憎んでいないんですね」
ハリーはきょとんとする。
「いや――ダーズリーは嫌いだけど――何でマグル全体を嫌うんですか?」
「同じですね」
ロックハートは首をかしげる。
「ハリー。私は君と、似ているところを感じています。――マグルの世界で育った。家庭に良い思い出が無い。『闇の魔術に対する防衛術』が得意。それと、『規則』をあまり気にしない」
ロックハートは悪戯っぽく微笑んだ。ハリーはドキリとした。
「おっと、肩に
ロックハートは杖をヒョイと振って、机に着地させて楽しそうに眺める。
母親が生きているとしたら、こんな感じなのだろうか?ハリーは、ロックハート先生を怖いと感じなくなってることに気づいた。