ガートルード・ロックハートの慨嘆 作:スマイル
ミセス・ノリスの事件の話題で校内が持ち切りのなか迎えた「闇の魔術に対する防衛術」の授業。
「ごきげんよう諸君。前回の授業は、
「先生」
ハーマイオニーがいつもより早く、手を天に突き上げた。ロックハートがまだ何も質問すらしてない。
「――どうしましたか、グレンジャーさん?」
ロックハートが眉を上げて問う。
「先生、すみません。――授業の前に、『秘密の部屋』について教えていただけませんか」
グリフィンドール生はみな、驚いて一斉に視線を向ける。ハーマイオニーは、毅然として続ける。
「これは『闇の魔術』そのものなのではないでしょうか? 私たちは、どうやって身を護れば良いのか、知らなければなりません」
生徒の期待むき出しの顔を見渡し、ロックハートは目をつむった。
「――たしかに、グレンジャーさんの言う通りでしょう。私は『魔法史』の専門ではないので、『部屋』の詳細については、ビンズ教授からきちんとうかがうようにしていただきたいですが――」
ロックハートは宙をつかむと、分厚い書物『ホグワーツの歴史』を取り出して開いてみせた(図書館から借りれなかったハーマイオニーが物欲しそうな顔をした)。
「授業ではなく雑談として、こちらの書物を参考に私の見解と推測を紹介しましょう。話はホグワーツ創設に遡ります。ホグワーツは一千年以上も前、当代のもっとも偉大なる四人の魔法使いによって創設されました」
ロックハートは声を張り上げる。杖を天井に掲げると、四人の男女の描かれた幕が、黒板から垂れ下がった。
ロックハートはまず、赤色のローブをまとい大剣を両手で握る、たくましい男性を指さす。
「皆さんのグリフィンドールの
次いで、黄色のローブをまとい調理用の鍋を手に持つ、柔和な表情の女性を指さす。
「ハッフルパフの長、無私の聖者ヘルガ! 飢える者にパンと畑を、病んだ者に癒しと清潔を、死にゆく者に祈りと看取りを、無知なる者に字と学を。尽きない慈愛で、民衆に徳と勤勉を説いた」
今度は青色のローブをまとい巻物をたずさえる、黒髪の凛々しい女性を指さす。
「我がレイブンクローの長、孤高の賢者ロウェナ! 稀代の天才で、魔術に数多の革新をもたらした。何にも媚びず叡智のみを愛し、そして強く美しい――私の理想とする魔女でもありますね」
最後に、緑色のローブをまとった、長い銀色の髭を撫ぜる鋭い目の男性を示す。
「そしてスリザリンの長、野心の指導者サラザール。マグルの迫害や一門一族同士の争いによって魔法族の血が流れることを厭い、魔法族の結束を図り、永遠の蛇を象徴にかかげ繁栄を願った。魔道の深奥に通じ、より強大な力を追究した」
「四人はこの地に学び舎を築き、島中の魔法族の若人を探し誘い、ともに暮らし魔道を教えた。ホグワーツは年々栄えたが、次第に深刻な対立が生まれました」
垂れ幕が裂かれ、緑色と他三色に分かたれる。
「サラザールは、魔法族の親を持つ者のみがこの城に入る資格があると考えました。他三人と激しい諍いとなり、やがてサラザールとゴドリックの決闘に発展し――その末に、サラザールはこの城を去りました。しかし四つの学寮は、創設者亡き後千年変わらず維持され、今の皆さんが通うホグワーツに至る」
ロックハートは書物を閉じ、生徒を見回す。
「ここからは伝説です。サラザール・スリザリンは自らのみ知る『秘密の部屋』をこの城に残し、彼の血とわざを継ぐ『継承者』のみが封印を解けるようにしたという。『部屋』が開かれるとき、その部屋の恐怖が、この城に相応しくない者を追放するという」
「――しかしこれまで多数の高名な魔法使いたちが探索したが、『部屋』は見つからなかった。半世紀前にここで生徒が一名亡くなり、その際に『秘密の部屋』が開けられたと言われるが――真相は闇の中です。やはり『部屋』は見つからなかった」
ロックハートが言葉を区切ると、生徒たちから一斉に声が上がった。
「高度な『闇の魔術』を使わないと見つからないのでは?」
「『継承者』にしか開けられないなら、他の人には見つけられないんでしょう?」
「どうすれば良いんですか?」
ロックハートは溜息をつく。
「皆さんが感じたような疑問は、既に探索済みでしょう。対策についても、現時点では分かりません」
生徒達の失望の顔を気にせず、ロックハートは続ける。
「サラザール・スリザリンは『闇の魔術』に深く通じ、
ロックハートは指で机をトントン叩く。
「彼は狡知と権謀術数で名を馳せていましたから、千年後の我々でも予想できるものではないかもしれません。正体が分からないものに対して、特有の対策を取ることは難しい。――したがって、この授業の原則に立ち返りましょう。自らの身を守る原則はなんでしょうか?――グレンジャーさん」
「近づかない、杖を手放さない、焦らない、諦めない」
再びすばやく手を天高く突き上げて答えるハーマイオニーに対し、ロックハートは頷く。
「――そうです。まずは眠れるドラゴンをくすぐるべからず、爆発キノコを摘むべからず! 明らかに危険なものからは離れなさい。『禁じられた森』や図書館の『禁書』区画は危険だから禁じられています。明らかに危険でないものも警戒しなさい。自らにとって都合の良いものは警戒しなさい。自らを甘く誘惑するものを警戒しなさい」
「そして危険に遭遇したら、可能な限り逃げましょう。物理的、精神的にとにかく距離を離しましょう。」
「しかし廊下の角で、怪物や『闇の魔術師』にばったり出くわしてしまったら――いかに攻撃を防ぎ、避け、反撃をするか。それをこの授業で教えます。授業は闇の魔法生物と闇の魔術師を想定した実戦的な内容に絞っていますから、真剣に学び習得してください。授業の基礎についていけないなら、『部屋の恐怖』に対抗できるはずもありません。――もちろんこの前の悪質な事件は、我々が早期に対処します」
ロックハートは、そこでグリフィンドール生の顔を見まわした。
「……
ディーン・トーマスやシェーマス・フィネガンやロンが、小さく頷いてみせた。
「グリフィンドールの気概やよしです。それでは――」
ロックハートは教科書をぱらぱらめくり、終わりのほうで手を止めた。
「予定を先取りしましょう。教科書の――三百九十四ページを開き、『狼男との大いなる山歩き』を出してください。今日は『
ロックハートは黒板に杖を向け、チョークを踊らせた。
「人狼は、
「『魔法使い殺し』――文字通りです。私の著書の題名になっているものに、基本的にXXXXXの怪物は出てきません。危険だからです。
ロックハートはそこで息を吸い、声を教室中に響き渡らせる。
「
「
「
「
「……
生徒たちの恐怖の表情をよそにロックハートは続ける。
「幸いにも、これらの怪物の生息域はいずれも限られ、ヒトの集落と通常は重なりません。最も忌まわしき『
ロックハートは溜息をつく。
「――しかし人狼だけは別です。人間界で暮らすことができ、そして変身時には明確にヒトだけを狙う衝動が起こる」
「……」
「繰り返しますが、人狼は怪物ではなく、人狼症に感染しただけの、われわれと同じ人間です。近年は
ロックハートが杖を振ると、教室の景色は夜の寂れた家屋と木立に変わった。
「本で扱っているのはそのありふれた惨劇の一つ、豪州南部の町ワガワガ郊外で起こった
それからハリーは、ワガワガの人狼を模したロックハートの人形に襲われめちゃくちゃに噛まれ――ロックハート曰く「噛み殺され」、他の生徒も同様に噛み殺されるか噛まれ「感染」した。やがてチャイムが鳴り、ロックハートはクラスに向けて言った。
「『魔法使い殺し』の魔獣は、対策を知らない二年生の皆さんが通常対処できるレベルではありません。可能な限り遭遇しない、逃げる、防御や反撃はその後です。――『部屋』なるものが本当に実在するのか、そこに何があるのかは分かりませんが、伝説が真だとすれば、同等以上に危険でしょう」
「宿題。狼人間について個人と社会がどう対処すれば良いかレポートを一枚に書きなさい。よく書けた生徒には私のサインとおまけの呪文入りの『私はマジックだ』を進呈!」
授業と夕食を終え、談話室で、ハリー達は固まって話した。
ロンとハーマイオニーがスリザリンの非難をしている間、ハリーは去年「組分け帽子」にスリザリンに入れられそうになったことを思い出していた。ロンとハーマイオニーにも、グリフィンドールの他の誰にも、そのことはまだ話していない。何て思われるかを想像するだけで怖かった。
……でも、ロックハート先生なら、なんて言うだろうか? ハリーを「悪」とは決めつけないかもしれない。
「それにしても『継承者』は何者なのかしら?」
ハーマイオニーが言った。
満場一致で、ドラコ・マルフォイだと決まった。
「でも、証明のしようがないな」
「……無いことはないわ。とっても危険だし、校則を五十個は粉々に破ることになるけど」
「ハーマイオニー、君、いま、校則を破るって言った?」
「スネイプが三週間前に言っていた『ポリジュース薬』を使うの」
曰く、スリザリン生に変身して談話室で聞けば、マルフォイはたぶん何でも自慢をしてくれるだろう。『最も強力な魔法薬』に書いてある。ただし、その本は、図書館の「禁書」の棚にあるだろう。「禁書」の棚は、誰か先生に許可証のサインをもらわないといけない――。
「でも、そんな上手くいくわけないだろ? 調合するつもりはありませんって言って信じられるか? いるとすれば――」
そこでハリーはふと思いついて言った。
「……ロックハート先生とか」
「ハリー、正気か? あの先生を騙そうとするくらいなら、まだスネイプの靴を舐めて頼むほうがチャンスあるぜ」
「いや、そうじゃなくて――先生は、たぶん、あまり規則にうるさくない気がするし、それに『部屋』を開けた犯人を憎んでいたし――」
「うーん。たしかにハリーがお気に入りだけどさ、さすがに正直に言ってもだめだろ。他の理由も考えたほうが良いんじゃないか? ハーマイオニー、きみ、ロックハートの本を全ページ読んでるんだろう? なんかポリジュース薬以外で調べてみたい魔法薬が出てくる本とか一ページくらい無い? うまくいけばもう一枚サインもらうチャンスだぜ」
「あなた私を何だと思ってるのかしら!」
結局ハーマイオニーはその晩、ロックハートの本をすべて思い出し、念のためすべて読み返した。
そして次の「闇の魔術に対する防衛術」の後、ハーマイオニーはロックハートのデスクに近づいた。
「あの――ロックハート先生? あの――図書館からこの本を借りたいんです。ただ、『禁書』の棚にあって――。『グールお化けとのクールな散策』の百五十二ページに出てくる遅効性の毒薬『シュクシュク薬』を理解するのに参考になると思います……。もちろん毒を調合したいわけではないんですが、百五十五ページ目からグールの前歯がだんだん小さくなっていく描写があって気になっていて、というのも私、両親がマグルの歯医者なので、歯を小さくする薬が無いかと興味があって調べていて、でも『中級魔法薬』にも『上級魔法薬』にもそんな薬はのっていなくて、なのでもしかしたら――」
ハーマイオニーは緊張でつっかえつっかえ震えながら紙をさしだした。ロックハートはハーマイオニーから紙を受け取り、杖で三度叩き気軽に言う。
「ああ。『グールお化けとのクールな散策』ですか! 私の力作でお気に入りです。終始軽快な書き口で仕立てながら一さじの哀愁もこめた。おもしろかった?」
目を輝かせるハーマイオニー。
「はい、先生! 本当にすばらしいわ! とくに、十三ページ目のわかりやすい解説とか、二十七ページの風景の描写とか、あとそれから細かいところだと七十四ページ目でジュディのアメリカンジョークに先生が小粋なブリティッシュジョークで返すシーンとか、百三十ページ目で十三番目のスーパー・ジャイアント・グールと十五番目のウルトラ・マイティ・グールを同士討ちさせる大作戦とか、なんといっても二百五十六ページ目で最後のグールを茶こしで引っ掛けるやりかたなんて――!」
「――ありがとう、君ほど隅々まで正確に中身を読んでくれる読者はほとんど初めてですよ! 作者冥利に尽きますね。――もちろん私のファンでなくても、学年最優秀の魔女の探究心と好奇心を応援することは当然でしょう」
ロックハートはにっこり笑うと、ばかでかい孔雀の羽根ペンを取り出した(「これサイン用なんですよ!」)。そして何気なく言う。
「しかし私は生憎あまり魔法薬には詳しくないですからね。あの薬に関してもっと他に良い本があるか、あとで魔法薬のスネイプ教授にも聞いてみますね!」
ほっとしていたハーマイオニーは、そこで固まり、一瞬後に慌てて手を振った。
「……いや、それはちょっと!」
そしてすぐに、しまったと手で口をおさえた。ハリーとロンは顔を見合わせた。